濃密な闇が視野を覆い尽くしていた。
まるで深い淵を覗きこむような、底も先も何も見えない闇である。
その世界でスサノヲは、わずかばかり、自らの身体が発する光だけを頼りに歩いていた。そう、彼の身体はぼうっと微光を放っていた。直観的に思ったことは、それは彼が生きているからこその光であり、周囲のすべては死の闇の底にあるのではないか、ということだった。
すべてが死せる世界。
完全なる沈黙。完全なる闇。
その〝死〟のあまりの濃厚さ、重さに、いつしかスサノヲは自分自身がそれに呑まれる恐怖を味わっていた。そして、それが彼を激しく動揺させた。
――死?
スサノヲは自分が死ぬということを、これまで一度も想像したことがなかった。常人と異なり、彼は超人的な肉体と力を与えられていた。ありきたりな脅威の前に、自らの存在が危うくなり、消え去る危険など、感じたことがなかった。
が、この世界だけは違った。
闇は果てしなく、どこへともわからず続いていた。いつまで歩けばよいのか、それすらわからない。そのためか、いつしか自分がこの闇の中に溶けて消えてしまうような、そんな恐怖がじわじわと心を侵食していたのだ。
長い長い洞窟のようなものだった。しかし、距離感はまるでない。時間感覚もなくなる。どれだけ歩いたかということも一切想像できず、いつまでたっても闇が払われる気配もなかった。
苛立ちと焦り。
そして恐怖。
スサノヲの心が乱れ始めてしばらくすると、闇に変化が生じた。
初めて別な存在の気配が感じられ始めたのだ。
――助ケテクレ。
自分のほんの間近、頬や耳に接触するような感覚で、すうっと冷たい空気が流れていく。
――痛イヨ痛イヨ。
子供の声。
――坊ヤ、アア、坊ヤ!
母親の悲痛な叫び。病で子を死なせてしまった悲しみが、なぜかはっきりとそれと分かる形で伝わってくる。声の主の感情と状況が、そのままスサノヲに伝染してくるのだ。
と、堰が切れた流れが押し寄せるように、大量の思念が彼にまとわりついてきた。
――苦シイ。
――熱イ! アア、体ガ燃エル!
――水ヲ……。
――許サナイ。
――寒イ。
――呪ワレヨ。

それは声というより、想いだった。無数の人間の想いが、その人々が置かれている状況とともに生々しく伝わってくる。
勝利と敗北。栄華と荒廃。
この地上に勃興した多くの国々と、そこで生きた人々の人生、想い。
それが今、とてつもない情報量となって、スサノヲの中に入って来ていた。彼らの悲しみや憎しみ、絶望、恐れの大群となって、怒涛のように押し寄せてくる。それは氾濫する大河の水を身一つで受け止めるようなものだった。
その波涛はスサノヲを呑み込み、彼を粉々に粉砕しようとした。
――死ニタクナイ。
ある一つの想いが、スサノヲに憑依した。それは彼自身が強く想い抱いた感情そのままだったからだ。
――ココデ、俺ハ死ヌワケニハイカナイ。
走り抜ける無数の騎馬、馬車。戦乱。
スサノヲは剣を抜いた。そして襲い掛かってくる兵士たちを切りつけた。だが、それはいつもの超人的な彼の技でもスピードでもなかった。鉛でも四肢に入っているのではないかというような、恐ろしく鈍重な動きだった。いや、彼にはそう感じられた。
スサノヲが実感しているのは彼自身の人生ではなく、彼に憑依したある兵士の人生だった。強大な国家の侵略を受け、滅びゆく国。それに抗った男の想いが、そのままスサノヲの意識を占領してしまっていた。
男には愛する妻と子、そして老いた母親がいた。そのすべてを守ろうとしたが、津波のように押し寄せる巨大国家の軍勢の前では、あまりにも非力であり、消し飛ばされてしまう程度のものでしかなかった。矢に射抜かれ、痛みに耐え、押し寄せる騎馬隊に立ち向かった。が、槍が彼の胸を貫き、打ち倒された彼の胴体と頭部を、荒馬たちの蹄がぐしゃぐしゃに潰してしまった。
――死ネナイ。ココデ、俺ハ死ネナイ。
