ザ・コア
≪公開時コピー≫地球の復讐
あなたは、世界の終わりを目撃する。
製作国:アメリカ
製作年:2003年
公開年:2003年
【監督】 ジョン・アミエル
【製作】 ショーン・ベイリー
デヴィッド・フォスター
クーパー・レイン
【出演】 アーロン・エッカート (ジョシュ・キーズ博士)
ヒラリー・スワンク (レベッカ“ベック”チャイルズ)
デルロイ・リンドー (ブラズ)
スタンリー・トゥッチ (コンラッド・ジムスキー博士)
チェッキー・カリョ (サージ・レベック博士)
リチャード・ジェンキンス (トーマス・パーセル将軍)
アルフレ・ウッダード (スティックリー)
ブルース・グリーンウッド (ロバート・アイバーソン船長)
DJクオールズ (ラット/セオドア・D・フィンチ)
【Zero的評価】 50円
【リピート率】 ★
【見所】 地球の“コア”
【鑑賞本数】 年間:89作目 通算:250作目
【 感 想 】
最初から全くといっていいほど期待していないが、観終って言い様のない疲労感が押し寄せた。出来で言えば、金と時間がかかっている映画だと思われる。「アルマゲドン」を地下に潜らせ、「デイ・アフター・トゥモロウ」要素を入れたら、「ザ・コア」が出来上がる。パニック映画にだったら面白かったかもしれない。
事実、途中まではかなり真剣に見ていた。科学映画というほど大げさなものではないが、科学要素があり、目を離すとわからなくなるので、見入っていた。特に潜水艦バージルが出来上がっていく過程は興味深く見ていた。仕組み、設計ともにありえないが、よくできている。
ジョシュ、サージ、ブラズは事情を知らず、地球が正常に活動する為にベストを尽くす。レベッカやロブらNASAの人間たちも、シミュレーションで模擬テストを繰り返す。その過程は凝っており、見応えはある。だが、博士といえども、専門知識はあっても、宇宙(地下だけど)活動は全くの素人なわけで、たいした訓練もせずに行ってしまっていいのだろうか。
そもそも地球の核に行くことができるのかと言ってしまったらおしまい的なことを思う。その辺から、アメリカの俺様気質、アメリカ至上主義が垣間見えて鼻白む。
バーセル将軍とジムスキー博士のやりとりにきな臭さを感じていたが、案の定という展開でがっくりくる。本気でアメリカはパニック系映画作るのをやめてほしい。「世界のリーダーたるアメリカ」という看板をおろさないと世界から嫌われると心底思った。
未知なる領域に踏み込む勇気はかうが、地球の核にたどりつくというのはかなりムリがある。着眼点は斬新だが、ストーリーはお粗末だ。しかも、見え見えの伏線をはって、レベッカが成長する様を見せたり、家族を守るために犠牲となったり、死ぬ直前で復活する友情だったりがあり、急速になえました。その上、ラストがあんなのって…。安っぽい三流ドラマじゃないのだから・・・。
NANA
≪公開時コピー≫夢を歌う。夢に恋する。
そして、二人は夢を奏でていく。
製作国:日本
製作年:2005年
公開年:2005年
【監督】 大谷健太郎
【製作】 近藤邦勝
【出演】 中島美嘉 (大崎ナナ)
宮崎あおい (小松奈々 / ハチ)
成宮寛貴 (寺島伸夫 / ノブ)
松山ケンイチ (岡崎真一 / シン)
平岡祐太 (遠藤章司)
サエコ (川村幸子)
伊藤由奈 (レイラ)
水谷百輔 (藤枝直樹 / ナオキ)
能世あんな (早乙女淳子)
高山猛久 (高倉京介)
丸山智己 (高木泰士 / ヤス)
玉山鉄二 (一ノ瀬巧(タクミ)
松田龍平 (本城蓮 / レン)
【Zero的評価】 100円
【リピート率】 ★★
【見所】 毒っ気のないハチ。可憐ですらある。
【鑑賞本数】 年間:88作目 通算:249作目
【 感 想 】
