そういえば木村俊介著「インタビュー」のことを全く書いていませんでした。
今年はいろいろなことがあったのですが、
大きな出来事の一つが木村俊介氏との出会いでした。
どこで。それは秘密。
なんて言うと、もったいぶって聞こえるでしょうか。
しかし、現実には出会わなかったのだとしても、
(注:出会っています。そしてその「インタビュー」の手書き原稿を拝見しました。
私にとって、一生の思い出です)
この「インタビュー」という本に出会えたことが、
自分にとっては大収穫でした。
「木村俊介、誰それ」
という声は置いておいて。
(いや、でも「王様のブランチ」でこの本は紹介されたようです)
あの作家を研究する学者はまず現れないと思うけど、
木村俊介を研究する学者は必ず現れます。(←言い切った)
もしかすると、未来の人たちからは「キムシュン」とか呼ばれていて…。
「この時代、キムシュンを知ってたこのブログすげえな」って
思われるかもしれません…。
(↑いや、TVで紹介されていたんだって)
でも、本当はまだ全然読めていません…。(←じゃあ、出会ってないんじゃん)
忘年会に行く途中、電車の中でパラッとめくると、
「キムシュン」はリルケの言葉を引用しています。
「人は一生かかって、しかもできれば七十年あるいは八十年かかって、
まず蜂のように蜜と意味を集めねばならぬ。そうしてやっと最後に、
おそらくわずか十行の立派な詩が書けるだろう。
詩は人の考えるように感情ではない。
詩がもし感情だったら、年少にしてすでにあり余るほど持っていなければならぬ。
詩は本当は経験なのだ」(『マルテの手記』新潮社/木村俊介『インタビュー』ミシマ社より)
と。