『光る君へ』第8回『招かれざる者』感想(ネタバレ有) | ~ Literacy Bar ~

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ここはイマイチ社会性のない自称・のんぽりマスターの管理人が、
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※基本、ネタバレ有となっていますので、ご注意下さい。

藤原道兼「見事ではないか。身体中に響き渡った。琵琶は誰に習ったのだ?」

まひろ「(# ゚Д゚)……母に習いました」

藤原道兼「母御はいかがされた?」

まひろ「(#^ω^)母は……七年前に身罷りました」

藤原道兼「それは気の毒であったな。御病気か?」

 

まひろ「……こ、この苦しみと痛み……どこに……ブツけりゃあいいんだァあああ……う……ううっ、この怒りィ、誰に訴えりゃあいいんだァアアア!」

 

 

ベベンベンベンベベンベンベン(ライトハンド奏法)

 

 

テメェーニ

 オフクロヲ

 コロサレテルゥ~♪

 

 

まひろ「……表現出来たぜ、アタシのハートを! 究極の怒りを! 表現出来たぜェ~~! 万雷の拍手をおくれ、世の中のボケども(ウットリ)

 

 

 

 

母親の仇の道兼へマッマへの想いと怨みを音石ばりに音楽に乗せて叩きつけたまひろさん。琵琶を持ち出した時はクラウザーさん……じゃない、高漸離のように楽器でボコるか、或いは『蒼天航路』の貂蝉……じゃない、聶政のように仕込み刀で襲い掛かるかと思いましたが、あくまでも表現者として道兼に対峙したまひろさん、マジ、クリエイターの鑑。先週は『おかしきこと』という直秀の発注にウンコネタで応じたとは思えない成長ぶりです。本作、クリエイターまひろの成長物語としても楽しめるよね。

一方、絶対に狙ってやっているとしか思えないレベルで的確&ナチュラルにまひろの地雷を踏み抜く道兼さん。これはこれで一種の才能と評してよいでしょう。多分、コイツが周囲に蛇蝎の如く嫌われている理由って、普段から他人の感情や場の空気を致命的に読み解けないからだと思うんだわ。その意味では、まひろと道兼は場の空気を読めない似た者同士なのかも知れません。嗚呼、同族嫌悪。両者の違いは(共に方向性の異なるロクデナシの保護者とはいえ)父親に曲がりなりにも愛されているか否かでしょう。道兼はDV親父という絶対に意図を汲み取れない相手にリソースを費やしてしまって、それ以外の他者への理解力が下がってしまったんやろうなあ。

 

尤も、今週描かれた兼家による道兼への虐設定は、花山帝の追い落としを目論む兼家の『仕込み』の可能性大。兼家が道兼に汚れ役を押しつけるためにマインドコントロール系の精神的待を働いていたのはほぼ確実とはいえ、腕の痣は花山帝に道兼を信用させるためのフェイクでしょう。為時に近づいたのも花山帝の信頼篤い彼の口から帝の動静を探り、逆情報を流すため。そう考えると冒頭のまひろとのやり取りも、どこまでが芝居でどこまでが天然か容易に計れない。まぁ、為時の信頼を得るのにワザとまひろの地雷を踏み抜くメリットはないので、ここは天然と思われますが、自分に与えられた任務のストレスを発散するために何も知らない顔をして、まひろを嬲っている可能性も否定しきれない。嗚呼、人間不信。

この辺、本作は『寛和の変』に至る謀略の全容を事前に視聴者に明かさない手法を取っていると思われます。普通、メインキャラクター主導の謀略劇は如何なる計画を立て、誰がどのように立ち回るかを全てではないにせよ、ある程度の手の内を明かす形で視聴者に提示する(明かした内容をミスリードにしたドンデン返しもある)のですが、本作はストーリーの裏面で進行中の謀略の詳細を意図的に伏せているのよね。これは馴染みのない題材だから判りやすく描くよりも馴染みのない時代だからこそ、視聴者には中途半端な前フリや予備知識を与えず、事件が起きた時に新鮮な阿鼻叫喚を楽しんで貰おう(ゲス顔)という狙いがあるのかも知れません。実際、安倍晴明とか、どこまで本案件に関わっているか容易に計れない立ち位置ですし。

 

そして、そちら方面では情報を制限している分、まひろや三郎や直秀たちのプライベートシーンでは思いっきりベタな歴史系少女漫画の文法でバランスを取っているのではないかと思うようになりました。いや、ホンマにね、三郎の心の声とか直秀の如何にもヒロインと結ばれなさそうなツン系イケメンとか、ものっ凄いベタなんですけど、こっちも政治劇パートのように情報を絞り込んだら、マジで視聴者は何が起こっているのかを想像するだけで頭がパンクしそうなので、これはこれで正着手なのかも知れません。本作の制作発表時に私は式部パートと道長パートと『源氏物語』パートの3つの物語による多重構造の筋書きを期待しましたが、実際にはまひろパートと政治劇パートの明確な温度差でそれを欠き分けている印象です。こういうのでいいんだよ、こういうので。

あとは三郎のキャラクターをどの段階で『藤原道長』にステップアップさせるかが鍵になりそう。今んところ、先週のロッカールームでの公任たちのゲストークの『とばっちり』でまひろにフラれたカワイソスな若者の域を出ていないからなぁ。賛同しなくても、あの場で反論しなかったら同罪というまひろの視点、実にリアリティがある&道長からの手紙を紙を燃やすところにまひろさんの本気の怒りが窺えます。道長は式部の紙のパトロンと言われたほどに当時の紙はめっちゃ高価やからね。或いは来週の直秀への処断の内容次第で三郎の覚醒があるのかも知れません。そう考えるとなるべく残酷な刑を期待したいンゴねぇ(ゲス顔)