原作がヒットしている映画化が最近多いのはリスクが少ないからだというのはわかる。そして、そういう作品で原作を読んでしまったものは見ると後悔するというのもわかっている。わかってはいるが、見てしまった。それも劇場で、わざわざ。見終わった後に、キャストにえらい気を使ったなとも思ったし、世界観は忠実で金もかかっているなとは思った。だが、ダイジェスト版になってしまったなとも思う。
キャストはイメージ通りだったが、しゃべらせるとやっぱり違うと思ってしまった。ナナは、見た目はナナだったが中身はナナほど男気があるわけでもなく、普通の女の子だった。割とナナを中心に話を組み立てていた割にナナらしい一面が見えるシーンがなかったのが残念だ。
ハチは原作よりかわいらしかった。自分勝手で、人の話を聞かないセルフィッシュな女の子=ハチだけど、女だからこその勝手な部分とか、イヤな部分がきれいに抜け落ちていて、スクリーンの中にだけ存在する女の子になっていた。あのハチなら飼いたい。
他のキャストもすごくしっかり原作のイメージ壊さないよう配慮しているのは見えた。脇役達はかなりしっかりしていて、ハチのバイト先のお局、レイラははまっていた。ノブとシンはどちらも大きすぎてそれってあり?と思った。特にシンは美少年で華奢な子だけに、「松山ケンイチ、太い」と思ってしまった。レン演じる松田龍平はキャスティングの時点でミスキャストだと思っていただけに、見ても違和感は増すばかりでがっくり。
ナナ、レンはセリフが棒読みだったり、感情の起伏が変だったり、「演じている」のが見えた。やっぱり原作モノはイメージが定着しているから難しい。作るのも、演じるのも、見るのも。
ただ、やっぱりライブシーンだけは劇場で見ると迫力があってよいと思った。でも、ライブシーンが短くて、もう少し長くてもよいと思った。聞きたければCD買えということなのだろう。あこぎだ。
ソウル・フード
≪公開時コピー≫すべての家族が求めている
製作国:アメリカ
製作年:1997年
公開年:1998年
【監督】 ジョージ・ティルマン・Jr
【製作】 トレイシー・E・エドモンズ
ロバート・テイテル
【出演】 ヴァネッサ・L・ウィリアムズ (テリー)
ヴィヴィカ・A・フォックス (マキシーン)
ニア・ロング (バード)
マイケル・ビーチ (マイルス)
メキー・ファイファー (レム)
ブランドン・ハモンド (アマッド)
イルマ・P・ホール (ビッグママ / ママ・ジョー)
ジーナ・ラヴェラ (フェイス)
メル・ジャクソン (シミュエル)
ジョン・M・ワトソン.Sr (ピート叔父さん)
【Zero的評価】 1000円
【リピート率】 ★★★★★
【見所】 アマッドとママ・ジョー。
【鑑賞本数】 年間:87作目 通算:248作目
【 感 想 】
とある黒人一家の「家族」の話。ビッグマム、ママジョーを主とする一家。長女のテリーとマイルス。弁護士夫婦で家族の中では、一番リッチな夫婦。次女のマキシーンとケニー。子どもたちアマッドとケリー。マキシーン夫婦はいつもホット。三女バードとその夫レム。新婚でアツアツではあるが、些細なことで問題を起こしている。レムは前科者で家族のうけは今イチよくない。
毎週、日曜日には家族が集まり、マカロニチーズ、フライドチキン、臓物パイなどのソウル・フードを囲み「日曜ディナー」を過ごす。3人姉妹は些細なことでけんかが絶えず、ぐちをこぼすことも多い。だが、ビッグマムがユーモアを交え、いつも場をとりまとめる。ソウル・フードを食べ、家族のきずなの重要さを常に口にする。時には厳しく、時には優しく、笑いとユーモアをもって、家族の大黒柱的なビッグマムに皆、頭があがらない。だが、そのビッグマムが倒れ、家族のきずなが揺らぐ。些細なきっかけではあるが、全てが悪いほうへ流れてしまう。
