姉のいた夏、 いない夏
≪公開時コピー≫The journey is the destination.
製作国:アメリカ
製作年:2001年
公開年:2001年
【監督】 アダム・ブルックス
【製作】 ジュリア・チャスマン
ニック・ウェクスラー
【出演】 ジョーダナ・ブリュースター (フィービー)
クリストファー・エクルストン (ウルフ)
キャメロン・ディアス (フェイス)
ブライス・ダナー (ゲイル)
パトリック・バーギン (ジーン)
カミーラ・ベル (少女時代のフィービー)
イザベル・パスコー
【Zero的評価】 100円
【リピート率】 ★★★
【見所】 めくるめく脳内パラドックスちっくな映像。
【鑑賞本数】 年間:34作目 通算:140作目
【 感 想 】
父を病気で失い、姉は自ら命を絶った。母はその死を乗り越えられず、次女のフィービーに依存している。年齢的には自立した大人なのに、母親に束縛されて息苦しい思いをしている。姉の死の理由を知りたいのに、その話はタブーで、それが息苦しさに拍車をかけている。
母は唯一の肉親である自分を失うのではと恐れる一方で、一人でいることに耐えられず恋人を作る。フィービーは母親の弱さを理解しつつも、許せない想いがあり、辛くあたる。だけど、それが許せず姉の死の理由を探る旅に出る。今を生きるフィービーと過去となった姉フェイスの今とが入り乱れて時間の感覚が怪しくなる。
自殺した人の死の理由を追求するのは身内にして見れば納得いく答えを得たいというだけの行動かもしれないが、深く関わった人-特に恋人-にしてみれば思い出したくない記憶をこじあけて、もう一度傷つくことになるのかもしれない。
フィービーは明るく活動的な姉の死が納得いかず、死の本当の理由を知りたいと思うのは自然なことだろう。だが、自己満足なのかもしれない。死の本当の理由を知ったら失望するかもしれない。フェイスの元彼ウルフの思いもわからないではない。ただ、共通の大切に思っている人の死をいつまでもひきずっているのも辛いことだから、どこかでけりをつけなくてはならない。
真実は時として残酷で生々しい。フェイスの死の理由はウルフにもフィービーにも決して納得のいくものではない。フェイスは自分の手で時代を変えられると信じていたのだろう。結果はお粗末なものだったが、それでも、フェイスがどんなことをしたにしろ、憎むことのできない大切な人というのはかわらない。それだけで十分だろう。
フィービーの思いつめた横顔がイヤに印象に残る。一方でフェイスのあっけかんとした笑顔と銃を構えた泣きそうな顔の対称さが、不安定な世の中を象徴しているようでもあった。帰る家がある。それだけで幸せだと思った。
黄泉がえり
≪公開時コピー≫もう一度、逢いたかった。
人は甦る。儚く切ない想いのもとに…
製作国:日本
製作年:2002年
公開年:2003年
【監督】 塩田明彦
【製作】 児玉守弘
【出演】 草なぎ剛 (川田平太)
竹内結子 (橘葵)
石田ゆり子 (玲子)
哀川翔 (周平)
山本圭壱 (中島英也)
伊東美咲 (幸子)
忍足亜希子
東新良和
長澤まさみ
市原隼人
寺門ジモン
RUI
伊勢谷友介
田中邦衛 (斎藤医師)
【Zero的評価】 100円
【リピート率】 ★★
【見所】 RUIのくだりもしくは斎藤医師と娘のくだり
【鑑賞本数】 年間:33作目 通算:139作目
【 感 想 】
死んだ人間が死んだ後もなお、自分を思い続けてくれる人の許へ黄泉がえる。超常現象をテーマにした作品。
主人公・川田と葵、玲子と周平、英也と優一、斉藤医師とその妻、森下直美と山田克則。RUI。それぞれが失った者を想い黄泉がえらせる。黄泉がえった者達は死んだ当時のままの姿で目の前に現れる。
兄よりはるかに年をとってしまった弟。姿かたちは逆転しても、兄は兄、弟は弟。頭がよくて、人間のできている兄に引け目を感じて、だけど尊敬もしている英也。十分、自分の足で歩いているのに、兄の出現に途端に弟に戻る。好きな女性に想いを打ち明けたいのに死んだ旦那が黄泉がえって、どうしていいかわからなくもなる。いてほしいけれど、いてほしくない気持ち。英也を山本圭壱が不器用ながらに演じている。
