楽式会社ZERO~一人ブレインストーミング~ -25ページ目

毛髪エネルギー

やーーどーーもーー。


今日も営業で街歩いてたわけですが
そんときに木を見ながらふと思ったわけです。。。


「木ってなんか地球の髪の毛ってことなのかなーー」


と。


ヘアーサロンへの営業帰りだったせいなのか。

木がなんだか髪の毛に思えてきたわけです。


生えてるっていう共通点しかないわけだけども。。。




そう考えると
地球はもうこんなにも髪の毛を勝手に伐採されてかわいそうだなーーーと。

場所によっては焼き払われたりしています。


地球が禿げて行く一方です。


しかし母なる地球が禿げるのはさすがにまずいと気づいた人間は
植樹を始めたりしました。


いわゆるところの植毛ですね。


種からしっかり育てていくのは発毛にあたります。




そして人間は地球の髪の毛をいろいろなことに利用しました。

船作ったり家作ったりもそうですが
燃やしてエネルギーにしたり。。。

木はわれわれにとってなくてはならない存在です。




では、木が地球の髪の毛ならば、髪の毛は人間の木なのでしょうか??



髪の毛と木の間に必要十分条件が成り立っているのならばそういうことになります。


髪の毛を大いに利用して何かしらを生み出すことはできないでしょうか。


「散髪した後の髪の毛が捨てられているだけなのならば、とってももったいないのでは?」

と思いました。

だって髪の毛を作ってるのだって人間はいろいろなエネルギーを使っているわけです。

そのエネルギーによって生み出された産物を、ただ捨てて焼却するのはエネルギーの無駄遣いと考えられます。



確かに、人の髪の毛を利用したものはあまり使いたくはないかもしれませんね。



なので、利用するとしたら、直接人が手に触れないものや
もう、原型がなくなってしまったものの方がいいでしょう。




と思ってネットを検索してみたのですが
化学消化剤として使われたりするとのこと。。。

中国では髪をよく洗って煮込んでしょうゆにするとかなんとか・・・・。

さすがにそれはないですね・・・。



まーしかし、やっぱり髪の毛の再利用はされてないこともなかったんですね。。。

かつらに使われたりもあるみたいですし。


でも、いまいち一般的ではないですよね。


紙の再利用だって最初はよくわかんなかったですが
今ではとっても一般的ですよね。


そういえば紙は木からできてますよね。

これは木は地球のカミである、ということを暗示しているのでは!!!





そんなことありませんね。
ただの日本語の都合です。
でも、髪の毛も別に大々的に再利用されてもおかしくはないんじゃあないかなーーって思ったわけです。


髪の毛から炭とかつくれないですかね。


あるいは・・・


髪の毛発電所とか。



全国から集めた髪の毛をどうかすることによってエネルギーを生み出し
そしてそれを電気に変換するのです。



どうですかね。




僕は髪の毛の成分とかについては詳しくないのでよくわかりませんが
髪の毛はもっと見直せるような気がするのです。

だって人間がそれなりのエネルギーを費やして生み出した産物です。
だから髪の毛にはそれなりのエネルギーが詰まっているはずです。

そういったエネルギーを無駄にせずうまいこと回していくことこそ
究極の循環社会だと思うのです。

僕はリサイクルっていう考え方はけっこう好きです。

なんか無駄がないから。

捨てるっていうのはとっても持ったないことだと思います。


まー実際僕が普段大量生産社会に真っ向から歯向かっているかといったらそうではありません。

もう使っては捨てて、使っては捨てて。

でも、人間社会全体として、その僕が捨てたものを、ゴミではなく、次のものに再利用できたら
それはすばらしいことだと思います。


いずれ地球の資源は枯渇してしまうのです。


枯渇に歯止めをかけるためにも、リサイクルの概念は大事ですね。



そして、その運動の一環として

髪の毛の大々的な再利用を!!

っても具体的な方法はよくわかりませんが。。。


なんとなく髪の毛はもっと利用できるんじゃないかなーーっておもっただけです。

もしかしたら、またとんでも的外れなこといって
理系とかの詳しい人に後ろ指指されて笑われてるかもしれません。。。


まーーしかし、そういう失敗もまた成功のかてなので、ここはひとつ笑われてみたいですね。





そんな感じでちょっとエコな記事を書いて地球に優しいアピールを今日はしてみました。


さーー今日もゴミ拾いをしながら家に帰って
電気を使わない生活を心がけながら
家の周辺地域のゴミの分別でもしようかな!!!




