~ Literacy Bar ~

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ここはイマイチ社会性のない自称・のんぽりマスターの管理人が、
時事、徒然、歴史、ドラマ、アニメ、映画、小説、漫画の感想などをスナック感覚の気軽さで書き綴るブログです。
※基本、ネタバレ有となっていますので、ご注意下さい。

先週の『英雄たちの選択~復元推理・大坂冬の陣図屏風~』が完全に歴ヲタのオフ会のノリでした。楽しそう。歴史業界で研究と仮説を巡る軋轢が懸念される昨今、専門家が各々の想像を和気藹々と駄弁る雰囲気は大切にしたいですね。それにしても、殿様が宴会で『この中の物を何でも盗んで帰っていい日です』と宣言する独特の無礼講の話を聞くと、応接室の卓上タバコを失敬して、明治天皇に『先祖は争えぬのう』と揶揄われたH侯爵のエピソードも何やら真実味を帯びて来るように思えます。そして、揶揄われた側の、

 

H侯爵「ワイの御先祖様は夜盗じゃないンゴ! 学術的に証明して欲しいンゴ!」

喜田貞吉「侯爵家の先祖はたしかに夜盗であった。しかし夜盗というものは、その時代には決して恥ずべき職業ではなかったということなら、歴史的に証明してみせます」

H侯爵「……やっぱやめるンゴ」

 

という逸話、狂おしくすこ。ちなみに細川侯爵ではありません。念のため。

歴史といえば、先週今週は8・15近牌ということで、NHKを中心に先の大戦関連の特番が何本も組まれました。詳細は後述するとして、まずは何時も通りに『いだてん』の簡易感想からいきます。

 

 

1.『いだてん』第31話『トップ・オブ・ザ・ワールド』簡易感想(ネタバレ有)

 

嘉納治五郎「皆さん、約束しましょう! 東京でオリンピックを開くことが出来た暁には、皆さんを招待しまぁす! 次は東京で会いましょう!」

 

もうやめて!

とっくに体協の財布はゼロよ!

 

まーちゃんが登場するまで、毎回のように借金に喘いでいた過去をコロリと忘れたかのように、またしても、責任の取れない大法螺を吹いてしまう嘉納センセ。誰か、このアヘアヘ金欠&ウホウホ借金おじさんを何とかしろ。前畑さんの銀メダル&背泳ぎの表彰台独占の快挙に涙ぐむ岩松さんに、

 

嘉納治五郎「今日くらい、君も夢を見たらいい!」

 

と声をかけるシーンは『泣かせることいいやがる』と不覚にもジワッときましたが……本当に懲りない御方ですなぁ(誉め言葉)。尤も、口から出まかせホラ吹きおじさんのことですから、土壇場になって無料で招待するとはいってないと開き直るかも知れません。

さて、今週はロス五輪のクライマックス編。最初はロス五輪で三週は長過ぎると思いましたが、終わってみたら、今回のオチや感動を生み出すためには三週という尺が必要であったと得心しました。鶴田さんの『小池君が年寄りに気を使ってくれた』発言や、まーちゃんの『一種目も失うな』の紙がクーベルタンの『参加することに意義がある(要約)』というオリンピックの理念を説いた看板の上に貼られていたのは、この三週間をロス五輪の描写に費やしてきたからこそ、胸にグッと来た&そういうオチかよと爆笑した訳で……特に素晴らしかったのは選手村を引き払う時の、

 

河西三省「リットン調査団の報告書が作成されるそうです」

 

の一言。これも三週間という尺があったので、余計に『そういや、作中の日本結構ヤバかったわ』と思い出す&一気に現実に引き戻される感が増したと思いました。一週二週では、この引き戻される感は出なかった。

あとはアメリカにおける日系人迫害というセンシティブな事案の描き方が絶妙。普通、このテの事案を描く場合、クチャクチャとガムを噛みながらナオミさんにセクハラかますアメリカ人で視聴者のヘイトを稼ぐか、逆に極東方面の描写と対比させて『どっちもどっち』的な御説教モードに入るかのどちらかですけれども、そういうことを一切せず、誰かを貶めるでも傷つけるでもなく、サラリと描いてスルリと切り抜けるテクニックが凄い。テロップでは正式な名前の設定さえない(しかし、実在した!)キャラクターの、

 

老人「何だっていいんです! 話しかけられたのが重要なんですよ!」

 

