つくばわんわん王国へ。
本当はつくば「わんわんランド」で「王国」は中にある施設に付いてる名前らしいのだけど、ずっと王国だと思いこんでたのでタイトルはこれで(笑)
また滋賀にあった施設は王国が正式名称だったらしいけどすでに閉鎖したらしい。残念。









広場中央にあるシンボルの「もっくん」
木製。












出入り口。
何も言いますまい。














筑波サーキットや谷田部の高速周回路の跡地にもほど近い所にある犬専門の・・動物園・・なのかな・・。
マザー牧場と同様、触って遊べるのが売り。





敷地は意外と狭かった(笑)







気が良すぎて泥棒とも友達になっちゃう!(笑)









スタッフとじゃれてアグレッシブな表情を見せるも・・




お腹をさすられるとこんな顔(^-^)



隣接する訓練校の生徒さんなのかな?若いスタッフが一人に一頭という感じで担当になってるらしい。





犬の正しい飼い方とは何ぞや、というのはシロウトの僕らには判らない面が多いけど、施設の犬たちがみんなこんな表情で暮らしていることを願う。



時間貸しで施設内の犬散歩を体験できるプログラムもあり、住宅事情などで飼えない家族連れに人気だった。
ただ、そのプログラム用の犬たちの檻の前に行くと屎尿の匂いとも違う、、洗剤と混じったような強烈な匂いがして、また外に出たがる犬たちが檻の中でさらに短い鎖につながれて、、かなり鳴いていたのでやや心配になった。
蒸し暑い日でもあったのでよけいにそう感じたのかも。








町中でもコーギーを見るとロビンを思い出す。









「待て」が長くてややダレ気味。




このコーギーは担当の生徒さんが付いてたので好待遇で、訓練もされてた。











ウチで飼ってた雑種の「チロ」は歴代こんな外観だった。
でも大きさが二周りは小さかったけど。

初代チロの母親犬は近所(やや遠い)の日産系部品工場の事務所脇で飼われていたのだけど、いちど輪抜けして脱走したことがあって、ウチへやってきた。
チロがいつもと違う甘えた声を出して鳴くので窓を開けるとそっくりな白犬がいるので驚いた(^-^)
ウチに貰われてきて一年くらいの頃だけど、わかるんだね。
奥から母親が出て来て、チロの母親犬ということはすぐに判って・・逃げないので一緒にご飯を食べてしばらくウチで過ごしたあと、連絡を受けた工場長さんが引き取りに来て案外おとなしく帰って行った。
この出来事は幼稚園児だった自分にかなり強烈な印象を残した。
 でもその時一緒にいたウチ母親も夏以降アルツハイマーがさらに進行して僕らが誰かを認識するのがかなり困難になってきた。
兄妹で話し合ってはいるけど進行を止める有効な手だては無い。









オペラ座の怪人、と勝手に名付けた白黒(^-^)サービス精神旺盛。
でも、この触れ合いコーナー、大きな柵の中でお客さんが犬と遊べるのだけど、やはりお客のお相手で犬たちかなりストレスみたいで、、一時間の触れ合いタイムと一時間の休憩が交互にあるのだけど、休憩時間にお客が柵から出ていった後の犬たちのイキイキぶりといったら・・(笑)
柵の中を駆け回る足取りが違う(^-^)
ワンワンランドで生きる糧を得た分、お仕事もしてるんだね!お疲れさまです(^-^)








犬の肉球はざらざら(^-^)
これは触れ合いコーナーの別個体のコーギー。10才くらいとのこと。
されるがまま(^-^)




コーギーの尻尾は「無い」のではなくて生まれてすぐ人間が切っている、、という事を最近知った。
牧場で働く時に牛に踏まれないように、ということらしいが実際はイメージからくる商品性が理由とか。
尻尾が無いのは全てペットショップ経由の個体。
切る作業は子犬に重大なストレスを与えるという・・。
だからやはり「切るのは止めよう」という気運が世界中で広まっているという。
禁止してる国もある。
そうだよね、こんな風習は早く無くなってほしい。








おつとめご苦労様。





触れ合いコーナー、休憩時間の犬たち。
スタッフの後を付いてまわって、このイキイキぶり(^-^)
「あー、やっと遊べるよ・・」
「今日の客シツコクてさー!」
なんて犬たちの控え室的会話が聞こえてきそう。





お散歩プログラムは家族連れが多いけど、大型犬は散歩のマナーを学ぶ意味でもウンチを始末するためのシャベルとポリ袋をくれるのだけど、家族の中の男の子にこれを持たせると決まってウンチの入ったポリ袋をブンブン振り回すので、すれ違う他のお客がみんな身構えるのが面白かった(笑)






そして秋田犬。
秋田犬やハスキーみたいな大型犬、好きだな。
大きいから飼えないけどね。
知識や技術もいるんだろうね。

以前、ハスキーが流行った頃、多くの素人飼い主が、買ったはいいけど手に負えなくて手放して、江東区の動物愛護センターがハスキーで溢れたという。
実話だ。
そしてしばらくすると今度は従順なゴールデンリトリーバーが流行って、やはり大きすぎて手に負えなくて愛護センターに溢れ、その次はラブラドールが・・・。
いくら自由でも動物飼育は人間様の自由ってのはだめだよね。
あの頃自分の身近でもハスキーのひどい事例を2件見たので思い出しただけでも噴飯物なのだけど、書くとおかしな解釈を産むので書かない。
でも犬の一生に責任を持つ覚悟が無いなら手を出しちゃいかんよね。
動物愛護センターに収容された犬たちは不要犬として約3日ほどで殺処分されるという。



