一番好きなナッツは?

 

ナッツ類はあんまり好みではないのです

アーモンド、クルミ、カシューナッツはほとんど毎日……

 

ピーナッツはナッツ類には入りません

同じくほとんど毎日食しています……

 

私の場合―――

 

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2024年7月22日(月)

こんにちは雪月 剛(ゆづきごう)です。


きょうも今朝アメーバさんより寄せられている

 「 リブログ 」……

 

〈 原文に段落行間隔らの改定を施しています…

 

ブログ中にある

「 オッペンハイマー氏 」

は…

 

 少し前に

アメリカ映画アカデミー賞受賞

   ふたたび社会的話題浮上…騒然!!……… 〉

 

2023年7月22日(土)

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エノテラ

 

 

2022年7月22日(金)。

 

実験どころではない!!

 

                       実際に原爆を落とされた街―――

 

1945年8月6日〈 ヒロシマ 〉

8月9日〈 ナガサキ 〉!!

 

2020年の同日が間もなくやって参ります。

画像 #少し前の事と思ったら〇年前だった の記事より

核の時代の夜明け、 

そして、

二度と来る必要のない場所--------

 

                                  テーマ:

 

『 日本って不思議な国? 日本人って不可思議な人種!?』

新パート13 
「 雪月 剛のブログ159 」パート90

 

前回、

ソフトボール大のプルトニウム! 

トリニティとは三位一体の意という

-----の

つづき

 

 では―――――


核の時代の夜明け

 

 実験は、

7月16日午前4時に予定されていた

が、

前の晩の雨の影響で遅れていた。

 

オッペンハイマー、グローブ、ベインブリッジら

は、

渋い顔をしていた。


 軍事的理由

から、

これ以上遅らせるわけにはいかないという焦りもあった

が、

 

キャンセルとなれば

ワイヤーの大部分を取り外さなければならない。


 23キロ離れた丘の上

では、

 

フェルミの他に、物理学者のエドワード・テラー

リチャード・ファインマンといった重要人物も実験の開始を待っていた。


 他にも、

見学者のなかには、ドイツ生まれの英国人物理学者

で、

 

実は

ソビエトのスパイだったクラウス・フックスの姿もあった。


 新たな開始時間は、5時半に決まった。

 

現場から

南へ8キロ離れた倉庫で、オッペンハイマーが秒読みを監督した。


 スピーカーから秒読みの声が流れ、全員が渡された溶接ゴーグル

や、

溶接用ガラスを段ボールにはめたものを準備した。


 爆発を直接見てはならないという命令だった。

 

最初の爆発が起こった後で、向き直って見ても良いと言われていた。


 スピーカーの声が届かない遠くの丘の上で待っていた人々

すっかり待ちくたびれて、5時半になる頃には背を向けて

 

自分の車へ戻ろうとしていた。


その時、

辺り一帯がパッと明るくなった。


核の時代の幕開けを目のあたりにした人々の証言

は、

驚くほど一致している。


 突然

 

昼間の太陽よりも明るい光が差して、すぐそばの藪から遠くの山

まで、

谷全体が照らし出された

が、

 

 真っ白な光

 

その

後ろに広がる闇と鮮烈なコントラストをなしていたという。


光のなかで

 

卵のような左右対称の固まりが一瞬のうちに膨れ上がったかと思う

と、

 

すぐにつるんとした形は崩れて

混乱した雲となり、

 

そこから火の柱が上昇した。


それは

空の上で広がって、映像などで見慣れているキノコの形になった。


 ほんの数秒間、

 

雲の中を照らした奇妙な紫の光

は、

塵のなかを制御不能になって飛び交う放射線の輝きだった。


 その後、

温度が下がって雲全体がオレンジがかった赤色に変化した。


「 笑っている者もいれば、泣いている者もいました。

     

 けれど、

ほとんどの人は沈黙していました 」

 

と、

オッペンハイマーは後に語っている。


 「 そのとき、 ヒンドゥー教の経典 

 

『 バガヴァッド・ギーター 』

1節が頭に浮かびました。

 

 『 私は今、死となり、

     世界の破壊者となった 』 」

 

2度と来る必要のない場所

 

 私は、ホワイトサンズ

広報担当者ドリュー・ハミルトン氏に案内されて、

 

 トリニティ実験場を訪れていた。


ゲートを入って、わずかに下方に傾斜した砂漠を徒歩で降りる

と、

   ガジェットが爆発した現場に到着した。


 爆発でできたクレーターは、意外と浅い皿状のへこみだった。 

 

最も深い地点でも、わずか3メートルの深さしかない。


 爆弾は塔の上に置かれ、

地面から爆弾までは30メートルもの距離があったからだろう。


立ち上った柱と巨大なキノコ雲のほとんど

は、

砂漠の砂だった。

 

 爆弾を乗せた塔も、数百メートルの銅線

も、

 

もちろん

ガジェット自体も空高く吹き飛ばされて消滅した。


ガジェットのなかに入れられた

 

重さ5.8キロの核物質のうち、

 

実際に純粋なエネルギーに変換され、

 

TNT火薬で21キロトン分の破壊力を持つ爆発を引き起こしたもの

は、

  紙クリップほどの質量しかなかったと推定されている。

 

爆心地跡

には、

高さ3.6メートルの黒い溶岩でできた記念碑が建てられていた。

 

1960年代半ばに、ホワイトサンズ

東の外れに広がる溶岩原で掘り起こされたものだそうだ。


 記念碑には

 

「 トリニティ跡地、

1945年7月16日に世界で最初の核爆弾が爆発した場所 

 

 と書かれ、

 

その下には 

「 国定歴史建造物 」 と書かれている。

 

エクレス氏

は、

トリニティ跡地をベツレヘムに次いで

 

世界にとって

重要な土地だと言い張る上官がいたと話してくれた。


 ベツレヘムと言えば、キリスト生誕の地である。


何を馬鹿なという気がしないでもない

が、

 

よく考えてみれば、

 現代世界はここから始まったと言えなくもない。


1945年以降のあらゆる国際紛争、 あらゆる冷戦の悪夢、

 

核に怯えた指導者による妄想じみた

軍拡競争…


事故が起こるたびに自滅へと一歩近づく

人類…

 

 教室の机の下に隠れるだけではすまないのではないか

疑う子どもたち。


トリニティ実験がもたらしたもの

は、

 

これら全て

に、

 焼け焦げたつる草のように取りついている。


「 多くの人たちが、この場所を訪れる機会

ずっと待っていたんだと言います 」。

 

 ゲートを閉めながら、ハミルトン氏はそう言った。


 「 でも私の経験から言う

と、

  

 トリニティは1度訪れれば

もう

2度と来る必要はない場所なんですよ 」


 なぜなら、

 

トリニティ実験場は、その人にも取りついてしまうためだ。


文=BILL NEWCOTT/訳=ルーバー荒井ハンナ

 

  

次回 

「 雪月 剛のブログ160 」 パート91

は…

  

 比較対象である

デイビット・J・ディオニシ(1963年~)氏の話となる。

 

    2020年7月22日              


                雪月 剛(ゆづきごう)

 

七夕2020_私のお願い事

――以上がリブログ……

まことに

      ありがとうございました。

あなたが守り抜きたいものは?

 

信念と真実!!――――

 

 

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2024年7月21日(日)

こんにちは雪月 剛(ゆづきごう)です。
 

今朝アメーバさんより寄せられている

二編目の「 リブログ 」です…… 

 

原文に段落行間隔らの改定を施しています…
どうぞ

よろしくお願いいたします~~~

 

2023年7月21日(金)

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画像 #理不尽だと思ったこと…赤い靴下、アリ?ナシ? の記事より

 2022年7月21日(木)。
 

きょうも今朝 

アメーバさんより二編の「 雪月 剛のリブログ 」

 寄せられています……

 

いつも

 いつも ほんとうにありがとうございます。

 

まずはそのうちの一遍――――

 

真相が明らかになるのはいつの日か-------!?

テーマ:

『 日本って不思議な国? 日本人って不可思議な人種!?』

新パート17 
「 雪月 剛のブログ164 」パート95

 

前回は、

▼本日限定!ブログスタンプ 

「 今日は幽霊の日 」 

中に入れました

が、

 

八月十五日も近いことと、第二次世界大戦敗戦、

及び

原子爆弾に関するお話をずっとしてきています

ので、

 

前々回に引き続き、

そのままで続行をして往きます。


以前にも、

ブログで扱ってはいると思います

が、

 

繰り返し過ぎるというような問題ではない

思料します

ので、

 

ホンの一部にしか過ぎません

が、

改めてまたここ

引用掲載をさせていただきます。

 

〈 今後何かと、結構、メリ―ランド大学のマッケルディン図書館

   出て来ますのでどうか記憶をください 

 

松浦総三

(1914年~2011年)

著、

〖 松浦総三の仕事② 戦中・占領下のマスコミ 〗

1984年。

大月書店より


第八章  二十七年目の証言 178頁~

アメリカにある検閲の墓場

 

~~~前置きがすこしながくなったが、私は1970年の夏

から

 「 東京空襲を記録する会 」事務局長におされて、

 

東京空襲・戦災にかんする資料を集めて刊行することになった。


 東京空襲・戦災は世界史上最大の大火となり、

一夜に

10万人が殺された。


しかし、

天皇の軍部や内務官僚による戦中の報道弾圧のために資料

 

日本には少なく、

 

やむをえずアメリカのカリフォルニア大学図書館、

ワシントンの議会図書館、 国立公文書館、

メリ―ランド大学のマッケルディン図書館などへ

行き、

 

さまざまな

資料を寡集するために1ッか月以上アメリカに滞在した。

 

~~~   と続いていく・・・・・


 ~~マッケルディン図書館の地下室のある

イ―スト・アジア・コレクション、

 

別名、

ブレンジ・コレクションはGHQ民間検閲局(CCD)

  高官ゴ―ドン・ブレンジなる人物の名に由来。

 (1945年~1949年のあいだ図書館に集めた)

 

ゴ―ドン・ブレンジ

(1910年~1980年)