この台詞に込められた情報量よ。この一言で彼らの置かれている現状と、この日の喜びが伝わってきます。震災デマの描写と同じように、ヘタな人が描くとナショナリズムやイデオロギー論争になりかねない事案をギリギリのラインで回避する技術は感心するしかありません。いい意味で肩透かしの巧さとしか表現しか出来ない。これを『逃げ』と評する向きもあるでしょうが、私は『巧さ』と受け取りたい。

日本人がメダルを獲ったからといって、彼らの生活や世界の現実が変わる訳ではない。それはリットン調査団の件でも明らか。でも、スポーツはそれでいい。まーちゃんやアヘアヘ金欠&ウホウホ借金おじさんがいうように『スポーツに興じる&スポーツを見ている間は明るくなれる』。それでいいじゃんというのが『いだてん』の主張なのでしょう。実際、私も毎週『いだてん』見ると癒されるのよ。一週間の嫌な出来事をこの間は忘れられるのよ。何というデトックス大河。勿論、政治劇もキチンとやってくれるに越したことはないとはいえ、今年はそっち方面を諦めて、ストーリー方面を楽しむのが吉かなぁ。

尚、MVPは前畑秀子を演じた上白石萌歌さん。如何にレース中の水泳選手とはいえ、なんちゅう表情を放送しとるんや……あとは耳の水を抜いた瞬間に大歓声が聞こえる演出がベタやけどすこ。

 

 

2.8・15関連番組雑感

 

先日の国政選挙で無(0)から有(1)という哲学的大躍進を遂げた政党の党首の言動が一部で物議を醸しているようですね。私自身は、

 

政党は政策よりもネーミングセンス

 

という偏ったモットーの持主なので、別段、彼らに関心はありません。『いだてん』と『プリキュア大投票』が終わるまではブッ潰すのは待って欲しいと思うくらいです。

そんな訳で……というと些か苦しい接続ですが、今年も節目の日の前後にNHKでは先の大戦に関する特番が何本も組まれました。世間では戦中の作戦や戦後の対応に関する諸々の意見が頻出しているようですが、取り敢えず、

 

ヤン・ウェンリー「ほう、わが自由の国では、古代の専制国家みたいに、親の罪が子におよぶというわけですか」

 

ゼノ中佐「パイロットというのは、資金と技術の集積体なんです。貴重な資源なんですよ。それがこう簡単に失われていいはずがない」

 

この二つを覚えておけば、大抵の問題はスルー出来るでしょう。

さて、余談はここまでにして、視聴した作品の感想を幾つか。一つ目は『幻の巨大空母・信濃~乗組員が語る大和型不沈艦の悲劇~』。内容的に些か食い足りなさが否めず、二部構成で二時間やる必要があったのかとの疑問は拭えませんでしたが、最後の最後でインタビュアーの『信濃という船を大和や武蔵のように皆さんに知って貰いたいなっていうのはありますか?』との質問に対して、実際に『信濃』の沈没に遭遇した海軍の方々が、

 

「そうは思いませんね。それなりの働きがなかったんだというだけですよ」

「あまり大きくされなくていいと思うんですよ、呆気なく沈んじゃったから」

 

とお答えになっていたのが印象に残りました。これは火の玉ストレート! インタビュアーは『悲劇を繰り返さないためにも語り継いで欲しい』的なコメントを期待したのかもですが、当事者は戦争を感傷で語ることをせず、純軍事的な視点で突き放しておられました。勿論、当事者として、敢えて黙して語らない事案もおありかも知れませんが、カラリと戦争を語る様子が従来型の8・15特番にはない雰囲気でした。尤も、ドキュメンタリーとはディレクターの欲しい台詞や画像を切って繋いで別人格を作り上げるという、ある意味でドラマよりもクリエイティブなジャンルですので、上記のコメントをカットすることも出来た訳ですよ。それを切らずに、しかも、最後の最後に持ってきたNHKの姿勢も評価したい。同じ時期に民放で撃沈された艦船の乗組員に関する番組がありましたが、そちらは非常に感傷的な内容に終始していたことと比較すると、こういう判断の出来る放送局をブッ潰すのはチト惜しい。

同じような理由で好印象を受けたのが『全貌二・二六事件~最高機密文書で迫る~』。二・二六事件から一足飛びに軍国主義に繋げる雑コラ論理展開はどうかと思いましたが、こちらも事件当時の海軍の、

 

「まかり間違えば陸軍の野郎共と東京の市街で市街戦になる」

 

というナチュラルに陸軍への反感剥き出しの物言いが最高にリアリティを感じさせてくれました。他にも決起将校のことをズバッと叛乱軍と呼ぶとか……NHKでさえ、言葉を選んでいたのに。こういう生の声を聞くことが出来て、ニヤニヤしてしまいました。まぁ、この陸海軍の反目が『激闘ガダルカナル~悲劇の指揮官~』に繋がったと思うと複雑な心境ではありますが。

