先日の衆議院選挙で、日本保守党がまさかの「ゼロ議席」という結果に終わった。
それに伴い、支持者の間からも異論や失望の声が噴き出している。
選挙結果そのものよりも、私が強く違和感を覚えたのは、敗戦後の総括のあり方だ。
■敗戦総括という名の「責任転嫁」
敗北後、百田尚樹氏、有本香氏、島田洋一氏らが発した言葉は、「有権者のレベルが低い」「チームみらいは不正があったのではないか」といった、陰謀論めいたもの、あるいは化石のような思考の連発だった。
本来なら、自制し、冷静に敗因を分析し、次につながる戦略を練るべき場面だ。
だがそこにあったのは、建設的な姿勢ではなく、他責思考と悪口だった。
そしてそれを見て、支持者一部が落胆する構図。
正直に言えば、私はこう思ってしまった。
(今さら気づいたのかよ。)
■私が百田氏を信用できなかった理由
私は、そもそも百田氏が好きではない。
人格的にである。
かつて彼の著書『殉愛』を読んだとき、私は強烈な違和感を覚えた。
作品の端々から感じ取ったのは、「誠実さ」ではなく「嘘の匂い」だった。
それ以来、彼がどれだけ保守を語り、勇ましい言葉を並べ、喝采を浴びようとも、私は常に冷ややかな目で見てきた。
結局、嘘つきは嘘つきだ。
今回の一連の所作を見て、「ああ、やっぱり口だけなんだな」と再確認したに過ぎない。
■河村さんに罵詈雑言を浴びせ追い出した百田氏
前回の衆院選で共闘した減税党の河村氏への対応も信じ難かった。
共同代表として支部設置や代表戦を提案した河村氏への罵詈雑言の数々。
先輩政治家の意見に耳を貸す事なく、また彼の実績や集票力へのリスペクトもなく、一方的に河村氏を罵倒する百田氏を見て、名古屋人としては空いた口が塞がらなかった。
ここまで傍若無人に豹変する嘘つきが居たのかと。
有本香氏がノコノコと東海ブロックの比例で出馬したのはさらに呆れた。
■「信じやすい日本人」と政治家の関係
これは神谷氏率いる参政党の躍進とも重なるが、日本人はとにかく信じやすく、騙されやすい。
彼らが意図的に騙そうとしているのか、それともナチュラルな立ち振る舞いが結果的にそうなっているのかは分からない。
だが、重要なのはそこではない。
言ったことをやる人間なのか。
その場その場で、受けの良いことを言っているだけの人間なのか。
政治において、これほど重要な違いはない。
■政治は「言葉」ではなく「実行力」だ
いくら立派な理念や思想を語っても、制度は変わらない。
世の中も変わらない。
政治とは、実行力だ。
行動し、結果を出すことだ。
それを本気で見ている有権者が、あまりにも少ない。
だからこそ、耳当たりの良い言葉だけの政治家が、一時的にもてはやされる。
私はそれが、不思議で仕方がない。
■政治家は人気商売であるという現実
政治家は嘘をつく。
本音を語らない。
なぜなら、人気商売だからだ。
議席を獲得しなければ、只の人に成り下がる政治家が多すぎる。
票を集めるためには、多数の興味を引き、多数の賛同を得る言動が必要になる。
それ自体は、否定できない現実だ。
だからこそ、私はこう思う。
有権者の目利き力が上がれば、政治家の質も上がる。
■それでも政治家の本性は見抜けない
とはいえ、現実問題として、政治家一人ひとりの性格や本質を見抜くには、時間も情報も圧倒的に足りない。
極端な話、立候補者一人ひとりを最低でも4時間以上、徹底的に尋問し、詰問し、本性を暴き出し、そのすべてを公開するメディアあれば良いが。
それを有権者が全員見る。
それくらいしなければ、政治家の本性など分からない。
現状は、結局「空想の範囲内」だ。
■行動しない政策に意味はない
どれだけ美しくて勇ましい言葉を語っても、行動が伴わなければ無意味だ。
絵に描いた餅でしかない。
そして私は、はっきり言う。
今の日本保守党には“癌”がある。
それは百田氏とコンビを組む有本氏だ。
■女の敵は女、そして人材が育たない理由
「女の敵は女」という言葉があるが、有本氏が百田氏とセットで前に出続ける限り、女性票が広がることはない。
百田氏の言動も同様だ。
女性から支持される要素が、ほぼ見当たらない。
さらに致命的なのは、排他的な有本氏・百田氏のお眼鏡にかなう人材がいないこと。
二人があの歳になっても未だ自分が一番だと思っているのも痛い。
結果として、人材が入ってこない、人材が育たない、若い世代からの支持も得られない。
気づけば、八つ墓村内での年寄り同士の悪口で集った寄り合いになっている。
だから私は改めて思う、日本保守党はダメだと。
彼らは所詮、自省出来ない頑固な年寄りだ。
口は達者だが、実行力はもとより・・・
国や日本人を想う誠意すらない。
ただただ自分を誇示したいだけだ。