超常現象を解明するために故郷でもある阿蘇の地を訪れる川田。彼もまた、失った者を想っている一人。謎を解かなければならないが、失った者を想う気持ちもあり、仕事とプライベートの間で揺れ動く姿を草なぎ剛が演じている。彼もまた、不器用に生きる一人。
そんなこと現実に起きるわけがないけど、もし、そうなったら自分は誰を黄泉がえらせて、一体どんな話をするのだろう。黄泉がえっても、また、いなくなる。それならいっそ黄泉がえらないでくれ。残酷すぎる話だから・・・。だが、黄泉がえるのにはそれだけ強い想いがあるからというのも真実だろう。伝えきれなかった気持ち。謝罪、感謝。告白。失った者に伝えきれない思いを抱えて、人は皆、生きている。強く想えば現れる・・・。そんな淡い気持ちを抱いてしまう。弱みにつけこまれたようで、後味が悪い。
タイミング的に大事な人を亡くした直後に見てしまったために冷静ではいられなかった。皆失った何かを失ったまま必死に生きているのに、蒸し返さないでくれとも思った。違うタイミングで見れば、また、違う見え方、感じ方があったのかもしれない。
マッドラブ
≪公開時コピー≫君の心が壊れても、
僕は君のそばにる。
製作国:アメリカ
製作年:1995年
公開年:1995年
【監督】 アントニア・バード
【製作】 デヴィッド・マンソン
【出演】 クリス・オドネル (マット)
ドリュー・バリモア (ケイシー)
マシュー・リラード
ジョーン・アレン (マーガレット)
ジュード・チコレッラ (リチャード)
ケヴィン・ダン (マット父)
リチャード・チェイム
ロバート・ネイダー
エイミー・サカジッツ
【Zero的評価】 50円
【リピート率】 ★
【見所】 ドリュー・バリモアのきれっぷり。
【鑑賞本数】 年間:32作目 通算:138作目
【 感 想 】
高校生のラブ・ストーリーと聞くと爽やかなイメージが沸くが蓋を開けてみると、甘いものではなかった。ドリュー・バリモア演じるケイシーは甘えん坊で自分勝手で自己中心的なセルフィッシュな女の子。父親は教授でお金には不自由していない。お嬢様というほど育ちがいいわけではないが、育てるのにお金はかかっている感じの子。友達母娘という言葉がはまる娘に甘い母親と、一見何の問題もなさそうな家族。
そんなケイシーに一目ぼれするマットは、母親は家出してしまい、父親は仕事が忙しく、双子の弟妹の面倒を見て、家のこともして、学校にも真面目にいく優等生。だけど、家族を重荷に感じ、母親がでていったことを怨んでもいる。
ケイシーとマット。ぱっと見、どこにでもいるような高校生のカップルなのだが、つきあい続けていくうちにケイシーが変わっていく。マットを束縛し始める。それも片時も離そうとしない。
束縛心の強い人は幼少時に親が甘やかしすぎることが原因かと思ってみる。子ども可愛さに何でも手をだし甘やかす。それは裏を返せば子どもが怖い。泣いてうるさく騒がれると困る。そういう他人の目を気にして、心が子どもではなくて世間にむかってしまうような親に育てられると、自分だけを見て欲しくて行動に現れるのではないかと思ってみる。
マットと駆け落ちしたケイシーが雑誌とかの写真から目の部分を切り取り部屋中に貼り付けるシーンがある。私を見て!私だけを見て!端から見たら異常な行動だが、ケイシー本人は切実な思いでそういう風にしか自分を表現できないのがかわいそうでもある。
ティーン。エイジャー。心が一番柔らかくてそして傷つきやすい瞬間。ケイシーを受け止め切れなかったマットも同じティーン・エイジャー。彼らは青春という一瞬に生きて、死んで、そしてこれからを生きる。五年後、十年後、自らの家族ができたときにあの頃は・・・と振り返って笑えたらいいなと思う内容だった。
マトリックス レボリューションズ
≪公開時コピー≫始まりがあるものには
すべて終わりがある
製作国:アメリカ
製作年:2003年
公開年:2003年
【監督】 アンディ・ウォシャウスキー
ラリー・ウォシャウスキー
