【from Editor】
同僚の長男は、直人という。次男は、健太。50歳前後の男性読者なら、ピンとくるだろう。同僚も筆者も、その年代にあたる。直人は、漫画「タイガーマスク」の主人公「伊達直人」から。「健太」は、「直人」の育った「孤児院」に暮らす、主要な脇役だった。
昨年末に始まった「タイガーマスク運動」は、人々にさまざまな印象を残して収束しつつある。もうすぐ新年度。「伊達直人」に贈られたランドセルを背負う児童の姿も、全国にあるのだろう。
「タイガーマスク」は昭和45年前後に少年誌に連載され、同時期にアニメ化もされた。虎のマスクをかぶった悪役プロレスラー、伊達直人は、出身の施設にファイトマネーを送り続ける。寄付は匿名ではなく、伊達直人の本名で行われたが、自身は成り金青年を演じ、マスク姿のレスラーの正体は最後まで隠しきった。
健太はタイガーマスクのファンだったが、直人のことは「キザ兄ちゃん」と呼んで遠ざけていた。悲しい物語ではあったが、主人公を次々襲う奇想天外な覆面レスラーに奇妙な明るさがあった。
斉藤貴男著「梶原一騎伝」(文春文庫)によれば、レスラーの大部分は作画の辻なおきがまず適当に描き、原作者の梶原一騎がキャラクターや筋書きを作ったものだったという。2人の間で交わされた「辻さんは、よく照れもしないで、あんな奇抜なレスラーを思いつくよな」「あんたこそ、あんな奇抜なストーリーをよく書くよ」といった会話も紹介されている。
昨年のクリスマス。前橋市の児童相談所前に「伊達直人」が10個のランドセルを置いた。年が明けるや、その輪は燎原(りようげん)の火のように広がった。最初の伊達氏が誰だったのか、今もって分からない。
運動の過熱とともに、新聞各紙でも「できれば実名で」「マスクを外そう」「一過性の流行で終わらせるな」といった論調が目立ち始めた。だが、はなから継続性を意図したものであったなら、誰も彼に続きはしなかった。これほど広がりはしなかったろう。
クリスマスの8日前、チュニジア中部の都市で失業中の青年が、野菜の街頭販売を警察に摘発されたことに抗議して焼身自殺を図った。ここに始まる「ジャスミン革命」は、それこそ燎原の火となってチュニジア全土、エジプト、リビアに広がり、中東全域、遠く中国にも影響を及ぼした。
焼身自殺の彼も、この結果は全く想像しなかったろう。(編集委員 別府育郎)