~ Literacy Bar ~

~ Literacy Bar ~

ここはイマイチ社会性のない自称・のんぽりマスターの管理人が、
時事、徒然、歴史、ドラマ、アニメ、映画、小説、漫画の感想などをスナック感覚の気軽さで書き綴るブログです。
※基本、ネタバレ有となっていますので、ご注意下さい。

「……延期になった『麒麟がくる』第一話の放送は何日だっけ?」

与力「ええと……来年の一月十九日だね」

「『いだてん』総評記事の進捗率は?」

与力「……だいたい40%くらいだね」

「もひとつ質問いいかな?」

 

「『いだてん』の総評は『麒麟がくる』の放送日までにUPすればいいやとか考えてないよな?」

 

与力「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」

 

正直、一瞬でも脳裏を過らなかったといえば嘘になりますが、年内UPを目標に前向きに善処致している最中です。俺は原稿落とさない。多分、落とさないと思う。落とさないんじゃあないかな。ま、ちょっと覚悟はしておけ。

さて、帰蝶の『中の人』の一件で放送日程の順延が決まった『麒麟がくる』ですが、私的には意外とダメージは受けておりません。確かに『麒麟がくる』に対する事前の期待は高いとはいえ、蓋を開ける前に猫の生死を予測出来る訳でもないですから、今は『いだてん』が無事に終わってくれますようにとの思いで精一杯。実際、今週のストーリーのメインを張った『徳井ショック』の時のほうがダメージは大きかったと思います。件の報道を見た時も、

 

与力「これは極論だがね……後任はたかはし智秋さんでどうだろう? そりゃあ簡単にはいかない! 人気声優でスケジュールを押さえるのも一苦労だ! だが! 既に『信長の忍び』で何年も同じ役柄を演じているベテラン帰蝶だから、案外スンナリと現場に溶け込めるじゃないかなぁ?」

 

なんてことを考えるくらいに呑気していました。後任は川口春奈さんに決定したそうですね。明石のタコさんから頂いたコメントによると『ガリレオ・シーズン2』の第二話にゲスト出演しておられたとのことで、自分の記事を読み直そうとしたら、その回だけ感想を書いていなかった。肝心なところでサボるな、昔の俺。

そんなこんなで久しぶりに純粋な『いだてん』感想記事ですが、総評記事に割く時間も必要なので短めです、悪しからず。今週のポイントは2つ。

 

 

1.ロングスパンにも程がある

 

田畑政治「聖火もこれでいこう! 全国四十六都道府県、聖火をくまなく走らせるんだよ! ずっと引っ掛かっていたんだ。東京オリンピックだからといって、東北や北海道や四国や北陸を無視出来る? 出来ないよ! これは日本のお祭りでもあるんだ! そのことを、この地図が教えてくれたんだよ……ありがとう、韋駄天! マラソン馬鹿!」

 

札幌市「おっ、せやな!」

 

まーたクドカンが預言じみた脚本を描いてしまったのか。まぁ、マラソンは兎も角、聖火ランナーは何処でもウェルカムでしょうけれどもねぇ。

それはさて置き、裏組織委員会という悪の秘密結社みたいな名前のクセモノたちが決定した聖火の日本列島踏破リレースタイル。岩ちんのプレゼンシーンは『対決列島』の企画発表的な既視感ありました。魔神も『日本列島を単純に五分割すればいいんですよぉ!』と河童みたいなノリで決めていたと思う。河童と魔神は周囲の迷惑を考えずに周囲が面白がることをやるところが似ている気がします。

その聖火の日本列島踏破リレースタイルが金栗君由来と判明。第二クールで何かに取り憑かれたように日本列島を爆走していたシーンが回収されました……が、これは流石に厳しい。ロングスパンの伏線回収は基本的に嬉しいとはいえ、今回は第二クールを丸々使ってまで張るほどの伏線であったか疑問です。総評でも述べるつもりですが、本作の第二クールは隙あらば金栗君を走らせるシーンのオンパレードで、肝心のストーリーが御留守になっていました。それこそ、第一クール終盤に勃発した第一次いだてん某重大事件の余波でタダでさえ、視聴者離れが懸念されていた時期でしたので、今回のための伏線を張るよりも直近のクオリティを優先して欲しかった。コスパ悪過ぎ。まぁ、諸事情でこういう構成に持っていかざるを得なかったのかも知れませんが、先週の『スポーツに政治を介入させたツケ』を払わされた河童のシーンが充分に寝かせたワインのように綺麗に決まったロングスパンの伏線回収であった分、仕込み時の雑な仕事ぶりが響いた感がありました。

一方で岩ちんがコンゴなどのアフリカ新興国を巡って、オリンピックへの参加を促すシーンはよかった! 嘗てのジェラール大使の役割を岩ちんが果たしている訳で、しかも、

 

コンゴ要人「ラ・ペ?」

岩田幸彰「ウィ! ペ!」

 

といった具合にジェラールと嘉納センセ両者の会話に被せるとか! アフリカは植民地時代の影響で仏語が通じることをこのように使うのかと唸らされましたよ。伏線は張る時も回収する時もさり気なく。これがスマートな作劇ですね。

 

 

2.家族が留守でよかった

 

田畑政治「もし、娘が婚期を逃すほどバレーボールにのめり込んだら、父親としてどう感じるのかを知りたくて『俺の見ている前で連続スパイクを受けてくれ』と娘に頼んだら断られた」

大松博文「当たり前や」

田畑政治「うん、しょうがないから、俺が受けることにした。そしたら、娘が『心配だから』と見に来た。家内もついてきた」

 

日曜深夜にウヘヘって笑いが出た。

 

今年下半期で一番笑ったかも知れません。更に追い討ちをかけるように、

 

田畑政治「菊枝、お前も何か言え!」

田畑菊枝「ファイト!」

 

のコンボで翌朝の腹筋筋肉痛が確定しました。違う、そうじゃない。

最早、番組冒頭で最大限配慮しましたというコメント画像が出ないにも拘わらず、誰も突っ込まないレベルで普通に登場している鬼の大松と、彼の育てた東洋の魔女軍団がメインで描かれたドラマ後半部。オリエンタル・ウィッチーズの、

 

河西昌枝「私たちは青春を犠牲になんかしていない! だって……これが私の青春だから! 今が! バレーボールが青春だから!」

 

という叫びは、それだけを切り取ると『サインはV!』や『アタック№1』的なベッタベタなスポコンものの定番台詞か卒業生の答辞の唱和みたい思えてしまいますが、本作では増野シマ~人見絹枝~前畑秀子という女子スポーツの流れが丁寧に描かれてきたので、

 

