人生折り返し地点
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小学5年生

小学5年生の誕生日のプレゼントとして

マッチのアルバムを買ってもらった。

ググったら’RISING ’というタイトルだった。

1983年4月1日発売。

 

あれ?4年生だったか?

レコードではなく

カセットテープだった。

伸びるほど聞き 今でも口ずさめる。

いい曲ばっかりだったなあ

 

ジャニーズ事務所というドル箱に

名だたるヒットメーカーたちがこぞって

作詞作曲編曲を手掛けるんだね

 

ほんの1年前までは

旧ジャニーズの若い男の子の顔は

みんな同じような顔に見え

歌だってダンスだって

似たような感じだなあ

って思っていたけど そこは

研究され尽くした女心の

集大成だったんだよね

 

「POPてのはレベルを

下げることなんかじゃない

研究と練習の階段を

上りつめた先の狂気だからハンパない」

 

とSKY-HIさんもD.U.N.Kのとき

海人さんのPOPSTAR in the KINGDOMで

歌ってらっしゃいましたもんね

 

「俺もアイドルだし

 お前もアイドルのアイドルさ

 大丈夫いこうぜ カイト 

 Let’s GO!」

って めちゃめちゃかっこよかったなあ

 

ちゃんと聞けば ちゃんとわかる

耳なじみのいいメロディラインも

聞き心地のいい決め台詞も

計算の先に構築されていたんだね

 

そのマッチのアルバムと一緒に

谷村新司とかぐや姫のベストを

父が一緒に買ってきて私にくれた。

今となっては本当は父が聞きたかった

んだろうなと分かるけど

あの時は’なんでこれ???

’と思いながら聞いてたな

いい曲だったもんね

 

その辺りから私の中に

フォークが入ってくる

長渕剛、アリス、いるか、

さだまさし、中島みゆき

 

そしてテクノも入り始める

YMO、大瀧詠一、EPOとかね

 

ラジオから入ってくる音楽を

聞きまくる日々。

そんな小学生だった。

 

 

 

小学4年か5年生

小学4年か5年生のころ

マッチのブルージンズメモリーの

シングルレコードを買ってもらった、

と記憶している。

私が手にした初めてのレコード。

 

記憶が定かでなかったのでググってみると

1981年6月12日に発売とあったので

もしかして

ブルージンズメモリーじゃなかったかも

だし、小学2年生だったのかもしれない。

 

でもなー

「さよならなんて言えないよ、、、

   バッキャロー」

だったのは だったんだよなー

 

たのきんトリオの全盛期で

クラスは

としちゃん派とマッチ派に二分され

(よっちゃんごめん、今は好きよ)

根暗で陰気で無口な私もレコードなんて

買ってもらったんだな。

 

その頃は、歌番組も

月曜日はトップテン、

水曜日はヒットスタジオ

木曜日はベストテンとたくさんあって

巨人戦のない日はずっと見てたなあ

 

あとはラジオも有線放送も

なんか電話でヒットソング聞けたりして

80年代のアイドル全盛期を堪能したかも。

なにげに演歌も好きだったし。

 

テレビの前にカセットレコーダー

スタンバイして

息をひそめて録音したなあ

そんな 私の

no life no musicのスタート

 

聖子ちゃんもマッチも明菜ちゃんも

チェッカーズもおにゃこクラブも

今でも聞くとあの頃に戻れる

根暗で陰気で無口なあの頃の私に。

 

 

セトウツミ

何度もaiさんにお勧めされ

 

だいぶ前にチラ見した「セトウツミ」

 

若者が見るやつね、とそのときはすぐ終了。

 

 

先日無性に「忘却のサチコ」が見たくなり

 

一気に駆け抜けたあと


葉山くんつながりで推してきたので

 

見てみることに。

 

 

 

”結論→サイコー”

 

 

 

いやあ なんでしょうか、


かっこよすぎるんですけど。

 

2周しても想いは成就せず

 

とうとう何年振りかに


ブログにしたためることにしました。

 

 

第8話の「絵しりとり」に心わしづかみにされ

 

久々に大爆笑。

 

これだけで大儲けした気分だったのに

 

最後には重たいもん放り込んでこられて

 

何とも言えないいい気分になりました。

 

 

全然世代は違いますけど、


あの頃を思い出しちゃいますね。

 

ことばにはできないあの日々。

 

奪われ、与えられ、泣き、笑い、


失い続けた日々。

 

うまく表現されていて 苦さと一緒に

 

バカだったあの日々に


戻れたような気になりました。



友人のいない人生を歩んできましたが


ここへきて


何も考えず、オプションつけず、


ただ横に座り佇み合える人が


いてもいいなあとまで思っちゃいました。



まあ すぐめんどくさいなるんでしょうけど



納まりきらず、映画も拝見しました。


池松くんの声が素敵でいつまでも


聞いていたい


だけど、苦い日々は蘇りませんでした。



葉山くんすごい人なのでは?


いやあ いいもん見たなあ


いまさらですけど。



 

 

 

 

 

 

 

 

ノースライト

埋めること

足りないものを埋めること


埋めても埋めても足りないものを

ただひたすら埋めること

 

 

 

せっかくめずらしく

平積みの新刊を購入したのに

(キャー横山秀夫先生の新刊よー

と小躍りして買ったのに)

帰宅後 帯の 「一級建築士」と

書かれてあったのを見たとたん

読めんくなった

 

読書タイムまで仕事のこと

思い出したくないざんす

 

と、ながーく本棚にしまっておりましたが、

ちょっと心に余裕ができて読んでみました。

 

 

まあ泣きました。

そしてお決まりの2度読みをしました。

建築士が主人公ではありましたが

仕事のことなんて微塵も思い出しませんでした。

新刊のうちに読んどきゃよかった。。。

 

藤宮春子さんが

本当にいらっしゃるような気がして

そんな生き方が実在する気がして

心がきりきりしました。

 

失うこと

失ったものの対価が見つからないこと

それでも生きなくてはいけないこと

 

形を変えいろんな人生にフィットする

これは名言中の名言でした。

 

なにかブラックホールに蓋をするような

埋めても埋めてもなお傍らから

穴が開いていくような空虚

 

想像ならできる

いくらでも

 

人生のようだとかそんなんじゃなく

もっと異次元の空虚

 

息詰まると諳んじる、

頭の中で何回も。

 

ああまだわたしは大丈夫と

思わせてくれる。

 

 

 

現場短歌26

『形かえ いつもいつでもホットライン

 よきも悪しきも恩恵を受け』

 

 

先輩が昭和40年頃に建設された建物の

 

解体の見積をされいています。

 

手書きの内訳書をみていると

 

当時、パソコンもなく、携帯電話もなく

 

段取り本当に大変だっただろうなあと。

 

先人が切り開いてきた道。

 

大腕を振って歩いているつもりではないけど

 

少し。。。

 

だいぶん。。。

 

謙虚な気持ちになりました。

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