もちろんうそです。





そんな感じで。



ではまた。

スーツに疑問を呈して見る

やーどーも。

ここNZはもうすっかり秋の様相を呈してきているわけですが
日本の秋とは違い、朝がとにかく寒いくせに
日中は上着なんて全然いらないくらいに暑くなります。

今日も日中、営業で歩きまくって汗いっぱいかきました。

しかし、まーースーツってこともあって余計に暑いですね。

ネクタイとかもう暑苦しいことこの上ないですよねーー
何を好き好んでみんなあんなかっこなんですかね。。。


っていうか、こっちではスーツ率が日本ほど高くありません。


別にスーツじゃなくてもいい会社がけっこうあるみたいです。

それに、スーツだとしてもけっこうみんな自由にスーツを着てます。


ネクタイないのはもう普通だし
靴がスニーカーだったり
かばんがリュックだったり
帽子かぶってみたり。。。

ちなみにタトゥーを入れるのは別にやばいことではないので
普通のビジネスマンの腕にタトゥーがあってもやばい人ではありません。


日本に比べたら相当自由ですね。


まーだからといってスーツをラフに着崩したいという願望があるわけではないのですが。。。



しかし、なんでスーツなんですかね。

別にスーツが嫌いなわけではないのですが、どこをどうしたらあそこに行き着いたのですかね。

誰が最初に首にあんなもの巻こうと考えたのですかね。


謎です。


そもそもスーツはどうして日本に定着したのですかね。


日本の本来のフォーマルなカッコは袴だったはずです。


まー洋服を喜んできている分際でいえたことではないですが。。。


スーツが嫌いっていうか

日本人はスーツ似合わないと思うわけです。

僕なんか特にそうです。


背が小さくて足も短いし
体型もずんぐりむっくりだし

なんだか馬子にも衣装とも言えないくらいです。

それに比べて白人とか黒人はすげースーツ似合います。

もちろん人によりますが。


背高くて足も長くてスラっとしてたらもう完璧です。

日本人とかカスです、マジで。


いいですか、僕は日本人の一部のかっこいい人の話をしているのではありません。


普通のサラリーマンのおっさんを中心に据えて話をしています。


別に彼らをバカにしているわけではないのです。
あんな暑苦しいものを毎日きて通勤ラッシュに飛び込むなんて

むしろ尊敬に値します。

しかし、似合うか似合わないかは別問題です。


欧米人は同じ歳、同じ太り具合、同じオッサン具合でも

スーツの似合い方は全然違うと思うわけです。

でも、それって普通に考えたらむしろ自然だと思います。


だってスーツはそいつらに合わせて作られたのだから。


背が高い白人がよりかっこよく見えるために作られたのだから彼らに似合って当たり前です。


それを日本人とかアジア人がムリして着るほうが間違ってるともいえると思います。




だからここで袴なわけです。


考えても見てください。

白人や黒人が袴を着ていたら


全然ピンときませんね。


単に見慣れていない、という以上にピンとこないものがあります。

それは袴が日本人のために作られた服だからです。

その辺の冴えないオッサンが袴着て御覧なさい。


きっとそれなりに絵になりますよ。


むしろ若い人よりもオッサンの方が絵になるかもしれないです。




別に世界にあわせるこたぁないです。



首脳会議に日本の首相が袴で参加しています。



とかだったらなんか粋ですね。
かっこいいっす。


別にちょんまげは推進しません。

あれは衛生管理とかの問題もあるし。


でも、袴はかっこいいし、本来の日本の文化だし

何より日本人にとってもよく似合います。



袴だと夏は暑いかもしれませんね。



そうなったらクールビズを導入しましょう。



もちろんクールビズは浴衣です。

浴衣はいいですよねーーとっても涼しいです。
スーツのクールビズの比ではありません。


これで暑さの問題は解決ですね。




そうです。

もうスーツなんて着てる場合ではありません。


もう一度日本の文化を見直し

日本に袴を復活させるのです。




今一度わが国に袴を!






っていうのを

町を行く自分のスーツ姿を鏡で見て思いました。



ホントに似合いません。。



まーしかし、実際問題袴なんて高いですしね

スーツの方が断然着易いでしょう。


僕も袴とスーツの選択肢があったらスーツ選ぶかもしれません。


てか袴とか機動性に欠けますしね。
靴もなんかわらじとかになったら歩きにくくてしょうがないですよね。


スーツが定着したのも納得です。


でも袴の方がかっこいいのは事実だと思います。

別にみんな袴着なくてもいいから、袴もフォーマルなカッコとして認定されないかなーー

需要が増えれば値段も下がるだろうし。


袴をきてプレゼンするビジネスマンとかなかなかいかすと思います。


新時代の侍ですね。


どうでしょうかね。





これは完全に個人的な趣味ですね。




でも、これが本格的になれば和服屋さんも好景気となることでしょう。


その分スーツ売れなくなるかな?

どうかな?