一方、事前の期待を下回ったのが『昭和天皇は何を語ったのか~初公開・秘録「拝謁記」~』かなぁ。これ、ドラマとドキュメントによる二本構成という点で『華族最後の戦い』的なものを期待していたのですが、このテーマを掘り下げるにはドラマとドキュメントのどちらかに絞り込んだほうがよかった。尺自体、一時間という短さでしたので、余計にどっちかに専念してくれとの思いが際立ちましたね。『華族最後の戦い』は120分という時間を掛けたうえ、木戸幸一という良質のフィルターでじっくりと題材を漉した作品でしたが、今回はどうにも生々しさが拭えなかった。短時間にあれこれと情報を詰め込もうとした所為で『生々しさ』と『とっ散かった感』が半端なく、最終的に最も印象に残ったのは、本編の推移とはあまり関わりのない、

 

『東宮ちゃん』というパワーワード

 

でした。あとは最初のうちは原稿に大して注文もつけずにおいて、締め切りギリギリまで引っ張ってから根本的な箇所のリテイクを要求して、相手が折れるように仕向ける吉田茂、マジ夜鷹書房の茶沢さん。こういうちゃぶ台返しの巧いところが好かれなかったんやろうなぁ。

 

 

3.150年は長いか短いか

 

先項以上に生々しい話になるので、まずは余談から。

大河ドラマもそうですが、幕末ドラマは戦国ドラマよりも判りにくくてウケにくいといわれています。いうほど戦国は判りやすいかという疑問はさて置き、幕末ドラマが判りにくい理由は実は結構単純で、最も重要な人物の動向をマトモに描いた作品が殆ど存在しないためです。その人物は孝明天皇。ドラマでは主に梨園系の俳優をキャスティングして、浮世離れ感を醸し出すことがメインに描かれがちですが、孝明天皇抜きで幕末を語るのはゴシラ院抜きで『平清盛』を語るのに等しいナンセンスな思考です。

ドラマではよく、松平容保公との君臣の垣根を越えたソウルメイト的な関係を取り沙汰されますが、これは必要条件であって、十分条件とは言い難い。確かに孝明天皇は容保公に信頼の証として御宸翰を送っていますが、これは珍しく『西郷どん』でも紹介されたように島津久光にも『勤王の志を頼もしく思う』として、短刀が下賜しているのですね。更に徳川慶喜にも長州征伐の際に節刀を与えている。幕府、会津、薩摩という政治的ベクトルの全く異なる組織のトップそれぞれに『お前だけが頼りなんやで』といったら、国内の政治がマトモに推移する訳がない。対外政策に関しても、時に異国とガチで戦争してやるよと強硬な姿勢を取ったかと思えば、長井雅樂の開明的な『航海遠略策』にもホイホイ乗っかるという、実にロスインゴベルナブレス・デ・ハポンな御方であり、幕末の混迷の何割かは時の帝に起因していると評して問題ありませんが、この辺の事情を包括的に描いたドラマはなかなか見られません。

尤も、これは描き手側の力量不足で描けないというよりも、敢えて描かないという事情もあるでしょう。ぶっちゃけると現代との地続き感が生々し過ぎるから。『平清盛』の鳥羽院やゴシラ院は描き手側が相当危ない橋を渡った感がありますが、あれは千年以上も往古の出来事ということでセーフであったのに対して、幕末は下々の者でも地続き感が半端ない訳で、況や……的な配慮が働いているとは思います。

その意味で先日話題になった某芸術企画の、

 

二代前だから別にええやろの精神

 

は法律的な妥当性の判断は措くとして、表現に対するリアクションの大きさを予想出来ず、必要な対応策も講じていなかった見通しの甘さは無能と評して差し支えないでしょう。しかも、最後まで自らの理念を貫くでもなく、関係者全員が、

 

「俺はヤバイと思ったけど、相手がやりたいというから止められなかった」

 

と異口同音に弁明する様子は、

 

牟田口廉也「インパール作戦中止したいけど、こっちから切り出したら責任取らなきゃいけないので、私の顔色を見て察して欲しかった」

河辺正三「以下同文」

 

という見つめ合うと素直におしゃべり出来ない病の症状そのまんま。普段から彼らが批判している旧組織と同じ轍を全力で踏み抜いていて草も生えません。日本人がしくじるパターンは思想信条の区別なく、共通しているということでしょう。まぁ、今回の場合は主催者が『全て僕の責任』と公言している点はムっちゃんよりはマトモといえるも知れませんが。

