ネット内でのビジネスを考える。


僕はプログラムが全くできないからできればプログラムを極力使わないでいいサービスを考える。

うつらうつら何かないか考えているといくつかヒントが浮かんできた。



・感じる

・想像する

・感情

・思い描く

・言葉(文)をつくる

・発見する


これらのことは今のところプログラムでは代用できないことだと思う。

では反対にプログラムの得意とするところはなんだろう?


・収集

・連動

・規則的

・基準に沿う行動

・瞬時の反応

・膨大な情報処理


これらの様に決められた事に対する反応だろう。


この2つを見比べるといかにも【アナログ】と【デジタル】という感じがする。


Webという業界にいるとどうしても最先端の技術や物珍しさや新しさに目がいってしまう。そしてその新しいものというのはおおうにしてデジタル処理で動くものが多い。

しかし、絶対に頭の隅において置かなければいけないことは『どんなものでも結局は人間が使うもの』だということ・・・。


とすると、上で上げたプログラムでは代用できないことを基準にして考えることが大前提で、しかもヒットにつながることなのでは?

更にそこで、手助けという形でプログラムを噛ませることができれば、誰にでも使いやすい便利な素晴らしいサービスが産まれるのでは・・・!



あああああああああああ、なんか浮かびそう!


ワールドカップが近づきスポーツニュースもサッカー情報一色になりつつありますね。

僕は余りサッカーに詳しくない。なので、ジーコ監督のワールドカップメンバー人選になんだかんだ言えるほど知識もないのだけれど、個人的な勝手な希望としては松井大輔・・・そう、松井大輔!彼を入れて欲しかった。


彼のプレーは見ていて面白いんです!

ロナウジーニョのトリッキーなプレーに世界中の人々が魅了されるように、松井のプレーも一癖も二癖もあり非常に面白い!ワクワクさせてくれるのだ!


なんといってもサッカーに無知なのでフォーメーション・・・とか、戦術・・・とかを含めた人選方法は分からないけど、単純にワールドカップで松井大輔のサッカーを見てみたかった!!!


4年後に期待(’ー’)

*前回に続き重い題材ですいません。


岡田 眞澄さんが亡くなり、なんだか悲しい。単純に「あ~あ。」と思う以上に涙が出るくらい悲しい。

はっきりいって岡田眞澄という人の人となりは知らない。テレビに映る以外の性格も知らないし、私生活もしらない。だが、なんだか悲しい。


例えば、宮崎勤や松本智津夫(麻原彰晃)が死んでもなんとも思わない。「あぁ、あの人にも悲しむ人がいて、死ねば罪が償われるわけじゃない。なのに死刑ということで人を一人殺してしまっていいのだろうか??」なんて生易しい人権保護団体の死刑反対派みたいな総合的な“死”ということに対しての痛みなどではない。




岡田さんの場合は他人だけど別だ。この気持ちは『人が死ぬ』ということによって起こる気持ちではない・・・らしい。




ただ、自問自答し、思うことは、好きだったんだろうと思う


僕の目に映った岡田 眞澄という人物の像が僕の好きな色を発していたのだ。これはいかりや長介さんやアイルトン・セナやオードリ・ヘップバーンやその他の色々な死の場面にも感じた。





僕にとって、今か今日か明日か分からない死というものは常に誰の横にもあるモノだと感じている。自分もそうだし、親友もそう、今日出逢った人もそう。昔は死への疑問だらけで哲学から宗教学から心理学の本を読み漁った時期もある。


ということで、書けばバカみたいに長くなるので話はここまで!
最後に、できれば僕の近くにいる人が誰一人として僕より先に死なないで欲しいと願う。僕は自分勝手に生きる人間だが本当にそう思っている。

ジャワ島の地震での死者が5000人を超えたようだ。


このような大量に死者が出る場合、その被害の規模と数字だけがピックアップされがちになる。だが、やはり個々の命が大事で、誰かが死ねば誰かが悲しむ。死者5000人以上、負傷者合わせて10000人以上、悲しみ苦しむ人その2倍・3倍・4倍・・・。
ジャワ島には世界各国から救援物資やボランティアが送られ、どうにか一人でも多くの命を救おうと、生かそうと今も頑張っている。




イラクでの米軍による大量虐殺。

コレは戦争だ。人が死なない戦争などない。イラク人の死者数は10万人ともいわれている。憎しみあった両方は相手より少しでも強い威嚇をするため、人殺しに長けた人材を惜しみなく送り込む。
そして、人殺しに麻痺した人は命乞いをする民間人をも簡単に殺す。




日本はジャワ島に11億円の無償援助。そして、正義の為などとのたまり、どこでも侵略しようとするアメリカ軍の再編の為に3兆円を差し出す。


日本国内での官僚による税金の不正使用などを考えるとジャワ島に提供する11億円が微々たる金額に感じられてしまいしょうがない。人殺し集団の育成施設を作るアメリカ軍に3兆円を出すより、ジャワ島で瓦礫に埋もれた人達の為に3兆円を提供した方が国民もよっぽど気持ちよく差し出せると思う。




こういう事件や事故が起こるといつも心が萎える。自分って小っちぇーなぁ・・・と思う。
しかし、なんでyahooのインターネット募金↓こんなにメンドクサイの?

http://volunteer.yahoo.co.jp/donation/detail/26/index.html

なんだかんだと強がりながら生きている人でも、ふとした時に折れそうな気持ちになる時がありますね。


しかし、強がりな人は「あぁ、ダメかな・・・」とか「ちょっと、ムリかも・・・」なんて思うときでも助けを求めようとはしない。むしろほっといて欲しいという態度をとる。

それがカッコイイとかプラスになるなんて思っているわけではないが、そうしてしまうのが強がりな証拠。そうやって一人で頑張って生きているからこそ、これからも自分として生きていけると思っている。そこまで思ってないかもしれないが、まあ、そういう人もいる。



もし、近くにそういう強がりな人がいて、その人の元気がない時はこの手が利きます!

【放っとく→「間違ってないんじゃない?」的メールを一回だけ打つ→放っとく→だいぶ間が空いたら「落ち着いたら、奢るから酒飲むべ」的なメールをもう一回だけ打つ→ずっと放っとく】

コレに限る!


ポイントになるのはメールと一回だけということ。そして中身は変に気遣った言葉ではなく軽く「いいんじゃねーの?!」ぐらいな感じがよろしい。


以上の事を心理学的に分析すると、強がりな人はいつも自分にプレッシャーをかけて生活している。それは、他人と接しているとき意外でもそう。そんな人間が弱気になっている状態というのは自分でも許せないし、他人には余計に見て欲しくない状態。

そこで、例えば「大丈夫?」なんて同情寄りな言葉をかけられると、『弱い自分』を再確認することになり、更に他人にまでそう思われているというマイナス意識が働くのですねぇ。そうすると心の中でメンタルデフレスパイラルが巻き起こりクルクルと奈落の底に転落という構図ができてしまいます。

ということで上記の様に軽めの言葉で「お前はお前だからさッ!」ぐらいの接し方が一番よいと思われます。


この法則を使えば好きな人が強がりという人は相手を落とすきっかけになるかも!

いかがでしょう?