【東京特派員】湯浅博
正月も過ぎて、「ダイエットしなくちゃ」と考えるご同輩も多いのではないか。そんなつぶやきに、「布袋(ほてい)さんがやせたら意味ないじゃん!」というキャッチコピーを見てしまった。
布袋さんといえば、でっぷりとして七福神の中で、もっとも親近感のあるお方である。でも、外見だけで侮ってはいけない。
布袋さんはただ太っているだけではない。体制にはなびかず、自由奔放な生き方をした唐のお坊さんである。天気予報はできるし、橋の欄干の上で眠ることもできる。七福神の中の超能力者だ。
出遅れ感はあるが、さっそく会いに行くことにした。ついでに、早咲きの梅見といえば亀戸天神あたりだろうか。
錦糸町駅から東京スカイツリーを眺めながら天神橋を渡る。梅は春を呼ぶやさしく、かつ凛々(りり)しい花で、寒風の中で五弁の花びらを咲かせていた。
亀戸天神は太宰府天満宮の神職が夢のお告げによって、この地に分祀(ぶんし)したことに始まる。梅や藤は江戸期からの風物で、近年は学業成就を願う受験生でにぎわう。
天神前の船橋屋でくず餅を味わってから、西を流れる横十間川沿いを北にたどる。布袋さんが待つ別名“萩寺”の龍眼寺である。
濡れてゆく 人もおかしや 雨の萩 芭蕉
萩は9月中旬に、紅紫や白の花を房状につける。いまは龍眼寺の境内も梅が見頃だ。寺の壁には、芭蕉のほかに其角らの句が彫り込んである。万葉の時代は梅を詠んだ歌も多いが、人気の花はなんといっても萩であったらしい。
境内には句碑も多く、小綺麗な庭園を歩くと気分はさわやかだ。さて肝心の布袋尊は、境内の左手に石像、右手奥に木造の布袋堂があった。お堂をのぞいてみると、いるいる、大きなおなかを突き出した愛くるしい顔が。
七福神の中では、庶民の人気は断然、恵比寿さんと大黒さんであるという。
だけども、恵比寿信仰は関西の漁民を中心に信仰を集めた海の幸の神様だ。大黒天は元来がヒンズー教の怖い神様が、転じて食の神様になり、ネズミが寄り添っている。いまだって、山の神ならぬお坊さんの奥様を「大黒さん」ていうじゃありませんか。
やはり、にこやか、ふくよか、弥勒(みろく)菩薩の化身だという布袋さんは霊験あらたかだ。
以前、訪ねた隅田川七福神の一つ、向島の弘福禅寺の布袋さんもよかった。あちらは、勝海舟が参禅したことのある中国風の堂々たる本堂であった。
亀戸の七福神は、布袋の龍眼寺のほかに福禄寿の天祖神社、毘沙門(びしゃもん)天の普門院、さらに恵比寿・大黒天の2神をまつる香取神社、弁財天の東覚寺、寿老人の常光寺と続く。
実は、布袋さんもいいが、毘沙門天も捨てがたい魅力を感じる。ほかの神様仏様は財産と長寿を満たす関係でにこにこ顔だが、こちらは一人にらみを利かせる。
なんたって七福神のうち唯一の武人で、布袋さんたちと違ってダイエットの必要はない。徳と財を守るマッチョのスーパースターだ。美しい芸術の女神である弁財天が、毘沙門天の愛人説があるというのもうなずける。
その毘沙門天像は、近くにある名刹(めいさつ)、普門院にある。「野菊の墓」で知られる伊藤左千夫の墓があり、界隈(かいわい)の「鐘ケ淵」の名もこの寺にちなむ。普門院が隅田川西岸から現在の地に移ってきた際に、誤って鐘を川に落としてしまったことに由来するという。
ただ、帰りにのぞいた普門院はどこか荒れていた。左手にある毘沙門堂の扉がぴしりと閉じられ、日が陰ってくると、やけに寒さが身にしみた。
(ゆあさ ひろし)