原形をとどめぬほど損傷した肉体を離れた男の魂は、守るべき家族のもとへ飛んだ。が、魂だけとなった彼の目に映った光景は、侵略兵によって子と母がたわむれに殺され、妻が犯される姿だった。
絶叫した。それは魂の咆哮だった。
スサノヲは男と共に、血の涙を流していた。愛する者を殺戮され、奪われ、愛した国もことごとく蹂躙される、その絶望と呪詛、自らの無力さへの呪いが、まるごと憑依した。
怨霊となって――。
――スサノヲ。
光が。
あまりにも広大で濃密な闇の中に、光が差した。
まったく無意識に、スサノヲは自分の胸にある、クシナーダに与えられた領布(ひれ)をつかんでいた。右手には剣を持ちながら、左手ではその領布を。
領布は明るい光を発していた。その光が、スサノヲを怨霊となった男の意識から切り離した。
とたんにスサノヲは、たった今まで感じていた圧倒的で濃密な、〝負〟の感情の海から浮上していた。だが、それは危ういものだった。
大洋に放り出され、荒波の上にかろうじて這い出たようなものだ。
ともすれば、海中に潜む怨霊たちは、スサノヲの足を引っ張ろうと手ぐすねを引いて待っている。それにもう一度つかまれてしまったらおしまいだと感じた。
クシナーダ……。
彼女の姿、彼女の仕草、彼女の笑顔。
スサノヲは本能的にそれを想った。岩戸を抜ける前、胸に手を当ててくれた。その彼女の掌から伝わってきた熱さを想った。
そして剣を鞘に納め、代わりにその領布を振った。
闇が切り払われた。
そこには、今や彼から分離された無数の怨霊たちが渦巻いている死の渕が見えた。
彼らはそこで嘆き、悲しみ、そして呪い続けている。それはおぞましいというより、あまりにも悲哀に満ちたものに思えた。彼らはすべて一様に、救いを求めていた。
考えるよりも先に、スサノヲは領布を振った。
それは浄化の光を降らせた。それは霊送りを行ったとき、クシナーダが天界より降らせた、あの白金の粉のような光だった。
シャンシャンシャンシャンシャン――。
鈴の音が聞こえた。
「ヨミの亡者たちよ、お前たちの還るべきところへお還りなさい」
女の声が響いた。そして、さらに高く鈴の音が響き渡った。そのヒビキは、スサノヲが振りまいた光の粉を拡散させ、見渡すかぎりを埋め尽くすように覆わせた。それを浴びた亡者たちは真っ黒な塊から、ぽつぽつとほの明るい光へと変じた。
その連鎖が見渡す限りへと広がり、あたりは眩いほどになった。無数の光の珠が、怨霊の海を離れ、上空へと昇って行く。
上のほうに光の穴が開いた。そこへ光の珠は、吸い込まれていく。
そして、すべて消えてなくなった。
鈴の音が止まった。
見ると、その鈴を鳴らしていたのは巫女たちだった。七人、いつの間にかスサノヲの周囲に広がって佇んでいた。いずれも清らかな乙女たちだった。
「ようこそ、ヨミの国へ」もっとも年嵩に見える乙女――といっても、二十歳にもならないだろう――が言った。クシナーダのそれに似た声だった
「そなたらは……」スサノヲは彼女らを一人一人見ながら言った。
「わたしはアワジ。クシナーダの姉です」
「アワジ……」衝撃を受けた。「カガチに殺されたという」
「驚くにはあたらないでしょう。ここはヨミの国。亡くなった者がいて当然」
「そ、それはそうだが……」
「他の者たちも皆、トリカミの巫女だった者たちです。皆、カガチによって命を奪われました」
呆然と見まわすスサノヲを、無邪気な笑顔が取り囲んだ。クシナーダやミツハと同じような、心地よいヒビキが周囲からふわっと寄せてくる。
「そうか。そなたらがこれまでカガチによって命を奪われた七人の巫女……。しかし、なぜこのような亡者たちの世界に」
「わたしたちはある役目を持ち、ここに留まっておりました」別な一人が答えた。
「役目?」
「それは、あなた様をお待ちすること」また別な一人が。
「俺を?」
「いずれ訪れるあなた様を助けるため」