田畑政治「変わったのかな……変わったよね、人見絹枝や前畑秀子の時代からさ。『六尺』『化け物』と笑われながら走った人見君や、お守りを飲み込んで泳いだ前畑君の時代から。少なくとも『国を背負って』とか、そういうんじゃないじゃんね。自分のためにやっているじゃんね」

 

という河童の台詞を引き合いに出すまでもなく、胸にストンと落ちました。

人見絹枝は女性の代表として走った。

前畑秀子は国家の代表として泳いだ。

しかし、東洋の魔女は何かの、誰かの代表ではない。誰の期待に応えるのでなく、自分がやりたいからやっている。確かに時代は変わったのでしょう。これはヘタをすると現代的な価値観の落とし込みに見えてしまうところですが、まさか、紀行で裏打ちしてくるとは思いませんでした。そりゃあ、御本人の口から、

 

谷田絹子さん「人のために出来ますか?」

 

なんていわれたら、視聴者は『アッ、ハイ……』と答えるしかありませんもの。

或いは『変わった』のではなく、ただ純粋に楽しむためというスポーツの原点に戻ったという解釈も成立するでしょう。河童の述懐のシーンで人見絹枝や前畑秀子に先駆けて、曙光が差し込む道路を駆けるシマちゃんの映像が挿入されたのは、そういうニュアンスを匂わすためと思われます。そして、変わったにせよ、戻ったにせよ、それを成し遂げたのは誰なのか。主人公の河童がレールを敷いたという解釈もあるかもですが、ここはシマちゃんをはじめとする有名無名の数多の女性が自分たちの力で成し遂げたと受け取りたいですね。そのほうが、

 

田畑菊枝「変わったんじゃなくて、変えたんです」

 

という台詞が生きる。菊枝さんは本作には珍しく『尖ったところのない』キャラクターであり、破天荒な夫を三歩下がって支える女性として描かれてきましたが、そういう女性の口から『自分たちは自分たちの力で世界を変えたのだ』といわせたほうが面白い。これがスヤさんの台詞だと貴方は色々な意味で別格ですよと受け取られてしまいそうですから。

 

 

 

関白宣言 関白宣言
270円
Amazon

 

 

 

 

 

サインはV 1ST SET [DVD] サインはV 1ST SET [DVD]
10,340円
Amazon

 

 

さる十一月十六日にオフ会を開催致しました。御参加頂いた皆さま、本当にありがとうございました。今回もオフ会の様子を中心に二泊三日の東京紀行&前日譚をお送り致します。

 

 

十一月十五日(金)

 

事件と生理は忘れた頃にやってくる(©さだまさし)

オフ会を翌日に控えた金曜日の丑三つ時に、それは起こった。録画しておいた『サイコパス3』を鑑賞中に突然、何の前触れもなく、一瞬にして、TVの画面が、消えた。ブルーレイデッキの故障である。しかし、本当に恐ろしかったのは突然の故障でも、丑三つ時というシチュエーションでもなかった。

 

私は故障という現実を理解出来ずに一分近くもブラックアウトしたTV画面をボーッと見続けたのである。

 

何という正常性バイアス。まぁ、言い訳するつもりはありませんが、鑑賞していた『サイコパス3』の都知事選結果発表の瞬間に画面がブツンと切れたので、

 

与力「何や、これ……ははーん、さてはシビュラシステムによる新手の情報統制の演出だな?」

 

とガチで思い込んでしまった次第。結論。俺が悪いんじゃあない。普段から疑われるようなことをしているシビュラシステムが悪い……とフィクションの存在に責任を擦りつけたところで自前のブルーレイデッキがブッ壊れたという現実が覆る訳もなく、翌日半泣きになりながら購入した電気店に持ち込んだものの、修理にはデータの消去が前提になるとのレ・ミゼラブルな回答。それでも、ギリギリ延長保証期間内であったので修理費はかからないことと、オフ会でお返しする予定のDVDが鑑賞中に取り出せなくなるという最悪の事態は免れたのは僥倖でした。とはいえ、修理が終わる迄は自室で録画した番組を見ることは出来ませんので、暫くは『いだてん』の詳細な感想記事は難しいかも知れません。

 

 

十一月十六日(土)

 

曇天、寒気強し。

新潟は前日の精神的ショックを反映したかのようにシャッキリとしない空模様となったオフ会当日。某お昼のワイドショーも当日の東京は気温低めと予想していたので、厚手のコートを羽織って新幹線へ……しかし、東京は普通にドピカン晴れ&気温高めで無用の長物となってしまいました。おう恵、ちょいとTBS裏まで来いや。当日は山手線・京浜東北線が一部区間で運休のため、東京駅から定宿の秋葉原までの移動で初めての乗り継ぎを経験。偶然、ツイッターで運休のお知らせを見つけていなかったら、確実にエライことになっていました。SNS万歳。

今回の旅の御伴は、

 

 

80年代後半から90年代中頃までのプロレス界を席巻した所謂UWFのレスラーやフロントマンたちへのインタビューを通じて、当時の裏事情に迫る名著。書籍では久しぶりに当年のベスト10入り確実の作品です。UWFとは飛んだり跳ねたり、ロープに振られて戻ってきたり、凶器攻撃や場外乱闘で決着がついたりする従来のプロレスを否定した、キック、関節技、スープレックスなどの格闘テイストを重視するファイトスタイルの総称で、新日・全日といった古豪の団体と彼らU系のリングの内外を含めた激しいバトルはイデオロギー闘争と評しても過言ではないでしょう。新日VSUインターの全面対抗戦となった伝説の10・9東京ドーム大会は、多くのプロレスファンが大袈裟でなく、

 

アメリカ VS ソ連の全面戦争

 

的な捉え方をしていたものです。尤も、この『対抗戦』は財政難に陥っていたUインターが団体の立て直しの資金を工面するために負けブックを呑んだという話が当時から既に囁かれていましたが、本著によると立て直しどころか、団体を畳むための金銭を用立てるための『交流戦』であったとのこと。イデオロギーなんてものは経済的苦境には屁の突っ張りにもならないのはプロレスも現実の歴史も同じですね。各々のインタビューも同じ事件を語っていながら、全員微妙に発言や認識に差異があり、読み手が複数の資料を比べて自分なりの解釈を導き出すという史学的な楽しみもありました。惜しむらくはUの集大成である桜庭のインタビューがなかったことかなぁ。それでも、往復の新幹線で何度も読み返してしまうほどに面白かった。これを原作に大河ドラマ『UWF』をやって欲しい(真顔)ヤスケンのアントンとか見たくない?

