ラジェンドラ「パルスの戦場には女神がいる。俺には正妻がいない」
ギーヴ「ファランギース殿、俺のついだ酒の方が美味ですぞ」
ラジェンドラ「」ドドドドドドドドドド
ギーヴ「」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
蛇王も裸足で逃げ出すレベルの邪悪な表情でお互いを牽制しあうラジェンドラとギーヴですが、ファランギースを酔い潰すという一点で、この不埒者同士は共闘できる筈です。意識をなくしたファランギースをどちらの寝所に連れ込むかという段階に至るまでは、彼らの利害は対立しません。目先の利益や敵愾心に煽られて、真の敵は誰かを見失う構図はシンドゥラ国内の争いを暗示しているようでもあります。まぁ、どのみち、両名が共闘したところで蟒蛇のファランギースには太刀打ちできなかったからね、仕方ないね。この辺はラジェンドラとガーデーヴィが共闘しようとも、結局はナルサスには敵わなかったよ……というオチを迎えたであろうことの暗示でもあるようです。そんな今回の『アルスラーン戦記』のポイントは5つ。
1.柔軟な戦略
ナルサス「二人の王子のうち、どちらかが完全に勝利を収めねば、シンドゥラ国内は乱れ、パルスにとっても国境付近の脅威が残ります」
王都奪還の布石に東方国境を安定化しようと目論むナルサスですが、シンドゥラ国内が分裂しているからこそ、後顧の憂いなく、ペシャワールを出立できそうにも思います。実際、今月号で荒川センセとの対談を務めた藤崎竜先生がコミカライズしている『銀英伝』のラインハルトは門閥貴族との決戦に備えて、同盟の内部分裂を図っていました。しかし、ラインハルトの場合は外敵が同盟しかいないからこそ、仕掛けた作戦。アルスラーン戦記の世界ではシンドゥラの内乱に乗じて、トゥラーンやチュルクが出てこないともかぎりません。そういう手合いが蠢動する前に、自らの主導権に拠る期間限定の安定を確保しようとしたナルサスの智謀は高く評価されるべきでしょう。尚、作中でラジェンドラ殿下は、
キシュワード「ラジェンドラが恩を恩として感じるような人物であればよいがな。野心もある。欲もある。信頼できるような人柄でもない。我が軍が背を向けた途端、襲いかかってくるだろうな」
といか散々に貶されていましたが、よくよく考えるとラインハルトにも当てはまる評価なので、実際のラジェンドラは極悪な人間とはいえないかも。
2.どこから来たのか
ナルサス「殿下に急ぎ申し上げたきことあり! 殿下はおわすや?」
ラジェンドラ「今度は何だ!」
ナルサス「シンドゥラ国のラジェンドラ王子がパルス軍の捕虜になられた由」
話としては面白いのですが、ナルサスが何処を通って、シンドゥラ軍の中核に接近したのかは謎。今回の作戦はペシャワール城手前の隘路に殺到したシンドゥラ軍の前後を、物理的・精神的に挟撃することで疑心暗鬼を生じさせる計画ですから、逆にいうと正面から中軍をピンポイントで狙うことは不可能です。現にナルサスが上記の台詞を口にした時点では、シンドゥラ軍本軍の秩序は崩壊していませんでした。或いはペシャワール城の者しか知らない、隧道や間道が存在するのかも知れません。
それでも、パルスの挟撃に右往左往するシンドゥラ軍の醜態は見もの。味方の軍勢の前進と後退に揉まれるラジェンドラ殿下のシーンはドリフのコントを思わせました。原作以上の殺傷能力を描かれた牛の角攻撃、そして、原作では頸部を射抜かれたラジェンドラの愛馬を生かしておく辺り、荒川センセの百姓スピリッツも健在。『百姓貴族』によると牛の角は本当に恐ろしいそうです。
3.変態家臣
ナルサス「ギーヴ、鎖を」
ギーヴ(満面の笑み)
後年、カドフィセスを『卑劣な拷問』に処したアルスラーン一味。そういえば、あの拷問を発案したのはナルサスで、実行したのはギーヴでした。ナルサスがアルフリードとの婚儀に煮え切らないのも、女性好きの癖に言動の端々に女性不信を匂わせるギーヴの矛盾も、或いは両名の心の奥底にアブノーマルな性癖が存在しているからかも知れません。実際、ラジェンドラに同盟を強要した挙句、勝手にシンドゥラ国内にパルスとの同盟を吹聴して回っていることを満面の笑みで解説するナルサスの表情は(謀略)芸のサディストそのものです。これには世の女性もドン引き……と思いきや、それを素敵と思ってしまうアルフリード。恋は盲目ですね。
不承不承……というよりは(ペシャワール城を陥とせなかったのは)残念だが仕方ない&(パルスとの同盟に)切り替えていくといった心境でアルスラーンの申し出を承諾したラジェンドラ。ダリューンによる縄斬りのハッタリはカットされていましたが、それ以上に戦場で化け物と見間違うほどの恐怖を受ける描写があったので、プラマイゼロでしょう。
4.そこまでいうか
キシュワード「おまえの酒じゃない。うちの酒だ」
エラム「食べ方が汚い!」
ファランギース「よく、あれだけ喋り続けられるものじゃ」
アルフリード「すごい! うちの親父より歌が下手な奴、初めて見た!」
ギーヴ「まるで水牛のいびきだ!」
実情は兎も角、形式上は国賓扱いされてしかるべき隣国の王族相手に、この申しよう。アルスラーン一味がクチサガナイのか、ラジェンドラの言動に問題があるのか。7:3で後者でしょう。ギーヴの台詞以外は荒川センセのオリジナルですが、原作に挿入されても違和感ない内容ばかりなのが凄い。中でもラジェンドラへの苦情に託けて、死んだ親父をdisるアルフリードさん半端ねぇっス。しかし、流石にファランギースに酔い潰されたラジェンドラとギーヴのヘソ顔と虎メイクはやり過ぎだと思うの。特にギーヴは『どうでしょう』の『30時間テレビ』のミスターの虎メイクそのものでクソワロタ。荒川センセは北海道出身なので、もしかして……?
5.冗談じゃないよ
藤崎竜「『アルスラーン戦記』の完結はこれからですね」
荒川弘「田中先生は笑いながら『全員死にますから!』って……」
藤崎竜「冗談とも言い切れないのが怖いです(笑)」
断言しよう。原作者は本気だ。
流石は『鏖の田中』。実際、最新刊では超重要人物を二人まとめてブチ殺しているので、全く冗談に聞こえません。
田中芳樹「ハッキリと言っておくぜ! オレの作品はな! そこら辺のアメドラやありふれた深夜アニメのように『(重要キャラを)ブッ殺す』『(ヒロインを)ブッ殺す』って大口叩いて、読者や視聴率を稼ぐような作品とはワケが違うんだからな! 『ブッ殺す!』と心の中で思ったならッ! その時、スデに行動は終わっているんだッ!」
とか真顔で考えていそうです。上記のプロシュート兄貴の台詞をリアルで口にしても違和感ないのは田中センセと富野御大しかいないでしょう。自慢になるかどうかは別として。