愛を深めさせてくれた「秘密」 |  ZEPHYR

 ZEPHYR

ゼファー 
― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

あなたのオススメの一冊 ブログネタ:あなたのオススメの一冊 参加中
本文はここから


本は時に、人の運命さえ変えます。
33年前、中学校の木造校舎の図書館で、ルブランの物語(アルセーヌ・ルパン)に出会わなければ、後に小説家になろうなどと思うことはなかったでしょう。
それは物書きとしての始まりでした。

しかし、人としてもっとも大きな影響を与えられた小説は、別にあります。小説家としてではなく、人としてです。

その本を読んだのは、2001年のことでした。
小説のタイトルもすでに知っていましたし、私が読んだ時点ではその小説は映画にもなり、そして書店には文庫本として並んでいました。
東野圭吾さんの「秘密」です。
あくまでも1人の読者として、1人の人間として、この小説には大きな影響を受けました。

その頃、私はいろいろな意味で迷いや悩みの中にありました。
もともとがプラス思考の人間なので、自分が苦しんでいたという自覚は、今でもありません。私はその時々の人生を、比較的楽しんで生きていたように思います。
しかし、全体を通じてみた場合、あの頃はもしかすると危険な時期だったのかも知れません。

閉塞感の中で、私は現状を打破するためにもがいていました。
夫婦関係も悪くはなかったはずですが、なんというのか、毎日の生活の中で、ただ慣性だけが働いているといった感じで、一種のマンネリズムというようなものに陥りかけていた時期だったかも知れません。
あのままであれば、私たちの現在は、違ったものになっていたでしょう。
少なくとも今のような仲の良い夫婦関係、そして家族関係は築けていなかったかも知れません。

そんなときに「秘密」を読みました。
バス事故に妻と娘が巻き込まれ、大きく運命が変わってしまう男の物語でした。
事故で妻は亡くなりますが、なんとその妻は娘の肉体の中に魂(意識)を宿らせて蘇ります。
つまり彼は娘の肉体を持つ妻と暮らすようになるのです。
小学生だった娘。やがて成長していきます(心は妻)。
その過程で、主人公の男性と彼女の間に紡がれ、刻まれていく様々な葛藤、試練。

やがて二人の間に、重大な破局的な出来事が生じたとき、娘の意識が断片的に蘇るようになり、娘の身体の中で妻と娘の意識が交互に顕れるようになります。
そして妻の支配する時間は確実に減っていき……。

やがて娘だけの意識となり、愛する男性のもとへ嫁いでいく日、主人公はある事実を……。

語りすぎはいけませんね。
興味のある方は、是非、手にとって読んで下さい。
ラストでは涙を堪え切れません。

この物語を読んだ後、私の心にある思いが強く芽生えました。
「やっぱり、おれは妻を愛し、大事に思っているんだ」という、あらたにした認識でした。
そして妻に愛を伝え、示さずにはおれなくなりました。
昔から私は、そういうことにあけっぴろげで、日本人の同世代にしては、かなり言葉にして伝えてきた方だと思っていました。
しかし、結婚後、十数年が経過し、それがマンネリズム化しつつあった時期でした。
それに、活を入れられ、目が覚めたような心地でした。

なぜ、そんな変化が起きたのでしょうか?

この物語は、「喪失する」物語です。
愛する妻と娘の両方を、二度失う男の物語です。悲しい幕切れ。

人はなぜ「失う」「別れる」物語を語り続けるのでしょうか。

それは失って初めて痛感できることがあるからです。
その大切さ。
愛の深さ。
何気ない日常のありがたさ。

物語の中で、私は主人公の男性と意識を共有し、「失う」ことを疑似体験しました。
それによって現実の妻の大事さを、はっきりと認識することができたのです。
物語であるからこそ、無害に。
本当にリアルに失うときには、取り返しはつきません。

小説は小説。
架空の物語。

しかし、愛を理解させてくれます。
「喪失」の物語が作られ続け、読まれ続けるのは、それが自分のそばにあるリアルな愛を教えてくれるからではないでしょうか。
かけがえのないもの。
大切にしたいもの。
手を伸ばせば今はある、手をつなぐこともできる存在。

そんな人のことを思い出させ、愛を深めさせてくれる小説。
私のオススメの一冊です。