問答の受け渡しが続く。
「わたしたちにはわかっておりました。失われるわたしたちの命が、きっと未来を作り出すことを」
「そのために天に還ることなく、ここに留まっておりました」
「あなた様に真実をお伝えするために」
「真実とは?」スサノヲは巡ってきた言葉の元のアワジを見た。
「それを知るために参られたのではないのですか」
アワジがそう言うや、巫女たちはすうっと引き寄せられるように、それぞれの姿がアワジのもとへ重なり合って行った。彼女らは一つとなり、そして真っ白な光となった。目を開けていられないほどの輝きの中、スサノヲは自然と膝を折っていた。
それが誰なのか、問うまでもなく、わかったからだった。
光が収束して行き、そこに顕現したのは、母・イナザミだった。
この黄泉の世界を壊すのではないかというほど、巨大な光の結晶としてイザナミはその存在を顕わした。
――いとし子よ。
そのヒビキ。慈愛に満ちたそのヒビキを受けるだけで、スサノヲは抑えていたものが堪えきれなくなった。仰ぎ見る目に、涙腺が決壊したように滂沱と涙があふれた。
――母よ。
――よう参られた。このヨミの国へ。
――母さん……。
これほどの人間的な情がどこにあったのかと、スサノヲは自分で訝(いぶか)った。およそ乾ききった、人としての情の失われた人形のような存在として、自分が地上に生まれたと感じていた。このような存在に、どのような存在価値があるのか。何の楽しみも、喜びも、逆に憎しみさえも抱くことのない人形に。
――そなたは心なき、魂なき人形ではないぞえ。
イザナミが告げた。
――ここへ参られよ、それがわかる。
イザナミが両手を広げた。
それを見た瞬間、スサノヲはそれこそが自分が心底求めていた瞬間なのだと知った。
――母さん。
スサノヲは小さな光の珠となった。それは赤子のような……いや、胎児のようなカタチをしていた。勾玉のような。
それは回りながら、すっぽりと大きなイザナミの両腕の中に抱かれた。
そこは暖かく、安らぎに満ちていた。
そこで彼は、ほんの小さな小さな、一粒の細胞となった。それが二つに分かれ、次には四つに分かれ、次には十六に分かれて……細胞分裂を繰り返して行った。やがてそれはまた、勾玉のようなカタチとなり、そして胎児へと成長して行った。
母の海だ――と、スサノヲはとろけるような安らぎの中で、自分がかつてなく充足されていくのを感じた。母の胎内で成長しながら、彼は思い出していた。このヨミで体験した無数の人生を。
それはすべて、彼の人生であった。
遥か歴史が刻まれる以前から蓄積されてきた無数の人生。幾度も幾度も生まれ変わりながら、時に喜びを、時に悲しみを得ながら生きてきた、当たり前の人としての人生。
彼らすべての人生は、天界にたった今もあるスサノヲの大きな意識の一部として、この地上で生きてきたものだった。時には男として、時には女として。彼らすべての人生が、細胞の一つ一つとなって、今ここにあるスサノヲの中に組み込まれていった。
そうすることで、スサノヲは真実、〝人〟となった。
それは、新たな〝誕生〟の時であった。
気がつけば、スサノヲは元の姿となり、イザナミの前にひざまずいていた。
イナザミは圧倒的な光のピラミッドのような存在ではなくなり、普通の人の形をして岩の上に腰かけていた。そして周囲の石段には、先ほどの七人の巫女たちが控えていた。
「いとし子よ」と、イザナミは言った。「よくぞ務めを果たされた」
人のカタチとなったと言っても、その声音は厳かで、そして同時にやさしくもあった。
「務め?」
「そなたは思うておったろう。なにゆえに自分は、当たり前の人として地上に生まれなかったのか」
「はい」
「このヨミには無数の人の記憶が存在しておる。情報といってもよいし、残留思念といってもよい。今そなたが浄化し、天に送った者たちの情報は、そなた自身に由来する者たちの想いじゃ。それは浄化されぬまま、このヨミに留まっておった」
