【所属欲求と承認欲求】
前回のさらに続きです。
ここまで書いてくると分かるかと思いますが、承認欲求と所属欲求はかなり密接に関わっています。
どちらか一方では成り立たないような関係です。
当たり前ですね。
承認されるには、承認してくれるコミュニティーの存在が必要なのですから。
マズローの欲求五段階では社会的欲求と承認欲求は一つ次元が異なっていますが、現実を考えると、この二つはほぼ同格な心理的欲求です。
少し時代背景から考えていきます。
高度経済成長期の日本社会はいかにして社会全体を発展させるのかという社会心理であり、個人が個人として評価を得るためにスタンドプレーに徹して承認欲求を求めることよりは、社会の一員として、家族や会社、出身校、地域社会のメンバーシップであることが優先されていて、集団としての一体感を重視する社会でした。
ですから、会社の飲み会のような文化が強くあったのでしょう。
つまり、社会の一員であるという所属欲求を全員が共有し、満たしあっていたわけです。
もちろん、当時にだって個人主義で承認欲求が優位だった人もいたでしょう。
集団への所属は束縛の裏返しでもあるのでそういった人は生きづらい社会だったでしょうね。
それが、70年代に入ると、集団心理の欲求にパラダイムシフトがおこります。
所属していることに満足するより、褒められることを求めるように。
成果主義や自己責任という言葉が台頭し始めたことがその象徴です。
しかし、承認欲求が所属欲求に取って代わることはありません。
その人ごとに所属と承認どちらが強いかは違うわけですが、70年代までは承認に目が目けられていなかった、あるいは、所属と承認に区別がハッキリとなされていなかったのかのかはわかりませんが、とにかく承認に目が向けられ、承認のほうが重要なように扱われはじめたのです。
その結果、どちらが大事というわけではありませんが現在、社会は承認に目が生きがちな社会で、それを求める人が多くなっているのです。
〔続きへ〕