「あなたは、人間が生まれ変わる、ということを信じますか?」
いきなり老占星術師に問われ、麻衣は面食らった。
「え?……それとこれがどういう……」
「まあまあ。どうですか? 死んでもまた生まれ変わることがあると信じる方ですか? それとも信じない?」
「わかりません。考えたことないです」
「結構」と、老人はうなずいた。
「まあ、大多数の人が『わからない』か『信じたいけれど』みたいな中間的なご意見をお持ちです。
しかしね、今は科学的な方法で、人間の魂が生まれ変わることが研究されているのです」
「え?」
どうやって? と麻衣は思った。
「たとえば世の中には霊能力と呼ばれるものを持っていて、その人の前世をリーディングしてくれる方もいますよね。
TVによく出てくるEさんとか、Mさんとか」
「あ、はい」
「でも、それはEさんの言葉を信じられるかどうかにかかっていますよね。
あなたの前世は江戸時代の商人でしたとか言われても、それを証明するものは何もないわけで」
「まあ、そうですね」
「もちろん、本当に能力のある方なら、こういったリーディングも可能でしょう。
しかし、これからするお話は、そういうこととはまったく違ったアプローチで、人間の魂の実在と生まれ変わりについて研究した、科学的な立場にある方々の報告なのです」
なんだかにわかに妙味がそそられた。
老人は立ち上がり、背後にある書棚からいくつの本を抜き出し、それらを机の上に置いた。
洋書もいくつかあった。
「これらの本はそういった研究に携わっている方々の著書ですが、ごく一部です。
たとえばトロント大学医学部精神科の教授、ジョエル・ホイットン博士。
同大学のイアン・カリー教授。
アメリカ代替療法協会会長のグレン・ウィリアムス博士。
元マイアミ大学医学部精神科教授、ブライアン・ワイス博士。
精神科医のエリザベス・キューブラー=ロス博士。
とても高名で、社会的な地位もある人々です」
「そんな人たちが生まれ変わりの研究をしているんですか」
麻衣は驚いた。
「日本にもまじめな研究者はいます。
こういった人たちは、臨死体験者の証言や退行催眠という技術によって、人間の魂の研究をされています」
「臨死体験というと、死にかかった人があの世に行かずに戻ってくるっていう、あれですか」
「そうです。事故や病気で死にかけたときに、あの世をかいま見てしまう人がいます。
エリザベス・キューブラー=ロス博士は、二万件もの臨死体験の事例と証言を集めた研究者です」
「二万件……」
「それらの証言だけでも、人間はこの物質的な世界にだけ生きているものではなく、もうちょっと違った次元でも生きているのだということはわかるのですが、興味深いのは催眠術を使用した研究です」
「どういう研究なんですか?」
「よく何かのトラウマを持つ人、たとえば水が怖いとか、そういった方ですね。
そういう人に精神科医や心療内科の医師が退行催眠をかけて、過去に記憶をさかのぼらせ、その原因を究明するという治療のやり方があるのです。
退行催眠に入った人は、『3才に戻ってください』と誘導されると、本当に3才の時の自分に戻り、忘れているような記憶でも鮮明に思い出すことができます。
そうしたら3才の時に、海で溺れかかった記憶が埋もれていて、それが水が怖いという原因になっていたりとか、そのように原因を理解することが、症状の改善につながったりするのです」
「ああ、なんか聞いたことがあるような気がします」
「そうやって記憶を過去へさかのぼらせると、人間、もっともっと小さい頃の記憶や、お母さんのお腹の中にいたときの記憶もあるということがわかっています」
「へえー」
「そしてさらにその前は? と誘導されると、みな、前世の記憶を語り始めるのです」
「え!」
「深い催眠状態に落ちていれば、ほぼ例外なく、みな、語るそうです」
衝撃的だった。
そんな方法で前世を調べることができるなんて。
「決して思い込みではないようです。
たとえば人間はただの物質の固まり、魂などないと信じている人もこの世にはいますよね。
こういう唯物論者の人の思い込みの中には、『前世』など存在しないはずです。
人間はモノで、魂などないと信じているわけですから。
でも、こういう人に退行催眠を行っても、やはり前世記憶を語るのです」
「本当ですか、それ……」
