大学の講義を進めている都合上、昔読んだ旧作を読み直すことも、最近は多い。
先日、講義で取り上げた松本清張の『点と線』。
やはり名作であると思った。
まず頻繁に発着を繰り返す東京駅のホームで発生する、二つ向こうのホームまでも見通せるたった四分間の視野。
この着眼点がすばらしい。
そしてアリバイ・トリック。
今読むと何の変哲もないトリックで、それこそテレビドラマでもこれ以上のトリックはいくらでも使われている。
しかし『点と線』のすごいところは、まずこの列車や飛行機を使ったトリックを、革命的に最初に使ったという点だ。
これ以降のすべての同種のトリックは、この作品の亜流、もしくは傍流とされてしまうほどの、巨大な起爆力がある。
新幹線も開通していない時代の話だから、このアリバイ工作の革命性は非常に高い。
それにそれまで名探偵という半ば神話的な人物が謎解きをしていた物語を、リアルな人間の物語に変えてしまった。
現実の刑事の捜査というものが、彼らの人間性を含めて、克明に描かれている。
彼らは名探偵が霊感を得て解決を導き出すかのような論理飛躍(に見える)で結論にはたどり着かない。
一歩一歩、足で捜査し、悩み、苦しみながら進んでいく。
物語の上でも、それまでの推理小説が内向的なものであったのに対し、外に開かれたものへと転換を果たしている。
社会派ミステリーの誕生の起点とも言えるし、また後に流行するトラベルものの萌芽さえここにはある。
本格ミステリーが好きな人には、肌に合わない作品だろうと思う。
が、読む価値は絶対にある。とくにプロを目指す人は読んでおいてほしい作品だ。