 

秋葉原のホテルで一休みしてから、中央線でオフ会の開かれる新宿へ。現地ではオフ会の参加者に先んじて戦闘勇者さんとお会いしました。今回のオフ会はスケジュールが合いませんでしたが、久しぶりにお話出来てよかった。お借りした水木しげるの『劇画 ヒットラー』大切に読ませて頂きます。次回、御都合が合いましたら、是非御参加下さい。

一次会に御参加頂いたのはレッドバロンさん、装鉄城さん、軒しのぶさん、スナコさん、穂積さん、つらまえさん、明石のタコさん、mmさん。待ち合わせの段階で既に激し過ぎるトークバトルが展開されてビビった。店に入ってからも席に通される前に、入り口にディスプレイされている中世の装束や武器に関する話が弾んでいました。

会場はキリストンカフェ。ビルの8・9Fのフロアをブチ抜いた設計のためか、非常に天井が高い&フロアが広い。こんなに開放的な雰囲気のオフ会会場は初めてでした。女子会や結婚式の二次会に使われることも多いとか。当日も御会計時に出入り口で参列者の祝福を受ける花嫁花婿さんの姿があり。『御結婚おめでとうございます』といいながら列に並んでも気づかれなかったかも。一次会は過半数が女性でしたので、このお店を選んで正解でした。

自己紹介を兼ねた今回の御題は『歴史の原体験』と『こんな麒麟がくるは嫌だ』の二本立て。『麒麟がくる』に関しては作品の前評判が高いので、敢えて不安要素やパロディネタを聞いてみたいと思ったのですが、設問として攻め過ぎたかも知れないなぁと反省していたら、まさにオフ会の集合時間に、

 

これ以上ない『こんな麒麟がくるは嫌だ』ネタ

 

がリアルで飛び込んで来ました。マジでそういうのいいから。いらないから(切実)

 

まずはトップバッターの私。『歴史の原体験』はアニメ『マンガ日本史』か日テレ版『白虎隊』……とつい最近まで思っていたのですが、先日、BSで再放送されたクレイジーキャッツの『ホラ吹き太閤記』を見た瞬間に『これ、記憶にある!』と驚愕。本作では寧々が秀吉の子を妊娠しているのですが、実は私は或る時期まで寧々は秀吉の子供を産んだと思い込んでいたのですよ。その原因は本作でした。つまり、私の歴史の原体験は植木等の木下藤吉郎とハナ肇の織田信長というカオス極まるキャスティングということに……。『こんな麒麟がくるは嫌だ』は第一回の冒頭を本能寺の変から始めて時間を遡る構成。『新撰組!』で導入された方式ですが、これ、始めた三谷さん本人も描いている途中でキャラクターが変わってしまい、全然プロローグと繋がらなくなってしまうので、出来ればやめて欲しい。

 

『丸会』以来、三年振りの御参加となったレッドバロンさんの『歴史の原体験』は軍事雑誌の『丸』と吉川英治の『三国志』。『こんな麒麟がくるは嫌だ』は『嫌というか、キリン繋がりで今は亡き樹木希林さんがしれっと出演していたら驚く』という御茶目な回答でした。折角なので先年お聞き出来なかった『次の大河の希望』を尋ねると大海人皇子とのこと。それは見たい! しかし、ハードルも高い! フランクな会話の一方、現今のアジア情勢に関する歴史的視野からの分析や、先日亡くなられた中山仁さんの思い出といった濃厚なお話も伺えました。中山さん、初めてお会いした時に一緒に観劇したサロン劇場に御出演されておられたのですよね……。

 

レジュメ持参の装鉄城さんの『歴史の原体験』は『漫画日本の歴史』からのドイツ沼というコンボ。『漫画日本の歴史』は装鉄城さんの他にも原体験として挙げる方が何名もおられまして、漫画という媒体の偉大さを改めて思い知らされました。現在ド嵌りしているのが『ナポレオン~獅子の時代~』とのこと。私もひょんなことからお借りしましたが、確かに面白かった! 『ヴィンランド・サガ』の後枠でアニメ化したら絶対に見る。『こんな麒麟がくるは嫌だ』は某ぼんくら官兵衛の脚本家がメインライターになることだそう。洒落にならん。ホンマ、池端センセには頑張って欲しい……。

 

軒しのぶさんは世界史から入って永井路子女史の『北条政子』に到達するというグローバルスタンダードな原体験。上記の『ヴィンランド・サガ』にハマッておられるそうなので、色々と成程です。『こんな麒麟がくるは嫌だ』は装鉄城さんと同じく、前川脚本に懸念を抱いておられました。そんなに嫌か? うん、俺も嫌だ! ちなみに軒さんがお持ちになったノイエ版銀英伝と都内某観光地のコラボ企画空を飛ぶブリュンヒルト撮影の画像を見て、翌日の予定が決まりました。私は筋金入りの高所恐怖症なので、行こうかどうか悩んでいたところでした。ありがとうございます。当日の詳細は後述。

 

スナコさんの『歴史の原体験』は『漫画日本史』の卑弥呼から『王家の紋章』のエジプト史という流れ。やはり、漫画の影響力侮りがたし。漫画家さん&編集者さんは歴史漫画をドンドン連載して欲しい。『こんな麒麟がくるは嫌だ』は『主人公の光秀を絶対正義マンにして欲しくない』とのことでした。ここでも前川脚本への警鐘が鳴らされるとは……スナコさんは先日の映画『関ケ原』で石田三成が腹下し描写を免れたことを『あれが一番許せない』と憤っておられましたが、この価値観に通じるものがあると思います。思えない?

 

穂積さんの『歴史の原体験』はダイレクトに歴史そのものではなく、ファラオの呪いやマヤ文明の予言やモアイの謎といったMMR的な方向から入ったとのこと。確かに古代文明のミステリーやオーパーツへの興味は、私にとっても歴史を知るうえで重要なファクターでした。『ルパン三世』で描かれたファラオの呪いは今でもトラウマものです。『こんな麒麟がくるは嫌だ』については、先日最新刊が発売された『十二国記』の麒麟の設定と被ったら嫌という回答に既読組が全員頷いておられました。『銀英伝』『大河ドラマ』と並ぶ、うちのブログの必修科目になりつつあるな、コレ。

 

つらまえさんはお兄さん向けに用意された『漫画日本史』『横山光輝三国志』を読んで興味を抱くというスタンダードな流れ……と思いきや、その後の『人形劇三国志』の熱い森本レオ推しが半端なかった。でも、判る。あれは聞き惚れますわ。今日でいうところのイケボともちょっと違う独特の雰囲気がありましたもの。『こんな麒麟がくるは嫌だ』は手書きの某キンビールのラベルのイラストという一発ネタがクリティカルヒット! 帰りの電車の中でもお話しましたが、画を描ける人は本当に羨ましいです。ネタは目で見て伝わる画のほうが圧倒的に面白いですもの。

 