  映画 「トラ・トラ・トラ」 の原作者という~~


 元CCD職員クック女史

 

~~このイースト・アジア・コレクションのある地下室

には

 

アメリカ人と結婚した、

  クックという45歳ぐらいの日本人女性がいた。~~


 189頁   文芸春秋

~~総合雑誌ナンバ―・ワン 『 文芸春秋 』 の検閲

クロ―ズ・アップしてみよう。

 

占領下の

『 文芸春秋 』(1945年10月号、戦後復刊第一号)

 

表紙がザラ紙、三十二ペ―ジで永井龍男編集

だが、

 

 おそらく

 

まだ

占領軍の検閲は完全ではなかった時期である。

 

(『 文芸春秋三十五年史稿 』 によれば、戦後復刊第一号、第二号

は、

     同社にもないとのことである )。


だからというのではない

が、

敗戦直後の 『 文芸春秋 』 第一号

には

 

 とてもおもしろい原稿ばかり揃っていた。


藤樫準二の 「宮中秘話」 

という

天皇の防空壕について書いたものがある。

 

一部分を引用してみよう。


「 現在陛下のお住居たる御文庫

防空室も既に東条時代に完成していた。

  

御文庫の地下室

一トン級の爆弾位なら一向に心配する必要はなかった。


  また

地下廊下続きの防空室は艦砲射撃のも耐えるほどの堅牢なもの

で、

   

爆弾なら十トン級までは差し支えないと誇っていた。


  この防空室は

 

御文庫の裏の丘下に設けられ、経費約百三十万円

 

(当時の私の月給は八十円。 だから約二百億円――引用者)、

 

兵延二十万人五十日間昼夜兼行で

動因、
   軍部の手で完成された。


  内部は銑鉄コンクリ―ト製で、通信、電機の設備室を充て、

 

聖上御用の部屋は六十平方米、

     

ここで

終戦の御前会議や最高戦争指導者会議が開かれた。」


―ここで、

松浦総三氏ご本人の文章に戻り――


 

いってみれば、

 

日本支配層は艦砲射撃でも平気な室

戦争を国民にけしかけ、

 

  国民は身に寸鉄もおびず、バケツリレ―で焼夷弾に向かってゆき、

 

一夜に

 

十万人も焼死した

のが、

三月十日の空襲という結果を生んだのであろう。 

  

・・・・・とある。


文章の中を少し飛ばし 

 

~~~マッケルディン図書館

には、

 

戦後第一号から1949年までの 『 文芸春秋 』 

全部揃っている。

 

おそらく

日本の図書館でもこの時代の 『 文芸春秋 』 

揃っているところはないのではなかろうか。 

 

~~~ と続いていく・・・・・


 179頁、

( 伏字を残させないやり方は占領軍の発明である、

   という点で共通している?? )

 

この点については本書第二章三でくわしく述べた。


 削除された×と○を残さぬ

  ”残酷でスマ―ト”な検閲

は、

 

残念ながら

アメリカ軍によって発明されたのではなくて、


天皇の特高警察によって1936年(昭和11年)秋ごろから

計画され、

  

39年ごろには完成した方法である。

 

アメリカ占領軍

は、

その天皇制特高の ”残酷でスマ―ト” 

方法を真似したに過ぎない。


 何故

大勢の文化人に、こんな簡単な事実が見落とされてしまったのか。

 

理由は第一

に、

戦中・戦前の弾圧は検閲などという生易しいものではなくて、

 

違反すれば投獄や拷問という弾圧にあい、

 

生命の危険さえあったので、検閲についてはみのがされたこと。


 第二に、

戦中は天皇制軍部の検閲について私語することや日記をつけることさえ

タブ―だったのに、

 

占領下では活字にさえならなければ、占領軍の検閲について語ること

自由だったからであった。


 第三に、

日本人という民俗は被害者意識ばかりが強く、

 

加害者意識がないことからきていると思われる。

 

日本では右も左も、悪いことは何でもソ連やアメリカにしてしまう

傾向がある。


たとえば、

アメリカ軍による東京空襲は多く書かれる

が、

 日本人がやった南京大虐殺やシンガポ―ル大虐殺について

 

語りたがらぬ国民である。


横井正一(1915年~1997年)については書く

が、

 劉 連仁(1913年~2000年)

 

〖 戦時中、中国から強制連行され、北海道の炭鉱で使役されていた

が、

     1945年7月に脱走、

 

発見される58年まで13年間、

 日本の敗戦も知らず北海道各地を放浪していた。 〗

 

 に

ついて書きたがらない。


つまり、

 

日本人が外国人にやられた検閲については書く

が、

  日本人がやった検閲は語りたがらぬ国民だからであろう――――

 


日本国は、戦勝国アメリカに牙を抜かれただけではなく、

 

明治維新後よりつくられてきた元々の土壌、 

 

日本国総村社会からくる、

日本国総忖度社会!

 

身の保身のために

は、

強制ではなくても忖度をする社会。


 大先達、松浦総三氏が謂われんとする同質のお話である

と、

私個人では、そう捉えているのです

 

が――――


一個人の私と違って

マスメディアにとても分かり易く訴え懸けておられる記事

23日に見ました。

 

その裡のホンの一部ではあります

が、

やはりここに引用をさせていただこうと思います。


 私も、

このところのマスコミ対応に何か不自然

キナ臭いものを危惧しておるものです――――

 

 嘗て、

 

フクシマ原発事件対応もそうでした

が、

現在(いま)の新型コロナウイルス禍に対処する国の姿勢と同じく、

  

我が日本国の原点に繋がっている事件だというのにです。

 

財務省職員自死を招いた

 「 怪物組織 

自己保身文化

 

7/23(木) 7:00配信

日経ビジネス

  河合 薫


今年3月、雅子さん

は、

「 真相を知りたい 」といういちるの望みを懸けて

 「 手記 」を公表し、

裁判を起こす決意をした。

 

赤木さんの手記が公開された際、

こちらのコラム

「 パワハラ死 」の遺族までも追い詰める雲の上の絶対感

でも取り上げた

が、

 

新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化していた時期と重なり、

 

 メディアでの手記の扱いは小さかった

し、


国会で取り上げられたりもしたが、どれも一時的だった。

 

悔しいけど、完全にコロナ問題に覆いつくされてしまっていた。

 

そして、今回。

 

国と佐川宣寿元財務省理財局長に対

し、

 約1億1200万円の損害賠償を求めた裁判が始まったわけだ

が、

 

またもや

東京を中心とするコロナ感染拡大プラスGo To ナンチャラ問題

 重なってしまっている。

 

 手記公開に至るまでの雅子さんの心情を考える

と、

コロナ問題に埋もれることなく、

 

一人でも多くの人に裁判の行方を見届けてほしいと心から願う

し、

 

メディアのインタビューに精力的に対応している

 雅子さんの心情をおもんぱかると胸が締め付けられる思いがする。


 赤木さんの手記や雅子さんが手記公表に至るまでの経緯を読む限り、

 

「 最初は改ざんに反対していた組織 」 

が、 

どこかで自己保身するための集団となり、

 

「 財務省を守る 」 

という目標に変容したのではないかと考えられる。

 

●真相が明らかになるのはいつの日か

 

 森友事件を通して、

 

個人がどんなにあらがってもどうすることもできない

 

怪物組織” 

出来上がっていたのではないか。


そして、

 

恐らくそれは

個人の倫理観や信念をねじ伏せ、

 

雅子さんが求める 

「 真相 」 を闇に葬ってしまうのではないか、

考えると、いたたまれない気持ちになる。

 

 「 上司も、上司の前任者

も 

『 裁判になれば本当のことを話します 』

はっきりと言いました 」

 

雅子さんの意見陳述より) 

とされている

が、

 

そこで語られる言葉

が、 

雅子さんが求めるような

 

真相

 

あることを願うばかりだ。

 

そして、

 

どうか

この裁判の行方をメディア

  精力的に報じてほしい。

 

どんなにコロナ感染が深刻化しよう

とも、


ただただ

真面目に職務に向き合ってきた

一人の職員

が、

  

恐怖に震え、

 

大切な命が奪われた事件であること

  

忘れないでほしいと思う。

 


  

 つづきは「 雪月 剛のブログ165 」パート96へ-----

 

   2020年7月27日              


               雪月 剛(ゆづきごう)


七夕2020_私のお願い事

――以上がリブログ……

この度も、

         長文をどうもありがとうございました。

あなたが守り抜きたいものは?

 

家族の健康と安全は当然のことであります

が…

  それも含め……

 

何といっても――――

 

信念と真実!!

 

 

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2024年7月21日(日) 

こんにちは雪月 剛(ゆづきごう)です。

 

今朝はアメーバさんより二編の「 リブログ 」

寄せられています……

 

まずはその一遍より~~~

原文に段落行間隔らの改定を施しています…

 

2023年7月30日(日)付…リブログ~

 

過去の思い出を振り返り投稿しよう

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画像 #少し前の事と思ったら〇年前だった の記事より

2022年7月8日(金)、

安倍元総理大臣殺害大事件以後、

 

日本の政界、それも特に自民党の実態、

お粗末さが

一気に噴出しているかに視えます

 

それは

何もいまに始まったことではありません。

 

遡って元を糺(ただ)していけば、

雪月 剛のブログで繰り返し 訴及 しているところ

明治維新時代より始まっているもの――――

 

正体みたり枯れ尾花かな…………

 

今日も今朝アメーバさんより寄せられている

「 リブログ 」…

 

2021年7月30日(金)。


7月29日(木)、

緊急事態宣言後、東京都でついに3865人の新たな感染者確認

 

これはどうしたら良いのか

と、

翌、今日30日はどこのテレビ番組〈 メディア 〉も大喧噪―――  

             

           〈 今日のコロナウイルス京都感染者が3300人と夕刻発表された―― 〉

 

緊急事態宣言中に東京オリンピック開催

〈 お祭り事―― 〉

とは 辻褄がまったく合わない!

 

道理、及び筋道の全然通らないのは自明の理ですよね!!