家族がバラバラになっていくことに心を痛めるアマッド。ビッグマムのお気に入りになるにはそれだけの理由があり、誰よりもビッグマムの真意を汲んでいる。だから、ママとテリー、バードとレムの仲が悪くなることに悲しくなる。10歳とか11歳とか、そういう幼さで自分のことよりも家族に心を配るアマッドの優しさが切ない。
大人はアマッドを子ども扱いするが、アマッドよりも大人のほうが子どもで自分勝手だ。そのうえ、大人の事情をふりかざすからタチも悪い。
家族がバラバラになっていく様を丁寧に描いている。テリー、マキシーン、バード、それぞれにプライドや想いがあり、それぞれの想いをさりげなくストーリーに練り込んでいる。一族としての家族、一家としての家族、伝統や習慣、何を大切にするべきか、そういうものを考えさせられる。ラストのアマッドの本音を吐き出すシーンは胸がキュンとなる。
ニック・オブ・タイム
≪公開時コピー≫90分の命-
偶然が選んだ一人の平凡な男
製作国:アメリカ
製作年:1995年
公開年:1996年
【監督】 ジョン・バダム
【製作】 ジョン・バダム
【出演】 ジョニー・デップ (ジーン・ワトソン)
クリストファー・ウォーケン (スミス)
チャールズ・S・ダットン (ヒューイ)
マーシャ・メイソン (グラント知事)
ピーター・ストラウス (ブレンダン)
ロマ・マフィア (ジョーンズ)
グロリア・ルーベン (クリスタ)
コートニー・チェイス (リン)
G・D・スプラドリン (謎の男)
【Zero的評価】 50円
【リピート率】 ★
【見所】 逃げるジョニデ。追うジョニデ。
【鑑賞本数】 年間:86作目 通算:247作目
【 感 想 】
総選挙だからというわけではないが、州知事選にまつわる作品を見た。単純にジョニー・デップがでているから手にとっただけだが、これがあくびの止まらない退屈な作品だった。
ジョニー・デップ演じるジーンが娘を人質にとられ、州知事を暗殺するよう命じられる。はじまりはよかった。ロサンゼルス駅へ入ってくる電車。駅の2階部分から誰かを探す男と女。時計。改札を抜け、駅の中に入ってくるジーンとリン。時計。何かが置きそうな予感がする。誰かを探す男と女。スミスとジョーンズの会話もうまい。
スミスとジョーンズに身柄を拘束されたジーンはどうにかして娘を助け出そうとする。あの手この手で助け出そうとする姿は、必死でがんばれと思った。幼い娘を助ける父。映画の中の作り物の世界だということは承知しているが、なぜか違和感がある。妻を失い、唯一の家族。失いたくない気持ちもわかるが、一途に娘を愛している姿が、そういうものなのかとどこか冷めた目で見ている自分がいた。
仕事を終えれば、パパはヒーローになるの?と無邪気に問うリン。それに対してパパはパパだと応えるジーン。時代が変わったのだと実感した。人を殺すこと=ヒーローではないという価値観にアメリカも変わっているのだと思って見る。
ジーンの頭のよさは全体を通して伝わる。税理士という職業。黒人少年、靴磨きヒューイや、知事秘書とのやりとり。どれをとっても賢さはにじみ出ている。だから、話の方向性として、州知事暗殺の真意を見出すのかと思ったが、そうではない。何故、州知事を暗殺するのか犯人側の真意がつかみきれず納得がいかない。バーで男たちが州知事のスピーチをテレビで見ながら「黒人、アジア系、ヒスパニックばかりの側近。WASPがいないじゃないか」と語るあたりに州知事暗殺の狙いが隠されているように思う。
スミスたちが何故ジーンに執着するのか。自分たちでできるならやれよと思ったのはここだけの話だ。
サウンド・オブ・サイレンス
≪公開時コピー≫娘の運命は、心を閉ざした少女に委ねられた!
