【宮家邦彦のWorld Watch】
東日本大震災発生からあすで2週間。多くの尊い命が失われ、さらに多くの方々が今も先の見えない過酷な避難生活を余儀なくされている。犠牲者の方々に衷心より哀悼の意を表するとともに、全ての被災者の方々に心よりのお見舞いを申し上げたい。
最愛の人を失いながらも懸命に頑張っている同胞を思うと胸が張り裂けそうになる。テレビを通じ事態の深刻さと対応の混乱をリアルタイムで目の当たりにしながら、救援の手を差し伸べられない。このもどかしさを多くの国民が共有していると思う。
海外の友人からは日本国民に対するお見舞いと激励のメールをたくさん頂いた。一方、外国メディアからは日本の危機管理能力を疑問視する取材を何度も受けた。事態の深刻さは否定しないが、一部外国メディアのセンセーショナルな報道には閉口する。
政府や東京電力の後手後手に見える対応への厳しい批判や怒りは理解できる。しかし、今は犯人探しをしているときではない。誤解を恐れず申し上げるが、今回の対応は単なる「緊急災害対策」ではなく、日本が国民全体で戦うべき一種の「戦争」だと思うからだ。
戦争といっても戦闘はない。敵は外国ではなく大自然と放射線だ。しかし1万人近い国民が犠牲となり数十万が被災し、あらゆる物資が不足し、通信と流通が分断され、自衛隊の半分が動員され、米空母が来援する。これは国民を守る戦い以外の何物でもない。
戦いに勝つためには強力なリーダーシップ、揺るぎない指揮命令、十分な兵站(へいたん)と一般国民の支持が不可欠だ。幸い今回は兵器を使わないが、本当の戦争では今回以上の危機管理能力が試されることだけは間違いなかろう。日本人は戦後最大の危機に直面しているからこそ、過去70年近く考えてこなかった「国を挙げて国民を守る戦い」のあり方を根本から見直すべきではないか。最後に、批判が目的ではないが、2点だけコメントしたい。
第1はプロフェッショナルに対する敬意だ。東京電力の現場関係者は「命を賭けてでも炉心溶融を防ぐ」とツィートしてきた。先週、即応予備自衛官らが招集され、彼らは被災地へ向かう。仕事とはいえ、こうしたプロたちの献身を忘れてはならない。
先週、自衛隊ヘリが大量の水を投下した際、北沢俊美防衛相は「総理と私の重い決断を統合幕僚長が判断していただいて、統合幕僚長自らの決心」で実施されたと述べた。菅直人首相は「自衛隊の皆さんに心から感謝申し上げる」と述べた。それは違うだろう。
自衛隊や警察、消防は命令があれば命を懸けるのが仕事だ。彼らに必要なのは感謝ではなく、名誉である。今回の作戦は統合幕僚長の「決心」ではなく、首相の「命令」で行うものであり、首相はこの危険な任務を実行した人々を「国民とともに誇りに思う」と言うべきなのだ。
第2は、残念ながらメディア報道のあり方だ。今回は日本の報道機関以上に外国メディアのパニック報道が目立った。しかしよく読んでみると、その情報源の多くは日本における報道と日本人記者の記事である。
特に気になるのは、各種記者会見でのやりとりだ。事実の詳細を知りたいのは国民も同じだが、「情報を隠すこと」と「コメントできない」ことは同義ではない。現場での不正確な発言に基づく報道は、結局国民の生命と財産を危うくすることにもなりかねない。
はやる気持ちは分かるが説明者にも「ノーコメント」を言う権利を認めてほしい。それが本当のジャーナリズムだと思うのだが。
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【プロフィル】宮家邦彦
みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。安倍内閣では、首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。