【製作】 ジョエル・シルヴァー
【出演】 キアヌ・リーヴス (ネオ / トーマス・アンダーソン)
ローレンス・フィッシュバーン (モーフィアス)
キャリー=アン・モス (トリニティー)
ヒューゴ・ウィーヴィング (エージェント・スミス)
ジェイダ・ピンケット=スミス (ナイオビ)
ランベール・ウィルソン (メロヴィンジアン)
モニカ・ベルッチ (パーセフォニー)
ハロルド・ペリノー・Jr (リンク)
ハリー・J・レニックス (ロック)
ノーナ・M・ゲイ (ジー)
ジーナ・トレス (カズ)
アンソニー・ウォン (ゴースト)
クレイトン・ワトソン (キッド)
コリン・チョウ (セラフ)
イアン・ブリス (ベイン)
バーナード・ホワイト (ラマ)
ラサニエル・リーズ (ミフネ)
タンビーア・アトウォル (サティー)
ブルース・スペンス (レインマン)
アンソニー・ザーブ (ハーマン評議員)
メアリー・アリス (予言者 / オラクル)
ヘルムート・バカイティス (設計者 / アーキテクト)
【Zero的評価】 100円
【リピート率】 ★★
【見所】 どこまでラブ日本アニメ、リスペクト手塚治虫&宮崎駿な場面を見つけられるか
【鑑賞本数】 年間:31作目 通算:137作目
【 感 想 】
愛する者を失ったモノの代償が世界の平和。それではトリニティが報われない。そんなことを思ったマトリックス完結編。監督のアンディ&ラリー・ウォシャウスキーは大の日本アニメファンというのは周知の事実ではあるが手塚治虫&宮崎駿も好きに違いないと思ってみる。
ロック司令官という名前と位置づけに鉄腕アトムを思い出す。ネオ=アトム、トリニティ=ウラン、モーフィアス=お茶の水博士、エージェント・スミス=ドクター天馬。そんな考えが頭をよぎった。ザイオンに迫りくるイカ集団は王蟲そのもので「風の谷のナウシカ」リスペクト?とも思ってみる。ついでに言えば、キャプテン・ミフネは三船敏郎オマージュ?黒澤明も好きなのだなと思ってみる。それはさておき。
パーセフォニーにしろ、オラクルにしろ、人間ではない人たちは設計者が設計したシステムでしかないらしい。世界と思っている世界そのものがパソコンの箱でベースとなるソフトがあって、パーセフォニーというソフト、オラクルというソフトがあって、それぞれが独立しているかのように見えて干渉しあっているということなのだろうか。エージェント・スミスは監視ソフトで、それがウィルスに感染して暴走したということなのだろうか。人間たちは人工知能の目を掻い潜って生きているということなのだろうか。
3部完結で確かに完結はしたけれど、謎が解けたとは言いがたい。壮大な世界を繰り広げて、引っ張るだけ引っ張った割にはラストが釈然としない。こんなわかりづらい映画が面白いともてはやされるようではやってられない。解説と注釈入れて成立する映画は邪道だ。万人がわかってこそのヒット作だと思う。マニアックで難解で煙に巻くだけ巻いたようなマトリックスを面白いと手放しでほめているのが納得いかない。
映像はすごいと思った。凝っているし、世界観も細部にこだわっているし、見応えはあった。だが、謎が残ったままですっきりしない。
マトリックス リローデッド
≪公開時コピー≫衝撃を呼び醒ませ。
革命は近い。
製作国:アメリカ
製作年:2003年
公開年:2003年
【監督】 アンディ・ウォシャウスキー
ラリー・ウォシャウスキー
【製作】 ジョエル・シルヴァー
【出演】 キアヌ・リーヴス (ネオ / トーマス・アンダーソン)
ローレンス・フィッシュバーン (モーフィアス)
キャリー=アン・モス (トリニティー)
ヒューゴ・ウィーヴィング (エージェント・スミス)
マット・マッコーム (エージェント・トンプソン)
ジェイダ・ピンケット=スミス (ナイオビ)
モニカ・ベルッチ (パーセフォニー)
ハロルド・ペリノー・Jr (リンク)
ハリー・J・レニックス (ロック)
ノーナ・M・ゲイ (ジー)
クレイトン・ワトソン (キッド)
ジーナ・トレス (カズ)
ランベール・ウィルソン (メロヴィンジアン)