疑うというよりも、感嘆して麻衣はいった。
「何世紀も過去へさかのぼり、前世、そのまた前世、さらにその前……というふうに輪廻転生のプロセスを思い出した人もいます。
たいていの人が前世を持っています」
「あたしにもあるんでしょうか」
「あると思いますよ」
「どんな前世だったんでしょうか」
「さあ」老人は笑った。
「私は霊能力者でもないし、退行催眠が使える精神科医でもない。
ただの星読みに過ぎません。
しかし、あなたのホロスコープを読めば、ちょっとだけわかることはあります」
「どんなことですか」
「それは後で言います。
今は生まれ変わりというのが、どうもあるらしい。
そのような証言を催眠下では、人は普通に行うということを理解してください」
「はい」
麻衣は今、自分が生徒になったような気分でいた。
自分でも驚くほど素直だった。
「そうした人の魂に関する研究報告の中に、興味深いものはいくつかあるのですが、その中の一つに先ほど申し上げた『人間関係の波及法則』に関するものがあるのです」
麻衣はちょっと身を乗り出した。
「催眠状態では、人の意識というのは個人の個性、自我などには縛られなくなり、もっと開かれた意識状態になります。
これをトランスパーソナルな状態といいます。
そういう状態になった人に、たとえば『自分の人生を上から見下ろすと、どのように見えるか』と質問すると、『過去は一本の線で見える』『未来はいくつにも分岐して見える』と証言するのです。
これは過去というのは、すでに起きてしまったものですから、ルートとしては確定している。
自分の軌跡がそこに見えるわけです。
しかし、未来は分岐しているというのは、人の意志や選択によって、未来にはいくつもストーリーが用意されていることを示しています」
「つまり未来は決まっていない」
「そうです。
ここは重要ですから、覚えておいてください。
私のような占い師の中には、運命がすでに決まっているかのように断定する人物もいますが、こんなことを平然と言い放つようでは、その占い師ははなはだ勉強不足と言わざるを得ません。
あるいは知っていて、そうやって人を脅かすことで自分の意に従わせたい、確信犯なのかもしれませんが」
「そういえば、人には変えられない宿命と、変えられる運命があると聞いたことがあります」
「それについても後でお話ししましょう。
今はその催眠下で、トランスパーソナルな状態になった人に、自分の人生がどのように見えるか、もう一つのことをお話ししておきます」
「はい」
「トランスパーソナルな状態になった人に、自分の人生の中で周囲の人間関係の中でどのようなことが起きているのが見えるか、とうような質問をします。
すると、一つ高いところから見ているその人は、『自分のしたこと言ったことが巡り巡って自分に還ってくるのが見える』と証言します」
はっと麻衣は息を呑んだ。
「それが人間関係の波及法則ですか」
「そうです。
暴力的なものを発すれば、それは同じく荒々しいものとなって、その人の元に還元されます。
それを直接的に発した相手からではなくても、どこかからかならず本人の元へ戻るのです。
リアルに暴力や言葉でなくても、インターネットのような間接的なものであろうと、人が人を傷つけることにはなんら差異はありません。
人を傷つければ、同じように自分が傷つく。
それが今のあなたの状態なのです」
座ったままの同じ姿勢だったが、ずん、と麻衣は自分の体が下へ落ち込んだように感じた。
「あたしが今野さんを傷つけたから、今同じようにあたしも……」
「人によってこの効果の出方は異なると私は考えています。
しかし、あなたのように冥王星型の人間は、この効果の影響をもろに受けます。
わりと早くね。
その方がよいのです。
もし償いきれないほど人を傷つけ、その人生のうちに自分がろくに罰を受けることもなく過ごせば、それはおそらく死後や次の人生に持ち越される課題となるはずだからです」
「なんてこと……」
わからなければ、なにをしたっていいと考えていた。
相手を不安に陥れ、悔しがらせ、怒らせ、それを見て、喜んでいた。
それがどんなに愚かな考えだったか。
すべて自分にはね返ってくるのではないか!
麻衣は自分が空虚で真っ暗な宇宙空間に放り出されるような心地だった。
この物語はフィクションです。