*前回に続き重い題材ですいません。
岡田 眞澄さんが亡くなり、なんだか悲しい。単純に「あ~あ。」と思う以上に涙が出るくらい悲しい。
はっきりいって岡田眞澄という人の人となりは知らない。テレビに映る以外の性格も知らないし、私生活もしらない。だが、なんだか悲しい。
例えば、宮崎勤や松本智津夫(麻原彰晃)が死んでもなんとも思わない。「あぁ、あの人にも悲しむ人がいて、死ねば罪が償われるわけじゃない。なのに死刑ということで人を一人殺してしまっていいのだろうか??」なんて生易しい人権保護団体の死刑反対派みたいな総合的な“死”ということに対しての痛みなどではない。
岡田さんの場合は他人だけど別だ。この気持ちは『人が死ぬ』ということによって起こる気持ちではない・・・らしい。
ただ、自問自答し、思うことは、好きだったんだろうと思う。
僕の目に映った岡田 眞澄という人物の像が僕の好きな色を発していたのだ。これはいかりや長介さんやアイルトン・セナやオードリ・ヘップバーンやその他の色々な死の場面にも感じた。
僕にとって、今か今日か明日か分からない死というものは常に誰の横にもあるモノだと感じている。自分もそうだし、親友もそう、今日出逢った人もそう。昔は死への疑問だらけで哲学から宗教学から心理学の本を読み漁った時期もある。
ということで、書けばバカみたいに長くなるので話はここまで!
最後に、できれば僕の近くにいる人が誰一人として僕より先に死なないで欲しいと願う。僕は自分勝手に生きる人間だが本当にそう思っている。