蔵のスキンヘッドおじさんのブログ -2ページ目

Pitcairn PCA-2レプリカが来た

実に精巧な再現力で且つ現代技術がふんだんに盛り込まれているレプリカ機が来ました

 

4枚のメインローターは木製からカーボンコンポジット

 

フレーム構造はチタン&超ジュラルミン

 

外皮は超ジュラルミン

 

エンジンは外注らしいが新品かと思う様なコンチネンタルJ6-9

 

この機の強度&重量計算したのが当時11歳の今回のナビゲーターだと云うから驚きだ

※あの子はある種の天才だと思います が エンジンについての知識 操縦技術がある訳でも無い まだまだ総合的には未熟な人間です

 

午前中総点検して午後にはエンジンかけて試運転します

 

これから100マイル程度の試験飛行を数度するつもりです

 

2026・02・07・12:35

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友人がA-6を復活させて呉れた APVに来る

何処で仕入れたのか?新品エンジンを載せたA-6Eが復活しました

 

全体的によれてる感はあるけど長年使い込まれた機体なので仕方無いです

 

それでも最終生産機に近く1997年まで使われた20年選手です

 

機は青が入った灰色に再塗装されて見た目はピカピカ

 

飛んで来た感じでは絶好調だったらしい

 

A-6イントルーダーはベトナムから1997まであらゆる戦争や紛争に参加した割りに生産機は700機に満たない つまり1機1機が濃密な使われ方してた訳でシンプルイズベストの傑作機だったと云えます

 

流石にジェット機飛ばすとなると免許どうのこうので無く教習を受けた方が良いのでスケジュール組みます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサ回り 2週目5日目 シアトル

今日は本当はお休み、休日買い取りで出勤でした

 

 

ドサ回り無事終了しました

 

事業は実に順調で急な問題無かったので1H残業で止めてくれた

 

TVLには2Hの飛行ですが天候が悪くて迂回する場合も有るとライン来てました

 

シアトルも海産物は豊富、何時も飛行機にはクーラーボックス積んでいるので魚と貝・甲殻類を買い込みました

 

2026・02・06・17:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003 パイパー マリブ PA46-500T

契約がまとまったので発注

私はファッションに基本無頓着です

 

 

David Taylor のポリエステル綿の入ったキルティング裏地のあるネルシャツはお気に入りで愛用してる

 

1980年代から1990年代に新品で20枚以上買った物を大事に使い続けている

 

飛行機仲間・車仲間・バイク仲間・馬仲間でも不動の人気で今でも愛用されてる

 

 

流石に朽ちて来た

 

で 複製品を作る事にした

 

柄は私の持ってるので好きな柄3種、サイズはXLのみ

 

生地の厚さはオリジナルよりやや厚め、中綿は最新の暖かいモノを選びました

 

オリジナルはあの時代の物はバングラデシュ製でしたが、発注先は日本です、縫製糸も厳選して貰いました

 

たった500枚なのでそこそこのお値段しますが友人達も喜んで呉れる筈です

 

2026・02・07・06・08:30

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサ回り 2週目4日目 ポートランド

今日は早出・昼食ミーティング・残業2Hでした

 

これから移動しますが本当は此処でもう1泊して行きたいけれど

 

明日も早出らしいので移動します

 

ポートランドと違い大都市で味もへったくれも無い街です

 

美術館の近くの常宿に行きます

 

2026・02・05・18:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まけ」の子数人の共作 Kuznetsov NK-12MPM

航空工学や材質学・構造力学等工学部系の「まけ」の子5人にKuznetsov NK-12MPMを有効利用の為に大型多用途ターボプロップ単発機の設計をさせてみた

 

大乗り気で5人の共作が始まりました

 

ターボプロップエンジンの大型機の代表と云えば

古くはピラタスPC-6C・ヘリオターボクーリェ・アントノフAN-3・デハビランドターボオッター

そして大ヒット作セスナ208

今はピラタスPC-12とかデナリ・パイパーPA-46系・Quest Kodiak・コンプエアー8とか

 

PC-12・デナリ・PA-46は乗用専門で汎用性は低い低翼機

 

目指すのは高翼の汎用性の高い機体

 

最低16人乗り(パイロット1名含む)、ペイロードは2000kg

 

若い頭に期待しています

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサ回り 2週目3日目 サンフランシスコ

サンフランシスコはオール定時の会社

 

16時に終了して

 

速攻で飛行機に乗りポートランドに来ています

 

サンフランシスコB社はとても順調です

 

話は変わりますが

私の手を離れたサンフランシスコA社は分解しました、バラされて3つの会社に売られて無くなりました、思ったより早かった

 

私が預かって直ぐ始めた幾つかの新規事業はその会社では消滅したので、人員を引き受けて4つの小さな会社を設立して社長を取り敢えず引き受けてます

 

2026・02・04・18:30

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシアの友人から情報あり #2

船便の待ち時間が有ったらしくてやっとAPVに着きました

 

写真では見ていたけれど想像以上に良かった

 

タイプもF-8戦闘爆撃機だと分かりました

 

弾を食らった跡も無く不時着の原因は燃料切れかエンジン不調だと思います

 

不時着も非常に上手で大きな損傷も無かった

 

パイロットも生還したらしくて操縦席は空、風防もキチンと閉められていたらしい

※これは内部の保存状態を最高に保つ事になる

 

早速清掃作業にかかって貰いました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサ回り 2週目2日目 ロサンゼルス

今日は早出・昼食ミーティング・残業1Hでした

 

とても順調でした、何の問題も無しです

 

今日はサンフランシスコまで移動します

 

なので残業も1Hだった

 

サンフランシスコは養母の家があったので知り合いも多数います

 

これから行ってもまだ宵の口なので隣の家のマークの姉ちゃん(今は後家でばあさん)でも訪ねてみます

 

2026・02・03・17:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マニア&コレクターの死 #6 設計図コレクター

元飛行機の設計屋で設計図コレクターの知人が亡くなった100歳にもう少しだった

 

1929年生まれで飛行機の免許取ったのが16歳1945年の事

 

1951年22歳で某有名工科大学を出て、1994年65歳まで勤め上げた

 

彼は大型機志望で最初から携わったのはDC-8・DC-9・DC-10

 

ダグラスからマクドネル・ダグラスになったのが1967年一番波に乗ってる次期でMD-80・MD-90などに係わり

 

KC-10で初めて軍用の大型機に係わり、最後はC-17の統括責任者(平の取締役)で最後だった

 

ダグラス、マクドネル・ダグラス、もう何年か頑張ればボーイングの社員にもなれたのにって云うとボーイングはダメ、ダグラスとは飛行機作りの基本精神が違うから ってよく言ってた

 

彼の集大成10TBのハードディスク2つに入った設計図いっぱい

 

奥様からコピーさせて貰いました

 

コピーは更にコピーして計4Set作り2Setは保存用、1SetはAICADと連動用、もうひとつは家の外部とは繋がってないPC用にしてます

 

私の設計の神様みたいな人だったのでとても残念 悲しいけれど人は死んでこそ花死なない人は醜悪だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026・02・02・22:00