動物愛護センターに保護された犬の里親を探しているボランティアの「ちばわん」のホームページにはリアルタイムで写真が出ていて、年取ったヤツとか、病気の子犬から立派な成犬まで、多くの写真が出ていて何時間でも見入ってしまう。
でも、この犬たちに逢いたいと思っても飼える環境が無いなら決して愛護センターに行ってはだめだね。。
もし元気な子犬が居たりしたら、出会ってしまってワンワンワワンはマズすぎる。
やはり今は我慢だな。











そしてマザー牧場の「子豚レース」同様、ツインリンクもてぎでのインディ・ジャパン開催も近く、鈴鹿ではF1が、、またジムカコースの方に通ってる筑波サーキットにもほど近いこの地で僕たちはまたレースを観戦しました!
「わんわんレース」!
子豚と違って追わなくてもちゃんと走ります。


なかなか見応えあり(^-^)速いし。














開園時間から閉園時間まで、フルタイムをここで過ごして早くも夕方(^-^)


ヨーゼフを思い出すセントバーナード。
おとなしい(^-^)
また来るから、、何とかつぶれないで営業してほしい。




筑波山からの夕日は分厚い雲に遮られて見られず残念!
でもまた来るからいいよね。





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PL法
1985年以降、アメリカで変わった訴訟が急激に増えていった。
PL法(製造物責任法・product liability)による訴訟である。
PL法は工業製品の欠陥により消費者が受けた損害を訴えやすくした法律で、日本でも1995年あたりに施行された。消費者の保護のため意義のある法律である。
ところがアメリカでは正当なものから変なのまで、様々な訴訟が起こされた。

よく聞く事例はペットの猫を洗って乾かす為に猫を電子レンジに入れてスイッチを入れて・・猫が死んだので電気メーカーを訴えた・・とか・・。

他、自分が覚えているのはヤマハの高性能バイクFZR1000で一般道を時速160㎞/h以上で走り、パトカーに追跡され数時間に渡って逃走、転倒し脊髄損傷、半身不随になり、「こんなスピードの出る高性能なバイクを一般販売した」という理由でヤマハを訴えた、というもの。
まあデタラメな話ではあるがアメリカではこんな訴訟が年間何万だか何十万件も起こるのだという。
正直、もう驚かない。
そしてこのくらいの例でも原告はまんまと大金をせしめていたのだ。
(この例は保険を使えず治療費に困り果てた運転者の母親に弁護士が持ちかけたらしいが)

しかし、ここで言いたいのはこれらの訴訟の内容のデタラメぶりではない。
ポイントは、この手の訴訟、90年代後半かな?2000年以降だろうか?原告達はこの手の訴訟では勝てなくなっていった。
理由は、年間の純利益を越える裁判費用に企業が倒産したり販売を断念したり、一方、原告・弁護士側に「訴えれば儲かる」という意識が社会に芽生え、蔓延したり・・。

その後はいろいろな事例の情報が開示され、事実クリーンじゃないし、巡って自分のためにならない事に行政も国民も気付いたのだ。
短期間で法整備等の改善が進んだ。
アメリカ国民もバカじゃないからね。
時代の側面の酷い部分であった。

無理な理屈で押し切るのにはおのずと限界がある。



情報が出てきた今、アレを見て人々はどう思うだろう?








三方一両損
大岡越前の登場する小話で「三方一両損」というのがある。
「大岡裁き」の「粋」を謳ったものとされるが、一説では「一見まとまっているが大きな矛盾を含んだ事例が本来の趣旨である」・・という意見も多い。
小話化される段階で粋な話に変わっていったとされる説。
真相はよく知らない。
小話はこんな感じ。


左官屋さんが、書き付けと印形と3両入った財布を拾う。落とし主は印形から大工と解ったので、早速左官屋さんは大工の所に届けに行く。
 ところが大工は、書き付けと印形は貰うが、落としたお金はもう自分のものでないから持って帰れと言って受け取らない。
 左官屋さんも強情で、そんな金欲しくて 届けたのでないと、口論になる。取りあえず大工の大家さんが仲裁に入って、左官屋はそのまま帰った。
 今度は、左官屋が自分のところの大家に一部始終を話したら、その大家さんは怒って早速大岡越前守に訴え出る。
 白州にでた両人は各々言い分を述べて金はいらないと言い張った。
 そこで越前守は一両出して「二両ずつを両人に褒美としてつかわす。2人とも三両懐に入るところを二両となったのだから一両の損。奉行も一両出したのだから一両の損。これ呼んで三方一両損なり」で無事解決した。
 この後、越前守のはからいで膳が出る。両人喜んで食べようとすると、奉行「いかに 空腹だからと言って あまりたんと食するなよ」
 
「へぇい、多かぁ(大岡)食わねぇ」

 「たった えちぜん(一膳)」



という感じ。
「粋」な話としてはこれでまあ良いと思うけど、読み終わって「なんか変!」て思う人は昔から多いという。
それは小話としてのまとまりやオチならばそれは良いとして、、、
・・・現実の教訓となるような深みがあるかというと、この話、あまり無いのである。
何故かというと、

1.越前は「粋」というが、左官屋と大工の「おいらは一両もいらねえんだい」という「江戸っ子の粋」はどこかにすっ飛んでいて越前ばかりいい気分。
(いい旅夢気分♪)

2.ここは一応「お白州」なのだから「裁判所」である。
江戸時代のシステムはけっこうキチンとしていて、裁判官たる越前がポケットマネーを握らせてチャンチャンした・・なんて、堅く考えなくても裁判事例としてマズい。

3.裁判事例なのだから公平でなくてはならない。
同じ事例が100件起きたら越前は100両出す覚悟があるのか?
また引退後、後任者となる後輩奉行にも「100件100両リスク」を背負わせるのか?

