しばらく沈黙が流れた。
自分のしでかしてしまったことの後悔を、心の中で麻衣はいじり回していた。
老占星術は席を立ち、お茶を入れてくれた。
ハーブの気持ちのいい香りが部屋中に広がった。
「お飲みなさい」
「ありがとうございます」
一口飲むと、すっとしたものが胸中に広がった。
そうすると、一つ疑問が湧いた。
「あの、訊いていいですか」
「どうぞ」
「あたしのようなことをしてしまったら罰を受ける。
それはよくわかりました。
でも、そういう原因を作ってなくても、ひどい目に遭う人っていると思うんです。
それはどうなんですか?」
「いいご質問です。
その前に、私もつい『罰』という言い方をしてしまいましたが、実際にはあなたが今受け取っているものも、罰ではないと思います」
「というと?」
「そもそも他人など存在しないのがこの世の中なのです。
今野さんとあなたは他人などではない。
一つの存在なのです」
「一つの……?」
「この話は長くなるので、まあ、私たち人類は全体で一つの大きな生命なのだという風に理解してください。
その細胞の一つ一つが私たち個性のある人間。
ところが一つの細胞が隣の細胞を傷つけてしまったらどうなるか?
それは自分を傷つけるのに等しい。
だからこそ、このような波及法則が働いてしまうのです。
おそらくは気づきのために」
「気づき?」
「古代から人類はすでにそのことを学んできていて、だからこそ因果応報とか悪いことをしたら罰を受けるとか、そういうことを体験的に知っているのです。
しかし、科学合理主義に毒された現代人は、こういう考え方をナンセンスで非科学的だと思うようになってしまった。
ここに落とし穴があるのです。
本当はみんな、知っていることなのです」
「そうかもしれません」
「そしてこの法則は、人類が自分自身を殺さないための気づきのためにも働いていると思うのです」
麻衣は黙ってうなずいた。
なぜだか老人の言葉は、すっと胸に入ってくる。ハーブティーのように。
「さて、あなたの質問です。
原因を作っていない人でもひどい目に遭うことはある。
これはなぜか?
これについても先ほどの生まれ変わりの研究報告の中に、非常に重要な証言の数々があるのです。
そして、それはあなたがおっしゃった宿命と運命の違いについても説明してくれます。
じつは催眠状態で、あの世のことを思い出す人も非常に多く存在するのです」
「あの世?」
「その研究では『中間生』と呼ばれています。
前世と今生の間、つまり中間ですね。
『そこにいるときに魂だけになったあなたは何をしていたんですか?』
と質問すると、みな、だいたい同じようなパターンで
『次に生まれるときのために学んだり、エネルギーを蓄えたり、また次の人生の計画を立てている』
と証言するのです」
「計画……!」
驚いた。
「じつはね、昔から東洋にも西洋にも優れた霊能力を持つ方がいて、その中には『人間は生まれてくる前に立てた計画がある』ということを指摘していた人もたくさんいるのです。
日本にもいました。Tという方です。
この魂の計画は、ブループリントと呼ばれています。
つまり青写真ですね。
人は生まれてくる前に、自分の人生の計画を立て、親も100%、自分で選んでいるそうです」
「親もですか?」
「よく言われる、子供は親を選べないというのは真っ赤な嘘で、じつは子供は親を選んで生まれてくるのです。
それが虐待するようなひどい親でもです。
その子なりの何らかの魂の計画を持ち、ここからスタートしようということをあえて選ぶ。
あるいは『今回は片親で育てられる経験をしたいから、今は仲がよいが、いずれ別れることがわかっていた夫婦を選んで、そのお母さんのお腹に宿った』というような証言をする場合もあります」
目から鱗というのか、世界観が逆転してしまうような情報だった。
「どの国、どの親元に生まれ、どのような容姿や性格を持ち、どのような人生を歩み、誰と結婚する、しない、子供を授かる、授からない、そしてどのような死に方をするといったアウトラインは、ほぼみなが自分で決めているそうです」
「自分で決めているのですか……!」
「なにもかもすべて、細部にわたってということではないようですが、未熟な魂ほどいろいろ詳しく決めて、道を外れないようにしているようです。
ある程度、高度に進化した魂ほど、この計画が緩くなるという話もあります。
が、決めているのはアウトラインだということを覚えておいてください。
その中で上昇するのも下降するのも、自分次第ということなのです」
「自分次第……未来は決まっていないから?」
「そうです。
いいですか? こういった情報を背景に、論理的に考えれば先ほどの宿命と運命の違いもはっきりしてきます。
魂の計画というのは、いってみれば人の旅行計画みたいなものです。
あなたがヨーロッパに行くとしましょう。
旅行に出る前に、あなたも自分なりにプランニングするでしょう?
パリに行きたい。
ローマにも行きたい。
いや、ベネチアにも、とか。
ここだけは絶対に押さえておきたいというポイントがあるはずです」
「あ、もしかしてその絶対に押さえておきたいポイントが……」
老人はうなずいた。
「そう、宿命です。
今回の人生の中で、これだけはしておきたいと思うこと、体験しなければならないと決めていること。
これらが宿命です。
その中には親子関係、家族関係の選択なども当然含まれてくるでしょう。
変えられないものですから。
しかし、人生上に起きてくるいわゆる不幸な出来事なども、自己設定しているものがかならずあるはずです。
そういう障害を乗り越えることで、魂はより大きくなり成長するからです」
「それが、あたしみたいに原因を作ってなくてもひどい目に遭うことがあるというケースなんですね」
「単純にそれだけと言い切ってしまうと問題はあります。
が、ざっくりそのような理解で、大筋では間違っていないと思います。
このように絶対に体験しようと設定している魂の計画以外の部分が、ごく普通にいわれる運命なのです。
そして運命はみずから引き寄せ、創造するものです」
麻衣はため息をついた。
このようなことを知っていれば、自分のこれまでは絶対に違ったものになっていただろうと思えた。
「あたしは……愚かですね」
そうつぶやいた。自然に出た言葉だった。
「とりかえしのつかないことをしてしまいました。
今野さんをあんなふうにしてしまったから、今自分の人生がこんなふうになってしまってる。
めちゃくちゃですね」
自嘲的な気分でいった。
「いや、今からでも大丈夫。
すぐにやり直しがききます」
この物語はフィクションです。