抑鬱亭日乗 -28ページ目

抑鬱亭日乗

複数の精神疾患を抱える者の独言を忌憚なく収録する
傾いた視線からこの世はどのように見えるのか

 毎日、車で通勤している。

 運転しながらFMCOCOLOかFM802を聴いている。

 時々、1990年代の曲がリクエストされて放送される。

 

 シャ乱Qの「シングルベッド」がかかった。

 「流行の唄も歌えなくて・・・」久しぶりにつんく♂氏の声を聴いた。

 今から5~6年前につんく♂氏は声帯を摘出し、声を失った。

 声帯摘出を決意した当時のつんく♂氏の辛さは想像を絶するものであろう。

 音楽界で自分の能力を遺憾なく発揮してきたが、今後は以前と同様の活動はできない。

 

 小生なら左右の眼球と10本の指を失うようなものである。

 特に眼を失うと何もできなくなる。

 法律の改正や新たな会計基準を知ることができない。

 法律は毎年、改正される。過去の常識は時間とともに大きく変化することがある。

 それを知っていなければ、仕事にならない。

 これが続くと、職場から追放されるだろう。

 

 今、目は見え、2本の脚で立ち、指は10本あり、大便後に肛門を拭くことができる。

 当たり前の今の状態はそれを失ってからその価値に気付くのだろう。

 幸福は足元にあるのかもしれない。

 一人で残業中に不審者が入ってきた。

 警察官を名乗るが、名を名乗らず、身分証の提示はない。

 最初に身分証の提示を求めなかった当方にも過失はある。

 ヘルメットをかぶり、マスクを着用している。

 相手の顔はほとんどわからない。

 

 「駅前の交番から来ました。」

 「この事業所はいつからやっていますか?」

 「夜間の警備体制はどうなっていますか?」

 「何時まで仕事をされていますか?」

 「貴重品の管理はどうされていますか?」

 

 「アホ、アホ、ドアホ!」

 

 警察にしてはアホな質問を繰り返す。

 この時、新たな情報入手の手法だと小生は認識した。

 近年の特殊詐欺グループの一員は銀行員や行政機関等の職員に扮して被害者に接触する。

 詐欺師は現金やキャッシュカードを受け取り、即座に現金を引き出す。

 

 ついに小生の前に詐欺師が現れたと確信した。

 夜間に警備状況や、勤務時間等を聞き出し、詐欺グループへ情報を提供するに違いない。

 目の前にいる御仁は詐欺グループが手配したのかもしれない。

 50代のオッサンに警察官風のの制服を着せると、中年警察官に見える。

 巧妙な情報入手の手法である。

 

 そのような御仁に情報提供をするほど小生はアホではない。

 質問に対し、小生はのらりくらりと敵意を表し返答する。

 

 全く情報を得られないと判断したのか「後日また来ます」と言って立ち去った。

 あれから数日が経過するが、あの御仁は来ていない。

 警察官を装って、事業所の情報を聞き出すとんでもない野郎である。

 

 有能な俳優、女優が相次いで自死した。

 詳しい事情はわからない。

 自死した本人もよくわかっていないのかもしれない。

 

 小生は2007年の秋に精神疾患に罹患した。

 当時、諸般の事情があったのだが、なぜ罹患したのかよくわからない。

 自殺する勇気と根性がないので未だに生きている。

 

 自殺関連の報道では、電話相談の電話番号が同時に表示される。

 この電話番号について、以前から疑問を抱いている。

 「本当につながるのか?」と。

 

 電話してみたが、回線が混雑して繋がらない可能性がある。

 「現在、大変混雑しております。申し訳ありませんが、時間を空けて再び・・・・」。

 小生なら絶望するだろう。

 二度とこの電話番号に電話しないだろう。

 このような事態がどこかで生じてはいまいか。

 杞憂に終わればいいのだが。

 読了した書籍の記録を残している。

 職務上、読まねばならぬものは記録から外している。

 趣味で読んだものだけを記録する。

 

 先日、下村湖人『次郎物語(1)』(岩波書店、2020年)を読了した。

 中学生の頃、学校の図書館で借りたが、途中で放棄した。

 面白くなかったのだろう。

 

 先日、贔屓にしている書店の店頭で『次郎物語(1)~(4)』が並んでいた。

 中学生の時に途中放棄したのを思い出し、購入してみた。

 過去に途中放棄しなかったら、この作品を読むことはなかっただろう。

 

 その記録を残すため、『じろうものがたり』と入力し、スペースキーで変換した。

 人間の脳は全く予想していない事象が生ずると、吃驚し記憶に残る。

 『じろうものがたり』を変換すると『痔ろう物語』と表示された。

 『次郎物語』と変換されるだろうという予想をはるかに超え、驚いた。

 「じろう」は「次郎」であり、「痔ろう」でもある。

 パソコンは「じろう」を「次郎」であり、「痔ろう」でもあると認識しているらしい。

 

 今、小生の脳内に『痔ろう物語』が焼き付いている。

 『痔ろう物語』という小説を書く御仁が出現することを期待している。

 肛門科医が適任者であろう。

 治癒の過程を描くのか、痔ろうの苦しみを世に問うのか。

 曼殊沙華が咲き始めた。

 不思議な花である。

 9月に入っても気温が30度を超える日が多い。

 だが、彼岸を迎える時期に合わせて曼殊沙華は咲く。

 

 太陽の当り具合で花が咲くのだろうか。

 1年間で日光に当たった累積時間で花が咲くのだろうか。

 ある時期からの累積温度で花が咲くのだろうか。

 稲刈りが始まると、目が覚めて花が咲くのだろうか。

 朝と晩が涼しくなると、覚醒するのだろうか。 

 

 花が咲く根拠は謎だらけである。

 コスモスも咲き始めた。

 秋がやって来た。