4.越前は左官屋と大工の気持ちよりも自分の「粋」の評判を一両で買った。

5.「拾った左官屋が本来三両の所二両に・・」・・これはネコババした場合に三両取るのだから「本来」という越前の言う前提はおかしい・・。

6.越前かっこつけすぎ・・。

など、昔から突っ込み所満載だったとか。
もちろん小話としてはこのままでもなんの問題もないけど(^-^)
でもこれ、決して揚げ足取りでなく、一歩突っ込んでよく考えると「ヤボは言わないの」的に「粋」を追求したとしてもその「粋」が成立しない事に気づく。


江戸の町民も無理な理屈に気付くよね(^-^)

情報が出てきた今、人々はアレを見てどう思うだろう?


壊れなくていいはずの関係を一つ一つゆっくり修復しているのです。邪魔しないでほしい。
「火」が消えてしまうと「自滅」しないので、消えそうになるとこっそり油散布、それをずっと継続・・・どうかと思う♀
修復作業のプロセスには色々なエピソードが生まれます(^-^)気にしたほうが良い。
初期からの「人格落とし」「妄想オチ」「カプセル怪獣の使用」はいくらでもどうぞ。
ただし修復作業の邪魔だけは絶対にしないでください♀
自分の捨てたゴミの後始末はきっとやらないのでしょう?

今後は情報の具体化が進むと思います、それには事実を背景にしている必要があります。解ってると思いますが。
煙に巻きたい者と真実を明らかにしたい者・・。

修復の邪魔は止めて下さい、これが今一番大切な事です。少しずつしか進まないのです。





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連続してツインリンクもてぎのミニコースで練習走行。
ノーマルタイヤのポテンザRE040のまま、クルマの特性を少しずつ覚える。
でもコースは一般道よりよっぽど制約があって現実には「カッ飛ばしてスカッとする」みたいなステレオタイプは無いわけだけど、僕はやはり走ること、これが楽しい(^-^)
二輪も好き、四輪も好き、、旧車も好き、最新型も好き。
でも全部は無理だし虻蜂取らずになる・・。
やはりプライオリティーが高いのは「メカニズムと走り」だな。
同じメカでも旧車は今は我慢、ガマン(^-^)





以前本コースを走ってた時は筑波と菅生ですべて二輪で、四輪は今回から。
タイヤの数は違うけど共通項は多い。
またオフロード競技であるエンデューロやトライアルの経験も拙いながらも十分生きる。
これが無ければ自分のバイクの経験値なんて100分の1にもならないと思う。
でも二輪は一回クラッシュしちゃうとケガがつきまとって何かとめんどうだった。
回数はもう覚えてないや。
自分の場合はフロントからが多かったのだが肋骨骨折くらいで大事に至らずに来たけど、今は指とか折っちゃうとギター弾けなくなるのは困るのでバイクは日常使用も含め慎重を期す。
四輪はその点では幾分安全度は高いが同様に慎重にせねば。
肋骨くらいだと軽いと思って医者にすら行かない事もあったけど、階段を下りる時なんかズンズン響いて降りたところでうずくまってしまったり(笑)
ポッキリいくとさすがに胴体に色々巻かれてめんどうだった。










二輪で筑波ではノーマルで10秒は切れたけど、四輪はまだタイムやタイヤのグリップがどうこうといとかまだいえない。
少しづつやるしかない。
でもスピンの限界を試そうと思って横向かせるのは楽しい(^-^)
失速してるからちっとも速くないのだけど(笑)
また反対に強いアンダーを出しながらアクセルとブレーキで姿勢を作り直してノーズがぐっと入る感じも楽しくてしょうがない(^-^)
峠道だったらせいぜいタックイン一発で「おー!」と満足してた部分を内容もスピードも向上できたから良かった(^-^)
ブレーキング加重も良好、これはベテランさんに褒められちゃった。
でもストレートから一個目はいいけど複合コーナーの2個目はラインに乗せられずアウトに外れる・・・車体一個分はみ出した周もあって、峠道ならクルマ廃車だね(笑)ショートコースだから無事だったけど
サーキットでもこれが本コースだったらグラベルに突っ込んでレッカー車のお世話になってたな
それでも走ると「生きてる」って感じする(^-^)
失われた集中力が帰って来る気がする。

でも前走車に離されたり後続車に詰められたりするとカッカ来ちゃう時もあるけど、そんなのダメ。
勝負に燃えても心はクールでなければとっさに正しい判断なんて出来ない。
見えているものは真実か?
心を維持出来ているかどうかは常に問われる。