昨日描きました。


国が緊急事態を国民に発令しておいて、

 

その同じ口で、

世界的イベントであるオリンピックだけは開催だと言えば、

 

譬え無観客

〈 厳密に言えばこれも非常に不自然 〉

だとは雖(いえど)も、

 

そこに

モラルなんて生じる分けはありませんよね―――――

 

モラル破壊はあっても―――――


ましてや、

 

元々が、既にとっくの昔、

日本国はモラルなんか捨て去ってしまって

いて

存在なき国情なんですから――――


どんな手立て、方策を用いようとして

も、

 

根本に道理が全く適って(通って)

いない分けなのですから、

 

要するにどうにもならない、

なるようにしかならないというお話しになります。


効く!というコロナワクチン

間に合うかどうかの問題もあるでしょう

    が――――


突然に降って湧いたような新型コロナウイルス禍

で、

治験も、時間があまりにも短く、まだまだ未知だらけのワクチン――――


新型コロナウイルスワクチンは神様ではないのです。


いまのいま、国民に緊急事態宣言を早急(さっきゅう)、

及び

真剣に受け止め、受け容れて貰うためには、

 

思い切って、

 

元々が滅茶苦茶な開催である五輪中止の手段、

大英断しか外に、

 

確と国民に示す方法はない と 私雪月は断言します!!


第二次世界大戦敗戦76年後の近々でさえ、

 

森友問題、加計問題、桜観る会問題、検事黒川問題らゝの物議満載

を以て

〖 モラル 〗

とは

全く正反対であるお人のネット記事

 

 きょう7月30(日)(金) 11:00に配信をされています。

 

参照のため、ここに一部だけ引用掲載をしておきます――――


タイトル:


東京五輪開催で「 人命より国家目的を優先する 」

政府が露呈 

安倍前首相は“らしい”論法で反対派に脅しも

〈 AERA 〉


安倍晋三前首相の五輪開催に関する発言が波紋を呼んでいる。


 ■人命尊重を測る試金石


外交評論家の孫崎享(うける)さんは、

 

「 安倍発言 」は五輪に反対する人たちに

「 反日的 」

というレッテルを貼ることで反対者を抑え込もうとしている

が、

 

それ以上に 

「 危険な要素 」 をはらんでいると指摘する。


「 危険な要素 」とは

私雪月が「 雪月 剛のブログ 」

著そうとしていることと真さに変わりはありません。


それではリブログを~~~

画像 #理不尽だと思ったこと…赤い靴下、アリ?ナシ? の記事より

テーマ:

『 日本って不思議な国? 日本人って不可思議な人種!?』

新パート20 
「 雪月 剛のブログ167 」 パート98

 

 前回、  

権謀術数!?  巧妙!!

------のつづき 


第二次世界大戦敗戦が告げられた1945年八月十五日より

38年後--------

  

アメリカ、メリーランド大学マッケルディン図書館

校正刷があるのを識り、

 

1982年、コピ―を取り寄せた。 

 

とは

             既に申し上げていることです。           


  栗原貞子

(1913年~2005年)著、1946年6月、8月、自費出版。

『 黒い卵 』 

人文書院。

1983年。(占領下検閲と反戦・原爆詩歌集)よりの引用---------

 

  では―――――

 

まえがき

 

本書は、1940年から45年にかけて、

 太平洋戦争前から敗戦初期にわたる時期

私がつくった詩と短歌をあつめた詩歌集 

『 黒い卵 』の完全版です。


 敗戦の翌年、原爆の衝撃がまだつづく広島市の周辺

で、

平和と民主主義創造に向けた文化運動が始まり、

 まず 

『 中国文化 』(原子爆弾特集号)が刊行されました。


そのような動きのなかで私は1946年八月

に、

 『 黒い卵 』を3000部出版しました。


当時は、

日本の言論界は占領軍の統制の下

 おかれていました。


 すべての印刷物は広告にいたるまで検閲を受けねばならず、

 

占領軍にとって不都合な印刷物

発禁、 削除、 語句の変更を要求されました。


 『 中国文化 』創刊号も検閲によって部分的に削除され、

自費出版の 

『 黒い卵 』 も三篇の詩と十一首の短歌が削除され、


 さらに

事後検閲を心配した私の自己規制で九首の短歌を削除

し、

詩二十九編、短歌二百五十首を収めました。


 占領軍に提出した二通の検閲用ゲラ刷りのうち、

一通は

指定部分を朱で消されて返送されてきたのです

が、

 

私は

戦後の混乱期にそのゲラ刷りを失ってしまい、


『 黒い卵 』 

検閲前の形がどのようであった

か、

漠然としか思い出せず、

 長い間気懸りなままになっていました。


1960年代の末頃から、占領期についての研究がさかんになり、

 絶版だった 

『 中国文化 』や『 黒い卵 』も注目されるようになりました。


75年に、私は、

占領時代を研究しておられる袖井林二郎氏から、

 

氏が

メリ―ランド大学マッケルデン図書館に収められた

膨大な量の検閲押収文書の中

に、

 

削除の痕も生々しい 

『 黒い卵 』のゲラ刷りを見つけられたことをうかがいました。


 その後

82年に渡米された広島県出身の詩人

で、

高群逸枝研究家の堀場清子さん

同図書館で 『 黒い卵 』 のコピ―をとって下さって、

 

 82年十月、私は三十六年ぶり

に 

『 黒い卵 』の原型を目にすることができました。


私は

そのゲラ刷りを読み、これらの作品を書いた戦争中のころ

や、

 自費出版するまでのいきさつを思い出しました。


そしてその経過を書き入れ、

削除部分を復活した完全版を出版したいと思うようになりました

 

 (『 中国文化 』< 原子爆弾特集号 >

81年5月に復刻いたしました )


本詩歌集には詩三十二編、短歌二百七十首が収められています。

 

 いま読んでみると、冷や汗の出る思いさえいたします。


しかし、戦争の狂気の時代にあって、

たとえ

稚拙であっても醒めた目で戦争を見、

 

反戦のおもいや原爆の惨禍を書きとどめ得たこと

は、

若かった日々の私の歩みの証であり、

 

戦後につながる根っ子であることを意味しています。


 占領軍の検閲の実態の多く

いまもって闇包まれている現在、

 

本書はその闇を照らし出す

かすかな

光を放つのではないかと思います。


 また、

 

戦時下と占領下の言論・思想の自由の問題を考える

素材にもなるのではないかと思います。


 堀場さんからゲラ刷りを入手した前後

は、

文部省による教科書検定のあり方をめぐって、

 

 国内の怒りや近隣諸国の抗議が高まっていた時期でした。


本書を世に問いたいと思う私の気持ち

そのような中で一層強まりました。


 戦争を知らない世代

国民のなかばをこえるようになり、

 

敗戦、占領も遠くなりました。


 しかし

新たな戦前ともいえる時代を迎えるなかで、

私は、

 

日本国民がかつて経験した戦争という

  

暗黒と痛苦の時代、

 

そして敗戦と占領の時代

を、

  

今日と連続したものとしてとらえています。


一人でも多くの人々、特に若い世代の人たち

が、

 本書から歴史の教訓をくみとっていただければ、

 

私にとってこんなにうれしいことはありません。


   一九八三年五月三十日

                         栗原貞子 

 

その頃(1983年)既に、

 

 戦争を知らない世代が国民のなかばをこえるようになり、

     敗戦、占領も遠くなりました 』

なんて

栗原貞子氏が、当時の世相を仰っておられるのです。


 ですが、

このブログを描いている、きょう2020年7月30日

は、

 

日本国敗戦日1945年8月15日より数えて、

 

栗原貞子氏の謂われる

 

1983年5月までの38年間、


その上更に、また倍する37年間を加え、

  

現在(いま)のような日本社会〈 世相 〉を迎えているのです。

 

< 実体験者(被害者)の私雪月

も、 

酷い日本社会〈 国の不備 〉ここに極まれり!!

 って、 

はっきりと謂わせていただく! >


下記は、1983年8月 

『 黒い卵(1946年8月初刊) 』 改めての発刊より37年後の記事、

 

現在(いま)でもこういう記事が発信されるということ

は、

日本も、まだ まだ 

 

救われるものがあるかという希望になりますね!


やはり前回 同様、長文となってしまいます

が、

 

甚だ勝手ながら、一緒に掲載した方が、栗原貞子氏

の 

「 はじめに 」 

を 

より一層 分かり易くさせるかと 

思料をし、

 

 前回に引き続き、 

ここに抜粋引用をさせていただくことにします-------

 

アメリカが戦後も続けていた 

「 心理戦 」 

とは 

 日本には今もその影響が残っている

 

 国内   社会  2020年7月16日掲載

デイリー新潮

 

日本人はなぜ自虐的になったのか(1)


 邪馬台国の所在地、明智光秀の謀反の動機

等々、

歴史にはさまざまな謎や意見の分かれる問題がある。


 何も古代や中世といった大昔に限った話ではない。

 

太平洋戦争が避けられなかった理由についても諸説ある

し、

 南京事件についても複数の見方が存在している。

 

それは戦後の問題でも同様だ。

 

たとえば論者によって大きく立場が異なるの

が、

占領軍の行った 「 心理戦 」 への見方である。


 終戦後、

日本に上陸したGHQは日本に対して様々な 

「 心理戦 」 を展開した。


心理戦とは、ごく簡単に言ってしまえば、

 

 日本人の価値観、 思考

アメリカに都合の良いものにするための作戦

で、

 

実は戦時中からいろいろな形ですでに実行されていた。


 ここまでを否定する人はまずいない。


実行された心理戦のうち、

今日でもウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム

(以下、WGIP)

 に

関する問題はしばしば議論の対象となる。

 

これも詳細は後述するが、


要は 

「 戦争で悪いことをしたのは日本人だ 

 という罪の意識

 

徹底的に刷り込むというプログラムのこと。

 

WGIPについては、評論家・江藤淳がアメリカの公文書で発見

し、

 『 閉ざされた言語空間 』 

それを明らかにしたことで、日本人がその存在を知ることとなった。


 が、

いまでもその影響力などについては見解が分かれているのだ。

 