エイドリアン・レイメント (ザ・ツインズ)
ニール・レイメント (ザ・ツインズ)
アンソニー・ウォン (ゴースト)
ランダル・ダク・キム (キー・メーカー)
コリン・チョウ (セラフ)
アンソニー・ザーブ (ハーマン評議員)
イアン・ブリス (ベイン)
グロリア・フォスター (予言者 / オラクル)
ヘルムート・バカイティス (設計者 / アーキテクト)
【Zero的評価】 100円
【リピート率】 ★★
【見所】 とりあえずツインズ。
【鑑賞本数】 年間:30作目 通算:136作目
【 感 想 】
話題作マトリックスの第二章。話の難解さに輪がかかってますます判らない映画になっている。見応えは確かにあるのだが、視覚聴覚から入ってくる映像と音に頭が処理しきれず疑問符が残る。
人類の希望、救世主ネオは何から救いだすのだ。マシン対人間の戦いに終わりを告げるべき存在なのか。だけど、機械と戦っても勝つわけがないと思ってしまう。機械は機械であって命なき存在なのだから。不死身なのだから勝てるわけがない。
モーフィアスはネオを救世主と信じて行動を共にする。トリニティは愛した人こそ救世主と預言されたからネオを救世主と認める。当の本人ネオは自分が救世主ではないことを知っていながら救世主として生きることを決意する。
誰が救世主でもかまわない。信じる拠り所が欲しいのかと思ってみる。救世主がいること=何もしなくても勝手に未来が開ける。もしくは救世主になること=自らの意志で未来を切り開く。未来は決まっておりそこに導くのと、未来は決まっておらず何があるのかわからないのとでは全然意味が違う。
モーフィアスはネオが救世主だと信じ、ネオが救世主と言い切る。人はそのモーフィアスの言葉を信じ、ネオに希望を見出す。だけど、それは他力本願でずるい。極端な言い方をすると人類が存続するのも滅亡するもネオ次第。面倒なことはネオに預けて失敗したらネオのせいにしてしまえという風にもとらえられる。
それでもナイオビのように少しの可能性をかけてモーフィアスの言葉を信じ行動したり、リンクのようにタンクの意志を受け取ってネブ号の操縦を買って出たり、ジーのように闘うことで守ろうとしたりする人もいる。ノリで救世主ネオを崇めるのではなく、自らの意志で生きる事、次世代に残そうとする意志は感じ取れた。生きていたい。ただ、それだけなのだとも思った。
3部完結という大前提があるから中途半端な終わりになるのは仕方ないにしろ、登場人物多すぎて混乱気味ではある。
タイタンA.E.
≪公開時コピー≫それは地球の滅亡から始まった。
地球再生、それは人類最大の冒険。
製作国:アメリカ
製作年:2000年
公開年:2000年
【監督】 ドン・ブルース
ゲイリー・ゴールドマン
【製作】 デヴィッド・カーシュナー
ゲイリー・ゴールドマン
ドン・ブルース
【出演】 マット・デイモン (ケ―ル)
ドリュー・バリモア (アキーマ)
ビル・プルマン (コルソ)
ネイサン・レイン
ジョン・レグイザモ
【Zero的評価】 50円
【リピート率】 ★
【見所】 個性豊かなエイリアン。
【鑑賞本数】 年間:29作目 通算:135作目
【 感 想 】
よくあるストーリー。真新しさはない。二番煎じという印象。日本のアニメに似たような話が転がっていると頭の片隅で思ってみる。アメリカのアニメは人物の書き方が独特でやっぱり好きになれない。変にデフォルメしていて、手足が長すぎとか、顔四角すぎとか。好みの問題ではあるが、受け入れ難い。最新の3D-CGを駆使している割にこれぐらいのものしか作れないのかと思ってみる。
地球が壊滅し、生き残ったわずかな人類は宇宙ステーションでエイリアンと共存している。物語=作り話は何でもありとはいえ、ありきたりすぎてがっかりする。しかも、人はエイリアンに虐げられていて…という設定も安直でがっくりくる。
人類の未来を握る指輪を託されたケールは、父タッカー教授の乗り込んだ宇宙船を探す旅にでる。なぜか、親切に力を貸してくれるコルソ船長を疑わず、ほいほい信じて探しに行くあたりが若さゆえの行動と思ってみる。