 

 

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先週、ツイッターでの『お前らしくないツィートしろ見た人もやる』という御題に、

 

「再来年の大河ドラマは田渕先生か小松先生に脚本書いてほしい」

 

と投稿したら、フォロワーの皆様から一斉に『やめろぉ!』と制止された与力です。皆、そんなに嫌か? うん、俺も嫌だ! しかし、凍りついたように発表されぬ再来年の大河情報……先日の『英雄たちの選択SP』に出演した田渕久美子……この二つの符号が意味するものはひとつ……? 実際、再来年は『江~姫たちの戦国~』放送から十年目なので、NHKがホトボリは冷めたと考えていてもおかしくありません。まぁ、不安になっても状況は変わらないので、あらゆる最悪を想定しつつ、気楽に構えましょう(小笠原倫子風)

一方、ツイッター絡みでは嬉しいことも二つあり。一つ目は先日発表された装鉄城さんの歴史記事。

 

[ドン引き注意!]~毛利輝元・おぞましき野望は凶器となりて~

 

関ケ原関連の歴史劇には大抵登場する割に、一般的には何をしたのか判らない人物として捉えられがちなTERUの裏の顔を痛烈に暴露した快作。『葵~徳川三代~』を御覧になった装鉄城さんがツイッターで掲げた『TERU=トリューニヒト説』に、私が乗っかってヨブちゃんネタを返したことが執筆の契機の一つになったとか。光栄です! 銀英伝ネタとの親和性もさることながら、歴史記事としても抜群に面白いので、是非、御一読あれ!

もう一つは『プリキュアヒストリア』&『プリキュア大投票』関連。以前の記事で『キュアエコーはプリキュア! キュアエコーはプリキュアだろうが!』『君、退場しなさい!』ネタをやったところ、先日の『プリキュアヒストリア』放送時に友人のふるゆきさんが、

 

 

と見事なイラストにして下さいました。ありがとうございます! 背中ののマークで正体バレバレ。『プリキュアヒストリア』自体も各シリーズの特徴を丁寧に捉えていて、好印象でした。デスパライア様の『他人の夢を叶えて何となる?』という嘲弄の言葉に『相手の喜ぶ顔が見たいからに決まっているじゃない!』と答えるルージュさん、マジイケメン。俺がりんちゃんさんを一位に推す理由もこれ。のぞみさんがメインになりがちな『5』で、よくぞ、このシーンを選んでくれました! あと、プリキュア暗黙のルールとして提示された『顔は殴らない』ですが、これは味方の被ダメージ描写限定であり、敵の顔面は容赦なく殴ります。誰とはいわんが、お前のことだぞ、マリン。

大河ドラマの話をするつもりが、ツイッターからプリキュアまで飛んでしまいましたが、今週は久しぶりの『いだてん』感想単体記事。ただし、お盆で親戚襲来のため、短めにいきます。ポイントは5つ。ポイント以外では酒井菊枝女史がまーちゃんの書き残した予定原稿の『金』に『同』を書き足して『銅メダル』の記事に仕上げる場面がすこ。巧いわ。

 

 

1.剣道もワンチャンある?

 

田畑政治「嘉納さん、何しているんですか?」

嘉納治五郎「恒例のファンの集いだよ!」

 

熊本からロサンゼルスまで、ローカル&グローバルに関わりなく、熱烈なファンがいるジュードーマスター・ジゴローカノー。これ程に人気のあるスポーツ選手はなかなか想像がつきません。近現代の格闘家でいうとモハメド・アリでしょうか。嘉納センセの柔道着姿は久しぶりですが、こういうシーンを出さないと視聴者も柔道の偉大なる開祖ではなく、単なるアヘアヘ金欠おじさんと認識してしまいかねないので、定期的に挿入するべきですね。

『火星人に柔道を教える』に続いて『日本泳法をオリンピック競技に加える』というホラ話夢をブチあげる嘉納センセ。『日本泳法では世界に通用しない? 逆に考えるんだ、まーちゃん。日本泳法自体をオリンピック競技にすればメダルを獲り放題と考えるんだ』というジョナサンパパもビックリの逆転の発想とでも申しましょうか。ともすれば、ホラ話にしか聞こえない嘉納センセの夢ですが、実際に柔道がオリンピックの公式種目になっている現代を思うと、或いは並行世界の何処かでは実現しているのかもと思えてしまいます。監督やプロデューサーとしてはまーちゃんのほうが有能さを見せていますが、こうした大風呂敷をブチあげる器量の大きさは、やはり、嘉納センセのほうが遥かに上。尤も、オリンピックの公式種目になったから日本のウホウホメダルラッシュに直結するか否かは全くの別問題であるのは、柔道の歴代メダリストの国籍を見れば一目瞭然。やはり、嘉納センセの大風呂敷には大穴が開いているようです。