WGIPとはどのようなものか。また、どこが論点になっているのか。


 アメリカ、イギリス、カナダ、スイスの公文書を読み込んだ成果をもとに、

『 日本人はなぜ自虐的になったのか―占領とWGIP― 』 

著した有馬哲夫・早稲田大学教授

に、

初心者でもわかるよう説明をしてもらった。


 広島、原爆ドーム

原爆ドーム(他の写真を見る)


「 原爆投下は仕方なかった 」 という考え――

   そもそも

WGIPとはどのようなものでしょうか。


有馬: CIE(占領軍の民間情報教育局)が実施した作戦

で、

   「 極秘 」とされた文書(のちに公開)にはその目的や内容が

書かれています。

   

それを読んでいただくのが一番わかりやすいでしょう。


  1948年2月の 「 記録用メモ 」 にはこうあります。


「 敗戦の事実と戦争責任について、日本人の現在および未来の苦しみ

 窮乏の責任が軍国主義者たちにあることについて、

  

 また

連合国の軍事占領の理由と目的について、

 あらゆる

階層の日本人にはっきりと理解させること 」


このために

すでに第2段階までWGIPは実施されて

おり、

今は第3段階だ、とも記しています。


 また、

翌月の文書にはこういう文章もあります。


「 一部の日本人およびアメリカ人

が、

    原爆の使用は  残虐行為 』 である

考える傾向をなくすこと 」


「 日本人が極東国際軍事法廷の判決を受け入れる心の準備をさせる

こと 」


 原爆が一番わかりやすい例でしょうか。

 

言うまでもなく、 

原爆投下は市民を大虐殺した許されざる残虐行為です。


 アメリカによる広島市民、長崎市民の大量虐殺

で、

戦時中であっても決して許されません。


 当時の日本人でもそう感じた人は多かったのです

が、

 

これが反米感情に結びついては困る。


そのため

時には検閲を用い、また時にはメディアを使って、

 彼らは 

 

「 原爆投下は仕方なかった 」 

 

という考えを浸透させることに腐心したのです。


 その影響はいまでも目にすることができます。


たとえば

広島の原爆被害についての資料館の名前

 「 平和記念資料館 」 です。


 なぜ 

「 広島原爆資料館 」 ではないのでしょうか。


これに限らず、

原爆に関しては奇妙なまでに

  「 平和 

という言い換えが目立ちます。

  

これはWGIPによる押しつけの成果です。


 長崎のほうは 「 原爆資料館 」 となっています

が、


 そこで公開されている被爆者のインタビュー

では

 

「(原爆投下は)

戦争を終わらせるためにしかたなかった 」

  

という声が数多く紹介されています。


そんな馬鹿な話はありません。


これらも

GHQによる心理戦あるいは言論統制の影響です。


朝日新聞社屋


 朝日新聞は新聞各社のなかでも図抜けてWGIPに協力的だった

(他の写真を見る)


 戦争は8月15日で終わったわけではない。


占領後

アメリカは日本に対する心理戦を継続していた。


  彼らは

メディアを支配し、法や制度を思うままに変え、


時に

天皇までも利用して目的を達成していったのだ

 

  今回は以上ですが、このお話はつづきます-------


 つづきは「 雪月 剛のブログ168 」パート99へ-----

 

   2020年7月30日              

 

                雪月 剛(ゆづきごう)

 

七夕2020_私のお願い事

――以上がリブログ……

長文を

         まことにありがとうございました。

よく食べるのは何バーガー?

 

バーガーはほとんど食べません……

 

私の場合―――

 

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2024年7月20日(土)

こんにちは雪月 剛(ゆづきごう)です。

 

今日も今朝アメーバさんより寄せられている

「 リブログ 」……

いつもほんとうにありがとうございます。

 

〈 原文に段落行間隔らの改定を施しています… 〉

どうぞ

よろしくお願いいたします~~~

 

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ユリ

 

2022年7月20日(水)。

 

画像 #少し前の事と思ったら〇年前だった の記事より

2021年7月20日(火)。

 
日本国有史来の大敗戦日1945年8月15日

と同日、

 

2021年8月15日が、本年東京オリンピック後、

間もなくやって来ます

 

「 雪月 剛のリブログ 」 にあるよう

に、

 

残念ながら、昔も現在(いま)

も、

 

日本国社会が抱えている本質

〈 闇といっても差支えのない 〉

何も変わってはおりません。

 

私たち雪月も、

 

恐怖で苛酷な実体験の中

より

 

呆れ返るほど思い知らされ、

 

日本国

その実態(実体)を学ばされてきているのです………

 

テーマ:
 

『 日本って不思議な国? 日本人って不可思議な人種!?』 

新パート12 
「 雪月 剛のブログ157 」パート88

 

前回、『 原子爆弾雑話 』 の つづき--------

 

 では――――

画像 ゾッとした の記事より

最終章

 

科学者たちは多分出来るであろうと言う

が、

 

(は)たして

 

必ず出来るか否かは分らない仕事

に、

これだけの費用と人とをかけるということ

は、

 

 われわれには夢想だに出来なかったのである。


少し笑話になる

が、

 

我が国でも今度の大戦中、

 

或る方面で原子核崩壊の研究委員会が出来ていた。

 

そこの委員である一人の優秀な物理学者

が、

 

関係官庁の要路の人のところまで

わざわざ出かけて来て、

 

その研究に必要な資材の入手方かたの斡旋(あっせん)

乞(こ)われた。


 その時の要求

真鍮(しんちゅう)棒一本であったという話である。


冗談と思われる人もあるかもしれない

が、

 

私は自分の体験から考えて、

多分

それは本当の話であろうと思っている。


いくら

日本が資材に乏しいといって

も、

 

こういう重要な問題の研究

に、

 

真鍮棒一本渡せないはずはない。

 

ないものは

 

真鍮棒ではなくて、

一般の科学に対する理解なのである。


そして それほどまで

科学者以外の人々が科学に無理解であるということ

は、

 

 (せん)じつめた

ところ

国力の不足に起因するのであろう。


新しい日本の建設

は、

先ず何よりも国力の充実に始まらねばならない。

  

そして

本当に充実した国力から

のみ

 

新しい次の時代

日本の科学が産まれるのである。


もっともこういう風に言う

と、

 

そのようにして産まれた次の時代

 日本の科学というもの

が、

 

今日のものより

 

更に

強力な新しい原子爆弾の発明

 目指しているように誤解されるかもしれない。


しかし私は負け惜しみで

なく、

原子爆弾が我が国で発明されなかったこと

を、

 

我が民族の将来のために

有難いことではなかろうかと思っている。


「 原子核内の勢力が兵器に利用される日が来ない方

人類のためには望ましい 

   

という考(かんが)

は、

八年前も今も変らない。


今回の原子爆弾の残虐性を知ってから

は、

 

科学

 

とうとう

来るべき所まで来たという気持になった。


遠い

宇宙の果(は)ての新星の中では起っていることかもしれない

が、

 

われわれの地球上

では

 

その創成以来

堅く物質の窮極の中に秘められていた

 

恐るべき力

を、

  

とうとう人間が解放したのである。


開けてはならない函の蓋(ふた)

開けてしまったのである。


これは

 

人類滅亡の第一歩を踏み出したことになる

 虞(おそ)れが十分にある。


 今回の原子爆弾

原子火薬を使うものとして

火縄銃(ひなわじゅう)程度と考えるのが至当であろう。


この火縄銃

大砲にまで進歩した日のこと

ありありと想像し得る人は少いであろう。

  

新しい発明の困難さ

 

それが果して

本当に出来るか否かが分らない点にある。

 

一度何処かで

その

可能性が立証されてしまえば、

 

もう半分は出来たようなものである。

 

米英両国以外でも間もなく色々な型

 原子爆弾が出来る日はもう遠くはあるまい。


そしてそれが

長距離ロケット砲と組合わされて、

 

地球上を縦横にとび廻る日

人類最後の姿を想像することは止やめよう。


 「 科学は人類に幸福をもたらすものではない 

という

西欧の哲人の言葉

は、

 

益々はっきりと浮び上って来そうな気配がある。


 しかし

科学というもの

 

本来は、

そういうものではないはずである。

 

自然が

その奥深く秘めた神秘への人間の憧憬(しょうけい)の心

科学の心である。


 現代の科学

 

余りにもその最も悪い一面のみ

抽出(ちゅうしゅつ)されている。

 

われわれの次の時代の科学

もっとその本来の姿のものであって欲しい。


  そういう願いを持つ人

は、

我国ばかりではなく、

 

米国にも英国にも沢山いることであろう。   

 


  

  以上。

 

『 原子爆弾雑話 』 

は、

これにて終わる

が、 

 

中谷宇吉郎(1900年7月~1962年月)氏著 

『 原子爆弾雑話 』 

 「 原爆と秘密結社――なぜ聖地ナガサキがっ標的とされたのか 

平和教育協会・訳、

デイビット・J・ディオニシ(1963年~)著、

2015年7月、成甲書房。

 

 とを対比したとき
   

双方をともに、

より

一層更に際立たせることとなる、

 

元米陸軍情報将校デイビット・J・ディオニシ氏が解明した

真相

 

「 ディオニシ氏の調査 」 

一部を今回のブログに著わす予定であった

が、


 7月17日(金)、

ネット上に突如として、

『 原子爆弾雑話 』 や 「 ディオニシ氏の調査 」 

増々際立たせ、

 

 もっともっと

分かり易くさせてくれるであろう論説が現れ出た。


 『 人類初、75年前の原爆実験、

こうして

    「 核の時代 」 は幕を開けた 』

 

という

貴重記録の配信がきたのだ。


 であるので、

「 ディオニシ氏の調査 」 掲載を変更、

後日とし、

 

引用とはなる

非常に分かり易く著わされていること

と、

 

この命題

は、

何度繰り返しても過ぎることはない問題なので、

 

急遽(きゅうきょ)ここに抜粋をさせていただくことにした。 


< 現在(いま)は緩くなっている社会だ、

 

ちょっと資料を探せば、

    

その

原爆実験の光景を撮った

アメリカに拠る記録映画がある筈! 