…絶対に教えない。
製作国:アメリカ
製作年:2001年
公開年:2002年
【監督】 ゲイリー・フレダー
【製作】 アーノン・ミルチャン
アーノルド・コペルソン
アン・コペルソン
【出演】 マイケル・ダグラス (ネイサン・コンラッド医師)
ショーン・ビーン (パトリック・バリー・コスター)
ブリタニー・マーフィ (エリザベス・バロウズ)
スカイ・マッコール=バートシアク (ジェシー・コンラッド)
ファムケ・ヤンセン (アギー・コンラッド)
ジェニファー・エスポジート (サンドラ・キャシディ刑事)
ガイ・トーリー (マーティン・J・ドーレン)
オリヴァー・プラット (ルイス・サックス医師)
ショーン・ドイル (ラッセル・マドックス)
ヴィクター・アルゴ (シドニー・サイモン)
ポール・シュルツ
【Zero的評価】 100円
【リピート率】 ★★★★
【見所】 ネイサンの頭のきれ具合。
【鑑賞本数】 年間:85作目 通算:246作目
【 感 想 】
公開当時から見たいと思っていた「サウンド・オブ・サイレンス」。原題のほうが数段、中身をよく表している。何故、あえて、このタイトルなのだろう。精神科医ネイサン。娘を人質にとられる。交換条件として、精神科病棟に入院しているエリザベスから6桁の数字を聞き出す。
精神科医とサスペンスの組み合わせは意外と相性がいいと思った。人の心ほど危ういものはないし、サスペンスの意味として「不安」といった意味合いを持つことからも、相性の良さはうかがえる。
エリザベスを初診で「頭がいい子だ」と見破るネイサンも頭がいい。その頭のよさ加減をひけらかすのではなく、伏線をはりつつ、例えば誘拐犯に「頭がいい」と語らせる脚本のうまさが憎い。
一見、関係がなさそうに見える二つの事件が同時に進行し、あるきっかけで1つの事件へとつながる。ジグソーパズルのように小さなピースだけでは見えない全体像が一つずつ組み合わさることで、全体ができあがっていく。その様は見応えがある。特にネイサンとキャシディ刑事とが、接点を持たずにラストへ行き着く仕掛けはうまいと感心する。手堅いサスペンスだ。
全く違う視点でこの映画を見ると「家族」が見える。マンションでのネイサンとジェシーのユーモアあふれたやりとりから妻と娘を愛していることが伺える。それを惜しみなく口にし、態度で示す。医者として成功し、リッチな生活をするネイサンは、嘘臭いぐらいに出来た人間。だから、事件に巻き込まれていくことで、ストーリーが成り立つのかと思ってみる。
一方、エリザベスと父親との親子関係ははっきりとは見えないが、裕福ではなくても愛はある。それ故に父を失ったことがエリザベスのトラウマとなり苦しめる。それもやはりストーリーにしっかり絡んでいるのがうまい。
ただ、全体的にご都合主義な部分が見えるため、所々興ざめする部分もある。これさえなければ、文句なしの面白い映画だった。もったいない。
アサシン
≪公開時コピー≫傷つきやすい「凶器」が、ひとり。
製作国:アメリカ
製作年:1993年
公開年:1993年
【監督】 ジョン・バダム
【製作】 アート・リンソン
【出演】 ブリジット・フォンダ (マギー)
ガブリエル・バーン (ボブ)
ダーモット・マローニー (JP)
アン・バンクロフト (アマンダ)
ハーヴェイ・カイテル (掃除屋ヴィクター)
ミゲル・ファーラー (カウフマン)
オリヴィア・ダボ
ジェフリー・ルイス
【Zero的評価】 200円
【リピート率】 ★★
【見所】 アメリカンテイストなニキータ。
【鑑賞本数】 年間:84作目 通算:245作目
【 感 想 】
「ニキータ」のハリウッド版「アサシン」。これも一回は間違いなく見ているが遠い昔に見たのでぼんやりとしか記憶に残っていない。改めて見て、これはひどいと直感的に思った。ほとんど丸々ニキータを焼き直しているのだが、ニキータにはあった「バイオレンスの中にある映像美」がきれいさっぱりなくなっており、大ぶりな味付けのただの派手なアクション映画でしかなくなっている。
