こんにちはー。


ちょっとお仕事が忙しくてなかなかブログが書けないのでありまする。


と言うかあまり考えさせられるXの話題も無いんでけども。


と言う事で簡単に思った事など。


 参加者人数を盛っちゃうのはなんで?

毎度デモの度に客観的な数値検証で主催者発表の人数が全くの嘘だと証明されているのですが、今回も五万人と言う発表に対して凡そ8000人から10000人が実数のようです。


一万人でもインパクトはあると思うんですけど、五万人なんて嘘をつくもんだから逆に「スッカラカンやないけ!」って印象を与えてしまいまする。もったいないことしてんなーと。


左翼の良いところは絶対的な正義なんですから嘘なんかついたら致命傷じゃないですか。

自分達のアイデンティティを壊して規模にこだわる目的とは? 


理念を持つと言う事は逆目に見れば絶対にやってはいけない事を明確にする事でもあります。


もう一度初心に戻って自分達が目指すものは何なのかを問い直されてみては?と思った次第でありまする。


 国旗損壊罪


Xでは反戦デモなのに誰も日の丸を持っていないのはなぜ?平和な日本を願って集まっていると思うのに何故日の丸の一つもないのだろう?と言う疑問の声が上がっておりますね。


確かに元を正せばそこに行き着く筈ですから、さもあらんと思えます。


更に国旗を持たないばかりか、日の丸の赤い丸の部分をくり抜いて(明らかにそう見える)「ただの白地の布を丸くくり抜いただけです、なんか悪い事してますか?」と嘯いてSNSに投稿する人が出る始末。


先月国旗損壊罪の論議が国会の机上に乗ったと報道がありましたが、表現の自由との兼ね合いで審議が紛糾しているようで、Xでも賛否両論盛り上がっておりました。


どうやらアメリカの政権批判デモで星条旗を焼き払った行動に対してアメリカ最高裁が表現の自由を認めて合憲と判断したらしく、そこが焦点になっているようです。


でもねー。

何でもかんでも表現の自由でまかり通る世の中って大丈夫なんですかね。


今回も電気店のノートパソコンのデモ全てに政権批判のコメントを書き込んで迷惑をかける人も出る始末で、考えてみればこれまでも都内にシールを貼りまくるとか、公共施設の壁にアートと称してペイントを無断で描き殴るなど、似たような事例は枚挙にいとまがない訳でして、その度に実行した人達は正当な権利と称して罪悪感など微塵もないわけです。


ある意味辺野古の基地反対運動で亡くなられた遺族に真摯な謝罪が無いとか、ダンプに轢かれて亡くなった警備員の事故を国の責任にするとかも同じような思考に思いますけども。


そうした思想を持って政治批判として日の丸を焼き払う、破く、斬りつける行為はつまる所、現在の日本と言う国家が作り出している社会秩序全体への反抗になると思うのです。


それは憲法理念さえ否定する行為ですから、国旗を破り捨てながら国民を扇動する行為は紛れもなく「内乱罪」に当たらないかと思うのです。


護憲だ護憲だと言いながら、やっている事は最も犯してはならない憲法違反である内乱罪紛いの行為ではとても共感する人を増やしていくのは無理ではなかろうか?と思ったりしております。


そうした暴走の歯止めを作るためにも国旗損壊罪はあった方が良くないかなと思いますがどうでしょうね。


いかんですね。書き出したら止まらなくなってしまいまする。

そろそろお仕事の時間ですので終わるのであります。