嘗て

私も視聴をしたことがあるので--- >

 

 

 7/17(金) 17:42配信

 

ナショナル ジオグラフィック日本版

 

広島に原爆が投下される3週間前、

『 私は今、死となり、世界の破壊者となった 』

「 核の時代 」

 の

幕開けから0.016秒後。

 

1万コマ/秒のハイスピードカメラ

「 ファスタックス 」 

とらえた爆発のドーム。


 ギャラリー: 

人類初の核実験から75年、こうして「 核の時代 」の幕が開いた 

写真5点

 

ほんの一瞬、

 

熱い砂の上に現れた半円型ドーム

は、

  驚くほど表面が滑らかだった。

(PHOTOGRAPH VIA GETTY)

 

1940年代初期、

米国の諜報機関は恐るべき秘密を抱えていた。

 

 ドイツが原子爆弾の開発に躍起になっているという。


物理学者

アルバート・アインシュタインから

手紙

  

そのことを示唆された

フランクリン・ルーズベルト大統領

は、

 

総力を挙げて核開発計画を推し進めるよう命令を下した。


 国防総省の本庁舎ペンタゴンの建設を監督した

陸軍司令官レスリー・R・グローブス

は、

 

 理論物理学者のJ・ロバート・オッペンハイマー

科学部門のリーダーに任命した。


 実際の核実験は、ハーバード大学

物理学者ケネス・ベインブリッジが率いることになった。


 この計画のため

全米から13万人が集められた

が、

 

ほとんどの人

何のために雇われたのか知らされていなかった。

  

プロジェクトの中心となったのはニューメキシコ州の静かな町

 

ロスアラモス。


元男子校の校舎を改装した研究室

で、

 科学者とエンジニアたちが設計・開発した爆弾

 

「 ガジェット 」 

名付けられた。


さらに、

 

そこから300キロ南下した砂漠の真ん中

に、

  骨組みだけの簡単な設備が建てられた。


 ここで

最後の組み立て作業と実験が行われることになった。

 

計画

「 マンハッタン 」、

 

最初の実験は

 

 「 トリニティ 」 

名付けられた。

 

 

  つづきは「 雪月 剛のブログ158 」パート89へ----------

 
     2020年7月20日              
 

                      雪月 剛(ゆづきごう)

 

七夕2020_私のお願い事

――以上がリブログ……

長文を

      真にありがとうございました。

高級お肉を食べた日のこと教えて!

 

随分に昔のこと……

 

三重県松坂市にある超高級焼き肉店といわれる

「 和田金 」という処に立ち寄った…

そんなこと

「 あッたなァ 」

ッて

想い出してしまいました………

 

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2024年7月19日(金)

こんにちは雪月 剛(ゆづきごう)です。

 

今日も今朝アメーバさんより寄せられている

「 リブログ 」……

 

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どうぞ

よろしくお願いいたします~~~

 

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2022年7月19日(火)。

ブルースター

 

 

2021年7月19日(月)。

 

人類に襲いかかっているコロナウイルス禍の下、

 

もう直ぐ始まるという東京オリンピック

後、

 

日本国有史以来 被った大敗戦日

〈1945年〉

同日の、

 

今年(2021年)

8月15日が近づいて来ている昨今です

  が……


きょうもアメバさんより届けられている

昨日に続く

「 雪月 剛のリブログ 」です。

画像 #少し前の事と思ったら〇年前だった の記事より

テーマ:

『 日本って不思議な国? 日本人って不可思議な人種!?』 

新パート11 
「 雪月 剛のブログ156 」パート87

 

   原子爆弾雑話のつづき--------

 

 では―――――

画像 #ゾッとする〇〇 の記事より

昭和十五年、

ヒットラーが欧洲を平定して巴里に入り、

  ドーバー海峡越しに英本土を指呼

 

この間(かん)に睨(にら)んでいた

あの最得意の時期において、

 

既に

伯林(ベルリン)の悲運の萌(きざ)

見えていたのである。


 この間の消息は、

 

昭和十五年の十月、『 東京朝日 』 に書いた

 「 独逸の科学誌 」 

転載させて頂くのが早道である。

 

同僚の物理学者

で、 

 

新しい論文をよく読んでいる男

が、

 

この一、二年来 

独逸の雑誌に出る論文が著しく質が低下したように思う

という話をした。


私も

うすうすそういう気がしていた

ので、

 

直ぐ賛成して、この調子で行く

と、 

 

結局

米国が物理学界で覇(は)をとなえるようになるかもしれない

など

 

話し合ったことがある。


独逸科学の心酔者に言わせれば、

 

外に発表するのはつまらぬことだけ

で、

  

本当に大切な研究は隠している

から、

 

一見

独逸の学問の水準が下ったように見えるのだというかもしれない。


 しかし、それだ

論文を読んで見れば、

 

何となくそういう気配が感ぜられるはずである。

  

そうする

と、

 

独逸が

今度の戦争で使っている科学兵器の優秀さには異論がない

から、

 

基礎科学など

は、

どうでもよいもののように見えることになる。


 しかし私たちは、 

 

現在の独逸

は、 

 ナチに追放された偉い学者たち

 

まだ独逸にいた頃学問的遺産

を、

 

いま

力一杯に使い切っているのではないかと思っている。


  事実独逸が遺産を喰(く)い潰(つぶ)している間

 

に、

 

米国ではどんどん貯蓄して行っていたのである


あらゆる種類の元素について、

 

その原子を人工的に崩壊して

みて、

 

 その時に出る勢力

放射線の性質とを調べるという風な同じような論文

が、


いつまでも根気よく米国最大の科学誌

 

『 物理評論フィジカルレビュー 』 

毎月いくつと出ている。


見る方で根気負けがするくらい沢山の論文が出て

も、

 

 何時(いつ)になったら

それが

次の時代の勢力源として実用化されるか、

 

まるで

見当がつかない状勢で過ぎて行った。


  ところが

昭和十五年になって、遂にウラニウムの核分裂

という

 

新しい

現象が恐るべき勢力源として現われて来たのである。


 その論文が日本に届いた

のは、

 

確か

太平洋戦争勃発(ぼっぱつ)の一年くらい前であった。


ラサフォードがキャベンディシュ研究所の俊秀を総動員

して、

 

世界の物理学の主流を原子構造論から一歩

進め

原子の内部に足を踏み込ませ、

 

原子核構造論の樹立に眼を開かせてから約十年、


 それを受けたアメリカ

が、

莫大な物と金と人とを困難な実験に注ぎ続けて

 

約十年、

 

やっとこの

ウラニウムの核分裂の発見によって、

 

原子内に秘められた恐るべき力

が、

 

科学者の前

 

初めて

その姿の片鱗(へんりん)を現(あら)わしたのである。


  しかし

この現象の発見によって原子爆弾が半ば出来たのではない。


原子の性質として知られたこの核分裂現象の発見

は、

 

いわば

富士山を作っている土の粒子の性質が知られたようなものである。

 

その

土の粒子を一粒一粒集めて富士山を作る仕事

が、

本当に原子爆弾を作る仕事なのである。


  ウラニウムの核分裂の発見から原子爆弾に到達するまで

に、

 

平時だったら三十年

とか

五十年とかの年月を要するだろうと考えるのが普通である。


 実際のところ私など

も、 

原子爆弾が今度の戦争に間に合おうとは思っていなかった。


太平洋戦争勃発直前ルーズベルト

このウラニウムの核分裂の研究に着目

し、

 

 これを新兵器として使うべく、

 

チャーチルと協力して、

両国の物理学者を総動員したという噂(うわさ)をきいて

も、

 

 聊(いさ)さか多寡(たか)をくくっていた。


いくら

アメリカが金を使い 人を集めたところ

で、

 

二年や三年で出来るべき性質の仕事ではない

考えられたからである。


  ところが実際にそれが使用され、

 

やがて

その全貌が明(あき)らかにされて来て、

 

初めて今度

戦争の規模が本当によく理解されたのである。


 アメリカのことであるから、何百人の科学者を動員

し、

何千万円という研究費を使っているのかもしれない

が、

 

それにしても

 

今度の戦争

すぐ間に合うというよう

 

生易(なまやさ)しい仕事ではないはずである。


こういう風に考えていた

のは

私たちばかりではないらしい。

 

ところがそれが

 

まるで

(けた)ちがいの数字であったのである。


「 発見までには二十億ドルを費(つい)や 」 

 

 「 六万五千を超える 」 技術作業員を擁(よう)した

 

大工場の作業

が、

 

極秘裡(り)に進められていよう

とは

夢にも考えていなかったのである。


  この金額や人員の数

は、

 

航空機の生産の場合など

には、

我が国でも何も珍しいことではない。


しかし

驚異的の超速度で進められたとはいうもの

の、

 

この

原子爆弾の完成には四カ年近い年月を要している。


  そして

今年の七月十四日


「 全計画の成否を決定すべき一弾 」 

 

ニューメキシコ州僻陬(へきすう)の荒蕪地(こうぶち)

建てられた

  

鉄塔の上に吊(つ)るされるまで

は、


それが本当

全世界を震駭(しんがい)させる

  

爆弾として完成されたか否か

分らなかったのである。

 

 

つづきは「 雪月 剛のブログ157 」 パート88へと―――


  2020年7月19日              

 

               雪月 剛(ゆづきごう)

 

七夕2020_私のお願い事

――以上がリブログ……

まことに

    ありがとうございました。

好きな海鮮は?