 

 

2.実感放送

 

緒方竹虎「……もう一分以上やっとらんかね?」

五りん「実感込もり過ぎて、約10秒の競技を一分も御送りしちゃったという……実感込め過ぎィ!」

 

あの野獣先輩を彷彿とさせる『実感放送』の一コマ。説明を聞いた時はエアプ実況かと思いましたが、実際に競技を見たうえ、参加した選手を呼んで、もう一度同じことをやるという点では将棋の感想戦に近いかも知れません。こういう面白史実ネタを丁寧にやってくれるのは嬉しいですな。しかし、大横田のように負けた選手にとっては公開羞恥プレイに等しいですよね。実況する側もされる側も全員辛そう。実況出来ない事情があったとはいえ、酷なことをするなぁ。

その実況出来ない事情は『実況放送を許可したら実際に競技会場に訪れる客が少なくなる=チケットが売れない』というもの。この時代から既にオリンピックマネーを巡り、諸々の事象が無理を強いられていたかと思うと複雑な気分になります。実際、来年の東京五輪でも競技時間が主要スポンサーを占めるアメリカのゴールデンタイムに合わすべく、ヒートアイランド現象の甚だしいトーキョーシティーの日中にマラソンを強いられる訳で、本作が単純な五輪プロパガンダ、スポーツ万歳作品でないことが判ります。

 

 

3.知波単VSアンツィオ&黒森峰

 

田畑政治「ナチスが政権を取れば、40年のオリンピックが東京に懲りがり込んでくる可能性が出てくる……?」

嘉納治五郎「それでも政治部の記者かね! 猶太人を公然と差別するような男だぞ! そんな奴の『おさがり』など絶対に要らん! スポーツが政治に屈するなど、絶対にいかん! 平和なのはフェンスの内側、選手村の中だけ……それじゃいかんのだよ!」

 

既にスポーツの独立性を政治家に売り渡していたまーちゃんには、些か気まずいシチュエーションでした。或いはまーちゃんは漸く、スポーツを政治に売り渡すデメリットに気づいたのかも知れません。フェンスの中の平和を謳歌する自国の選手たちの姿を見る目が不安に満ちていました。『スポーツは政治に屈しない!』とくっころ宣言をした嘉納センセも今後、スポーツが政治に屈する様をまざまざと見せつけられる訳で、その意味で『やっぱり政治には勝てなかったよ……』という『くっころ』からの即落ち様式美を大河ドラマで見せつけられた思いです。

そして、久々の国際情勢解説パートは嬉しかった。

 

五りん「ヒトラーが首相になったら、一九三六年のオリンピックを返上する可能性が高く、その場合、最も準備が進んでいるローマが繰りあがり、一九四〇年は他の候補地になるかも知れない」

 

という些か込み入った事情をシンプルに説明出来ていたと思います。実際の歴史は更に面倒臭く、絡み合った展開を見せる訳で、五りんの解説のみで今後も乗り切れるかは不安が残りますが、取り敢えず、今回分は及第点でしょう。更にムッちゃんチョビ髭が大河ドラマデビュー。流石にチョビ髭は色々と制約多いでしょうけれども、ムッちゃんは副島道正とのサシ会談があるので、何とか俳優を立てて出演させて欲しいのですが。

 

 

4.人間の屑ッ!

 

おりん「噺の他は何をやっても駄目なんです! もうクズなんです! ガラクタなんです! クズ中のクズ! 高座下りたら人間のクズなんです!」

 

これまでの鬱憤を晴らすように亭主disを繰り返すヤングおりんさん。万朝ドンびき。実在した近現代の人物をこれ程に貶していいのかと思わないでもありませんが、実際の志ん生はドラマの描写がマシに思えるレベルの人物であったらしいので、仕方ありません。寧ろ、ドラマパートにかぎっても、今回の亭主disに納得してしまえるのが怖いです。尤も、今回は落語パートとのシンクロ率低めかなぁ。落語に詳しくないのですが、今まで程にストーリーとリンクしていない感じでした。

 

 

5.紀行の正しい使い方

 

宮崎康二「今度こそ、高石さんに『金』取らせますよ!」

 