わかんないけどとりあえず袴着てみたいなーーーー




とか思いつつ明日もスーツで街を闊歩します。


では。

ハーフ&ハーフの素晴らしさよ

どーも。


アメブロの注目の掲示板に

「ハーフって損?」

というのがありました。




全然そんなことはありません。




むしろ最強の人種に近いものがあります。

まず、ハーフってだけでバイリンガルが確定的なものになります。


この時点で一般人に大きくリードしています。


僕が今外国で英語に四苦八苦しているのも、
英語圏のハーフの人たちからしてみればアホらしいことかもしれません。

超うらやましいです。



あと外見についてですが

これについてもハーフは最強説があります。

木村カエラを筆頭に、ベッキーとか、ハリウッドのチャン・ツィーとかもハーフですね。

もともと遺伝子は近すぎると血が濃くなってしまい、ダメになってしまう傾向があると思います。


競馬とかでもクロスがどうとかありますよね。


血は遠い方がより優秀になるようにできていると思います。


外見もまたしかり。


全然違う国の血が掛け合わされたほうが優秀なものが生まれる可能性は高いと思います。


まーこれは可能性の話であり、絶対そうなるとはもちろんいえないとは思いますが。。。



とにかく、どちらの特性も持ち合わせることができるハーフの人は、素晴らしい才能を持っている可能性があるということです。





これは人に限らず、いろんなものにもいえると思います。

「何事も中途半端はよくない!!」

とは言いますが

ハーフとハーフたしてしっかり1になっていれば、それは中途半端ではなく
むしろ掛け算によって1以上にもなりえると思います。



例えば、ピザのハーフ&ハーフとかマジで素晴らしいですよね



だってどっちも食いたいです。
一個だけだったら飽きるかもしんないし。。。


半ラーメンと半チャーハンのセットとかも魅力的です。


一時期「ダブルウィンドウ」と言って、テレビを半分ずつにして見るのがありましたが
うちの実家のテレビもその機能があって、僕はあれが大好きでした。

見たいテレビを両方表示して音声をとっかえひっかえしながら見るんです。

僕はあの当時テレビが大好きだったのでもう最高でした。


他にも恋人を二人持ってハーフ&ハーフ・・・なんて人も世の中にはいますね。



まー二股の話はまた別として


一個が足りてなくても、二つあわして十分1になっていればハーフであることは決してダメではなく
むしろ+αを生み出すと思うわけです。

これは、別にハーフに限らず、1/3、1/4でもいいと思うわけです。

結局足して1になっていればオッケーなわけです。


これは多分、僕の「あれもこれも欲しい」っていう性格のせいかもしれませんが。。。





でも、同じように考える人は絶対多いと思います。

そこで

「ハーフ&ハーフビジネス」

というのを考案したいと思います。

もう、なんでもハーフ&ハーフにしちゃうビジネスです。



例えば、


野球とサッカーのハーフ&ハーフ


とかはどうでしょう。

野球観戦に行くか、サッカー観戦に行くか迷ったとき



どっちも行けばいいんじゃね?



みたいな発想。

右で野球やって、左でサッカーやって。

野球はチェンジのとき暇ですが、その間サッカーが見れます。
サッカーはハーフタイムとかなんだかもたつくときとかに暇ですが、その間に野球がみれます。


どうですかね?




ってか




物理的に不可能ですね。





どっちもスタジアムでかすぎですからね。




でも、K-1とプライドとかなら可能ですかね。



一緒の会場に二つリングがあって

隙間を突きながらお互い交互に試合を展開すると。。。



これなら可能そうですね。




ただ1試合に対する注目度が下がってやってる方はたまったもんじゃありませんね。



でも、どっちものファンが集まるから集客力自体はあがると思うんですがね。。。






国とかに視点を移してみましょうか。


領土問題でもめているのなら


ハーフ&ハーフ


どっちも人を半分ずるつ住ませてみる。

そこから新しい道が生まれるかもしれません。




竹島に人は住んでいない、ってね。





なんでもゴチャ混ぜにすればいいってもんでもなさそうですね。

ハーフ&ハーフビジネスはなかなか難しそうです。。。。






しかし、どっか一つに特化してしまわない、というのは大事なことだと思います。


もちろん、一つの道を極める、というのもすごい大事で、尊敬すべきです。


しかし、どっちも対応できるマルチな才能というのも需要は高いと思います。



僕の語学学校の先生がこんなことを言っていました。


「頭の中を普段から完全に英語にする必要はない。必要なときだけ、英語にスイッチしなさい。母国語が必要なときは、そっちにスイッチしなさい。そのためにも、常に真ん中にいなさい。必要なときに、必要な方にスイッチするんだ。」

そんな彼は英語を始め、日本語、スペイン語とかも喋れて、あといろんな国の言葉をちょいちょい喋れます。


なかなか説得力のある言葉です。


なんでもできて、必要なときに、必要なところに集中できれば、それに特化する必要はないのかもしれません。


特化する必要があるならば、それは特化している人に任せてしまえばいいんじゃあないかと思います。



とりあえず、僕はなんでもやりたい人なのでそういう風に生きていけたらと思います。


もともと一個を極めるのはあまり得意ではありません。


幼少時からずっと野球はしてますが、あまりやってる年数は報われていません。

ギターもずっと弾いていますが、これ以上成長の見込みもあまりない気もします。


なので、どうせ極められないのなら
ちょっとずついろんなことができる人になって
そこの需要を埋めれるよになれたらいいですね。

色々足して一人前になれた最高です。



なんだか、勝手な人生の意気込みになってしまいましたが

ようするに

ハーフ&ハーフはむしろ最高

ってことです。



全部いっぺんに食いたいからね。



やーーーーーーー






焼肉と寿司とラーメンと中華全部一緒に食いてーーーーーーーーー!!!!!







では。