 

海で育った私は……

 

いつもいつも海の産物ばかり

子どもの頃には辟易…全部大嫌いでした…

 

でも

大人になった時季(とき)……

 

何よりも何より自然の恵み一杯

囲まれて(満ち溢れて)いた…

 

あの当時を思い知らされています――

 

アニサキスへの不安、心配など

一度として聴いたことはありませんでした。

 

   しかし、いまは………

 

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2024年7月18日(木)

こんにちは雪月 剛(ゆづきごう)です。

 

きょうも今朝アメーバさんより寄せられている

「 リブログ 」……

 

〈 原文に段落行間隔らの改定を施しています… 〉

どうか

よろしくお願いいたします~~~

 

2023年7月18日(火)

 

みんなの回答を見る

 

画像 #少し前の事と思ったら〇年前だった の記事より

 

2022年7月18日(月)。

画像 #日本を見ていて憂うこと の記事より

2021年7月18日(日)。

 

きょうも

アメバさんより届けられている

昨日に続くお話し「 雪月 剛のリブログ 」です。

 

テーマ:

『 日本って不思議な国? 日本人って不可思議な人種!?』

新パート10 
「 雪月 剛のブログ155 」パート86

 

前回のブログ、中谷宇吉郎氏(1900年~1962年)

 原子爆弾雑話と国家無答責の法理!?-----

引き続きの抜粋引用------

 

 では―――


 

原子爆弾雑話 -----つづき

 

 今から考えてみれば、あの時それだけの研究費

を、

 

既に、

原子物理学方面の実験を開始している

専門家たちの方へ廻してもらった方

が、

 進歩が速かったことであろう。


しかし

何万円という研究費を毎年出すとなる

と、

 

やはり

その研究所の中で仕事をしなければならない

というのが、

 

当時の実情であった。


何万円というのは、

その

研究所としてもかなり多額と考えられていた時代のことである。

  

当時

 

私の教室では、原子物理学の研究によく使われる

或る装置を使って、

電気火花の研究をしていた。


それで

実験技術としては満更まんざら縁のない話でもない

ので、

 

私の所の講師のT君が私の方を辞やめて、

 

その研究所へはいって、

専心その方面の仕事を始めることになった。


もっとも

これは随分無理な話

で、

 

英米の世界一流の学者が集まって、金に飽あかし鎬(しのぎ)

削って研究している方面

 

T君が一人ではいって行って、その向うが張れるはずはない。


それで

こういう条件をつけることにした。


それは、

もともと無理な話である

から、

 

初めから英米の学者と太刀打(たちうち)

  させるつもりでなく、

 

先方の研究の発表を待って、その中の本筋の実験を拾って、

 

こちらで、そっくりその真似(まね)

させてもらいたいというのである。


 随分卑屈な話のようである

が、

 

それが巧(うま)く行って、

 

英米の研究にいつでも一歩遅れた状態で追随して行けた

大成功である。


 そうなっていれば、

 

先方で原子核勢力の利用が実用化した時

には、

 

こちらでも

比較的楽にその実用化にとりかかれるはずである。


 原子兵器の出現に遭(あ)って

から、

 

(あわ)てて

その方面に関係した器械を註文(ちゅうもん)するという

のでは

 

仕様がない。


 しかしそれに類したこと

が、

実際にしばしば起っているのである。


器械に馴なれているということ

強味は、

 

実際に実験をしたことのある人でない

 

ちょっと分らないくらい有力なことである。


もっとも

新しい下駄でさえ履(は)きづらいものであるから、

 

新しい物理器械がそう簡単に働いてくれるはずはない。


その将官の人

大変理解のある人であって、この話にすぐ賛成してくれた。

  

そして

T君が入所したらすぐ一通りの器械の註文をすまさせて、

 

欧米の関係研究室を見学させるという話になった。


 とりあえず

設備費として十万円くらいは出してもいいということである。

 

今度のアメリカの原子爆弾の研究費二十億弗(ドル)

(くら)べては恥ずかしい話である

 

が、

 

当時の我国(わがくに)として

それでも破天荒なことであった。


此処までは話は大変面白いのである

が、

 

いよいよ

T君がその研究所の人となって、

 一通りの器械をととのえるべく

 

その調査にかかった

ら、

 

間もなく

その所長が転出されることになった。


 一方国際的には、

支那事変が漸く本格的な貌(かお)を現(あら)わして

来て、

 

今更研究どころではない

という風潮が

そろそろ国内に漲(みなぎ)り出した時期である。


 それで

真先(まっさき)に取止(とりや)めになった

のは、

 

この原子関係の研究であった。

 

折角勢い込んでいたT君

 

 「 もう戦時態勢にはいったのだから、

そういう研究は止(や)めて、

   砲金(ほうきん)の熱伝導度の測定を始めてくれ 」

 

いうこと

で、

急に金属物理学の助手に早変りすることになった。

 

これで 

「 私の原子爆弾 」 の話はおしまいである。

 

誠に飽気(あっけ)ない話である。

 

ところで

 

人類科学史上未曾有(みぞう)の大事件たる原子爆弾の研究

に、

 

こういう企てを試みること

すら、

いささかドン・キホーテ的であったこと

が、

 

今度のアメリカの発表でよく分った。


 T君は

いわばいい時にドン・キホーテの役割を免ぜられたものである。

 

と言うのは、

 

 もしあの時の将官がそのまま続いて在任され、

 

どんどん研究費を出し、

 

学者の数も増やし、大いに頑張ってみて

も、

 

我が国ではとても原子爆弾が出来る見込(みこ)みはなかった

私には思われるからである。


それは

日本には原料たるウラニウムがない

とか、

ラジュウム源の貯蔵が少いとかいう問題ではない。

 

それは国民一般

 

特に要路の人たちの科学の水準

と、

 

今一つは

国力の問題とである。


私たち

が 

「 弓と鉄砲 」 

話をかつぎ廻っていた翌年

には、

 

独墺(どくおう)合邦という爆弾的宣言

が、

欧洲を一挙に驚愕(きょうがく)の淵(ふち)に陥おとしいれた。


 そして次の年には

独ソ不可侵条約が締結され、

 

秋にはもうポーランド問題をめぐって、

 

英国が

独逸(ドイツ)に対して宣戦を布告したのである。


 翌十五年は欧洲平野における大機動戦、

 

巴里(パリ)の開城、

 

倫敦(ロンドン)の大爆撃に暮れ、

 

十六年には

今次の戦争は遂に独ソの開戦、

 

米国の参戦というクライマックスに達している。


 この間

 

勿論我が国

でも、

支那事変が遂に世界戦争の面貌(めんぼう)を現(あらわ)して

来て

 

「 研究どころの騒ぎではなくなっていた 」 

のである

が、

  

英米側にとってみれば、

それこそ

日本の立場どころではなかったのである。


その間にあって

 

英米両国の原子方面の科学者たち

は、

 

  まるで戦争など何処(どこ)にもないかのように、

 

宇宙線の強さを測った

り、

原子の崩壊に伴う放射線の勢力の測定をしたりしていたのである。


この方面の実験には厖大(ぼうだい)な設備

莫大(ばくだい)な費用とを要するのである

が、

 

米国では殆(ほとん)どこの方面の研究を一手に引き受けた形

で、

どんどん施設をして行ったのである。


 そして 

 

米国の参戦と同時に 先ず行ったのは 科学研究の協定であって、

 

目ぼしい英国の学者たちは アメリカに渡って、 

それに

協力することになった。


 独逸から追われたユダヤ人の科学者たち、

    

それは

独逸の科学を建設した人たちである

が、

 

それらの人々も

 

殆ど

全部アメリカに渡って、 

甚大(じんだい)な貢献をしたのである。

 

 そういう

大事な学者を追放したヒットラー

は、

 

自分で自分の腕

切り落したようなものである。

 

 

 つづきは 「 雪月 剛のブログ156 」

 パート87へと

 

   2020年7月18日              

 

               雪月 剛(ゆづきごう)

 

七夕2020_私のお願い事

――以上がリブログ……

まことに

    ありがとうございました。

東京で1番好きな場所は?

 

 特別に

これといった所はございませんがねェ……

 

私の場合―――

 

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2024年7月17日(水)

こんにちは雪月 剛(ゆづきごう)です。

 

今日も今朝アメバさんより寄せられている

「 リブログ 」…

 〈 原文に段落行間隔らの改定を施しています… 〉

どうか

よろしくお願いいたします~~~

 

2023年7月17日(月)

みんなの回答を見る

 

 

画像 #少し前の事と思ったら〇年前だった の記事より

2022年7月17日(日)。

画像 #理不尽だと思ったこと「自己責任」 の記事より

2021年7月17日(土)。

 

今回も

アメバさんより届けられている

「 リブログ 」です。

 よろしくお願いいたします。


リブログに進める前に、私がよく取り挙げている

現在(いま)はなき筈

 

【 国家無答責の法理

( リブログ本文中にも「 国家無答責の法理 」を記しています――)

彷彿(ほうふつ)とさせる…

 

ホヤホヤ最新のネット記事を二件見付けました

ので…

 

少しばかり

長文となってしまうのは大変に申し分けないのです

が…

 

丁度一年が経った

「 雪月 剛のリブログ 」

 

是非とも 

比較参照をして貰いたいため…

 

ここに引用掲載を許していただこうと存じます。


それでは引用です―――

 

 

「 赤木ファイル 」 

国側が黒塗り職員の名前開示を拒否 

改ざんを指示した人物は一体誰なのか…

 

7/16(金) 18:46配信

読売テレビ

 

自殺した夫に公文書の改ざんを指示した人物は一体、

誰なのかーーー。

 

森友学園への国有地の売却を巡る一連の裁判

で…

 

16日――

 

国は自殺した近畿財務局職員、赤木俊夫さん(当時54)の妻、

雅子さん(50)に対し…

 

黒塗りで隠した財務省の職員の名前の開示を拒否した。


 赤木さんは、森友学園への国有地売却を巡り、

公文書改ざんに関与させられたことが原因で自殺した

として…

 

妻の雅子さんが裁判を起こし、真相の究明を進めている。
 
これに対し、国は6月…

 

いわゆる

「 赤木ファイル 」を開示した

が…

 

当時の佐川宣寿・理財局長の指示だと

して…

俊夫さんに伝えた職員らの名前は黒塗りにされていた。

 

16日の非公開協議で、国側

は、

雅子さんの請求に対

し…

 

「 公務員は個人の責任は負わない 」

などとして、

全面的に開示を拒否した。


雅子さんは

 