明石のタコさんは今年も詳細なレジュメ持参で御参戦。児童向けの『わんぱく日吉丸』からの大河ドラマ『太閤記』という黄金リレーも納得ですが、もう一つの『水滸伝』と『三国志』という並びにも頷かされました。『三国志』よりも『水滸伝』のほうが先。『銀英伝』よりも『アル戦』のほうがお好みと伺っていましたので、何となく雰囲気が伝わります。『こんな麒麟がくるは嫌だ』は『国盗り物語』の劣化焼き直しや子孫を自称する方の歴史観に影響されるのはやめて欲しいとのこと。こちらも出席者全員が首肯。子孫の方、本当に評判がアレなんですね……。

 

そして、今回初参加のmmさん。一昨年から参加の御希望を頂いておりましたが、今回漸く御会いすることが出来ました。待ち合わせの目印にとブローチの形状をお知らせ頂いていたのに、当方の不注意で随分と待たせてしまいまして申し訳ありません……ていうか目印を知らない他のメンバーが気づいたのに何故、私は気づけないのか。

mmさんの『歴史の原体験』は地元が天誅組に所縁のある場所で、御実家に決起を促す檄文などが残っているなど、子供の頃からナチュラルに歴史との接点があったとのこと。羨ましい。『こんな麒麟がくるは嫌だ』については、以前に歌舞伎の演目で至高の光秀を見てしまっているので、そのイメージを越えられるかどうかが不安と仰っておられました。歌舞伎の光秀というと『時今也桔梗旗揚』かな?

 

明石のタコさんと装鉄城さんは先述の御題以外にも独自のレジュメ持参という強者ぶりを発揮。明石のタコさんは架空の大河ドラマ『運慶』の希望キャスティング一覧。家に帰ってから改めて数えてみると全部で80人も設定してあって驚いています。個人的にイチオシは菅原小春さんの巴御前ですね。強そう(いだてん感)。更に今川・北条・武田を銀英伝に見立てた歴史小説の設定&序文という二段構え。『何処かミスや齟齬があったら御指摘をお願いします』とのことでしたが、私を含めた全員が『専門家に突っ込める訳ないでしょう!』と口を揃えていました。『喝食』と書いて『こぞう』と読ませるのは元ネタへのリスペクトですね!

装鉄城さんは『ノイエ版銀英伝第二章のキャラクターベスト10』を御披露。ランキングの大半がリップシュタット連合軍のメンバーというのが滅びゆく組織に殉じた人物がお好きな装鉄城さんらしい。確かに門閥貴族の描写には凄く力が入っていました。フォークとフレデリカは顔芸枠リアクション芸枠でしょうか。クブルスリーに会う前にエアプレゼンに勤しむフォークさんは可愛かった。これまでしでかした&これからしでかすことは万死に値するけどな。

『銀英伝』ネタでは私が『ノイエ版のヤンは鈴村さんのイケメンヴォイスの所為か、童貞臭さがないのが玉に瑕』と持論を展開すると女性陣から大ブーイング。いや、別に鈴村さんのヤンを否定する訳じゃないです……といおうとしたら、

 

「ヤンは経験者! 少なく見積もっても素人童貞!」

 

反論されるところ、そっちかよ! 女性陣によるとヤンは水商売のお姉さんにモテそうとか。モテるモテないの流れで、オフ会前後から一部参加者の間で囁かれていた私の性癖に関する疑惑が再燃。詳細は私の名誉のために伏せますが、私の真摯な説明が功を奏したようで皆さんに御納得頂けたようです。誤解は解けました。問題ナシ。スッキリした。オールクリアです。ノープロブレム。僕は一生どうでしょうします鏡花ちゃんを大事にします。疑惑そのものよりも、隣で話を聞いておられたレッドバロンさんが、

 

「与力さんはいつの時代に生まれていたら、女性の理解を得られたのでしょうねぇ……」

 

とシミジミ仰った言葉のほうが核心衝き過ぎて、私のプレパラート製のハートが砕けそうになりました(泣)

そんなカオス極まる会話のうちに一次会は終了。今回は例年の『一次会の時間が短い』という反省点を踏まえて、三時間と余裕のあるリザーブをしておいた筈なのに、蓋を開けてみれば、あっという間に過ぎ去ってしまいました。来年の一次会は四時間必要かも(真顔)。実際、装鉄城さんとレッドバロンさんが一次会終盤にドイツネタで意気投合しておられたので、もう少し時間が入用であったかも知れません。反省。

 

※一次会の集合写真はこちらです。

 

 

一次会でレッドバロンさんとスナコさんとお別れした一行の赴く先は、二次会会場の『戦国武勇伝』。もう完全にウチのオフ会御用達の居酒屋になっています。今回通されたのは細川忠興の間。天河さんがおられたら喜びそう。次回は東京のオフ会にもお誘いしてみます。

二次会は個室という環境に加えて、年長者のレッドバロンさんとツッコミ役のスナコさんが抜けたために一次会以上にトークのブレーキが効かなくなった感がありました。装鉄城さんと穂積さんのお二人がバイオハザードのSSで盛りあがる一方、明石のタコさんと軒しのぶさんとつらまえさんが創作におけるチートキャラの存在はどこまで許されるかで喧々諤々の大論争。私は私でmmさんの東南アジアの話題に聞き入ってしまいました。『おしん』がウケるかウケないで各国の国民性が分かれるとか、インドネシア史は古代・近代・現代に三分割されるとか、東南アジアで活躍する日本人は何故か関西系が多いとか、会議で何か起こすのは大抵〇〇〇〇〇とか、実際に現地に身を置いた方でないと判らない貴重なお話ばかり。まさか、インドネシアで『一休さん』が大人気であったとは……上記の歴史の原体験もそうですが、アニメや漫画って我々が考えている以上に人と人との繋がりに貢献しているようです。尚、二次会での下ネタ大王はpixivデビューが期待される明石のタコさん。『天と地と』で描かれた3【ピーッ!】(おっと伏せ字になっていない!)とか……昔の大河ドラマは闇が深いぜ。

昨年のオフ会は私がホテルのチェックインを忘れていたために慌ただしい幕引きとなってしまいましたが、今年は大きな『やらかし』はなく、概ね大過なく進行出来た……ような気がします。勿論、ヨロズ鈍感な私が気づいていないだけで、充分に『やらかしている』可能性も高いのですが、そこは何卒、御寛恕下さいませ。解散に際して『今年は道に迷うとかチェックインを忘れるとかしなかった』と低レベルな我田引水自画自賛をしたところ、参加者から、

 

「今回、与力さんが『やらかさなかった』のはブルーレイデッキが壊れる不運でバランスが取れたからかも知れませんね」

 

との御言葉を賜りました。悔しい。否定出来なくてビクンビクンしちゃう。でも、流石にデッキの故障は厳しいので、来年はミニコンポ辺りで勘弁して欲しい。ともあれ、当日御参加頂いた皆様、本当にありがとうございました。

 

 

十一月十七日(日)

 

快晴、快便(金栗四三風)