「Fire fighting」  The Sleeping dogs 090907

火を消しているんだ
あちこちに飛び散った火を一つ一つ
ずっと火を消しているんだ
OILの火には砂を使って
今も火を消しているんだ
それぞれの火を丁寧に

でも消えそうになると誰かがガソリンを捲きに来るのさ
誰にも気づかれないようにこっそりと
だからまたその火を消すのさ

トランプタワーを建てているんだ
薄いカードを一枚づつ
ずっとトランプタワーを建てているんだ
重ねる時には手が震えるのさ
今もトランプタワーを建てているんだ
トラスの角を丁寧に合わせて

でも完成しそうになると誰かが一番下の一枚を抜いていくのさ
誰にも分からないようにこっそりと
だからまた一段目から積み直すのさ

それは目の前を通り過ぎても消えてしまうわけじゃない
それは真実を映し出し積み重なる
それは時が過ぎ去ってもずっとそこにある

だからまた、その火を消すのさ
後悔しないように

火を消しているんだ、今・・
















右フロントだけショルダーが方減り。
無駄な空転多し・・。
まだあと数本走れるけど、、、
この次のタイヤはあえて格下のDIREZZA DZ-101にしようと思う。
高性能なポテンザRE-11はまだ時期早々。
滑らせて止める、こちらが先。
分不相応なハイグリップタイヤを使うと返ってブレイクポイントが解らなくなるからね(^-^)
(ノーマル用のポテンザRE-040は純正部品扱いで入手不可)
DIREZZA DZ-101、格下といっても45扁平の215だ、昔感覚で言ったらすんげえハイスペックだ!基本練習用には十分すぎる。(安いし)
RE-11はその次だな(^-^)









リヤは溶けたけど排水性は大丈夫!まだイケます(^-^)








でもフロントのショルダーがヤバイので中盤で前後ローテーション。











走るのは楽しい。
生きてる感じがする。赤ブレンボの白文字が飴色に焼けるにはまだ時間がかかるかもな。
でもやるさ。

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いつもの事ながらお盆前は忙しくて今年はついに問題解決せず、休みは分断またはお流れに。
短くなった休暇、北海道は諦めて東北方面へ。
クルマに小改造を加えてテストも。
ローテンプ・サーモとローテンプ・サーモスイッチ。
外観からは全く見えないしエンジンのパワーが上がるわけでもない。
激しい高回転使用時にエンジンを壊さないための小改修の中の二例。
共に75°で作動。
オイル交換、、エンジンはモチュール300V。ミッションオイルはM-TYPEⅡ。









ETC渋滞を上手いこと避けて東北方面へ。
















松原は台風並みの低気圧で川の泥水が流れ込んで海が濁ってしまって残念。

でもロケーションはとても美しくリピーター登録だよね、ここ(^-^)



















岬の砂の浮いた隧道を抜けるとプライベートビーチ的な小さな湾。
一応海水浴場だけど人は少ない。
穴場なのかも。
















海沿いの無人駅。

陸前大塚。
駅舎はパイプワークと波板の味気ない感じ。








飛んで唐桑半島へ。








リアス式海岸の典型的景色が広がるけど、風景写真って難しくて後で見てがっかりしちゃうので良い景色はあまり撮らないで記憶に留めた方がいいのかも。










折れ岩




























































気仙沼の魚市場へ!(^-^)













          安くておいしい「市場定食」(^-^)

















途中、道の駅で見かけた70年代「第二世代」のOHCエンジンを積むスーパーカブ。
懐かしい!
ライトの下のクルマのルームランプみたいなポジションランプが特徴。

僕も一台持ってます、スーパーカブC90(^-^)
キャブの最終期に入った時期の仕様。
走行距離はすでに7万4千キロ。(訂正)
冬でも雨でも雪でも毎日乗ります。
コイツのおかげで自分自身の出す年間総走行距離あたりの排出ガス総量を大幅に抑えられる。
もちろん使用そのものを抑えて総量を減らすのが本来だから何の言い訳にもならないのだが・・。
ただしハイブリット症候群に陥って肝心な部分で思考を停止させるよりはマシ。
何に乗っていても考えて走ることが大事。総量もトントンにできるし。
スーパーカブC90もまた僕の生活を乗せて走る一台(^-^)


4日間の日程、酷い渋滞に遭わずわず行けるかなと思ったが、結局帰り道の渋滞にはまった中、前方でごっつん事故を目撃。
白っぽいゼロ・クラウンの壮年男女グループ5人フル乗車・・。
居眠り運転の千鳥走行でやばいな~と思って見てたら左車線の4tトラックにゴチーンと当たってノーズが見事にひしゃげてしまった。
ブレーキランプが点灯したのはぶつかってから。目撃者多数。
渋滞の中の歩くぐらいの速度だけど、一定速ノーブレーキの慣性エネルギーは大きい。
ところが、後ろから当てたのにエキサイトして交渉し始めたのは助手席の同乗者。
だいじょうぶか?なんも知らんと・・。

高速道路で「けが人無し」の場合は事故現場から素早く移動するのが基本。
そこに停車し留まることが二次事故の原因となる。
ましてや「事故見渋滞」を新たに引き起こすとよくないからね!
右側を上手くすり抜け、いわゆる「渋滞の先頭」へ(笑)
次の滞りに追いつくまでは快走(^-^)

翌日は「ツインリンクもてぎ」に行って用を済ませ家路に。
夏はいつも短いな。
やり残したことを頭の中でリストアップしてみたり・・。
夏の終わりは好きなような嫌いなような、そんな感じ。むかしから(^-^)




