google Mapsを自分のサイトに貼り付けたい・・・と思っていたけど

難しそうだったので今までチャレンジしなかった。

だけど、今朝物は試しとやってみたら結構簡単にできたひらめき電球


カスタマイズするのに少々時間が掛かり最後にはスーパーなMrに助言を頂いたけど、

けどけど、心配するほど難しくなかったのでよかったv(^-^)v



多分これから作るサイトの地図はグウグルマップスに頼ることになるでしょう!

ムカ~シ、ムカシ、自分が編集長(名目だけ・・・)として働いていたフリーペーパーが

今日ウチのマンションにポスティングされていた。


以前も書いたが、この紙を見る度に「ホォー、まだやってるんだなぁ」と感じる。

しかし、僕が作ってたときより大分落ち着いた感じの内容になっている。

僕がいた時は編集長の名を盾に色々とこのフリーペーパーで遊んでいた。



そして、一つ驚いた事にページが少しだけ増えているではないですか爆弾

内心直ぐつぶれると思っていたのに・・・。


まあ、できるだけ長く頑張って欲しいっす!!

いずれ僕も広告出すっす!

僕の体内時計は狂っているじゃろう。

食事の時間も寝る時間も常にバラバラだし、体を苛める日と怠ける日のギャップがヒドイ。


しかし、新たな仕事を始めるこの期を堺に朝型人間になることに決めました!

ちなみにここ数ヶ月は昼過ぎから仕事開始、寝るのは明け方という生活だった。



今日から夜は12時には寝るぐぅぐぅ

朝は・・・目が覚めたら起きる。

いきなり全て変えられないので朝はアバウトな感じでいきます(・_・;)。


しかし、夜は12時就寝決定なのでもう少ししたらベッドに入って無理やり寝ます!




では、サヨナラ!!!

成功者を目指すなら知っておかなければいけないことがある。

(『成功を目指す人』とは自分の世界を体現化したいと思っている人のことと考えてほしい)


それは理想と現実は違うということ。

よく聞く言葉だ。だけど、その中身を良く考えて体に染み込ませなくては本当の意味は判らない。



理想は綺麗だし、楽しいし、ワクワクする。

しかし、現実はそれだけで生きようとする人に苦痛を強いる。


現実は流される人には甘い。しかし、自我を持つ人には本当に辛い世界だ。

成功を目指す人は自己を大切にし自我を確立している。

だけどやっぱりそういう人に対しては、この世界を歩くことは茨の道にみえる。



その茨の道で押し潰されそうでダメになる人は理想と現実を区別して捉えきってないないのだろう。



悲しいし、苦しい、だけど僕達が生きている世界は理想の世界ではない。

僕達が立っているのは現実の世界だ。


理想の世界は日本外の国にあるわけではないし、

死の世界にあるわけでもない。

ましてや、やり過ごした時間の先に待ってなどいない。

探してもどこにもない。




理想はただ一つ、自分の頭の中だけにしかないのだ。

そうなのであれば目の前のハードルにウンザリしたとしても逃げずに戦うだけだろう。

日常の通勤の曲がり角にさえ在る不愉快な事に立ち向かうべきだろう。

大小いくつものハードルを越えた人がやっと理想に近付けるのがこの世界だ。


「羨ましい」とか「どうせ私なんか」とか小さい自分に卑屈になって逃げる人は嫌いだし、そして、自分を小さいと思って戦わずに逃げる自分も大嫌いだ。

はっきり言って今は後ろ向きの言葉なんて一つも聞きたくない。




「バカのふりをするな!」昔の大事な友達から言われた言葉だ。

その意味がよくわかる。バカのふりで理想なんて掴めない。

バカのふりで得るものは哀れみの同情だけだ・・・。

だから、僕は大きく背伸びをしてでもできる人間のふりをする。

そうやってこの世界で戦うのだ。


なんだか今日は少し時間を無駄にした気がする・・・もっと戦えオレ!

そろそろ本番になる寒さをしのぐ為、必要になる物を探してベランダに出しっぱなしの荷物をガサゴソ漁っていた。

そしたら、いつぞやの雨で湿ったダンボールから昔の手紙が何通も出てきた。

カビが生え、半分はインクが滲んだり劣化したりして読めない状態だった。

そんな中で生き残っていた手紙を破れないように慎重に開き読んでみる。


殆どの手紙は差出人である友人の苦悩と葛藤、自分も頑張るからお前も頑張れという内容だった。

以前の記憶が鮮明に甦り、あの熱くて汗臭くて泥臭くてガムシャラだった頃が目の前にあるようだ。



今の自分を振り返る。色んな知識を身に付け目の前の物事をうまくやり過ごす術を覚え、一端に社会の一員として溶け込んだ様に見えるが、果たしてそれがあの時『頑張れ』と言われ求めていたモノなんだろうか・・・。


結果が大事だとか、過程が大事だとか言うけれど結局人生には結果も過程もない。

残り50年の人生設計をしてみても、今日死ぬかもしれない。その瞬間瞬間が結果であり、過程なのだ。


僕は残された手紙が99%の苦しみと1%の喜びで構成されていてよかったと思った。

99%の苦しみ・もがき・葛藤があったから、今1%の喜びが何事にも変えがたい最大の宝物になっている。

そして、僕は少なくともあの頃そういう人生を望んでいた。



今さら「あの頃のように・・・!」なんてセンチメンタルな子供の様な事は言わない。

しかし、手紙の中にいる自分に恥じないように負けないように生きなければ今こうして息をしている意味はないと強く思った。


汗臭くて、泥臭い。実はそんな姿がカッコイイんだと僕は知っているのだ!