珍しく、前日の疲れも反省も少な目に目覚めた二日目の東京。ホテルの近くで学生時代の旧友と遅い昼食を済ませました。あとでツイッターを見たら前日のオフ会で御一緒した軒しのぶさんと某所でニアミスしていたようです。惜しい。

当日はガルパンの聖地・大洗で『あんこう祭2019』が開催されていましたが、流石に混雑が予想されたので、せめて都内で戦車に所縁のある観光地に足を運ぶことにしました。こちらです。

 

 

御存知の方もおられるかもですが、東京タワーは戦車を溶かした鉄で造られているそうです。これはアニメ版『逮捕しちゃうぞ』で仕入れた知識。ちなみに材料は朝鮮戦争でスクラップにされたM4シャーマンとM47パットン。日本の戦車は鋼の質が悪くて使い物にならなかったらしい。サンキューおケイさん。フ〇〇キュー知波単。

東京タワーに訪れた理由は@一つありまして、先述の軒しのぶさんがオフ会時に話しておられた『ノイエ版銀英伝と都内某観光地のコラボ企画・空を飛ぶブリュンヒルト』を撮影が出来るのが、この東京タワーでした。早速、私も現地でDLしたアプリでパシャリ。

 

 

うーん、この街雄鳴造を思わせる遠近感の狂いっぷり。前日のオフ会でも話題になりましたが、この規模の戦艦が万単位で破壊されるとか、未来の人類は皆、頭おかしい。そりゃあ、ヤンも自分が大量殺戮者との自責の念に苛まれて、フレデリカの気持ちに応えるのに躊躇いを覚えますよ。撮影した画像を見た私の最初の感想が、

 

ゴロー・イノガシラ「ブリュンヒルトが着陸寸前にちょっとしくじって新無憂宮に突っ込んだら、銀河帝国が一回終わるのは簡単なことだ」

 

でした。まぁ、アルテミスの首飾り破壊計画やバーミリオン会戦やノイエ版アムリッツァ会戦のようにうるせぇ大質量物体ぶつけるぞという戦法はラインハルトよりもヤンが得意とするところですが。

これも軒さん経由の情報で、ブリュンヒルトの画像は東京タワーにかぎらず、どこでも撮影出来ると知りまして、これは『あの場所』で『あれ』と一緒に映すしかないだろうと向かった先はこちら。

 

 

遠近感がおかしなっとる。

ちなみにデストロイモードはこちら。

 

 

もっと遠近感がおかしなっとる。

 

今回の東京旅行で初見となった実物大ユニコーン。大きさとか再現度の高さとか変形のワクワク感とか以上に凄いなと思ったのは、外国人の観光客が多かったこと。前日のmmさんとのお話でもありましたが、アニメや漫画といったサブカルチャーの魅力は国境の壁を越えるものがあるようです。デストロイモードを見るために現地で意外と時間を費やしたので、予定していた@一つの観光地は翌日に順延。ホテルで久しぶりに『いだてん』のリアタイ実況を満喫しました。来年、オリンピックが開かれる(筈の)TOKYOで本作の実況が出来るとは……感無量。

内容的には死んでいるのに声だけ出演しても違和感ない嘉納センセと生きているのに回想扱いされても違和感ない可児センセとか、一芸に秀でたオタクが続々と集まる梁山泊感とか、頼むと何でも願いを叶えてくれる綺麗なオモえもんの平沢さんとか、ムッソリーニ、チョビ髭に続き、スカルノまで登場する大河ドラマとか、アレン、柔道やっとんたんかワレェとか、今回も見所が沢山ありましたが、一番印象に残ったのは、

 

田畑政治「嘉納先生……何か言ってないか?」

 

のシーン。前回は恰も本人がその場にいるかのような掛け合いを見せてくれた嘉納センセが、今回はまーちゃんに答えてくれなかったのは、まーちゃんの問いかけがオリンピック精神と現実の政治の間で妥協点を見出そうとする内容であったからでしょう。如何に東京~ジャカルタという距離の暴虐があるとはいえ、我らのアヘアヘ金欠ウホウホ借金おじいさんが本気を出したら、そんな障害をガン無視してまーちゃんに檄を飛ばした筈です(実際、アレンという用心棒を遣わしているので)。それが起きなかったということは、まーちゃんの心に『東京でオリンピックを開くためには政治的妥協も止むを得ない』という後ろめたさがあった=虚心坦懐で故人の魂と向き合えないでいることを表しているのでしょう。面白さはピカイチとはいえ、流石にやり過ぎ感があった前回の嘉納センセの声だけ出演が、まさか、こういう形でまーちゃんの置かれた状況と心情表現に用いられるとは!

 

 

十一月十八日(月)

 

快晴、快b【略】

最終日は前日に断念したラストワンの予定地である谷中霊園へ。以前、青山霊園へ山川の墓参りに赴いて以来、私の中で墓地は城や古戦場と同じくらいに心震える歴史スポットになりつつあります。勿論、何といっても墓所ですから、節度ある行動を心掛けてはいますが。

谷中霊園の主たる目的は徳川慶喜公、高松凌雲、雲井龍雄の墓参。うーん、この『獅子の時代』クラスタ御用達の聖地感。ツイッターで何人かの友人から『もう一度山川の墓参りにいってみては?』と御提案を頂きましたが、他のメンツは兎も角、同じ日に山川と慶喜の墓参を梯子したら、その晩の夢に、

 

 

こんな形相で現れそうなので、空気を読んで自重しました。

慶喜公の墓所は谷中霊園のメインスポッターのようで、私の他にも幾人か墓参に訪れていました。『八重の桜』の感想記事では色々とネタにして正直スマンかったと思いながら、手を合わせてくる。一方、雲井龍雄の墓所は現地のガイドマップに掲載されておらず、やむなく断念&残念。高松凌雲の墓所もマップに載っていませんでしたが、幸いにもウィキペディアに区画の記載がありまして、通りがかりの現地の男性に地図の視方を教わり、何とか到達出来ました。本当にありがとうございました。

凌雲先生の墓所に手を合わせていると、一匹の野良猫がどこからともなく現れて、私の足元に座り込みました。もしかすると、私が先生の眠りを邪魔しないように監視に来たかも知れません。コイツは銑次と名づけよう(獅子の時代感)

 

 

 

基本的に墓所での撮影は、本人に断りなく寝顔を写すようで自粛している私ですが、今回は銑次に照準を合わせているので、例外的にセーフと思うことにします。凌雲先生の墓を後にしても、銑次はずっとこちらを監視するかのように私を見ながら、その場を動きませんでした。義理堅いやっちゃなぁ。