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映画「約束の犬 hachi」観てきました。
良かったです(^-^)
現在公開中なのでインプレッションはしませんが良かったですよ。
とはいえポイントを挙げてみるならば、主演で製作にも携わっているリチャード・ギアの意向もあって過剰なお涙頂戴な演出を避け、坦々とした進行になってるのがいいな、と思います。
どちらかというと80年代に日本で映画化された「ハチ公物語」の方が感動的演出みたいですね。
几帳面に前作をDVDでチェックしてからリメイクを観る人もいるし(^-^)見比べてみるのもいいかもです(^-^)
ちょっと残念だったのは劇場公開でも通常版と吹き替え版があって劇場ごとに分かれてるのかな?「映画館で見てるのに吹き替え」という妙な感じだった。
新作DVDが出たらの字幕モードで見ようっと(^-^)
ヘレンケラーも秋田犬を飼ってたみたいですね!名前「神風号」とか(^-^)
「日本の犬」として飼ってたんだね!ハチ公像にも訪れたそうです。



僕の秋田犬の思い出は小学生の頃の近所の家の飼い犬。
親父の仕事の関係で一時期実家から引っ越していた時期で、前に飼っていた雑種の犬が死んで猫だけの時期だったので近所で飼い始めたこの秋田犬とはよく遊んだ。
じぶんちで次の犬を飼うのはまだ数年後だ。
 その家の秋田犬の名前は忘れちゃったな、シロかタロのどちらか・・。
子犬の時がかわいくて手足がアンバランスなくらいに太くて、親父が「あの子犬はでかくなるな」と言った。そしたらあっという間にでかくなって驚いた。
そこの家のじいちゃんが散歩に連れてくのだけど、夏はランニングに短パンに運動靴の完全装備なんだけど犬のチカラが強すぎて引っぱられちゃってふうふう言ってる光景が面白くて夏休みラジオ体操の帰りはいつも見に行った。
でっかい犬小屋が金網の脇にあって裏から近づいてそうっと覗くとすぐ気が付いて寄ってくるのでフェイントかけて小屋の反対に移動すると先回りしてたりして。
それを行ったり来たり繰り返して、飽きて帰ろうとして振り返ると寂しそうな顔するのでもう一回やったり。
子犬の時は顔がすごくかわいかったのに成犬になったら鼻の穴がでかくて目が三角のオッサン顔になっちゃって、姉や妹からはえらく不評だったので逆にかばう気持ちになったもんだ。
ここに住んだのはほんの数年間だったけど、また実家に戻る時、お別れとかはしなかったな。子供ってそんなかな。
犬小屋の位置が直射日光の当たる場所だったのに、飼い主に言えなかった。
思えばでかい犬ではあったけど秋田犬かどうかは判らなかったし。
引っ越した時でもまだ若かったはず。

大人になってから以前住んでた各場所をバイクで周ったりして・・ここも訪れたりしたけど、さすがにもう居なくて犬小屋の場所には物置が置いてあった。



本物のハチ公は生前からすでに有名だったみたいで、それ以前はあちこちに貰われてタライ回しで苦労したみたいね。
駅前にタムロする汚い犬扱いだった時期もあって・・。
戦前でも報道されて有名になっちゃうと「餌が欲しくて駅前に居たんだ」と言う者もいたというけど、それは美談を期待したり幻滅したりの人間都合だね。
餌も欲しかろうし良くも悪くも習性。
過剰な美談のコロモを削ぎ落として残る記憶中枢に刻まれた陽の記憶に引っぱられる犬行動。
ただの習性と見る方がむしろホロリと来る(^-^)
 自分ちの雑種の飼い犬(歴代チロ)の思い出は「上手く飼えなかった」という思いが多いな・・。
鎖でつなぐ飼い方って、コレ何とかならないかな、と今でこそ思うけど昔はそんなもんだと思ってそうしてたし、それ自体がひどいことしてたかも・・。
散歩をさぼったり。
「古き良き時代」って言葉を乱発するのがきらいなんだけど、動物の飼い方、クルマの扱い、取り上げられにくい地域や家庭内の微細な人権問題とか、色々な分野で「昔の良くない部分」は多いね。



ウチの安マンションは交渉しだいでペット可だけど世話問題が残る・・。
きちんとできないなら、やはり我慢かな・・。

駐輪場の「りゅう」はあいかわらずクールです(^-^)
http://wind.ap.teacup.com/zaurus/56.html
http://wind.ap.teacup.com/zaurus/61.html

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日曜日のライブ、無事終了しました。
おこしいただきました皆様、ありがとうございました<(_ _)>
Harri&DominosもPlastic oda bandもとても盛り上がり、楽しいライブでした(^-^)
ありがとうございます!

Harri&Dominos
スタートは「Why dose love got to be so sad」、「Tell the Truth」。
80年代ECの洗練も好きだけど、やはり60年代を引きずる70年代初頭、イナタイ感じのサウンドはよいですね(^-^)
ブルース基調の


やはり「シェリフ」はイントロから盛り上がりますね!



「Let it rain」



忘れてならないドラムのしお丸さん!
ゴムぞうり、履いてます!

あらら、手ぶれっちゃった。



          主食はゴーヤ・チャンプルです。










そして前回の「トロント・ヨーコ」に続いて今回も大活躍のミカポン。






「Tearing Us Apart」!












