連理の翼 アクラ王2 |  ZEPHYR

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 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

 満月とはいえ、山越えは難渋した。吉備の児島の西側は、南北に長い尾根が続いていた。ちょうど西側からの侵入を拒むように立ちはだかっている。

 これが、海から見たオウスが「盾のよう」と評したものである。

 オウスたちは、あえてその西側から上陸したのだ。そこがもっとも、敵が侵入を想定しづらい場所だからだ。

 むろん、吉備から敵の本拠への最短の地ではない。もっとも近いのは、児島の北側にあるのだが、そこは古くからの聖地として崇められた地であり、これまでも幾度も吉備国がアクラ王に対して奪還を試みていた。

 その聖地こそが、アクラ王が拠点するユガの地にもっとも近い。

 

 そしてまた、ユガの地も児島の聖地の一つ……いや、もっとも重要な聖地だった。

 これまで吉備武彦は、児島の聖地奪還のために幾度も北側からの侵攻を行っていたが、狭い水路を行かねばならない地の利の不利もあり、アクラ王の勢力にこれを退けられていた。

 当然、守りも堅い。弩(おおゆみ)も配備されているため、児島の山上や丘陵地から狙い撃ちにされてしまうのだ。

 

 そういった戦況を聞き、オウスは一計を巡らせたのだ。

 あえて、天然の守りである尾根を越えようと。

 

 児島の西側から上陸したのは、そういう狙いだ。

 東側から攻め入る案も練られたが、東側の方が山々は急峻で、越えて行くには相当なロスがあった。その間に気づかれ、守りを固められてしまう可能性がある。

 それに大和へ向かう(と見せかける)大型船を抜けさせるのは東の穴戸でなければならなかった。

 児島のアクラ王軍勢は、大型船が東へ向かうのを見て、そちらへ意識を向ける。やがて穴戸を抜け、さらに内海を東へ進路をとるのを見たら、気も緩む。

 そのときこそが、西側からの上陸のチャンスだった。

 すべてはオウスが、腹心とする弟彦、また吉備の武彦らと綿密に練り上げた戦略だった。

 

 しかし、思うほど進軍は早まらなかった。

 オウスらは、南北に横たわる尾根の中で、ひときわ高くそびえる山の南の斜面を抜けようとした。※現 龍王山

 その山の南麓に、海が迫る狭い平野があった。そこへ抜けるルートは、南北の尾根の中でももっとも抜きやすい場所だったからなのだが、それでもなお夜の闇はオウス軍の歩みを遅らせていた。そもそも獣道のような狭い斜面の道であり、山林の草木がそれを覆い隠しがちなのを、かき分けながら進んでいくのだ。

「皇子様」隣の武彦が、息を荒くしていった。「健脚であられますな」

 オウスの前には、道案内に立っている従者がいるだけだ。しかし、オウスの足はともすればその従者を追い抜きかねない勢いだった。それに押されるように足を速めている従者は、汗をしたたらせている。

 ふとオウスは、背後を振り返った。後を追ってくる仲間たちとは、少し距離に開きが出ていた。

「少し休もう」と、オウスがいうと、従者も武彦も大きく頷いた。

 

 一行は尾根をちょうど越えたところだった。

 山の斜面に何やら古い祭祀場のようなものがあった。そこで休息をとることにする。皆、思い思いの岩や地面に腰を下ろし、汗を拭き、給水をしている。ありがたいことに、そこには湧き水の流れもあった。

 オウスは大きな岩の上に立ち、満月の光に照らされた風景を眺めた。瀬戸の内海が一望にでき、その海は眼下の弧を描く浜に迫っている。月光をはじき、海が輝いて見えた。

「ここからは少し楽になります」

 従者の言葉に、オウスは頷いた。

「皆、体を冷やさぬようにな」と、呼びかける。

 冬の山の冷気が、あたりにはびっしりと詰まっている。自分も汗を抜き、水を飲んだ。しかし、まったく消耗感はなく、いくらでも行軍を続けられそうだ。

 もともと体力には抜群のものがあるオウスだが、今体内に満ちているエネルギーは普段と違っているように思えた。

 この山のせいか?

 この山に存在する霊気のごときものが、自分にはとても心地よく感じられる、ということに気づかされる。

 

 ふっと何かが視野をよぎった。

 いや、暗い影のようなものが頭上を通り過ぎたように思えた。

 なにかといぶかり、オウスはその影が向かったように思える山の斜面を振り返った。天然の岩場が続き、それを巧妙に利用した石段のようなものがしつらえられている。

 引き寄せられるようにそこを登った。そのオウスに、誰も気づかなかった。

 やはり祭祀場なのであろう。登っていくと、さらに大きな磐座(いわくら)が見えた。近づいていくと、さらに霊気が強まっていくのが感じられた。

 オウスは、ぎょっとした。

 磐座の上に、何かがいたのだ。ただその姿ははっきりとは見えなかった。

 

 ――おやおや、これは。

 声が聞こえた。いや、声ではない。心の中に響いてくるものだった。

 ――わしがわかるのか。

 

 その瞬間、オウスは肝をひしゃげさせた。誰にも見せたことのないようなぶざまな尻餅をつき、そのため石段を二段ほど転がり落ちてしまうという滑稽な醜態を演じた。

 磐座の上に存在するもの――。

 それは巨大な龍神だった。そのようにしか表現し得ないものだった。

 いや、磐座という小さなスケールの上のものに存在しているのではない。この巨大な山全体を長い胴体で取り巻き、頤(おとがい)を心地よさそうに磐座の上にのせている……

 オウスの目にはそのように映った。はっきりと見えているというよりも、そのような印象が心の中に勝手に投影されてくるのだ。

 

 ――そなた、巫女の血が流れておるな。ふむ。母親か。

 龍神は興味深げにつぶやいた。

 

 

 

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