上記のように雲井龍雄の墓参は叶いませんでしたが、慶喜の墓所の近くに『いだてん』にも登場(≠出演)した昭和の名優森繫久彌さんのお墓があり、こちらには足を運ぶことが出来ました。また、現地のガイドマップで私の幕末の好きな人物ベスト10入りしている佐藤泰然のお墓があることも判明。こちらにも手を合わせて参った次第です。しかし、森繫さんは『五稜郭』で佐藤泰然を演じておられたんだよなぁ……御本人と演じた俳優さんが同じ墓所に眠るというのも他生の縁というものかも知れません。尚、谷中霊園には鬼玄蕃とキョロマの兄貴と再来年の大河の主人公のお墓もあった模様。鬼玄蕃の墓所は行っておきたかったなぁ。

日頃の運動不足と歩きっ放しの三日間の所為か、足の裏に豆が出来てしまい、当初の予定を大幅に繰りあげての帰宅。二日目にお台場近くの東京ラーメン国技館で食べた『せたが屋』が非常に美味しかったので、東京駅にあるネクストブランドの『ひるがお』で旅行の食事を〆ようと思っていたのですが、移動の途中で三日の間に一度も米を口にしていないことに気づいてしまったため、米食民族の本能の赴くままに『仙臺 たんや利久』に変更。次回は絶対に『ひるがお』に行く。

 

ちなみに今回の旅行のラストショットはこちら。

 

 

最後まで遠近感がおかしなっとる。

 

 

風のおもかげ 風のおもかげ
 
Amazon

 

ホラ吹き太閤記 [DVD] ホラ吹き太閤記 [DVD]
4,950円
Amazon

 

 

 

 

まずはお知らせ。来週の更新はお休みを頂きます。年末年始を控えて、ここが最後の休暇になりそうなので、じっくり休んでしっかり楽しんでおきます。何卒、御理解御容赦の程、宜しくお願い申しあげます。実際、年末恒例の大河総評と下半期ベスト10は書きたいことが多過ぎて、嬉しい悲鳴をあげております。特に『いだてん』はカッツカツのスケジュールの中で、従来の総評やキャラクターベスト10の他にエピソードベスト10までやろうという、IOCカイロ総会で東京五輪と同時に札幌五輪の開催まで取りつけたアヘアヘ金欠ウホウホ借金おじいさんレベルの暴挙を画策しているため、未だに終着点が見えない模様。イザとなったら『おんな城主直虎』のように来年に繰り越すことも考えていますが、来年は『麒麟がくる』の感想に集中したいので、出来るだけ身軽な状態で越年したいんですよねぇ。何とか頑張る。そんな訳で来週お休みの分、今回は分量多めの感想日記です。題材は3つ。

 

 

1.『いだてん』第四十二話『東京流れ者』簡易感想(ネタバレ有)

 

嘉納治五郎(声)「情けない! 政治とスポーツは別物と繰り返し、口を酸っぱくして言ったろ! それはそうと田畑?」

田畑政治「喋るねベラベラと!」

嘉納治五郎(声)「今度のオリンピック何処で見ればいいのかね?」

田畑政治「知らねーよ!」

嘉納治五郎(声)「私じゃない、国民がだよ」

田畑政治「国立競技場は八万人収容出来るように改装しましたけど……それ以外の人たちはTVで見るんじゃないですか?( ゚д゚)ハッ!」

 

今は亡きアヘアヘ金欠ウホウホ借金おじいさんとの霊界交信を通じて代々木返還の秘策を思いついた田畑政治。科学的に説明し得ることである。意識の水面下に混在する思惟と感情のうちから、複数の水流が絡みあって上昇する。永遠に失われた一九四〇年の東京オリンピックに対する哀惜の念、それに伴う自己の過失への、増殖してやまない悔い。嘉納治五郎という偉大過ぎる先人に対する敬愛の思い。フィリピンをはじめとする先の大戦の傷跡に対する自責の念。オリンピック計画の何時にない鈍重さに対する苛立ち。六十億の金銭以外に事態を解決する有効な手段はないかと思索するプランナーとしての識見。

それらの混沌のうち、最も明澄な部分が嘉納治五郎という人格の中に統一され、結晶化される。田畑政治は無意識のうちに、困窮した事態を打開するための最も優れた方法を擬人化させたのだ……分析すれば、そのようになる。だが、人の世には分析しないほうがよい場合もあることを与力は弁えていた。アヘアヘ金欠ウホウホ借金おじいさんの傍迷惑な霊界通信が切迫した事態を打開した。それで充分面白いのだから……と『回廊の戦い』のキルヒアイス的ないい話風にまとめてみましたが、よくよく考えるとアヘアヘ金欠ウホウホ借金おじいさんが生きていたら、

 

嘉納治五郎「たかが六十億くらいの借金でガタガタいうな!」

 

と開き直るに違いないので、やはり、これは霊界通信ではなく、追い詰められた河童がない知恵を絞り出した名場面と評するべきでしょう。今週もトメクレを死守したのみならず、声だけでストーリーにもガッツリと関わった嘉納センセ。ここまで来ると、東京五輪開幕の聖火の中から頭上に天使の輪をつけた嘉納センセが現れても俺は意外に思わん。

そんな訳で先週と同じように何処を視聴者に配慮して編集したのか全く判らなかった(誉め言葉)今週の『いだてん』。徳井ィ! 今週もガッツリ映っとるやないかワレェ! 年頃の娘さんを親の前で『コイツ』呼ばわりするのはOUTで『ウマ』はOK&親の了解を得たから虐待ではないというガバガバアクロバティック大松理論狂おしくすこ。当時と現代の価値観の相違をコメディという形で紹介していました。NHKには引き続き、最終回まで現時点と同等の『配慮』をお願いしたいものです。

それと、第一部から見て来た視聴者への御褒美も嬉しい。若い頃は師匠の落語を背中で覚えていた志ん生が弟子の背中で『富久』を聞くシチュエーションも萌えましたが、今回は森西運転手がMVPでしょう。第一話冒頭の戦後パートから登場していた森西さんが、こんな重要な役割を担うキャラクターであったとは! この人は明治編の清さんのポジションなのでしょうね。タクシー=人力車という連想が出来ていたら、もっと早く気づけたのに……無念! 政治パートの物足りなさは相変わらずですが、こちらは最近の感想で何度も述べたように現実のほうが物語に擦り寄ってきているので、結果的に描いたことになっているように見えてしまうのが怖い。安保闘争は別として、聖火リレーといい、開催地といい、グダグダっぷりがマジで来年を彷彿とさせます。

 

田畑政治「朝霞でやったら『埼玉オリンピック』だろうが!」

 

という河童の台詞も、シナリオ書いた時はここまで現実に響くとは予想だにしなかったでしょうからねぇ。歴史は繰り返す&事実は小説よりも奇なり。はっきりわかんだね。

 

 

2.『PSYCHO-PASS サイコパス』劇場三部作感想(ネタバレ有)

