コザック ハジ・ムラート(中央公論新社):レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第24回:『コザック』『ハジ・ムラート』
コザック ハジ・ムラート/中央公論新社

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今回は、レフ・トルストイ(1828-1910)の『コザック ハジ・ムラート』を紹介しましょう。

レフ・トルストイは、幾人かいる同名作家の中で最も有名な作家で、ドストエフスキー(1821-1881)と並ぶロシアの文豪です。『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』の作者といった方が分かりやすいでしょうか。以下では、単にトルストイと書きましょう。

トルストイとドストエフスキーという尋常ではない存在感を放つ文豪が同時代にしかも同じ国に二人もいると、どうしても比較されがちで、文学好きの間では、トルストイ派かドストエフスキー派かという話題がよく挙がります。

日本では、ドストエフスキー派の方が多い印象を受けますが、個人的には決めかねますね。読んでいて熱中してしまうのはドストエフスキーですが、人間に対する深い洞察など凄いと思うのはトルストイです。トルストイの場合、後期の作品には苦手なものもあるのですが・・・

トルストと言えば、このブログでは『文読む月日』という箴言集を紹介したことがありましたが、本書には、『コザック』と『ハジ・ムラート』という2篇の中篇小説が収録されています。ちなみに、本書は2011年の暮れに出版されたものですが、以前の邦訳を使っているので、新訳ではありません。

収録作には、カフカース(コーカサス)が舞台という共通点があります。カフカースは、黒海とカスピ海に挟まれた地域のことで、非常に多くの民族が生活していることでも有名です。

カフカースは、古くから度々戦場になっていましたが、1817年から1864年にかけては、イランとロシアとの間でカフカース戦争と呼ばれる戦争が断続的に行われていました。カフカース戦争は、ロシアの勝利に終わり、カフカースの全領域がロシアの支配下に入ります。

トルストイも若い頃、軍人としてカフカース戦争に参加した経験があり、本書の2篇は、そのときの見聞を基に執筆されたと言われています。

【コザック】(1863)
コザックとは、カフカースや黒海の北部にあるザポロージャなどで形成された共同体またはその一員のことです。一般的にはコサックと表記されていて、日本では、コサックダンスだけが有名ですね。

ここでは、本書にならってコザックと書きますが、彼らは、当初、略奪行為などを生業としていたようです。その後、徐々に軍事的な組織(傭兵団)のようなものに変わり、ロシアなどからの自治権も獲得します。カフカース戦争では、ロシアに協力してイランと戦いました。結局は、ソ連政府に弾圧され姿を消してしまうのですが、近年では、ウクライナで復帰運動も起こっているそうです。

オレーニンはペテルブルクでの惰眠を貪るだけの生活を止め、軍隊に入隊するためにペテルブルグを去った。それから数か月後、オレーニンは士官候補生としてカフカースにあるコザックの村に着任する。その村では、ロシア軍はコザックと共にチェチェン人からの襲撃に備えていた。

オレーニンは、コザックの老人エローシカおじ、勇者(ジギット)と称されるルカーシカ、ルカーシカの恋人でオレーニンの滞在先の娘マリヤンカなどと交流を重なるうちに、コザックたちに共感を覚えるようになって・・・

というストーリー。コザックの自由で実直な生き様と、ロシア人の型にはまった生き方との対比が、カフカースの自然の中で描かれています。本作のコザックはトルストイによって理想化されている気もしますが、非常に魅力的に描かれていて、爽やかさを感じずにはいられません。それに比べてオレーニンは少し情けない役を演じさせられていますね。

『戦争と平和』よりも前に執筆された初期の傑作と言えると思います。

【ハジ・ムラート】(1904)
こちらは同じカフカースものでも、後期の作品です。

ハジ・ムラートは歴史上の人物で、アヴァール人の独立指導者シャミールの片腕として働いていましたが、後に不仲となりロシア側に寝返ります。

本作では、トルストイが「だったん草」の黒土の泥にまみれながらも上向きに生える生命力に感動すると、一部は自分で目撃し、一部は他の目撃者から聞き知ったカフカースの出来事を思い出すシーンで始まります。

カフカースの出来事というのが、ハジ・ムラートの話でロシア側に寝返る直前から死までが描かれます。本作は「コザック」の美しい自然描写は影を潜め、暗い基調の物語ですが、やはり力強いハジ・ムラートと信念のないロシア人といった対比が目立ちます。

個人的には「コザック」の瑞々しさに軍配を上げたいのですが、「ハジ・ムラート」のある種到達点を感じさせる深みのある物語には目を見張るものがあります。まあ、どちらも素晴らしい作品ということですかね。

トルストイのカフカースものには、「カフカースのとりこ」(群像社『カフカースのとりこ』に収録)や「陣中の邂逅」(福武文庫『トルストイ前期短篇集』に収録)などもあって、トルストイにとってカフカースでの見聞は重要な役割を果たしていたのだと思います。

本書には、そんな重要で面白い作品が2つも読めますので、是非読んでみてください。オススメです。

ちなみに「コザック」は「コサック: 1852年のコーカサス物語」というタイトルで光文社古典新訳文庫から新訳が出版されているようです。

トルストイは本書だけで終わり。次回はレスコーフの予定です。

関連本
コサック: 1852年のコーカサス物語 (光文社古典新訳文庫)/光文社

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カフカースのとりこ―トルストイ中短編集 (ロシア名作ライブラリー)/群像社

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トルストイ前期短篇集 (福武文庫)/福武書店

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