苦難、困難を乗り越えてこそ、人は成長するものだが、次から次へと押し寄せる苦難に正直食傷気味。隕石やその他諸々の出来事に、怪我せず、生きているのが不思議だ。山場作りすぎたら飽きてくる。美人飛行士アキーマと恋におちるのも、正直安っぽいと思ってしまう。よくよく考えたらアメリカ製作の困難超え系の映画は必ず主人公とヒロインが恋におちる。ある意味、ストーリーとしての定石なのだろうか?そろそろ違う路線開拓してみませんか?と言いたくなってくる。
わざわざ大金使ってできあがったのが、タイタンA.E.というのはお粗末な結果。設定とかストーリーボードを日本人に渡したらもっと面白い、大スペクタルなSFアニメができると思う。地球滅亡後とか、宇宙コロナとか日本人が得意とするジャンルだと思われる。
音楽の使い方はうまいと思ったけれど、それぐらいだろうか。全般中途半端さが目について純粋に楽しむ気にはなれなかった。時間つぶしにはいいが・・・。
小説家を見つけたら
≪公開時コピー≫あなたが教えてくれた、
人生がこんなに美しいこと。
製作国:アメリカ
製作年:2000年
公開年:2001年
【監督】 ガス・ヴァン・サント
【製作】 ショーン・コネリー
ローレンス・マーク
ロンダ・トレフソン
【出演】 ショーン・コネリー (ウィリアム・フォレスター)
F・マーレイ・エイブラハム (クローフォード教授)
アンナ・パキン (クレア・スペンス)
ロブ・ブラウン (ジャマール・ウォレス)
バスタ・ライムズ (テレル)
マイケル・ピット
マイケル・ヌーリー
リル・ゼーン
【Zero的評価】 200円
【リピート率】 ★★★★
【見所】 フォレスターの思いやり。
【鑑賞本数】 年間:28作目 通算:134作目
【 感 想 】
よくあるブラック・アメリカン青春ドラマ。ステップアップして、挫折して、それを乗り越える。そういうありふれた話。劇的な何かがあるわけではないが、静かにゆったりと時間が流れている優しい映画ではある。
主人公ジャマールは黒人の高校生。学校のテストでは適当に力を抜いて、目立たず普通であることを心がけている少年。その実、手帳に小説を書き溜めている文学少年の一面を持ちながら、級友達とバスケを楽しむスポーツ少年の一面もある。どこにでもいそうな高校生だけど、内面は親のことや家計のこと、将来の夢で揺れ動く思春期の少年。
友人との悪ふざけからバスケコートの側のアパートに住む謎の人物の家に忍び込むジャマール。それが幻の小説家。ウィリアム・フォレスターの家で、バックパックを部屋に忘れてしまったことから二人の友情ははじまる。ジャマールの書き溜めた小説を勝手に添削するフォレスターにジャマール怒るが、添削自体は的を射ており、次第にフォレスターの部屋へ入り浸るようになる。
全国共通試験で実力をだしたジャマールは学校からの推薦でさらに優秀な高校へと転校する。飛び級のあるアメリカでは日常的な行為なのだろうが、日本人である自分の目には不思議なモノに移る。優秀な生徒の優秀さを最大限引き伸ばす。アメリカという国の懐の大きさを思ってみる。
親を含め周囲に信頼できる大人があまりいないジャマールが唯一フォレスターを慕っていく姿を丁寧に描いている。一方でフォレスターはジャマールをどう扱っていいのかわからず戸惑っており、その対比が面白い。
人が誰かに出会うことは偶然の様であって、必然。フォレスターには心を開いたジャマールだが、クロフォード教授には心を閉じていた。何が原因なのかは見ればわかるが、どちらも同じ心なのに対応が異なる。人の心はあいまいで難しい。
感動的な何かはないけれど、年齢を超えた友情に心がほんわかと温まるような作品だ。
耳に残るは君の歌声
≪公開時コピー≫絶対に泣かない。
きっと会えるから
製作国:イギリス/フランス
製作年:2000年
公開年:2001年
【監督】 サリー・ポッター
【製作】 クリストファー・シェパード
【出演】 クリスティナ・リッチ (スージー / フィゲレ)
ジョニー・デップ (チェーザー)
ケイト・ブランシェット (ローラ)
ジョン・タートゥーロ (ダンテ)