変な端折り方をしているので、ニキータにあった整合性が崩れてしまい、中途半端な作品になってしまったのがとても残念だ。ブリジット・フォンダ演じるマギーはニキータに負けず劣らず存在感と憂いと美しさがあったから余計に残念だ。
アメリカ人とフランス人の国民性の違いがくっきりと浮きぼられているのが興味深くはある。セリフに重きをおくのが米国風であれば、間を大切にするのがフランス風かと思われる。判り易さでいえば断然「アサシン」ではあるが、セリフによる説明が多いだけに野暮ったくもある。
J.Pとボブ、二人の間で揺れ動くマギーと、マルコとボブの愛を受けて人として生き返るニキータと、質は全然違う。多分「愛する」という概念の違いなのだろう。ニキータは人ではなく、動物のような野放しの「人」ではない生き物だったのに対して、マギーは人でしかない。ニキータのように、ジャンキーで、野蛮なふるまいをしても「人」としてのぎりぎりのラインは保っている。それが、ニキータとアサシンの違いだと思われる。
好みの問題なので、どちらがいいとは言わないが、ニキータを先に見ると違和感があった。解釈の違いなのだろうが、ボブに愛してほしくて、あてつけみたいにJPとつきあっているように見えなくもない。個人的には断然「ニキータ」のほうが好みではある。
原題の「PointOfNoReturn」と、ラストで映される壁に大きく引き伸ばされた憂い顔のマギーの写真。この二つが唯一うまいと思ったポイント。
エレファント
≪公開時コピー≫いつもと同じ1日だと思ってた。
製作国:アメリカ
製作年:2003年
公開年:2004年
【監督】 ガス・ヴァン・サント
【製作】 ダニー・ウルフ
【出演】 ジョン・ロビンソン (ジョン)
アレックス・フロスト (アレックス)
エリック・デューレン (エリック)
イライアス・マッコネル (イーライ)
ジョーダン・テイラー (ジョーダン)
ティモシー・ボトムズ (ジョンの父)
【Zero的評価】 320円
【リピート率】 ★★★
【見所】 静かな抵抗。
【鑑賞本数】 年間:83作目 通算:244作目
【 感 想 】
実際に起きた高校生銃乱射事件をモチーフにした作品。ジョン、イーライ、ジョーダン、ネイサン、アレックス、エリック、女子高生の3人組。それぞれの視点で事件までの数分を追っている。ジョンがイーライと話すシーンが、ジョンの視点と、イーライの視点とある。そういう作り方に気がつくのに時間がかかった。
これといった会話や説明があるわけではなく、それまでのいつもと同じ一日の延長線を撮った映画。ことさら問題視するわけでも、内面を掘り下げるわけでもなく、ただ、撮っただけ。普通の高校生が素のままの学校生活をフィルムにおさめた。そんな印象。だから、余計に起きてしまったことが残酷でひどいと思った。こんな映画見せないでくれと思った。
単純な平凡な毎日の繰り返し。その日も、いつもと同じ一日だと誰もが思ったに違いない。学校に来て、授業を受け、ランチをとり、学校を後にし、家に帰る。同じ繰り返し。そう思っていたはずだ。それが一瞬にして全てが無になる。
銃を手にしたアレックスとエリックは何を思ったのだろう。校舎から出てきたジョンに中に入らないほうがいいと声をかけたのも、ピアノを弾いているのも、いじめられてみじめな思いをしているのも、銃を手にしているのも、どれも同じアレックス。
思いやりや優しさがあるようで、残虐で残酷な一面もある。それは誰もがもつ人としての基本仕様だが、それをあえて隠しているはず。だけど、何かの瞬間に、マイナスの面が表に出てしまったのがアレックスなのかもしれない。何もかも壊したくなった経緯は不透明だが、そうでもしないと生きていられなかったアレックスが悲しい。
