ZERO の あしたは どっちだ !? -35ページ目

現在…全てに於いて日本の技術は世界に卓越するレベルと言った者に反論

僕の生活スタイルからすると移動は自転車がメインとなります

休日のスクーターはサスペンションを内蔵するため良いですが

サスペンション機能を持たない自転車では舗装路面の出来が

直接乗り心地に反映してしまい道路工事を繰り返す裏通りの

狭い道はパッチワークキルトのように継ぎ接ぎだらけとなって

他国では見る事のない程の舗装技術の低さを感じるでしょう

 

こんな道を通るのにどんな高級車ですら不快な段差を感じて

決して日本の舗装技術は高くなくむしろどの国より劣っている

と実感すると思いますし高級車程のサスペンションを持たない

自転車やバイクなどはガタゴトと顕著に段差に揺られてしまう

 

これのどこが先進国なのか疑わしくむしろ貧困な文明の薄い

飢餓や貧困に喘ぐ地域の生活様相に等しいとすら思える程

道路の醜さは酷いものだ…と言えるのでは無いでしょうか?

 

麻生太郎が顔を歪ませて… 国で最も偉いと小学生すら思う

総理大臣すら悪行を平然と行える悪徳政治家が罰を受けぬ

間違った常識が横行している今の我が国の間違った方向は

案外こんな事が平然と当たり前になっている事が要因かと?

 

オリンピックで日本を訪れて観光地も訪問される外国人等が

こんな道路を見るならそして車等で通過したなら彼らはきっと

日本は道を疎かにしている民族だと決めつけてしまうだろう

 

そして明らかにそれは役所のせいでなく我等日本国民全員

それを暗黙に了解している間違いを認めざるを得ずに我々は

道の整備に於いては劣った民族と言う事実を認めるべと思う

 

