蔵のスキンヘッドおじさんのブログ -51ページ目

ドサ回り 2週目3日目 サンフランシスコ

サンフランシスコはオール定時の会社

 

16時に終了して

 

速攻で飛行機に乗りポートランドに来ています

 

サンフランシスコB社はとても順調です

 

話は変わりますが

私の手を離れたサンフランシスコA社は分解しました、バラされて3つの会社に売られて無くなりました、思ったより早かった

 

私が預かって直ぐ始めた幾つかの新規事業はその会社では消滅したので、人員を引き受けて4つの小さな会社を設立して社長を取り敢えず引き受けてます

 

2026・02・04・18:30

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシアの友人から情報あり #2

船便の待ち時間が有ったらしくてやっとAPVに着きました

 

写真では見ていたけれど想像以上に良かった

 

タイプもF-8戦闘爆撃機だと分かりました

 

弾を食らった跡も無く不時着の原因は燃料切れかエンジン不調だと思います

 

不時着も非常に上手で大きな損傷も無かった

 

パイロットも生還したらしくて操縦席は空、風防もキチンと閉められていたらしい

※これは内部の保存状態を最高に保つ事になる

 

早速清掃作業にかかって貰いました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサ回り 2週目2日目 ロサンゼルス

今日は早出・昼食ミーティング・残業1Hでした

 

とても順調でした、何の問題も無しです

 

今日はサンフランシスコまで移動します

 

なので残業も1Hだった

 

サンフランシスコは養母の家があったので知り合いも多数います

 

これから行ってもまだ宵の口なので隣の家のマークの姉ちゃん(今は後家でばあさん)でも訪ねてみます

 

2026・02・03・17:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マニア&コレクターの死 #6 設計図コレクター

元飛行機の設計屋で設計図コレクターの知人が亡くなった100歳にもう少しだった

 

1929年生まれで飛行機の免許取ったのが16歳1945年の事

 

1951年22歳で某有名工科大学を出て、1994年65歳まで勤め上げた

 

彼は大型機志望で最初から携わったのはDC-8・DC-9・DC-10

 

ダグラスからマクドネル・ダグラスになったのが1967年一番波に乗ってる次期でMD-80・MD-90などに係わり

 

KC-10で初めて軍用の大型機に係わり、最後はC-17の統括責任者(平の取締役)で最後だった

 

ダグラス、マクドネル・ダグラス、もう何年か頑張ればボーイングの社員にもなれたのにって云うとボーイングはダメ、ダグラスとは飛行機作りの基本精神が違うから ってよく言ってた

 

彼の集大成10TBのハードディスク2つに入った設計図いっぱい

 

奥様からコピーさせて貰いました

 

コピーは更にコピーして計4Set作り2Setは保存用、1SetはAICADと連動用、もうひとつは家の外部とは繋がってないPC用にしてます

 

私の設計の神様みたいな人だったのでとても残念 悲しいけれど人は死んでこそ花死なない人は醜悪だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026・02・02・22:00

ドサ回り再開 2週目初日 ラスベガス

何時もの通り今日は早出・昼食ミーティング・残業2Hでした

 

少しづつですが業務改善も進んでいますが、兎に角仕事量が多過ぎで忙しい

 

儲かっていて忙しいのは良い事です

 

文句は言えません

 

これからロサンゼルスに移動します

 

2026・02・02・18:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fieseler Fi 156 Storch 完成

スロバキアでみつけたので戦後チェコスロバキアで生産されたK-65かと思っていたら1941年製のドイツ製だった

 

もともと糸トンボの様な機 機体は楽でした 何処も欠損してなかったし

 

結局大問題はドイツ製エンジン「アーガス」

 

これは数的には決して多く無いけれどユーザーの悩みでもあると判明

 

私も一品製作だけど拡大生産できる方向で生産することに

 

取り敢えずサンプル的に作った部品で完成させました

 

2026・02・02・00:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違法賭博に誘い込まれて冷や汗

