魅せられた旅人(岩波文庫):ニコライ・セミョノヴィッチ・レスコーフ | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第25回:『魅せられた旅人』
魅せられた旅人 (岩波文庫)/岩波書店

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ロシア文学を続けて読んでみると、ロシア文学の多くに共通するテーマというものがおぼろげながら浮かび上がってきます。それは貧しい民衆への深い共感と、保守的な支配階級への反感といらだち。そして、より自由で平等な社会を目指そうとする社会革命的な使命感です。

社会革命的な使命感を作家が持つと、作品は多かれ少なかれ啓蒙主義的になってしまうと思うんですね。そして、啓蒙主義的な作品は、比較的シンプルなものになる気がします。血沸き肉躍るようなストーリーや複雑なプロットで読者を楽しませるものは、啓蒙主義にはちょっとそぐわない。

岩波文庫の文学ガイド『ロシア文学案内』には、ロシア文学では、ストーリーの面白さで読者を引きつけるような作家は少ないというようなことが書かれていたと記憶していますが、それも理由がないものではないのだろうと思います。

しかし、例外というものが常に存在するもので、『ロシア文学案内』では、その例外として、ドストエフスキーなどと並んで、今回紹介するレスコーフ(1831-1895)が挙げられています。

レスコーフは、ロシアのストーリーテーラーなどと言われていますが、それは社会革命的な使命感や民衆への深い共感が足りなかったことを意味してはいません。レスコーフは、本当に面白いストーリーの中で、民衆への深い共感を表すことができた稀有な才能を持った小説家だったのです。

今回紹介する本は、そんなレスコーフの代表的な長編小説『魅せられた旅人』です。

湖を渡る船の上で、一人の修道僧が他の船客に対して自身の波瀾万丈な人生を語りだす。

修道僧の名はイヴァン。彼はある地主の農奴として生まれた。イヴァンは地主にも気に入られる活発な少年に育つが、ある悪戯のために僧侶を殺してしまう。

普通だったら捕まってしまいそうなものだが、地主の執り成しのおかげで、イヴァンは鞭打ちされるだけで済んだ。しかし、イヴァンの前に、なんと殺された僧侶の幽霊が現れて、こんなことを言うのだった。

「おまえは今後いくどとなく身を亡ぼしかけるが、しかしけっして亡ぼしつくすということはない。が、おまえの本当の滅びの時はそのうちにかならずやって来る。その時おまえは母親の約束を思い出して、修道院へはいることになる。(P39-40)」

こうして、苦難を運命づけられたイヴァンは、その後、地主の屋敷を抜け、盗賊の一味となり、広い世界へと旅立つのだが・・・

イヴァンには、馬の鑑定や調教に関して天賦の才があって、その才能が物語を牽引していくのですが、奇想天外なことまで起きたりとすごく面白い。

例えば、ダッタン人の下で、足の裏に馬の固い毛を移植されちゃったりするんですよ。で、普通に歩こうとすると足の裏に馬の毛が突き刺さって激痛が走るので、仕方なく、くるぶしを地に付けてがに股で歩かざるを得なくなるという(笑)。

まあ、そんな失笑してしまうエピソードだけでなく、物悲しいものもあったりと、読者を引きつけて止みませんね。

レスコーフはマイナーですが、もう少し読まれてもおかしくないストーリーテーラーですので、興味のある方はぜひ。今年の春に復刊されたばかりなので、今なら新刊で手に入りますよ。

次回はコロレンコの予定です。