今回はティナ・ターナー。
この曲のレギュラーのプロモでは本人たちはほとんど登場せず、網タイツとフェラーリ・レッドのsigストラトがフラッシュで映し出され、それで一曲引っぱる・・という印象的なモノ(^-^)
記憶にあるライブ映像はプリンス・トラストかなライブ・エイドだったかな??
ティナはいつも共演者に食いつくくらいに迫るパフォーマンスなんだけど、若いブライアン・アダムスの時なんてブライアン逃げてたもんな。
そしてミカポン、You tube、かなり見てます(笑)













        おつかれさま、次は何かな?(^-^)








お次、POBは新曲として

「Going down on love」
「Steel and glass」
ジョン作のリンゴ曲
「I'm the greatest」



主にアルバム「Walls and Bridges」からの選曲。












「Going down on love」ではれいんさんがパーカッションで参加!
急なオファーと頼りっきりでスンマセンm(_ _)m感謝!
短時間で完璧です!
今回はブルー基調のワンピで登場(^-^)



エッセンスとしてコンガやウインドチャイムも導入(^-^)
さよさん鍵盤と大回転!





そしてPOB初の試み・・先日亡くなった「あの人」の曲も・・!
リードボーカルハッピー小田島、「歌」で引っぱってくれます(^-^)













「雨あがりの夜空に」
「スローバラード」

ラスト、気持ちよくできました(^-^)
またできるかな・・。

おこしいただきました皆さんHarri&Dominosの皆さんミカポンれいんさん、ほんとにありがとうございます!




次回POBは11月頃にレノンハウスを予定しています。
よろしくどうぞ~!(^-^)





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POBライブです!
8月2日(日)
越谷アビーロードhttp://abeyroad.jp/

18:30 ドア・オープン

19:00 Harri&Dominos

20:00 Plastic oda band


対バンはおなじみHarri&Dominos。
また何かやらかしてくれるようです(^-^)

POBは新曲増やして小道具や珍曲もあったり・・頑張ります(^-^)♪
お暇でしたらお気軽にどうぞ!


日曜はマザー牧場。
ETCで一時的に安くなったアクアラインを通って房総半島へ。
行きに海ほたるに立ち寄る、アクアライン自体、何年ぶりかな。
以前の値段じゃ使いたくても躊躇するよね
最近あちこちのサービスエリアで流行の「SAむりやり名物」・・ここではレイヤー積層型のメロンパンが美味そうだった、が、やはりマザー牧場と言えば「ラム肉・ジンギスカン」が控えてるのでガマンしました。



逆光ですが到着です。
後ろのバンジージャンプは遠くから見ると低く見えますが、むか~し来た時に真下から見上げたら怖く思えましたね。

そしてジンギスカン。

波動砲のような鍋。
むかし来た時はバイクのツーリングで、ツーリングクラブの定例的なツーリングでした。
走り系のチームだから走りのスポットが少ない房総半島はみんなフラストレーションがたまり、マザー牧場はとりあえずの目的地で、「ご飯食べる所」という感じでした。
ジンギスカンなんて見たこともない僕は鉄板にラム肉をそのまま乗せて焦げ付いちゃって、それを箸でこそぎ落としてラムのそぼろ肉にして食べるという典型的な愚をおかし、「ジンギスカンなんて二度と食べるもんか!マザー牧場のバカヤロウ」などと勝手を申しておりました。
さて今回はおいしく食べられるのでしょうか。


ラム肉(^-^)


まず野菜を敷き詰めてから、、


その上に肉を乗せます。


ジャーン。


ジャジャーン。
瓶のコカ・コーラなんて最近珍しい感じ。


ごちそうさま。
今回はジンギスカンが美味しいものだという事がよく分かりましたm(_ _)m


さてこの日、鈴鹿サーキットに於ける「鈴鹿8耐」ではヨシムラ/スズキが数年ぶりに優勝し、F1、「ハンガリーGP」ではマッサがヘルメットにクラッシュパーツの直撃を受け頭蓋骨陥没の負傷を負ったこの日、我々もレースを観戦しました。











これです!





ドライバーはかなり若手を起用しています。
白熱したレース展開。
ウイナー(優勝者)はどこかの子供でした。

マッサの一日も早い回復と復帰を願います



名物、羊のバリカン・ショー。
後ろの羊がのんびりしてる対比が面白い(笑)






牧羊犬のパフォーマンスも面白かった。
出番待ちはマッタリしてるけど(^-^)





     ん?

     んー  zzzz。









触るとホントに絨毯みたい(^-^)
草を食べても口のカタチで根元は残るようになっていて、草はそこからまた育つ。


珍しい動物の「アルパカ」や「アヒルの行進」はタイミングが合わなくて見られず残念!
また次の機会に。(メロンパンも)




8月は「もてぎ」に行けるかな・・?(^-^)





今年、心配なのはセミの声をほとんど聞かない事・・・。
先にひぐらしや秋の虫が鳴き始めた。


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今日は小田バンドのリハ
レノンハウスにて4時間。
今回は新曲たっぷり!
まだ粗削りだけど良い感触(^-^)

終了後は新宿餃子会(^-^)
たっぷりミーティング。
8/2の越谷ライブはいろいろ、、ちょっと楽しみ!(^-^)

その後はアップル・ビーツのライブで再びレノンハウスへ。
明るいホンワカなバンド!
楽しませてくれました(^-^)
終わって2丁目深夜の地下道飲み会ジベタリアン
信ずるに足る言葉があれば物事は真実に向かって進む。