 

霜月美佳「貴方は『完璧なシステム』の綻びになるところだった……だから、少しは報いを受けなさい!」( 'д'⊂彡☆))Д´) パーン

 

監督「このあと滅茶苦茶土下座した」

 

咬噛でさえもしたことがないシビュラシステムへの物理的制裁ビンタ。やっていることはヘリからの脱出時に藤間幸三郎をジュラルミンケースでボコボコにした槙島聖護と程度の違いこそあれ、本質的には同レベルの暴挙です。監督は『霜月は烏丸を叩いたあとにエクストリーム焼き土下座で詫びを入れた筈』と夢のないことを仰っていますが、それを差し引いても霜月さんの成長が窺えます。第一期のラストで『期待の大型新人として再登場』からの『シビュラの走狗』となり果てた第二期の醜態は何であったのか……霜月美佳とかいう好感度マイナス200点から一気にプラス300点を叩き出した『サイコパス』のきりちゃん。第一期~第二期のギノさんでもマイナス100点からのプラス200点レベルの変貌やぞ。まぁ、第二期の霜月さんがあまりにもアレ過ぎたので『素行の悪いヤンキーが凍えている捨て犬を拾ったら善人に見える錯覚』かも知れませんが、現在放送中のアニメ第三期でも口喧しさと裏腹にシビュラシステムに逆らわない範囲で部下の独断専行を看過する有能(≠有情)な課長であり、ギノさんやコウちゃんたち外務省の暗躍も黙認しているフシがあるので、どうやら、この劇場版三部作を経て一皮剥けたのは間違いないようです。常守監視官が朱ちゃん~朱さん~朱さまへと呼称が変わったように、彼女も美佳ちゃん(第一期)あのグズ(第二期)~霜月さん(劇場版)~霜月課長(第三期)と私の中で出世魚のように呼び方が変わった次第。

そんな訳でレンタルリリースから鑑賞するまで暫く掛かった劇場版三部作。正直なことをぶっちゃけるとグロいだけで終わった第二期悪い意味での映画作品となった最初の劇場版の印象が強くて、なかなか手が出なかったのですが、公開時にブログにオススメのコメントを頂いていた通り、クッソ面白かったです。下半期のベスト3が、この三部作で独占されても俺は意外に思わん。第二期と最初の劇場版は何がマズかったって、近未来SFクライムサスペンスである以前に刑事ものであるという本作の大前提をガン無視して、小難しい設定を弄ったり、ムダに舞台を海外に設定してみたりして、第二期の霜月さんのようにグズグズになっていたのですが、今回の三部作(特に1と2)は刑事ものという本作の本質に原点回帰しているのですね。そのうえでSF設定や世界観を再構築しているのが好印象。

一作目の『罪と罰』。冒頭の霜月さんは『私の身を守るよりも潜在犯の執行を優先しろ』とギノさんに命令する程に潜在犯大嫌い人間なのですが、事件を通じて潜在犯にも守るべき市民がいることを理解していくのですね。シビュラシステムの選考があったとはいえ、霜月さんが監視官に就いた動機の一つは潜在犯に友人を惨殺された過去にある訳で、大事な人間を自らの生命を危険に曝しても守ろうとする夜坂泉の心意気に打たれるシーンはグッと来ました。

一方、冒頭で記したように烏丸にビンタを食らわせた霜月さんですが、その台詞からも判るように、彼女はシビュラシステム自体を否定している訳ではありません。朱さまやギノさんのように『必要悪を口実に真実をもみ消そうとしたことへの憤慨』ではなく、シビュラシステムの存在を危機に陥れそうになったことへの嫌悪感で、霜月さんはビンタを放ったといえます。この辺は同じ捜査課の監視官でも朱さまとのスタンスの違いが描き分けられていますね。『真実の追及』と『最大多数の最大幸福』のどちらを選ぶかという杉下VS官房長の対立構造に通じるものがあります。これも『刑事もの』のセオリーの一つであり、それを踏まえてくれているのが嬉しい。まぁ、完全に並列化されている筈のシビュラシステムの構成員である烏丸がリアルの身体で局長に会いにいく必要があったのかという疑問は残りますが、この辺は突っ込むのは野暮というものでしょう。

 

続いて、二作目の『First Guardian』は、のちの執行官・須郷徹平の視点で描かれる第一期の前日譚。不祥事の隠蔽を目論む組織の壁に挑む征陸のとっつぁんの伝説の名刑事ぶりを愛でる作品です。これが有本欽隆さんの遺作になろうとは……合掌。先述の『罪と罰』では征陸のとっつぁんを彷彿とさせる頼もしさを身につけていたギノさんが、第一期の常時ストレスマッハのヘタレギノに戻っていて草。中の人の演技スゲェ。それにしても、宜野座~沖縄~とっつぁんの嫁さんの実家とは恐れ入りました。ギノさんマッマも『ユーストレス欠乏性脳梗塞』であったのか。第一期最終回でとっつぁんがギノさんを『目元が俺そっくり』と語っていましたが、どう見ても母親似です。本当にありがとうございました。こちらも『罪と罰』に匹敵するクオリティでしたが、とっつぁんと共に物語の主軸になる須郷がね……いや、本人にはどうしようもないことと判っているのですが、どうしても、第二期で青柳さんを【リーサルエリミネーター】したことが今でも許せんのですよ。青柳さん、大好きなので……しかも、本作でも知らないこととはいえ、味方殺しをやらかしているしさぁ。とっつぁんが執行官へと誘った須郷が、当時同行していた青柳さんを【リーサルエリミネーター】するとか、ホント、のちの展開を知る人間には素直に喜べないんですよねぇ。

 

ラストは最初の劇場版後のコウちゃんを描いた『恩讐の彼方に』。これは最初の劇場版のエピローグ&アニメ第三期のプロローグの意味合いが強く、上記二作品よりは乗り切れず。花城フレデリカさんが只管エロイ&諸星すみれさんの演技が只管可愛いという印象しか残らなかった。特に主人公のコウちゃん。何、少年兵相手に無様晒しとるねんワレ。ギノさんや霜月さんに比べて、第一期の面影が欠片もない程のヘタレっぷりでした。生前の槙島がお前は成長がないなと評した通りになっとるやんけ……第三期での発奮を期待します。

 

 

3.『銀河英雄伝説 Die Neue These 星乱編』感想(ネタバレ有)

 

ミュッケンベルガー「引退した自由な身ゆえ、敢えて一つ進言させてもらおう。事実を見ようともしない者たちを、あの男は一掃する気でいる」

 

映像化の際に優遇されることに定評のあるミュッケンベルガー。

 