大横田の体調不良による団体戦の欠員候補にサンシャイン高石を推す水泳選手団。倫敦五輪での『康介さんを手ぶらで帰らせる訳にはいかない』を思わせるシチュエーション……と思っていたら、まさか、本編後の『紀行』で当該エピソードが紹介されるとは! これ程に本編と紀行が巧くリンクした回は珍しいですね。こういうのは嬉しい。スタッフ全体の意思疎通や製作の方向性がキチンと統一されている。かぎられた条件で少しでもいいものを作ろうという意志を感じます。

尤も、本編ではサンシャイン高石の出場は見送られました。普段はタイムが全てと公言するまーちゃんが、人情論やチームの士気という不確定要素に流されそうになるのを、

 

松澤一鶴「奇蹟なんて……そんな眠たいことを総監督がいってどうする!」

 

の一言でビシッと〆た松っちゃんカッコイイ。この台詞は今後、スポーツに容喙してくる日本軍の欠点を痛烈に抉る意味も含んでいると思うのは穿ち過ぎでしょうか。先週の記事でも述べたように、クドカンはそうした政治臭さと無縁の作風なので、今回も組織が陥りがちな欠点を描いたら、偶然にも当時の軍部が該当したと考えるべきかも知れません。

 

さて、その『紀行』に登場した北島康介さんがフジヤマのトビウオこと古橋広之進を演ずるというニュースがありました。実の祖母を演じておられる池波志乃さんとは別の意味で、最も本人に近いキャスティング? 十年前でしたら藤本隆宏さんやったろうなぁ。北島さんには『古畑任三郎』でのイチローレベルの演技を期待します(軽く言うな)

キャスティングといえば、来年の『麒麟がくる』も続々と追加情報が公開されました。太原雪斎の伊吹吾郎さんはイメージピッタリですが、同時期に発表された剣豪将軍・足利義輝のほうがしっくり来たかも知れません。ムカイリさんも悪くないのですが、剣豪感に難がありそう。尤も、これもツイッターで伊吹さんが義輝だと暗殺されずに歴史が変わってしまうじゃないですかと指摘されて、凄く納得。そら、確かに勝てんわな。

それにしても、来年の『麒麟がくる』のキャスティングは豪華というか重厚というか。知名度・実績・実力の全てを兼ね備えた本格派の揃い踏みですね。ただ、友人曰く、

 

「キャスティングの互換性が高そう」

 

とのこと。確かに全員芸達者過ぎて、誰がどの役を演じても、視聴者的には問題なさそう。『真田丸』や『平清盛』や『いだてん』のような当て書き的な一点突破の熱狂型キャスティングではなさそうですが、それはそれで贅沢な悩みでもありますな。取り敢えず、来年の大河ドラマは全員が3割30本打ちそうな大正義打線大河といったところでしょうか。逆に言うと、これで失敗したらマジで監督の責任問題やで、ホンマ。

 

 

 

 

皆さん、こんにちは。

毎月通っている心療内科の担当医、凄く人当たりがよくて、親身に愚痴を聞いてくれるのですが、容貌や話し方が北村有起哉さんにクリソツなのが気になって、なかなか話に集中出来ない時がある与力です。先生も私の反応を不審がっているフシがあるけれども、これ、本人に打ち明けたほうがいいのかな。

今秋公開の『ノイエ版銀英伝』のヒルダとフレーゲル男爵の追加キャストで盛りあがっている与力です。このヒルダは個性的なファッションセンスになりそう……というか、そもそも、帝国にファッション誌ってあるのかな? いや、だから、ざーさんなのか。そして、古谷さんは石黒版でアンドリュー・フォーク、ノイエ版でフレーゲル男爵という帝国・同盟両陣営の二大ヒールを演じることになろうとは……よし、次に銀英伝をシリーズ化する時はド・ヴィリエを演じて貰おう。

そして、今月号の『修羅の刻』が三話目に突入したことに動揺を隠せない与力です。山田さんの登場以来、不破が優遇され過ぎ&感想記事どうしよう。今回、話自体は殆ど動いていないからなぁ。取り敢えず、虎彦は宗虎に腕を落とされる代わりに足で放つ『虎砲』……即ち『神威』の原型を編み出す展開と予想してみます。

そんな今回の話題は4つ。

 

 

1.『いだてん』第28回&第29回簡易感想(ネタバレ有)

 

岸清一(五輪を)呼ぶのは結構だが、数々の困難が横たわっておる。金銭、通訳、宿泊施設、交通機関、どれもこれも足りない!」

 

来年の五輪の話じゃないよね?