さあ!明けて今日はマザー牧場までドライブだ!(^-^)
鈴鹿では8時間耐久レース決勝だな(^-^)



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「人とクルマの技術展・09」を見にパシフィコ横浜へ。
クルマやバイクの新技術やこれからの取り組みの展示。
モーターショーの時の人気のないコーナーの、もう少し突っ込んだ感じのショー(笑)


クルマの衝突実験の時、人間の代わりにシートに座って衝撃を受ける「ダミー人形」。
頭をはじめ各部位に加速度センサーが組み込まれている。
人間様の代わりにクルマごと壁にぶつかったりフロントガラスから飛び出したり、いつもご苦労様ですm(_ _)m
ここはそのダミー人形の専門メーカーのブース。


こちらは自転車事故を再現する時のフォーム。
子供サイズで服を着せてある。
これは主にクルマ側のボンネットの形状等の参考にするみたい。
人とクルマがいざ、ぶつかった時の衝撃をいかに軽減するか、これは「ユニバーサル・デザイン」と呼ばれる新基準が自主的に出来ていって、各メーカーが情報を共有するみたい。

最近のクルマが以前と比べて丸っちい感じがするのはこの辺の事情もある。
被害者も乗員も受ける衝撃が低くて済む形態の現在の解釈、という事だね
エンスー系の人からは「味がない」と敬遠されそうだけど、「低環境負荷」と「安全性」・・これは趣味性を多少犠牲にしてでもこちらを取りたいな、クルマが好きだから。


こちらは体の各部位のサンプル。
さすがに専門メーカー、各種揃ってます(^-^)

そう言えば、先日M駅で特急への飛び込み自殺に遭遇、線路に(以下略)


これは一輪車。
下のタイヤ一個でバランスを取りながら自立してます。
これは椅子に乗っかるサイズだけど実用化した場合、各社でやってる介護ロボットや救助ロボットに応用されて行くみたい。
二足歩行型や車椅子型、まだ先になりそうだけど、良い方向への発展を期待してしまう。


ちょっとブティックみたいな展示ブースは豊田紡織。
明るくて綺麗(^-^)
内装やシートの生地を扱う。
シート本体や撥水生地などもあった。


有名な「童夢」
NSXのレーサーも童夢:作
ここでは主にカーボン・パーツを展示してた。

カーボンホイール、高そう。


カーボン製のアンダー・パネル。
これは風洞実験用だけどボディだけじゃなくてちゃんとアンダー・パネルもやってますね(^-^)
インナー・エアロ・ダイナミクスてことで排出ダクトもあるんだね(^-^)


F.C.Cクラッチ!
以前乗ってたバイクCB-1000-SFは改造してここの強化クラッチを付けてた。
最初は吸・排気から、ハイカムやヘッド面件、ハイコンプ・ピストン他をやって組上がって慣らしをじっくりやってオイル交換、「ようし」ってことで筑波サーキットに持ち込んで全開にしてみたら、いくらもしないうちにクラッチが滑ってしまい加速せず(笑)
ノーマルでは弱くて持たなかった(笑)
そこでF.C.C強化クラッチ・キットを組みました(^-^)
今度はふわりと前輪が浮きました(^-^)
ただコーナリング時、バンク中から立ち上がりでの全開が怖くてなかなか出来ずラップタイムは一旦悪くなっちゃって、乗り手が改善したのは次回走行の時でした(笑)
2回目はちゃんと最終立ち上がりも全開でしたよ(^-^)


救助や介護のロボット、実用化は先かもしれないけど自動車メーカーが関わるケースが多いし、やはり「人を乗せる機械」という括りなんだと思う。
H/T、クルマメーカーが先行してるね。
クルマ自身も今後の手段は「タイヤ」とは限らないしね
環境を破壊するのも自動車=人だけど、どうにかしようとするのも「人」だものね。
ガソリンエンジンでタイヤが2コの乗り物にすごく「こだわり」がある。
でもガソリンエンジンの未来は明るくないし、発展過程の功罪がある。
「好き」だけでは済まない要素がたくさんある。
だから「安全」と「環境」のために「本当に有効な手段」が見つかったなら、それが「本当に有効」であるならば・・いつでも捨てる覚悟はできてる。
それまでは手探りだけど目をそらさずに行こうと思う。


