そろそろ本番になる寒さをしのぐ為、必要になる物を探してベランダに出しっぱなしの荷物をガサゴソ漁っていた。
そしたら、いつぞやの雨で湿ったダンボールから昔の手紙が何通も出てきた。
カビが生え、半分はインクが滲んだり劣化したりして読めない状態だった。
そんな中で生き残っていた手紙を破れないように慎重に開き読んでみる。
殆どの手紙は差出人である友人の苦悩と葛藤、自分も頑張るからお前も頑張れという内容だった。
以前の記憶が鮮明に甦り、あの熱くて汗臭くて泥臭くてガムシャラだった頃が目の前にあるようだ。
今の自分を振り返る。色んな知識を身に付け目の前の物事をうまくやり過ごす術を覚え、一端に社会の一員として溶け込んだ様に見えるが、果たしてそれがあの時『頑張れ』と言われ求めていたモノなんだろうか・・・。
結果が大事だとか、過程が大事だとか言うけれど結局人生には結果も過程もない。
残り50年の人生設計をしてみても、今日死ぬかもしれない。その瞬間瞬間が結果であり、過程なのだ。
僕は残された手紙が99%の苦しみと1%の喜びで構成されていてよかったと思った。
99%の苦しみ・もがき・葛藤があったから、今1%の喜びが何事にも変えがたい最大の宝物になっている。
そして、僕は少なくともあの頃そういう人生を望んでいた。
今さら「あの頃のように・・・!」なんてセンチメンタルな子供の様な事は言わない。
しかし、手紙の中にいる自分に恥じないように負けないように生きなければ今こうして息をしている意味はないと強く思った。
汗臭くて、泥臭い。実はそんな姿がカッコイイんだと僕は知っているのだ!