「 佐川さんから

『 公務員の犯罪行為はなにも咎めはないだろう 

と。 

 

それが悔しい。

 

死んだ人間にそんなこと言えるのは悔しい 」

 

唇をかみしめた。

 

赤木ファイル問題 

佐川氏「 国家公務員の個人責任ない 」発言

妻・雅子さん怒り心頭

 

7/16(金) 18:18配信

東スポWeb

 

大阪地裁

 

「 森友学園 」の国有地売却問題を担当していた

元財務省近畿財務局職員・赤木俊夫さん(54=当時)

 

が――

 

決裁文書改ざんを強制され自殺したとして…

妻・雅子さん(50)

 

国と佐川宣寿元国税庁長官(63)

に、

 

約1億1000万円の損害賠償を求めた訴訟の進行協議

 

16日、

大阪地裁(中尾彰裁判長)で行われた。

 

 国側は先月、俊夫さんが改ざんの過程を記録した

 

〝赤木ファイル〟

写しを提出した

が…

 

原告側は原本の開示を求めた。

 

原告側代理人による

と、

国側は近く地裁に提出すると応じ…

 

裁判所が確認した上で雅子さんに伝える形になるという。

 

ファイルは情報セキュリティーの観点

から、

財務省理財局や近畿財務局の職員名など

 

約400か所

黒塗りにされており……

 

原告側は

 

「 俊夫さんの心理的負荷の強さを立証するため、

尋問を行う必要がある 」

 

として、

マスキングを外すよう求めた。

 

しかし……

 

国側は「 出せない 」と繰り返し応じなかったという。

 

協議終了後、報道陣の取材に応じた雅子さん

 

「 個人情報だから出さないと言われた

が、

夫の命が奪われた時点

 

名前を明かさないというのは卑怯だと思う。

 

夫は

国民の皆さんの方を向いて仕事をしていた

のに

守られなかった 」

 

と語った。

 

一方…

協議では佐川氏の代理人から

 

「 国家公務員の個人責任はないはずなので、

どういう

過程で指示があったのかは関連性がない 」

 

いった主張もあったという。

 

雅子さんは

 

「 悔しくてしょうがない。

 

死んでしまった夫にそんなこと言うなんて、

とてもひどい。

 

ちゃんと出てきて本当のことを話してほしい 」

 

悔しさを押し殺しながら訴えた。


東京スポーツ


 

――以上です。

 

それではリブログを~~~

みかん

 

 

テーマ:

想うに――――

 

二回目の裁判日は何時に決定されたのでしょうか ? 

  

まだ

何処からも発信がなされていないようです。

 

 新型コロナウイルス禍の報道、また、それに関連した

GО・TОトラベルキャンペーンばかりが流されていても――――


一個人の裁判というより

も、

日本国の現体制〈 三権 〉を揺さぶるような裁判である筈というのにも

拘わらず…

 

私が注視している限り…

 

マスコミ報道が、心なしか、

殆ど

観られないのは一体どうしたことなのでしょうか―― 


最初の裁判は口頭弁論

で、

 挨拶程度 だから という理由からなのでしょうか!?

 

〈 詳述は割愛ですが、これで私は、嘗て酷い目に遭っています… 〉

 

 それ故、

マスコミはこぞって静観をしているのでしょうか!?

 

また今後に関して、

如何なる動静を見せることとなるのでしょうか!?

 

   しっかりと見守らせていただきます――――――

 

 7/17(金) 10:04配信の、最新情報であるホンの一部引用

から

今日のブログに入ります。

 

国と佐川氏を訴えた赤木雅子さんが語る

「 底抜けに明るかった夫 」

 

 7/17(金) 10:04配信

ニュースソクラ

 財務省文書改ざん裁判、15日から始まった


 ――第一回口頭弁論を前に、被告の国と佐川氏が答弁書を提出した。

 

関係者によると、どちらも争う姿勢を示している

が、

佐川氏側は


「  国家公務員がその職務を行うにつき、故意または過失によって

 違法に他人に損害を与えた場合、

公務員個人はその賠償の責任を負うものでない  


などと…

 

最高裁の判例を用いて 棄却を主張 しているという。


 だが、

財務省や佐川氏が指示した改ざん

は、

 

そもそも

 「 国家公務員の職務 」 

当たると言えるのだろうか。  

 

雅子さんは裁判にこんな期待を寄せる。


 国の主張を聞く

と、

改ざんの首謀者は佐川氏と断定しているようにも見えます。

 

しかし、

その先はないのでしょうか。


 佐川氏が何度も執拗

に、

現場に改ざんを求めたのはなぜでしょうか。

 

佐川氏には、

その動機を正直に話して欲しいのです。

 

 

国家公務員がその職務を行うにつき、 

 

故意または過失によって

   違法に他人に損害を与えた場合、

 

公務員個人は

   その賠償の責任を負うものでない

 

  とは、

以前より私雪月が語り続けてきている、

 

現在(いま)はなき筈―――

 

真さに

 【 国家無答責の法理  《 彷彿(ほうふつ)! 》

     と

させる問答ではあります。

 


  では引用―――――

 

原子爆弾雑話

 中谷宇吉郎(1900年~1962年)

昭和二十年十月一日

 

底本:「 中谷宇吉郎随筆集 」岩波文庫、岩波書店

    1988(昭和63)年9月16日第1刷発行

    2011(平成23)年1月6日第26刷発行

  底本の親本:「 春艸雑記 」生活社

    1947(昭和22)年

 

 初出:「文藝春秋」

    1945(昭和20)年10月1日

  入力:門田裕志

   校正:川山隆

2013年1月4日作成

  青空文庫作成ファイル:

 

このファイルは、

インターネットの図書館、青空文庫

http://www.aozora.gr.jp/

で作られました。

  入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。


 敗戦まで[ 編集 ] 

 

昭和十二年の七月、北支(ほくし)の蘆溝橋(ろこうきょう)に起った

一事件は、

その後政府の不拡大方針にもかかわらず、

 

目に見えない大きい歴史の力にひきずられて、

漸次(ぜんじ)

中支に波及して行った。


 そして、

 

十月に上海(シャンハイ)が陥ち、

日本軍が首都南京(ナンキン)に迫るに到(いた)って、

漸(ようやく)

世界動乱の萌(きざし)が見えて来た。

  

丁度その頃、私は 「 弓と鉄砲 」 という短文を書いたことがある。


切抜(きりぬ)き帖を開いてみる

と、

 

それは

十二年十一月の 『 東京朝日 』 に書いたものである。


  弓と鉄砲との戦争では鉄砲が勝つであろう。

 

ところで

現代の火器を丁度鉄砲に対する弓くらいの価値に貶(おと)してしまう

ような

 次の時代の兵器が想像出来るであろうか。


火薬は化合しやすい数種の薬品の混合

で、

    

その

勢力エネルギーは分子の結合の際出て来るものである。

 

その

進歩が行き詰づまって爆薬の出現となったものである

が、

   

爆薬の方は不安定な化合物の爆発的分解によるもの

で、

勢力の源(みなもと)を分子内に求めている。


 勿論

爆薬の方が火薬よりもずっと猛威を逞(たくま)しゅうする。


この順序で行けば、

次に

これらと比較にならぬくらいの恐ろしい勢力の源

は、

  

 原子内に求めることになるであろう。


原子の蔵する勢力は殆(ほとんど)全部原子核の中にあって、

  

最近の物理学は原子核崩壊の研究にその主流が向いている。


原子核内の勢力が兵器に利用される日が来ない方

   人類のためには望ましいのである

が、

 

もし

或ある一国でそれが実現された

ら、

  

それこそ

弓と鉄砲どころの騒ぎではなくなるであろう。


そういう意味で、

 

現代物理学の最尖端(せんたん)を行く原子論方面の研究

は、

国防に関聯(かんれん)ある研究所でも

一応の関心を持っていて良いであろう。


 しかし

この研究には

捨て金が大分要(い)ることは知って置く必要がある。


剣橋(ケンブリッジ)のキャベンディシュ研究所だけでも、

六十人ばかりの一流の物理学者

が、

 過去十年間の精神力と経済力とを捨て石として注ぎ込ん

で、

 

漸く曙光(しょこう)を得たのであるということくらいは覚悟しておく

必要がある。


  この短文を書いた頃は、

 

今回の原子爆弾の原理であるウラニウムの核分裂

など

勿論知られていなかった

し、

 

 キャベンディシュの連中を主流とした永年にわたる研究

も、

 

漸く

原子核の人工崩壊の可能性を実験的に確めたという程度であった。


しかし

現代の方向に発展して来た科学の歴史をふり返ってみる

と、

 

 順序としては次の時代の勢力の源は原子の内部、

 

即ち

原子核の中に求めることになると想像する

のが

一番自然な考え方のように私には思われた。


  分子と分子との結合による火薬、分子の破壊による爆薬、

分子の構成要素である

原子の崩壊による

 

原子爆弾

 と

並べてみて、

 

その

順序をつけるのは、勿論人間の頭の中でのことである。


ところが

本当にその順序の通りが実現するところ

に、

  自然科学の恐ろしさがあるのである。


  この短文を書いた頃の二、三年前、

私は

二、三の国防関係の要路の人に会った

時に、

 

こういう意味のことを話したことがある。


 勿論我国(わがくに)でもこの時代に

既に

理研(りけん)の仁科(にしな)博士の下

や、

 

阪大はんだいの菊池(きくち)教授の所

で、

 

原子物理学関係の実験が開始されていた

ので、

 

そういう方面からも進言があったことであろう。


しかし何十年か先のことで、

 

しかも

(は)たして兵器として実用化されるかどうかも

 まるで見当のつかない話

を、

 

本気で取り上げてくれる人はなかった。


やれば出来るに決っていることをやるのを

研究と称することになっていた

我国の習慣では、

 

それも致し方ないことであった。


  ところが、

時海軍の某研究所長であった或る将官

が、

真面目(まじめ)にこの問題に興味を持たれ

て、

 

 一つ

自分の研究所でそれに着手してみたいがという相談があった。


理研や阪大の方に立派なその方面の専門家が沢山おられる

のに、

 何も私などが出る必要はないのである

が、

 

話をした責任上とにかく相談にはあずかることになった。

 

 

 つづきは「 雪月 剛のブログ155 」パート86へ---------

 

  2020年7月17日              


              雪月 剛(ゆづきごう)

 

七夕2020_私のお願い事

 

――以上がリブログ……

長文を

        まことにありがとうございました。

 

ちょっとした幸せを感じる瞬間は?