ポスターにもなっているジョンが涙を流すシーンが静かで綺麗で切ない。何を思って流した涙なのかはわからない。ひっそりと空き教室であふれだした感情と涙をやりすごそうとしている。そうやって心の中にたまったものをひっそりと流す姿が痛々しいけれど、綺麗だった。
レオン/完全版
≪公開時コピー≫凶暴な純愛。
製作国:フランス/アメリカ
製作年:1994年
公開年:1996年
【監督】 リュック・ベッソン
【製作】 パトリス・ルドゥー
【出演】 ジャン・レノ (レオン)
ナタリー・ポートマン (マチルダ)
ダニー・アイエロ (トニー)
ゲイリー・オールドマン (スタンフィールド)
ピーター・アペル (マイキー)
マイケル・バダルコ (マチルダの父)
エレン・グリーン (マチルダの母)
サミー・ナセリ
ジャン=ユーグ・アングラード
【Zero的評価】 320円
【リピート率】 ★★★★★
【見所】 気持ちのすれ違い加減
【鑑賞本数】 年間:82作目 通算:243作目
【 感 想 】
レオンのマネをして、観葉植物を購入し、サングラスをかけ、牛乳を飲む人間がいた。それぐらい影響力のあるかっこいい男である。今回、レオン完全版を手にし、見終わった後に思ったことは愛の物語だということ。細かいディティールは記憶にないが、ぼんやりとガンアクションが派手なアクション映画というイメージが強く残っていただけに記憶との差に驚いた。
シンプルでストイックなレオンがマチルダという少女と出会ってから、マチルダに振り回されながらも変わっていく。それは殺し屋として自分の心すら殺してしまった男が心を取り戻す映画。まるでオズの魔法使いだ。
故郷を逃げるように飛び出し、アメリカに渡り、生きていく為に殺し屋となったレオン。心を故郷に置いてきてしまったかのように無感情に依頼を受け、掃除していく。そんなレオンにもルールはある。女と子どもは殺さない。そのルールがマチルダを救う。心がないようで、あるレオンにひかれる。マチルダを拾い、殺そうと試みるができないレオンがいる。その甘さが命取りになるが、レオンの葛藤する気持ちに心がゆらぐ。マチルダがどこまで本気なのか図りきれずに戸惑っている姿が、子犬だと思ってみくびっていたら、思い切りかまれてびっくりしているみたいだ。
一度でもこの世界に足を入れたら、片目をあけて寝るハメになると諭す優しさもある。マチルダの今、一時の、弟を殺された悲しみや憎しみ、感情で足を踏み入れるような世界ではないとたしなめるレオン。大人の意見の、先のことより、今、この憎しみをぶつけずにいられないマチルダの気持ちとに差がありすぎる。でも、どちらの気持ちも人としてありえる思いだから、切なくなる。
何だかんだ言ってマチルダは12歳の子ども。子ども故の性急さでことを運ぼうとしている。それをレオンが大人の視点でうまくリードしていて、いつでも真っ当な世界に戻れるようにしむけている。レオンの思いが切なくなる。
フルタイム・キラー
≪公開時コピー≫生きることは、殺すこと――。
製作国:香港
製作年:2001年
公開年:2004年
【監督】 ジョニー・トゥ
ワイ・カーファイ
【製作】 ジョニー・トゥ
ワイ・カーファイ
アンディ・ラウ
【出演】 アンディ・ラウ (殺し屋トク)
反町隆史 (殺し屋“O”)
ケリー・リン (家政婦チン)
サイモン・ヤム (捜査官リー)
チェリー・イン
【Zero的評価】 50円
【リピート率】 ★
【見所】 物語の本質はどこにあるのか。
【鑑賞本数】 年間:81作目 通算:242作目
【 感 想 】
二人の殺し屋Oとトクの物語。香港版「暗殺者」ともいえるべき作品。無茶苦茶さが香港映画のウリなのはわかっているが、無茶苦茶すぎて呆れる。殺し屋のトップ争いなのか。一人の女性を奪いあうラブ・ストーリーなのか、イマイチつかみ所のない映画だった。
トク演じるアンディ・ラウが変だった。ナルシストで、自意識過剰で、目立ちたがりや。狂っている。Oをひきずり落としてでも、裏社会の暗殺者のナンバー1になりたい。自己顕示欲の塊でそういう役を楽しそうに演じているアンディ・ラウは変わり者かもしれない。