「わかります」
「それは普通の人にはできぬ技じゃ。クシナーダのような者たちでさえ、生身でこのヨミに立ち入ることはかなわぬ。おそらくヨミに入ったとたん、気が狂ってしまおう。当たり前の人は、ありとあらゆる悲嘆を一身に背負うことはできぬ」
イザナミの語りとともに、ふっと幻影が現れた。三つの十字架。その中央の十字架にかけられ、苦悶に顔をゆがめる男。――ゴルゴダの丘――という言葉が、スサノヲの脳裏をよぎった。イザナミの想いによって、惹起されてきた情報だと分かった。
「過去、このヨミに立ち入った者は、何らかの形で特別な〝力〟を備えておった。そなたの場合は、このヨミを訪れるため、特別に鈍感に作られたのじゃ」
「鈍感……?」あまりにも意外な言葉に、スサノヲはあっけにとられた。
イザナミはおかしそうに微笑(わら)った。
「人としての情に共鳴しやすい者ほど、ヨミは恐ろしい世界じゃ。残留思念を際限なく引き寄せ、その者を崩壊させてしまう。そうならぬため、そなたはきわめて共鳴しにくい存在として、この地上に降りたのじゃ」
「地上に降りた瞬間から、はっきりとした確信がありました。自分はヨミに行かねばならない。そして母に会わねばならないと。その想いだけは、絶対の使命として胸にありました」
「それはそなたがその役目を負うて地上に降りたからじゃ。わたしに会うことこそが、そなたのお役目だったのじゃ」
「なんのために、それが必要だったのでしょう」スサノヲは激しく戸惑っていた。「いや、俺は自分がこの世にある意味を知りたくて、ここへ参ったのですが、母に会うことだけが自分の存在意義なのですか」
「そう急くな」イザナミは手をひらひらとさせた。「そうよの。もう一つ、重要な役目があるぞ」
「なんでしょう」
「ここへ来て、肩を揉め」
「は?」
「それも重要なお役目じゃ」
七人の巫女たちがクスクス笑った。スサノヲは母にからかわれているのだと知ったが、「さあ、早う」と催促され、立ち上がり、石段を登り、母の背後に回った。そして肩を揉み始めた。
「せっかくこうして人のカタチを得ておるのじゃ。ちょっとは人の親子らしいこともしておかねばのう。おお、良い気持ちじゃ」
イナザミに年齢はなかった。言えば、肉体的な凝りなどあろうはずもなかった。七人の巫女と同じように若々しく、それでいて滲み出る雰囲気の大きさは、まぎれもない母性そのものだった。
「母さん、あの、さっきの続きですが……」
「相変わらずせっかちなやつじゃ」
「すみません」
「はっはっは。そしてくそ真面目じゃ。さきほど、そなたは二つのことを問うたな。一つはなんのためにヨミに来て、わたしに会う必要があったのか。そしてもう一つは、自分の存在する意味」
「はい」
「ヨミを訪れねばならなかったのにも二つの理由があるが、一つはわたしを慰めるためじゃ」
「慰める?」思わず、手が止まった。
「おお。今ここでこうして肩を揉んでおることもその一部というわけじゃ」
なるほど…と、半ばほど納得して、スサノヲは肩揉みを再開した。
「わたしはこの星のすべてを生み出したヒビキじゃ。人はそれを〝母〟〝地母神〟として認識しておる。しかし、創造の過程では常に澱のようなものが生まれる。人で言えば、そなたが先ほど浄化した残留思念がそれじゃ。それはすなわち、わたし自身の澱でもあるのじゃ。このヨミはそうした世界じゃ。そなたがそうであるように、わたしの大元のヒビキも天界にある。が、ここにあるわたしはきわめてネの世界のヒビキに近い。どういうことかわかるか?」
「つまり、人間に近いということでしょうか」
「その通りじゃ。そのため、時として慰めも必要なのじゃよ」
「その役目を俺が?」
「他に誰がおろう」
「はい」
そう言われれば、受け入れるしかなかった。