あしたのジョー2 第20話 「俺のバンタム・・・減量への挑戦」 の影響

アニメのあしたのジョー2 第20話 「俺のバンタム・・・減量への挑戦」

動画ではジョーの成長期に於ける体重制限のストーリーだけけれど

僕は既に大人の時期をとうに過ぎているけど挑戦を辞めたくはない

かの敬愛する漫画『あしたのジョー』でジョーの言い放つセリフである

「このバンタムっていうのは あの力石 徹が命を捨ててまで おれとの

勝負をするためにフェザーからおりてきた場所なんだ」と…バンタム

…そう先日まで62kg台の僕は53.524kgリミットのウエイトを得たくなり

僕は目指している ちなみに国際修斗コミッションは、52-56kgと規定

DREAMは、61kg以下と規定してリトアニア・ブシドーは、60kg以下と

規定しているらしいが僕にはそんな体重はとうに会得し成人字での

最低体重の51.8kgまでは行かないにしても憧れたあしたのジョーの

固執したバンタム級の53.524kgには到達したいと深く願っています

2ヶ月前辺りでの62kg台から現在では58kg台を交錯しておりますが

食事制限と共に週一回の低山ではあるものの登山での運動と共に

僕の目指すバンタム級の53.524kg以下におよそ4kg半の減量ですが

日々の食事制限と共に明確な到達点に向け頑張りたいと思います

ツイッターはhttps://twitter.com/j1sit7でタニタスマホ連携体組成計

デュアルタイプ体組成計 インナースキャンデュアル RD-903アプリ

「ヘルスプラネット」からのツイッター連携での公開し嘘偽りのない

公開情報を得る事が出来るでしょうしそれは偽りのない僕の出来る

最大限の体型に関わる努力の結果であり何ら捏造の無い確かな

成果の軌跡でありますので御仁の参考に頂ければ幸いに存じます

データには僕の総ての努力と怠慢さが記録されておりますが時に

ダータに記録されない事前計測もしてあり数回の誤差上の最良点

での優良計測データも存在いしますが計測上の捏造はありません

食生活での主な食事の主食はゆで卵で他は脂肪の少ない食材で

その時折りに好みの食材を足しており好みの食材は100カロリー

前後50を超えない範囲としていて野菜類も150カロリーを超えない

としています 勿論野菜類もドレッシングを含めての計算であって

事実上体重増加は無いとの計算ですが時にオーバーする事も…

原因は不明ですが計算上の誤算と思いますか太ると言う事には

解明出来ない要素もあるようで僕は誤差として後に帳尻を合わす

何かしらのプログラムに変更し調整するしかないと思っています

…まぁ体型調整するのには他に方法は皆無でもありますので…

ピアノの森アニメ第10回目を観ての決断

昨日であっと言う間の第10回になったNHKの放映するアニメ ピアノの森ですが
さすがにもう観れないと思い次回から録画すら消去してしまおうと決めました
画質の悪さ絵の下手さに加えストーリーも稚拙で原作をどう解釈したのか不明
コミックでは全てが音楽は読者の想像力に依存する部分では姑息とも思えます
アニメともなれば原作に相応しい音楽が必要なのにな何とも下手なピアノ演奏
もしもCDやDVDなどのディスクであれば真っ二つに割ってしまう事でしょうね
コレほどの駄作なアニメは多く存在しないでしょう(『聲の形』映画版程度と)
NHKはこのアニメの低品質を恥じ視聴者に謝罪し放映中止にすべきと思います
まぁ原作も終盤はネタ切れで作者のモチベーションも無くなりいい加減であり
技工だけで美談に終始する手法を取っていたため原作者にも責任の一端はあり
こんな駄作を生んでしまう罪悪は原作者を含めての罪悪なのかも知れませんが
プロデューサー・監督・アニメ制作会社など全てに於いて劣った集団の制作物
既に作品とは呼べない歴史的駄作には視聴者への不快感しか与えないゴミです
今の自分には日テレの秀逸な映画版の影響と期待感があったため我慢し10回の
駄作に付き合いましたが今は後悔しかなく何と無駄な時間を費やしてしたのか
不快感を感じる位なら観なければと悔みしか残ってませんバカを見た心境です

NHKの制作するピアノの森についてのその後

TVアニメのピアノの森について今の放映は幼少期を過ぎ日テレしの比較から

逃げるかのように僅かの回で過ぎてしまったのは仕方のなくやむを得ないと…

 

このシリーズに言える事は全般的に演奏がヘタである事でオケすらもがヘタで

ピアニストに至ってはストーリーに沿えぬ低レベルの売れないダイソーCDの域

但し賞賛に値するのはピアノの楽器の鳴りがとても良い事が何よりの救いかと

 

音響効果は元より音源修正も疑いの掛かるとこだけどそれ程理解あれば殊更

現演奏者レベルをまずキャスティングをしないだろうと思います

 

勿論制作スケジュール的にも世界の著名な音楽家を起用出来る予算も時間も

困難に近く日テレ制作は短期で成し得る映画ならではあったと言う事は言える

けどそのレベルが必須な筈なのに妥協し安く制作しているのは原作を劣化し

コミックを貶める事になっているのが現状で面白がってるのは全く音楽無知の

クラシックを知らない俗人でしかなくのだめカンタービレより確実に出来が悪い

エンディングのスポンジーな音程さえ取れない腑抜けた歌も撤廃すべきです

あの歌ならむしろ父親がお風呂の湯船で放屁する音を聞いた方がマシだろう

 

僕自身も今回で本気で観る事はもうないと…まぁ録画しているし暇潰しには)

昨今のNHKの番組制作は多くの番組で極度の低質化していると感じられます

制作費の圧迫でもあるのかも知れませんがテレビ離れは増えるでしょうね…

 

NHKの制作するピアノの森について日テレの映画版と比較できるか?

本日からNHKがシリーズで放映する一色まこと さん原作のピアノの森が暫く放映され続けます

暫くとの発言は予定する期間に それがもたないかも知れない危機に瀕していると感じたからです

 

日テレの映画化で期待大として待ちわびた感が大きい感触もあり また日テレの映画版との比較も多々ありはしますが

NHKはかの偉大な日テレのリリースした映画版に対し多く何らかの事を理解をされていると予測してはおりますが…

 

監督か誰か その犯人は分かりませんがストーリーを はしょり過ぎです 観るのは初めての人が殆どの筈です

理解できないままストーリーに入れてしまうのは初めてこのアニメを観る人にはチンプンカンプンとなるでしょう

何故誰にでも分かるストーリーに出来なかったのでしょう? 監督の積み重ねた人生経験の見聞が狭すぎます

順を追い話を進めると言う最も初歩的な展開のすべき事を監督は全く理解していないのでしょうか?

監督の中谷学と言う人物をNHK側が理解出来ていないと思います 順を追って話が進められない人が何故に

人に話を聞いて貰えるべくもなく洗いざらい全てストーリーの展開を無にしていると感じられます(そうは思われませんか?)