外国映画の中に見る日本とか、外国人が話す外国訛りの日本語を見る度、何とも言えない恥ずかしい気分になる。フルタイム・キラーもトクとOの家政婦チンとが日本語を話す所が、同じ香港人なんだから、広東語話せよとつっこみたくなる。
ストーリーはあるが、ノリで作ったのではないかと思える整合性のなさ。トクが何故Oを狙うのか。単にナンバー1になりたかっただけではないらしい。では、何が目的か・・・は、結局よくわからかなった。
トクがチカチカと点滅したライトを見ると口から泡をふく理由は何なのか。往来のど真ん中で人を殺しても警察は動かない。Oを追いかける香港警察。Oにたどり着くのが意外とあっさりとしていて、いいのかそれでと思った。そして、何故日本語をスラスラと読めるのだ。何というか、脚本がすごい雑だと思ってしまう作品で、見終わった後に疲労感が押し寄せた。
香港という土地が、英国支配だったということもあり、会話に英語と広東語が入り交ざる。香港という土地も文化が混在しているクレオール文化だとぼんやりと思った。だから、例え、ストーリーに整合性がなくてもノリと勢いで作って、作ったもの勝ちなのかなとも思ってみる。
結局、フルタイム・キラーはどこまでか本当なのか、判らなくなった。トクとOの戦い。実は元警官の作り話ではないのだろうかと思ってみる。
略奪者
≪公開時コピー≫地獄の砂漠に逃げ場なし!!
製作国:フランス
製作年:2002年
公開年:2003年
【監督】 ルイ=パスカル・クーヴレール
【製作】 サミュエル・ハディダ
レスリー・ジャン・ポーター
【出演】 ジャン=ユーグ・アングラード (ハーヴェイ)
ヨアキム・デ・アルメイダ (ノア)
シリル・トーヴナン (ヴィクター)
サガモア・ステヴナン (シモン)
ノーツァ・クーアドラ (ファラ)
【Zero的評価】 100円
【リピート率】 ★
【見所】 映像の美しさ。人間関係の攻防戦。
【鑑賞本数】 年間:80作目 通算:241作目
【 感 想 】
バイオレンス系アクション映画らしい。「略奪者」というタイトルはあながち間違いではないが、派手さにかける作品で不思議な感じだった。フランス映画はやっぱり独特で戸惑うことが多い。
1トンの砂金を奪い、クライアントまで運び届ける。主犯格のノア、用心棒のサイモン、ドライバーのハーヴェイ、メカニックのヴィクの4人が砂金の入ったコンテナを積んだトラックで砂漠を走りぬける。人間関係、状況の説明もなく、展開していく。
ハーヴェイは荒涼とした砂漠の中トラックを走らせている。その横に座るヴィク。その隣にはしかめっ面のノア。その隣に苛ついているサイモン。変さが漂っている。使命感もぎらつきもなく、何となく楽しそうでもある。それが一点して、バイオレンスな展開になる。その切り替わりが全く予測がつかなく、ただ、見ているだけで呆然とすらしてしまう。1トンもの砂金があれば独り占めしようとしたり、山分けをしようとしたり、何かは起きる。裏切りもあれば、見捨てもする。
ノアは計画を遂行しようとする。リーダーではあるが悪人ではないので、ハーヴェイにいいように扱われる所もある。はじめのうちは我慢をしていて、ふとした瞬間にたががはずれる。そういう感情の起伏に戸惑う。小心者なのか、賢いのか図りかねる。
ノアが生真面目だから、ハーヴェイは余計にふざけた男に見える。自分勝手、自己中心的で執念深い。自分に素直なのかもしれない。ただ、そのふざけ具合は理解の範疇を超える。平気で嘘をつくし、裏切るし、人も殺す。だから、狂っているとしか思えない。それが怖かった。
砂金強奪から運搬、逃亡ルートが全く不透明で何が起きるのか先が見えない。その作りは最後まで観れば納得はいくのだが、見ている途中はイライラする所もある。これがフランス映画なのだろうか。
映像の質はさすがというか、やっぱりというべきか、美しい。美的感覚はフランス映画を越せるものは少なそうだ。
