海王星で無になれば part.2 |  ZEPHYR

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― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

 夕方、孝司は勤務先であるガソリン・スタンドに出勤した。

「おはようございます」

 声をかけてきたのは、アルバイトの高橋だった。
 体育会系の明るい男だが、威勢とノリはいいけれど、やることは雑だった。

「おはようございます」と声を返し、孝司は帽子を正した。

 ちょうど1BOXが一台、入ってきた。

 いらっしゃいませー、と大きな声をかけて出て行く。これが孝司の日常だった。

 車の給油、窓ふき、タイヤやオイルのチェック、要望があればその交換。
 会計。
 決して数多くはないが、突然のトラブルに対しての対応。

 孝司は作業に没頭しようとしたが、うまく行かなかった。
 
 振り払っても振り払っても、昼間の家でのやりとりが思い出されてくる。



「どういうことか説明してくれ」

 孝司は厳しい調子で母親に問いただした。

 最初、奈津子はしらばっくれようとしていた。が、このところ自宅にかかってくる電話は、たしかに普通ではなかった。

「前々からおかしいとは思っていたんだ。借金があるんじゃないのか」

 詰問すると、ようやく母は口を割った。

「じつは……ちょっと入り用があってね」

「入り用って、いったい、なんの入り用があるんだよ」

 それだけでカッとなりそうだった。
 孝司たちが一緒に暮らしているのだ。

 同居に当たっての改築費用は、すべて浩司たち夫婦が負担したのだし、食費など生活費は折半している。
 ほかに目立った出費もない。
 不自由などさせていないはずだ。
 いったい、どんな入り用があるというのか。

「じつは……お父さんがね」

「親父がなんだって?」

「あの人、昔から人が良くて、頼まれると断れなくて、あちこちにお金を貸していたのよ。立て替え立て替えで……」

「じゃ、返してもらえばいいじゃないか」

「それが、もうその相手も居場所がわからなかったり、もう十何年も前のようなお話だったりすると、知らないって、しらばっくれる人もいて……」

「ちょっと待って。いったい、どれくらい人に貸しているの」

「たぶん……五百万くらい」

 顎が外れそうだった。

「ま、まさか、それがまるまんま、親父が借金しているわけ?」

「い、いや、そうじゃないんだよ。だけど、いくつか借りていて、あの、それがばらばらに借りてるもんだから、うまく払いが回せなくて……」

 それで最近では、消費者金融から奈津子自身がいくらか借りて回していた、というのだ。

「いくつも借金を、どこかでまとめて一本にできたらいいんだけどね」と、母は言った。

「あの、ほんとに悪いんだけどね、浩司、あんたがお金を借りてもらえないだろうか」

 その返事をする前に、浩司はダイニングで新聞を読んでいた父親にくってかかった。

 どういうことなのか、と。

「わしが働いて稼いだ金、何に使おうがわしの勝手じゃないんか」

 白々と言い切る父親。

「わしだってな、いろいろと付き合いがあるんよ」

「借金してまで、付き合わないといけないような付き合いか!」

「えらっそうに……育ててもらったくせに」

「親父は昔からそうだ! なんでもかんでも、一人で勝手なことをして。夜遊びして、金をぱあっと使って、いい顔ばかりしようとしてた! その挙げ句に、これか!」

「うるせえ!」
 新聞を投げつけてくる。

 そばで突っ立って聞いていた史也が、火がついたように鳴き始めた。

 しまった、と浩司は思った。子供の前でするような話ではなかった。

 それで今朝の話は終わった。


 妻の広子には携帯電話で、あらましを知らせた。
 広子は絶句していた。

 仕事が終わって帰ったら、話し合わねばならない。
 しかし、広子にどういって話したら……。

 暗澹たる気持ちだった。


「じゃ、おれはこれで上がるから。あと、よろしくな」

 店長となった浜田が声をかけてくる。

「あ、ああ」

 その背に、ふっと相談しようかという衝動を感じた。
 が、もちろんできなかった。

 同期の浜田は、以前で何でもしゃべれる相手だった。
 気心も知れていて、一緒に飲みにも行った。

 しかし今、浜田に出し抜かれてしまった浩司には、相手にこんな自分の弱みを見せることはできなかった。
 むしろこんなことが会社側に知れたら……。

 深夜、定時の退社時刻を迎えるまでが、異様に長かった。

 深まる秋に、夜の風がひどく冷たかった。