ハリー・ディーン・スタントン (フェリックス)
オレグ・ヤンコフスキー (父)
クローディア・ランダー=デューク (幼少のフィゲレ)
【Zero的評価】 100円
【リピート率】 ★★★
【見所】 白タイツのデップさん
【鑑賞本数】 年間:27作目 通算:133作目
【 感 想 】
前知識なく見たため、見終わった後に「?」が残った映画。
1927年。ロシア。ユダヤ人の少女フィゲレが父親とかくれんぼしている所からはじまる。見つけて欲しい、見つかりたくない。草薮の中のフィゲレ視点で回っているカメラがフィゲレの気持ちをうまくとらえている。お父さん大好きというフィゲレの気持ちと、父親の可愛がる気持ちがほほえましい。貧しくてもきちんと家族としてつながっている雰囲気がにじみでている。
場面が一転して、フィゲレの住む村に戦火が押し寄せる。取る物も取れず逃げる。父親の写真を胸に抱き、荒れ野に立ち尽くすフィゲレ。幼い身に起きた出来事が痛々しい。
幼いフィゲレがロンドンに渡り「スージー」という新しい名をつけられる。彼女が唯一自分であることを証明出来るのは父親が口にしていた歌。透きとおる儚げな歌声が悲しい気分にさせられる。
父親を探す資金を作る為にパリに出て、コーラスガールとして働き出す。そこで出会う強かなロシア人ローラ、ジプシーのチェーザー、アリアの名手ダンテ。歌でつながっていく人々。パリという土地で出会う移民達。それぞれの胸中は様々だが、共通するのは皆強かである。
全体を通して暗い色調でユダヤ人とかジプシーとか、迫害された人たちをあえて淡々と描いた感がある。ユダヤ人のスージーとジプシーのチェーザーが惹かれあっていく様子が静かできれいだ。チェーザーが仲間のいる村で子どもを抱いて「皆、家族だ」と口にするシーンが印象的。血がつながっていても他人のような家族もあれば、血のつながりがなくても家族であることもできる。家族の定義は気持ちのありようなのかと思ってみる。
第二次世界大戦という時代に翻弄された人々の話なのだと思う。ジプシーだから、ユダヤ人だから、自分でどうにもできない理由で迫害される。納得など全くできないのに、どうすることもできない。どうすることもできない事実が切ない限りである。
デスペラード
≪公開時コピー≫10秒に1人を葬る
復讐のショータイム。
製作国:アメリカ
製作年:1995年
公開年:1995年
【監督】 ロバート・ロドリゲス
【製作】 ビル・ボーデン
ロバート・ロドリゲス
【出演】 アントニオ・バンデラス (マリアッチ)
サルマ・ハエック (キャロリーナ)
ヨアキム・デ・アルメイダ (ブチョ)
チーチ・マリン (バーテンダー)
スティーヴ・ブシェミ (ブシェーミ)
カルロス・ゴメス (ライト・ハンド)
クエンティン・タランティーノ (集金人)
アルバート・ミシェル・Jr
カルロス・ガラルドー
アブラハム・ヴェルデュスコ
ダニー・トレホ
【Zero的評価】 100円
【リピート率】 ★★★
【見所】 さすらいのギターマン“マリアッチ”の行動
【鑑賞本数】 年間:26作目 通算:132作目
【 感 想 】
何だかトホホな気分を味わった。バンデラスは色気と哀愁が漂っていてかっこよかったし、サルマ・ハエックは色気があってグラマラスでセクシーだった。だけど、辻褄のあわないストーリーに釈然としない思いが残る。
愛するものを殺されたマリアッチは仇を討つべく、ギターケース片手にさすらいの旅をしている。仇の名は悪名高いギャングのボス麻薬王ブチョ。彼がアジトとする町を見つけ出すそこで一暴れするパリアッチ。まるでタンゴを踊るような流麗な動きで銃撃戦を繰り広げる。動きの美しさはロドリゲスらしい見せ方ではあると思う。淡々と顔色変えずに踊るように銃を撃ちまくるマリアッチ=バンデラスはかっこよくあった。バンデラスの動きに魅入ったのは事実。スパニッシュならではの色気はあった。
マリアッチは復讐心だけでブチョを執拗に追い続ける。ブチョに殺された恋人をそこまで愛していたのか。自己満足なのか。恋人を愛している割にはキャロリーナとあっさりといい仲になってしまう。それでいいのか!?とツッコミを入れたい。