 

さて…第1作の個人的な感想として述べたいと思います

まず厳しい事を言うようですがまずは全体的統括を図る監督の批判で言うなら

監督の中谷学 音楽プロデューサーの小笠原愛美 の能力・知力または世界観・人生観全てが無力であり無能である

何しろ原作者が重んじた音が軽んじられていて森のピアノの音がペラくて…どうしようもないレベルと成り下がっている

 

やれば済む仕事と思っている感じが蔓延していて声優もアニメ制作も手をどう見ても抜き過ぎとしか思えません

声優さん達も原作読んでおられないでしょうね その場の場当たり的な演技としか感じられません

最もな要因は時間配分でのセリフが詰め込み過ぎな部分が多くて声優さんも困惑させているのかも知れませんが…

 

ピアノを弾く場面のCGに頼りすぎ且つ稚拙すぎるのは許すとしてピアノが明らかに稚拙でヘタで今後の行先不安です

アニメの部分でも言えるなら絵のガサツさも去ることながら声優もキャスティングを間違っていて違和感が否めません

原作の一色まこと様もNHKの本作を観られ幻滅されているのではないかと思えます

 

作画的に視覚的なアングルの技法は日テレ映画版の俗人的視点よりも流石に評価の高いNHKのレベルを感じ得ますが

いささか日テレの映画版を何度も観ての切磋琢磨と受け取れますが真似の割に肝心のピアノの音がとても薄っぺらです

阿字野の言う世界へ…の部分でピアノの深みが一切なく楽器が眠ったままの音が発せられるのはいかがなものかと?

 

コミックのピアノの森は森の端と言う同和問題または部落問題に焦点を原作者は懸命に執着したかったようですが

一色まこと様の作品制作に於いて一部の権力者により何らかの圧力が加えられた感じが強くあり成就しませんでした

そんな非社会的攻撃も何も理解せず映像化したのはNHKはこの作品に於いて同和問題を定義するつもりなのでしょうか?

今の時代に同和問題や部落問題に取り組む時代的背景も取り上げる事も無いようにも思えますが…執拗に何か意図が…?

 

コミックでは刹那的にも妄想的にも音楽性を読み手(ユーザーの感性)に委ねる手法で ある意味逃げの部分はありましたが

事…アニメではピアノの音を発せずともいかずピアノの音は相対的にピアノの技術的品位を感性に問うところなのですが

ピアノの演奏技術の低さから放映の継続は日テレ映画版のウラジミール・アシュケナージら一級の演奏者の起用の比較により

音楽性もしくは音楽自体の品位としてかなりの格差があり かなり難関な状況に自ら陥っらせたのだろうと思われます

制作するトップの者はもっと原作を読み返す必要があります もっと熟読し原作を理解すべきです

 

ピアノに対し知識のない一般国民がどれだけ作品の内容を理解出来るかと言う疑問に対して更なる懐疑を生んだようにも思えます

日本に於いて責任と言う言葉自体の責任を負うと言う事はなくなりつつある昨今…じゃあ 何でもいいのかって事にもなり得ますが

監督の中谷学でありまたは音楽プロデューサーの小笠原愛美の罪は少なからずのものと思います

そして彼らの製作すればそれで良い的な…いい加減且つ無知な感覚は視点により罪悪とも受け止められます

 

NHK側としては かつて無い程の壮大な感動出来そして心に残るアニメのカテゴリーに捕らわれない壮絶な心象を描写したい…

日本国民への痛烈な感動と応援そして音楽の偉大さを伝える社運を賭けた番組だったのでは?と思えてなりませんでしたが

第1作のあのていたらくはNHKの制作意図を踏み躙る行為と同等なのだと感じ得ずNHKの欲するものとは異なるアニメかと…

下手すぎる人物描写や感じられないピアノの音…は客観的に視聴して頂ければ質は歴然として感じられるでしょう

 

NHKはすみやかに鈍感であり無能な監督の中谷学と音楽プロデューサーの小笠原愛美を交代すべきだろうと思います

(コミックでの)素材が逸材だけに非常に残念な結末になった事を嘆かわしく思いました (画像はHPリンクとなっています)

まぁ言えるなら日テレと言うよりスポンサーの膨大な予算でなし得たクラシック界では雲の上の存在である

ウラジミール・アシュケナージ氏の監修と演奏の起用が奇跡的に叶ったようにも思えますのでそこんとこは

いささか制作費の面では困難を極めるかと思いますが何にしろNHK様には企業努力をお願いしたいところです

ショパンコンクールでのシーンを司るパン・ウェイの配役が決まっているところでは長期に放映予定と感じられます

当アニメを続けられるのは監督と音楽プロデューサーを交代しなければ視聴率は明らかに激減と見て取れます

果てして底まで今のスタッフで続けられるか疑問であれますが…僕の予言的発言は間違っいいるのでしょうか?

第1話でのこの映像は品位的に観るに耐えられませんがコミックが好きだったので嫌が上にも見続けるでしょう

しかしながら落胆を招くシリーズになって欲しくない思いでいっぱいです どうかNHKさんのご一考を…と願います