公認での賭博場(カジノ)での賭け事は合法です

 

仲間内の少額賭け事は合法では無いけれど違法では無い(グレーゾーン)

 

組織的に場を設けて客を集めて大金動かすのは此処でも違法です

 

中国人の知り合いにバッタリ会ってしまいポーカーに誘われました

 

ホテルの最上階のスイートルーム連れて行かれたら厳つい男が部屋のドア前に2人も居て

※運営側の男たちは殆んどが中国系ちょっと考えれば中国マフィアだと分かっちゃう陣容

 

部屋にはポーカーテーブルが4卓、客は20人ちょっと(卓に16人・周りの椅子に4-5人)

 

行ってドアを開けた時点でヤバイ所へ来たと思った

 

1枚1500ドルの金のチップを好きなだけ買ってポーカーに参加

 

でも恐ろしいのは此処から1枚の金のチップのレートは1万ドル

 

一回の勝負で何千万、一晩で10数億円負ける者もザラと云う所

 

お客は中国人やアラブやロシア系、アメリカ人はプロのプレーヤーがひとりだけで一般の人は恐ろしがって誰も居ませんでした

 

中國人の知り合いが30枚貸してくれて

 

地獄の様なスリリングな時間を2時間ちょっと過ごして退散して来た

 

元手金のチップ30枚が294枚になり借りた30枚を友人に返して残り264枚

 

中国人の知り合いからの情報で現場で換金すると嫌われるらしい事、金のチップを持っていれば何処で開かれているか分かれば又賭場に入れる事、金のチップは永遠に1万ドルの価値がある事、客間での譲渡OK

 

中国人の知り合いの忠告に従い換金は3枚だけにして1枚Keepして残り260枚は中国人の知り合いに託しました

 

私とすれば運営と換金するのも友人と換金するのも変わらないので

 

2026・02・01・23:30

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ささやかだが全員揃った

最出発した新生飛行倶楽部の発足パーティーでした

 

パーティーは口実でカジノでひと儲けするのが倶楽部員の目的です

 

清算事業は当然の如く幾つかの裁判もあって約1年かかりましたがオールクリアになりました

 

会員数は20人

 

負債ゼロ

 

倶楽部機はハワードDGA15P・ダグラスA1Dスカイレーダー・べランカ14-13クルーズマスター・Steen  super skyboltの4機

 

倶楽部シェア機は全部売ってゼロになりました

 

大きな格納庫も無事処分出来て借金もなくなりました

 

残念ながらまだ倶楽部の新ベースは未定ですが機はAPVで預かってます

 

2026・02・01・20:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

APVで下働きしてたが

バイト諸子のお蔭も有って地中海の底から上がって来た部品達がもう直ぐ一応は珊瑚だとか貝殻だとか錆だとか取れて綺麗になります

 

次からはサブAssyされてる物をバラして綺麗にして部品ひとつひとつを3D測定します

 

長年海水に浸かっていた物は飛行可能機にするレベルを目標とすると再使用はほぼ100%無理です

 

が 形が有れば再製作は可能 そう云う意味で私が今してるのは重要な事なのです

 

今日も朝7時から16時まで友人にレクチャーしながら、錆&海のゴミ取りにいそしみました

 

コンドミニアムに戻って着替えたので飛行倶楽部の再出発のパーティーとカジノに行きます

 

2026・02・01・18:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケミカルストリップ

中古車屋のヤードで見つけたボロボロのナッシュメトロポリタンコンバーチブル1954を全バラししてケミカルストリップ槽にどぶ漬けして地金を出しました

 

錆までは完全に落ちないが中和剤入りのウェットブラストで下地や軽い錆びなどを吹き飛ばしてました

 

床など数ヶ所を切り貼りしたり、凹みをたたき出してパテ盛ったりして下地・下塗り・中塗り・仕上げ塗りしてクリア吹きます

 

エンジンは同系亜種の日産A14を全部新品で組んだチューンドエンジンを換装します

 

コツコツやります

 

2026・01・31・23:00