 

五輪のプロパガンダドラマに見せかけて、実にエグイ問題点を容赦なく抉り出すクドカン脚本半端ない……といいたいところですが、そもそも、クドカンは作品に政治的なメッセージを込めるタイプではなさそうですので、この場面も当時の様子をリアルに描いたら結果的に来年の問題にブチ当たったというところでしょう。クドカンの腕というよりも、作中から一世紀近くも経過していながら、まるで成長していない側に問題があると思われます。

実際、先回&今回の内容を見て感じたのは政治パートの致命的な弱さでした。本作では『紀行』も含めて、犬養毅を政党政治&護憲運動の守護神にして、軍部の圧力に対する最後の良心的なポジションに描いていましたが、実際の犬養は政権欲しさに『統帥権干犯問題』という禁じ手カードを切ることで、軍部が国政に容喙する口実を作ってしまった訳で、実は政党政治が崩壊した原因の大半を負っているのは明白。まぁ、統帥権干犯問題はトンデモなく生臭い事案に発展するのが必至の題材なので、触れずに留めておくのは一つの判断とは思いますが、犬養を『話せば判る』という末期の言葉から逆算した人物設定にしてしまったのは減点材料です。カリフォルニアでの反日感情描写も、満州事変の掘り下げ次第でアメリカさんサイドの理屈を補強出来たかと思うと、勿体なさを禁じ得ません。

しかし、政治パートは激弱なくせにストーリー自体は普通に面白いから、大河ドラマレビューを書く側としては始末に負えない作品であるのも確かです。先週ラストのオリンピック応援歌の演奏をバックに5・15事件を描くとか、スポーツと政治の『すれ違い』を映像で表現した手法は見事でした。今週も若手とベテランと監督のスタンスの違いと苦悩。記録とチームの士気のどちらを優先するか。それぞれの立場から見た競技スポーツの代表選出を描く件は素直に感動しました。また、ストックホルムではホテルの一室にカンズメにされて『便座が高い』という理由でメンタルを病んだ三島天狗、或いはアムステルダムで『女子はメダルを獲らないと帰れない!』と泣きながら800mへの出場を直訴した人見絹枝とは異なり、今回は参加者が『仮面ライダー響鬼』を彷彿とさせるミュージカル仕様で選手村での生活をエンジョイ&親善大使を務める女性選手といった具合に、明らかに時代や意識の変化が見て取れるので、この辺は大河ドラマしていると認めざるを得ない。

尤も、この先はベルリン&幻の東京五輪という今度こそ政治要素を回避し得ない題材が続くので、作中の日本と同じように暗雲が立ち込めている感あるなぁ……というか、ロス五輪だけで@2回もあるらしいですね。丁寧にやってくれるのは嬉しいけれども、全体の尺は大丈夫? 一九六四年の東京五輪はOPラストと同じく、開会式だけで終わるのかも知れません。でも、それはそれで余韻が残るからアリかも?

 

 

2.『陶片追放』導入したら緊迫感出ると思う

 

選挙から暫く経ちましたので、軽く大河ドラマ系の政治話でも。選挙&政治&大河ネタといっても『N国』絡みではなく、俳優の政治的発言についてです。ぶっちゃけると可児センセの中の人ネタ。選挙前~期間中に一部で物議を醸しておられたのを思い出しました。個人的には俳優さんが如何なる政治信条を抱いていようとも、特に気にしません。そもそも、出演者の主義主張を気にかけていたら、

 

『獅子の時代』と『葵~徳川三代~』のどちらかは見られない

 

じゃあないですか。実に勿体ない。勿論、発言内容の是非に関する議論や、出資者側の立場は重視されるべきですが、思想信条の自由という基本的人権は万人に認められるべきです(当然、政治信条が合わないという理由でファンを辞める自由もあります)

この話でふと思ったのは、映画監督や作家や芸術家は思想的な方向性を公言しても概ね許容されるケースが多いのに、俳優の場合はファンの拒絶反応が大きいことですね。同じ表現者であっても、この違いは何処から来るのかと考えましたが、俳優の場合は御自身が表現者であると同時に視聴者や観客が感情移入する対象でもあるからでしょう。自分を投影する存在が自身と異なる思想では作品に入り込めないという心理が、俳優の政治的発言に対する拒絶反応の原因と思われます。その意味で俳優は他の表現者よりも少しだけ難儀な職業といえる訳で、見る側も多少の斟酌の余地があるのではないかと考えます。

 

 

3.正直、あの人の作品見たことないんだよなぁ

 