「母を慰める者がいなければ、どうなるのですか」
「恐ろしいことになる」
「恐ろしいこととは……?」
「まあ、考えてもみよ。どのような時代、どのような家族でも、母が崩壊してしまえばどうなるか」
「…………」
スサノヲが沈黙を守っていると、そばで見守っていたアワジともう一人の巫女が言った。
「子は愛と居場所を失い」
「男は暴走をやめず、あくなき破壊を繰り返す」
「それが地球規模で起こると思えばよい」と、イザナミが引き継いだ。
「それは……母さん、今、とんでもないことをさらっと言われましたね」
「真の創造は陰の中、母性の中にこそある。抑えを失った陽の力、男の力は往々にして破壊に働くものじゃ」
「俺がヨミを訪れなければならなかったもう一つの理由は?」
「そなたがまっとうな〝人〟となるためには、ここへ来る必要があった。それは先ほどの体験で分かったであろう。かの者たちの人生を得ることで、そなたは完全となる。かの者たちの情報は怨念ばかりではなかったであろう。当たり前に生き、そして死んでいった者たちの人生の記憶じゃ。そのすべてが今、そなたの中にあろう」
「はい」
「わたしも慰められた」イザナミの片手が、そっとスサノヲの手の上に置かれた。「そなたを今一度身ごもり、そして生んだ。そうすることで、わたしも満たされ、そなたも満たされた。そうであろう?」
「はい」
不覚にも涙が滲んできた。母の優しさを触れることで、スサノヲは自分の中に欠落していた部分、風穴のように感じられたむなしさがなくなっていることを知った。
「もうよい」と言われ、スサノヲは母の背後を離れた。そして、また前に膝を折った。
「これでそなたは完全な〝人〟となった。もはや好きに生きるがよい」
「え?」
「この世に生きる意味、存在する意味。そなたはそう言うたな」
「はい――」
「そのようなことは自分で決めよ」
あまりにも意外な言葉に、スサノヲは返す言葉を失った。
「何もかも他に答えを求めようとするのは怠慢で、甘えじゃ。なんのために人に自由意思が与えられておると思うのじゃ」
「いや、しかし――」
「スサノヲ様」思い余ったようにアワジが言った。「今、地上は大変なことになっております」
アワジの後、巫女たちは言葉を引き継いでいった。
「ヨモツヒラサカの結界が破られ、ヨミに閉じ込められていた禍津神、ヨモツヒサメが外に出てしまいました」
「ヨモツヒサメは人の悪しきものが凝り固まった存在」
「この地の底には、人が決して手を付けてはならぬ〝死の力〟があります。ヨモツヒサメはその化身でもあります」
「数え切れぬほどの人が死ぬでしょう。これまでの戦いにも増して」
「ヨモツヒサメを放置すれば、世界は滅びます」
「クシナーダもまた、今はカガチによって連れ去られました」
「クシナーダが?!」血相を変え、スサノヲは立ち上がった。
「さて、いかがする?」と、イザナミが問うた。
「母さん、俺は地上に戻ります」
イザナミは笑い出した。呆然とするスサノヲに、イザナミは言った。
「そなたは今、何を考えた」
「それは――戻って、クシナーダやみんなを助けなければと」
「ならば、それが今のそなたの存在理由ではないのか」
その言葉は、スサノヲの胸を突くものだった。
「はい……」スサノヲは一度そう答え、そして目を上げ、もう一度、強く言った。「はい!」
彼はイザナミと、そしてほかの巫女たちを見つめ、踵を返した。そして走り出した。
その姿はすぐに闇に呑まれ、消えてなくなった。
見送ったイザナミの瞳に憂悶が映し出され、揺らいだ。
「……いとし子よ、すまぬ。せっかく〝人〟になれたというのに」母の顔がゆがんだ。その顔を隠すように右手で覆った。「そなたの役目は本当はあと一つ……。じゃが、あれはわが澱……わが怨念……」
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