原作本編では大した見せ場もなく退場&外伝でも石頭の上官という、同盟軍のパエッタ中将以下の扱いを受けているグレゴールさんですが、石黒版でも勇退の際に『パツキンの孺子は戦争の天才! はっきりわかんだね!』との言葉を残し、後任のラインハルトと階段ですれ違う名場面まで用意されていました。ノイエ版でも石黒版のジンクス通り、血気に逸る貴族連合の末路を予言する器量人として描かれていましたね。この人は何で映像化の際にスタッフに愛されるのか、理由を色々考えてみたのですが、ミュッケンベルガーはラインハルトの疑似父親の役割を担っているのですね。作中でアンネローゼが述べていたように、ラインハルトには精神的な意味での『父』がいなかった。姉を権門に売り渡した父はラインハルトにとって、侮蔑の対象であっても相剋の目標にはなり得ず、ラインハルトはその対象をゴールデンバイム王朝に求めざるを得なかった。そして、ルドルフの武人的な側面(武断性・強権性)を最も色濃く残したのがミュッケンベルガーであり、政戦両略の天才でありながらも、本質的には武人であるラインハルトは、自らの覇道を阻み、頭を抑え込もうとするミュッケンベルガーに無意識に打ち克つべき父親を投影していたのではないでしょうか。これは原作のニュアンスを分解・再構築する作業を要するアニメ化の際に多くのスタッフが同じ解釈に辿り着くのでしょう。そうであるからこそ、ミュッケンベルガーは優遇されるのかも知れません。実際、ラインハルトとミュッケンベルガーは結構似ているんですよね。ラインハルトはミュッケンベルガーが旗艦に母親の名前をつけたことをマザコンクソワロタと嘲弄していましたが、横で聞いていたキルヒアイスはシスコン乙と呆れていたに違いありません。似過ぎた者同士は憎みあう。はっきりわかんだね。

前置きが長くなりました。上映地域の都合で完全に諦めていた『星乱編』ですが、この度、友人の御厚意で鑑賞することが叶いました。本当にありがとうございます。劇場版は特に戦闘シーンのクオリティがいちいち高かった。単純に映像に迫力があるだけではなく、目で見て判るようになっているのですよ。石黒版ではイマイチ判りにくかったアムリッツァ会戦の推移が手に取るように理解出来る。同盟軍の後背を衝いたキルヒアイスが、何でヤン艦隊を挟んで前面にいるビッテンフェルトのフォローを命じられなければいけないのか、原作を読んでも石黒版を見てもピンとこなかったのですが、本作を見ると両者の位置関係が一目瞭然。こら、ラインハルトもそういう命令下すわな。他にもアルテナ会戦でのミッターマイヤーの動きや、レンテンベルク要塞での落とし穴といった具合に、原作や石黒版ではちょっとアレな場面も現在仕様の解釈で綺麗にリブートしてくれています。石黒版のオフレッサーの落とし穴はハマるほうがどうかしているレベルでしたので……。

 

一方、押しが足りないと思ったのはキャラクター関係。石黒版はストーリーのテンポや芝居の間がおかしくなるレベルで原作の台詞を可能なかぎり、ギッチギチに押し込んでいた(それはそれでどうかと思いました)ので、各キャラクターの人物像も伝わって来たのですが、ノイエ版はTVシーズンの頃から大事な台詞を一言欠くケースが多い。イゼルローン攻略直前のヤンの『人類が愚行の果てに石器時代からやり直すことになっても、それはそれでまた歴史さ』という、不良軍人のシェーンコップにさえこの人頭おかしいと思わせる台詞を挿れなかったのが悔やまれるのですが、星乱編でも同様の状況が結構ありました。例えば、少年兵の爆死事件を挙げて、和平の推進を唱えるジェシカに『帝国の侵略を受けたら平和も自由もない』と憤激する部下を、ビュコックが窘めるシーン。『人間が年齢の順に死んでゆくのが真っ当な社会だ。それを誰も指摘しなければ、問題は大きくなるばかり。彼女のような存在は社会には欠かせないのだ』と述べるのはいいのですが、本当に大事なのはそれに続く、

 

ビュコック「まあ、あんなに弁舌のたっしゃな女性を嫁さんにしようとは思わんがね」

 

なんですね。別に女性への偏見とかではなく、これは真面目な話をしたあとに照れ隠しをせずにはおれないビュコックの人柄を感じさせる台詞なんですよ。この台詞があるかないかで、ビュコックの印象が単なる良識派の軍人か、それとも、頑固爺の皮を被った懐の深い好々爺か分かれると思うのですが、この台詞は拾って欲しかった。石黒版では上記のシーン自体がなかったんじゃないかと思いますが、これは中途半端に入れるくらいなら、やらないという選択肢もアリという判断であったのかも。

それ以上に気になったのは捕虜交換式でイゼルローンに来たキルヒアイスに対するポプランのスカした野郎だという評価。これはハッキリとマイナスですね。キルヒアイスは初対面の相手でも好印象を抱かずにはいられない人物像がウリであり、シェーンコップと共に不良軍人の双璧であるポプランでさえも『ローエングラム侯には及ばない』という屈折した表現で容貌や人柄を認めざるを得ない点が大事なのですが、コーネフへの反発もあったとはいえ、露骨な嫌悪感を出してしまったのはキルヒアイスもポプランも両方ともキャラクター造型に失敗したと思います。銀英伝はストーリーと同等にキャラクターの逸話で物語が構成されているのですが、ノイエ版はストーリーに偏重するきらいがありますな。この分ではシェーンコップとポプランとA少尉とB曹長の関係とかやらなそう。あれ、最高に好きなのに。一応、初めての戦闘に衝撃を受けるユリアンの肩にそっと手を置いて気遣うフレデリカさんとか、ヤンをプラネタリウムデートに誘うシェーンコップとか、本作オリジナルのいいシーンもあるけれども、他に優先すべき情報があるよな。

とはいえ、全体としてはクオリティ高いし、純粋に面白いのも事実。キャスティングもなかなかのハマリ具合。第二章の三大ハマリ役は、

 

アンドリュー・フォーク・フォン・フレーゲル

ヒルデガルド・フォン・ポプテピピック

ジェイソン・ステイサム・フォン・メルカッツ

 

かな。フレーゲルは石黒版の印象が強かったので、どうなることかと思いましたが、最初の台詞を聞いた途端『これ、完全にフレーゲルやん!』と納得してしまいました。流石は古谷御大。ワルキューレに乗せたらラインハルト陣営に圧勝しそう(白い悪魔感)ざーさんヒルダはキュートの一言。先代はヒルダのオフィシャルとプライベートで明確に演技の線を引いておられましたが、ざーさんは敢えてテンションを大きく変えずに挑んでおられるようです。そして、メルカッツ……先代のヨブちゃんの急逝で山路さんの登板となった訳ですが、本当に素晴らしい役者さんに引き継いで頂けたと思います。