【風を読む】論説副委員長・西田令一
フランスが併合・植民地支配した北アフリカのマグレブ3国の国名や首都名を歌詞に刻み、異国情緒漂う歌がある。1番の「ここは地の果て アルジェリア」、3番の「明日はチュニスか モロッコか」と、そのくだりで盛り上がる。1960年代に流行し、今も歌い継がれる『カスバの女』である。
歌でなじんだそのチュニジアの首都、チュニスを20年前に訪れたことがある。ベンアリ同国政権はまだ初期だったとはいえ、専制臭がそう強いようではなかった。その政権が1月半ば、「若者蜂起」によりあっけなく倒れたとき、3国で最も目立たなかった国が瞬間、光彩を放ったことに驚く一方で、やはり軽量級の独裁だったのかなと思った。
真の驚愕(きょうがく)はしかし、その起爆力にあった。米紙ニューヨーク・タイムズのロジャー・コーエン氏は東欧民主化の淵源(えんげん)であるポーランドの地になぞらえ、「チュニスはアラブのグダニスクか」と予見した。
そして今、「チュニス」は80年の「グダニスク」から、その9年後に崩壊して東欧に民主化ドミノを引き起こした「ベルリンの壁」に一足飛びに変異したかに見える。反圧政津波が一気に押し寄せたエジプトのムバラク政権は重量級ゆえに簡単には崩れないとはいえ、終焉(しゅうえん)近しだし、うねりはイエメン、ヨルダンなども呑(の)み込み揺さ振っている。
経済絶好調、中国の国家主義、重商主義的モデルへと寄った世界の政治潮流の振り子も、再び民主化の方に揺り戻された観すらある。そうでなくても政治的抑圧、富の偏在、腐敗と共通の病巣を抱える中国は神経を尖(とが)らせる。ネットの「エジプト」検索を封じ、国営メディアにはアラブの激動を牽制(けんせい)させているという。ロシアでも、自国の権威主義的体制に警告する論調が現れた。
いずれ経済が不調に陥り上からの押さえも効かなくなれば、「チュニス」が両国にとって「グダニスク」にならない保証はない。「明日はロシアか 中国か」である。