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1952年(昭和27年)も折り返しを過ぎたその日、私は仕事帰りに映画でも見ようとドブ板通りから一本外れた裏道を十六号に抜ける方角に、いつもなら自転車で通る道をこの日は歩いていた。
戦争が終わって七年も経つとこの界隈でも「闇市」はとんと見かけない。
すでにこの時期、GHQから朝鮮特需のための製造規制も特例で解かれ工場は大量発注に沸き立つ兆しを見せていた。
さいか屋百貨店の並び数件手前に一軒の洋食屋があり、少し前にここで初めて「ハンバーグ」なる食べ物を食べた。
それは非常に美味なるもので毎日でも食べたいと思ったほどである。
銀色のステンレス製の楕円の皿にキャベツとケチャップ味のナポリタンがそえてあり、それは大そうなご馳走であった。
これを茶碗ではなく白い皿に小奇麗に盛られた白いご飯といっしょに食べるのである。
これは本当によい体験をしたという事で職場の友らに話すと皆おおきな関心を持って話題となった。
たとえ少ない機会であっても自分の稼ぎでこのご馳走を食べられる事は仕事のある国内・身近な世間の安定を意味していた。
そして、その仕事も私自身が工場で生産する金属の部品がアメリカの兵器のどこかに取り付けられる事は知っていたし、それが半島で使われるという事も理解していた。
でもその疑問に贖うには自らがあまりに無力であることも十分すぎるほど分かっていた。
そしてそれを暖かく真っ白な米やハンバーグといっしょにかき込み飲み込む事で忘れようとした。
安定とそこそこの幸せを感じたりしながら・・。
ただ、ここの洋食屋の主人は少々酒癖が悪く時折飲んでは厨房で暴れてスパゲテーを茹でる寸胴鍋や裏口横の自転車までを脇の用水路に投げ込んでしまったりしたため最近はすっかり足が向かなくなっていた。
その事自体はすっかり忘れていたが、この湧き上がる好景気の向こうにある戦争特需という背景を想うに、このハンバーグやエビフライを野放図に口にする事がやや辛く思えてこの日も前を素通りした。
雨は無いとはいえ梅雨の明けきらぬ蒸し暑いこの時期、洋食屋の開け放たれた窓の網戸越しに客の姿もちらほらと見え、それなりに繁盛しているようであった。
この日はその先にある名画座で最終の回を観て帰宅した。

明けて翌日。七月最初の土曜である四日、職場の友より提案あり。
GIホール裏手にある小さなダンス・ホールにて今夜、歌と踊りの催しがあるという。
なんでも何かの記念日で格安の料金で外国の料理も振る舞われるとのことで大そうな賑わいにらるらしい。
夕方、友らと連れだって工場を出る。
正門脇に据えられた大看板には社名「メイデンシャ」とある。線路からよく見える位置にあり夜になれば照明が灯り、この界隈では好景気を伝える象徴の一つでもある。
夕暮れ時、早くも点灯された照明に浮かび上がる大看板を背に三笠通りを経て十六号方面のGIホール裏手を目指した。
この通りは夕暮れ時はとても賑やかでGIの乗る薄桃色の巨大なキャディラックが六畳間より大きい車体をふわふわと揺らしながら道幅一杯、すれすれに走り去る姿を見かける事も珍しくなかった。有鉛ガスの匂いが残った。
その豊かさに確かに惹かれていた。

ホールに着くとすでに大勢の人々が集まっていた。
壁や天井の電灯には赤や緑の色付きセロファーンが巻かれ怪しい光が店内を染め、妙な雰囲気を醸し出している。
でもセロファーンはすぐに焦げたり溶けたりするのでホールの支配人が何度もハタキの枝を使って白熱球にくっつかないように調整していたが時折焦げ臭い匂いが漂ってしまうのはご愛敬だ。
同行の友が仕入れたての知識で場内を解説してみせる。
「やあ、すごい盛況だな、いいかい、あの大皿がオードブル、そしてこちらがハイ・ボールだ」
「ハイボール? 器ですくって飲むのか?ずいぶんと行儀が悪いな」
などと話しながら床に滴をこぼしながら何杯も飲んだ。
次はオードブルを・・と大皿の方を見回すと、友が
「外国料理はGIホールの厨房仕込みだが今日のハンバーグはさいか屋通りの洋食屋が仕出しているんだ」
と得意げに話した。
私は「さいか屋通りの洋食屋」と聞いた途端、連日ラジオや新聞で報じられる半島情勢や戦争特需の事が頭の中を駆けめぐりグラスをカタリとテーブルに置いてしまった。
食欲は減退し胃の中に大量に吹き出す酵素から胃壁を護るべき多糖類の膜が流れ落ち爛れゆく模式図をイメージし、額にかいた脂汗とともにうつむいたその時・・
・・真っ白いエプロンをした給仕の娘がハンバーグを小さく切って丁寧に取り分けてくれた白い小皿を「どうぞ」と差し出した。
私は反射的に「いや、けっこう・・」とやや乱暴に小皿を押し返し外に出た。
罪無き給仕の娘にはすまぬ事をした。洗いたてのアイロンのかかったエプロンにはソースが飛んでしまったことだろう。

フラフラと表に出て入り口脇のコンクリのタタキに腰掛けた。
振り向くと野良犬がいた。
両手の掌を見せて食べ物を持ってない事を告げると納得して傍らに横座りして、それから寝始めた。
目の間を親指で撫でると目を閉じたまま尾をハタリと一度だけ動かした。
見上げれば月と速く流れる雲、それは翌日の梅雨明けを意味した。
太平洋沿いに張り出した前線に気温はウナギ登りに上がり、そして夏は転がるように過ぎて行ってしまうのだろう。
そこにあるのはその時々の心の景色だけだ。

1950年に勃発した朝鮮戦争により増大したアメリカからの需要により日本は好景気に恵まれる。
それを税金として受けられない日本がどれくらい潤ったのかは意見の分かれるところだが、生産技術を蓄積するための大きな機会となった事は間違いない。
日本に高速道路ができたりオリンピックが行われたりするのはこれから十数年後の事である。



LOVE LOVE LOVE  CRAB CRAB CRAB

(動画1)


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○時代考証として、
※1952年当時にステンレス製の食器が普及していたか否かは不明であるが街の洋食屋のイメージとしてそのまま置く事とした。
※ハイ・ボール、ケチャップ、ナポリタンが日本に紹介されたのが何年頃であるかは不明。
※キャデラックが最大サイズに拡大するのは1958年あたりである。



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