敵なのか味方なのか。謎のナイフ使いを演じるダニー・トレホ。融通のきかなそうな頑固そうな所がいい。ただ、ダニー・トレホ演じるナイフ使いのおかげでシニカルにしたいのか、コミカルにしたいのかが見えなくて惜しい。
ロドリゲスのテンポの良さと選曲のセンス、絶妙なキャスティングは好きだが、間抜けな決めポーズと間の外し方に力が抜ける。それがロドリゲスの魅力なのかもしれないが、あまり続くとしつこく思える。
麻薬はロクでもない。それを売って荒稼ぎをするギャングもロクでもない。しかも、ブチョの仕返しを恐れていいなりになっている人々もロクでもない。だけど、そういう世界が現実にある。作りモノの世界ではあるが、全くの虚構ではない。そういう世界をストーリーの一部として見せ付けるのがあざとい。視聴率取るために手段を選ばないように見えて興ざめした。
アニマトリックス
≪公開時コピー≫製作国:アメリカ
製作年:2003年
公開年:2003年
【監督】 アンディー・ジョーンズ
前田真宏
渡辺信一郎
川尻善昭
小池健
森本晃司
ピーター・チョン
【製作】 アンディ・ウォシャウスキー
ラリー・ウォシャウスキー
マイケル・アリアス
スペンサー・ラム
【出演】 キャリー=アン・モス (トリニティ)
キアヌ・リーヴス (ネオ)
ケヴィン・マイケル・リチャードソン (サディアス)
パメラ・アドロン (ジュエ/マナブ)
ベッド・フォード (老婆)
ジュリア・フレッチャー (インストラクター)
デイン・デイヴィス (マシン大使)
クレイトン・ワトソン (キッド)
ヘディ・ビューレス (シズ/霧島陽子)
フィル・ラマール (デュオ)
ビクター・ウィリアムズ (ダン)
アレックス・フェルナンデス (トム)
キャス・スーシー (雅次)
ジェームズ・アーノルド・テイラー (アッシュ)
メリンダ・クラーク (アレクサ)
ロドニー・ソールスベリー (カイロン)
【Zero的評価】 100円
【リピート率】 ★★
【見所】 マトリックスがマトリックスたる所以
【鑑賞本数】 年間:25作目 通算:131作目
【 感 想 】
マトリックスのサイドストーリー、9編の短編オムニバス集。マトリックスだけでは何が何だか今イチよくわからないだけに補足としてみる分には助かったと思えた部分もある。モーフィアスやトリニティのいる世界がどうして成り立ったのかとか、そもそもロボット対人間から争いがはじまったとか、そういう初期設定が見えたのはよかった。
ただ、思ったことはマトリックスの世界にはアシモフの唱えるロボット三原則はないらしい。それがあればロボット対人間という争いはないだろう。人間がロボットに隷属することもないだろう。そこには理性は取り残されていない。西洋思想的ではないなとぼんやりと思った。
セカンドルネッサンスあたりを見ていて、どこかで観た映像だなと考えてみたら鉄腕アトムだった。欧米人はアシモフ、日本人は手塚治虫を超えられないと思ってみる。そう思うとこの2人は偉い人物だ。
製作、監督の大半が日本人だから、テレビつけたらやっているアニメ感覚で見ていた。アニメに関して言えば日本の技術は十分に通用する。しかもレベルも高い。リアルさの中に独特の世界観がある。アニメ、漫画大国日本もそう悪くはない。
ロボットというのは未来の夢ではある。人の代わりに仕事して、しかもプログラムであるから正確に迅速にこなす。だけど、そのプログラムは人が作るものであるからして、万能ではない。どこかにバグは発生する。そのバグがロボットの暴走につながったのではないだろうか。機械として粗雑に扱えばそれなりのモノが返ってくる。機械であっても命はあると思う。人権とは異なるものだけど、だから、機械、ロボットが反乱を起こし、結果、自分たちが動くためのエネルギーを人間で供給するマトリックスの世界を、話としてすませてはならないと思ってみる。
人間のエゴが招いた結果のマトリックスの世界。プログラムが暴走した世界。廃墟。これがもしかしたら近い未来の地球の姿なのかもしれない。