王式「無辜の民を殺してそれを正当化するような者どもの戯言に耳を貸しては、被害者を辱めることになりましょう。人の世にはさまざまな矛盾や欺瞞がございます。それを知り、悩む者ほど、詭弁によって動揺いたします。二十郎君は、どうお答えになりましたか」

李績「無辜の民を殺すのは悪だ、といった」

王式「思うに、それこそが人の世における無上の真理であろうと心得ます。古来、無辜の民を殺すことが善だというような時代は存在しませんでした。いかに不正がはびこっていようと、それが人の世の救いでありましょう。何とぞお迷いなきように」

 

発生から三週間近くが経過した放火殺人事件。世間ではマスコミの取材姿勢に対する批判が取り沙汰されていますが、私個人は幾つかの例外を除き、思っていたよりも落ち着いているという感想を抱いております。そりゃあ、被害者全員の姓名を公表するのはマスコミの使命(キリッ)と宣うとか、ニュースのテロップで『天才』と『アホ』を間違えるという原稿を書いたのが田畑のまーちゃんレベルの悪筆でないとあり得ないレベルのしくじりを仕出かしているのも確かですが、このテのマスコミの不祥事は別に今回の事件にかぎった話ではないので、殊更にアゲツラウ気にはなりません。勿論、許す気もありませんが、私的には今回の事件をアニメやヲタクに対する偏見を助長する論調で報道するマスコミが殆どいないことで御の字ではないかと考えています。同様の事件が四半世紀前に起きていたら、ヲタクのみならず、被害者であるアニメ業界に対する差別に満ちた記事が刷られたのは疑いようがないことは年輩のヲタクであれば、概ね御納得頂けるでしょう。この一点においてマスコミの良識は進歩していると思います。

寧ろ、今回の事件に挑発的な論陣を張ったのは発信者側の人間でしたね。一部の研究者や関係者は、

 

「売上のためにファンに媚びる作風でヲタクをつけあがらせたのが原因」

 

と宣う始末。阿房か。犯人が悪いに決まっているだろ。だいたい、客に媚びたら売れるなんて発想は、

 

ブルセラムーンやめさせてけろ

 

という『編集王』の時代の遺物だ。客に媚びて売上が確実に保障されるのでしたら、クリエイターは誰も苦労しないわ。上記の論陣を張った方は『ヲタクは今回の犯罪の予備軍』的な物言いまでなさっておられるようですが、少なくとも、俺はぷるんぷるん天国の第9話を見せられたとしてもムサニに付け火をしようとは思わんぞ。百歩譲って、今回の事件が現代のヲタクと紙一重の行動であったとしても、俺はこう答える。

 

杉下右京「確かに紙一重かも知れません……しかし、その紙一枚を越える人間と越えない人間は全く違うんですよ!」

 

あ、俺は今、生まれて初めて杉下に全面的に同意出来た。

 

 

4.どっから出てきたその基準

 

 

 

先日、NHKで放送された作品。以前の記事で述べたように好きか嫌いかと問われたら、必ずしも好きではない作品ですが、クオリティの高さには脱帽せざるを得ません。見ていて普通に面白かったもの。子供に安心して見せられる戦争アニメですね。戦争を題材にしているのに思想のゴリ押しがないのが素晴らしい。本作は先の大戦というデリケートな題材を凄く丁寧に包み込んであります。何とな~く描き手側の主義主張は察せられるけれども、それを全面に押し出さない。自分の思想を露骨に作品に盛り込むなんて真似は余程の巨匠か、或いは三流のアーティストのやることです。

その点、先日来、一部で話題になっている芸術祭は非常にセンシティブな思想をこれ見よがしにゴリ押ししてくる点において、巨匠か三流かのどちらかの手による作品展といえるとでしょう。私はカミーユ・クローデル以外の芸術作品には縁のない人間なので、作品自体への論評は差し控えさせて頂きますが、主催者の姿勢は悪阻に苦しんでいる妊婦の前でクサヤを焼いて、相手が『気分が悪くなるのでやめて下さい』とお願いしたら『俺が好きなものを食べる権利を侵害するな』と返答するようなものと捉えています。

尤も、企画自体を否定する気はありません。考えてみろ。『表現の自由』という口実で御真影を焼くのがアリなら、チコで障子を破るラノベを書こうが、嫌いな政治家を襟立て&目隠し線を入れてアニメに登場させようが、少年誌にアヘ顔ダブルピースの全裸対魔忍を載せようが、町おこしの祭りに自衛隊を呼ぼうが何でもアリだぞ。これで自由度が広がったわ。今回の芸術祭の企画に携わった皆さん、本当にありがとうございました。心から篤く御礼申しあげます。

 

 

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