 

普段は

日常に流されて当たり前にしている

が……

 

家族みんなが健康…無事でいることをフッと確認した

その時機(とき)!!

 

   私の場合――――

 

 

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2024年7月16日(火)

こんにちは雪月 剛(ゆづきごう)です。

 今日も今朝アメーバさんより寄せられている

「 リブログ 」…

いつもほんとうにありがとうございます。

 

〈 原文に段落行間隔らの改定を施しています… 

どうか

よろしくお願いいたします~~~

 

昨日のブログにも掲載させていただきました

が…

 

社会学者、森永卓郎氏が説かれている

【 忖度社会日本国に対する警告警鐘の論説 】

知って―――

 

 日本国にもまだまだこういう人たちはいるんだァ……

   捨て難い、微かな希望を齎せてくれます―――

 

みんなの回答を見る

 

2023年7月16日(日)

画像 #ゾッとする〇〇 の記事より

2022年7月16日(土)。

 

衝撃の安倍元総理大臣襲撃事件から一週間超………

 

ロシア・ウクライナ戦争で昨日15日、

ロシアよりウクライナに打ち込まれたミサイル

幼い子どもを含む少なくとも23名が殺戮されたとの報が伝えられる

情況の……

      

きのう きょう――――

画像 #少し前の事と思ったら〇年前だった の記事より

2021年7月16日(金)。

 

きょうも

アメバさんより届けられている「 雪月 剛のリブログ 」です。


丁度一年前の記事とはなります

が、

前回同様――

 

やはり

今日この頃の世情と照らし合わせてみてくだされば幸いです―――

 

テーマ:
 

『 日本って不思議な国? 日本人って不可思議な人種!?』

新パート8 
「 雪月 剛のブログ153 」 パート84

 

  では――――

画像 #理不尽だと思ったこと の記事より

我々

日本人にとっては非常に貴重なお話!!

 

今日より一ヶ月後、

 日本誕生有史以来の第二次世界大戦で日本国大敗北を決定した。

 

その日と同じ、 8月15日! 

またくる。


日本国

は…

 

未だ

敗戦の呪縛(じゅばく)の中で暮らしている

のが

 真実で…

 

それが

現実〈 実状 〉なのである。


 私は、

日本国の実態(実体)を裏付けるに非常に参考となる論説と出合っている

ので…

 

暫くの間をお付き合い願いたい――――
 

それは、嘗て、

私が親しく交流をさせていただいていた

 

日本国洋画壇先駆者のお一人…

 

高田力蔵画伯と同い年だったと知り驚いた。

 

1900年(明治33年)生まれの人物…

物理学者の中谷宇吉郎というお人である。


比べれば、

1963年生まれとまだお若い

が、

既にブログで描いてもいる

 

元米陸軍情報将校 

デイビット・J・ディオニシという人物が著わした

 

「 原爆と秘密結社――なぜ聖地ナガサキが標的とされたのか 」、

 

平和教育協会・訳、2015年7月、成甲書房。 

が、

実に秀逸非常に衝撃的な情報

私に齎(もたら)した。


私の話しの裏付けとして非常に参考となる…

この

お二人の論説を篤(とく)とこれから扱わさせていただく。


1937年11月、東京朝日新聞、 「 弓と鉄砲 」 新聞公表

  と… 

 

 及び

敗戦直後の1945年(昭和20年)10月1日、

文芸春秋誌

 原子爆弾雑話  

 を

公表された中谷宇吉郎氏論文

と…


 直近の2015年7月著作

で 

 

元米陸軍情報将校デイビット・J・ディオニシ氏

解明した真相とを比べる

と…


間違ってはいないのだけれど…

 

申し分けない

が…

 

故中谷宇吉郎氏

(1900年(明治33年)~1962年(昭和37年))

論説には…

 

どうしても

首を傾(かし)げざるを得ない物足りなさを見てしまう!?


 一部の有識者と称されるようなお人たちは除外…

 

問題外として…

 

子供時代より…

 

私たちは 

【 原子爆弾はアメリカの物 】 だと教えられ続け…

 

 日本に

原爆開発の事実があったなんて一切報(し)らされていなかった

実体験を以って

 

【 大人たちの偽善や嘘 】 

肌身で知らされている所以だからだ。 


繰り返しいおう――

 

大体がだ! 

 

現在(いま)の北朝鮮国にある興南(フンナム)地域だ

とか

ハンナム(市)なんて言葉自体

さえ

 

私たちは全く識らなかった。

 

〈 教育を受けた記憶が皆無なのだ 〉。


 ディオニシ氏著作

には、

ディオニシ氏調査の日本国原爆開発に携わった

主な人たち

 が――

 

何とも形容し難い

 

戦慄(せんりつ)

を以って

衝撃的にズラ―ッと並べられているのだ。   
                        
 過去、

 

私たちはそんなこと 一切教えられて

    告げられてもいない――――


真さに 

 ディオニシ氏よ ありがとう 」 

である、

 

目から鱗が落ちる。

 

デイビット・J・ディオニシ氏

史実に則って調査公表をされておられる。

 

再度!

 

 原爆と秘密結社――なぜ聖地ナガサキがっ標的とされたのか 』、

平和教育協会・訳、

デイビット・J・ディオニシ(1963年~)著、

2015年7月、成甲書房。

 

の、

 

デイビット・J・ディオニシ氏論説

(すこぶ)る大きな喰い違いを見せている

 

  原子物理学への中谷宇吉郎氏論説――――

 

当時の中谷宇吉郎氏に対する日本国政府の対応

〈 処し方 〉

 

〖 すべての真相を中谷氏に伝えることは政府、

及び

軍としては大変な危険を伴う。 

 

だから国、軍として

 

中谷氏には、

機密事項を絶対的に洩らさないようにしていた 〗 

 

のか――


それとも…

既に公表をしてしまった論文以上の話

 には――

 

その後、

実のところでは…

 

内々

 

論説差し止め命令があり、監視付きであったのか? 


そのどちらかであったか??

 

当時は、

現代社会とは全く比べるべくもない…

 

命が懸かった異次元の恐怖社会だったのだから―――


 そして--------

 

 「 原子爆弾雑話では敗戦直後

1945年(昭和20年)10月1日

  とあって…

 

戦勝国アメリカGHQの検閲

は、

占領直後のドサクサの中

で…

 

 当時は、

まだ緩かったと聞く

 

 その後――

 

敗戦国日本に対しての検閲制度

は、

  戦前の日本国以上に巧妙で厳しくなっていったという―――


そういった圧力を裏付ける… 

 

強制ではない

 

 〈 地下に潜(ひそ)んだ言論統制 〉 

という、 

私の実体験のお話!


【 敗戦後の遥か後年、私がまだ二十代の頃…

 

今ではもう故人だが 

  嘗て

親交があった大新聞社編集長

より

 

「 本当のことは謂えない…

それを

書いたら俺は会社におれなくなる

  (拙著「 告発 」に記載あり) 」


 と

教えられた恐怖

が…

 

一般的には平和と謳われている、この現代社会

さえ…

 

 未だ 

厳然として生きているといいたい。 】


 中谷宇吉郎氏のような社会的有名な立ち位置におられるお人

から

 

【 デイビット・J・ディオニシ氏調査公表の朝鮮での日本原爆開発計画 】 

 

 一切、切り出されていない

とは、

不可思議なストーリ―の一つにはなろう。 

 

 〈 日本国では、天皇の命令一下、表面上〈 建て前上 〉

では

既に途中で中止となっていたという 〉 

 

 お二人の論説で… 

 

デイビット・J・ディオニシ氏

調査論説を一段と際立たせることとなる…

 

及びまた…

私が言う推論が大変に分かり易く鮮明になることと思う

ので――

 

中谷宇吉郎氏の論説より先に話しを進めて往こう

引用をさせていただく)。


   まずは--------

 

―中谷宇吉郎 「 弓と鉄砲 」 『 東京朝日 』1937年11月 ――

より

 

 1937年(昭和12年)11月――

 

雪博士として知られる物理学者の中谷宇吉郎が以下のように述べている。

 

原子の蔵する勢力(エネルギー)は殆(ほと)んど全部原子核の中にあって、

 最近の

物理学は原子核崩壊の研究にその主流が向いている。

 

原子核内の勢力が兵器に利用される日が来ないほう

人類のためには望ましいのである

が、


  もし或(あ)る一国でそれが実現されたら、


それこそ

弓と鉄砲どころの騒ぎではなくなるであろう。

 

 

 「 雪月 剛のブログ154 」パート85へとつづく-------

2020年7月16日  雪月 剛(ゆづきごう)                                                                                            

 七夕2020_私のお願い事   

――以上がリブログ……

まことに

     ありがとうございました。

      

 

 

この夏、海に行く予定ある?

 

ホンのチョッと前には

桜…

 

直ぐツツジに切り替わったと思ったら…

  紫陽花―――

 

いまは夏の風物詩……

 

セミの鳴き声

     にぎやかになってきているところ――――

 

     そしてもう海の話題に???………

 

でも……

 

私の場合―――

 

予定はありません

  けれど………

 

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2024年7月15日(月)

こんにちは雪月 剛(ゆづきごう)です。

 

この度も今朝アメーバさんより寄せられている

「 雪月 剛のリブログ 」です。

 

 原文に段落行間隔らの改定を施しています… 〉

どうぞ

よろしくお願いいたします~~~

 

 

最近は

話題に上ることをほとんど目にしなくなっています

一時は『 ジャニーズ問題持ち切り 』のマスコミでした。

 

いま大変な

森永卓郎氏が著わしておられますところ

ジャニーズ問題

も…

 

「 雪月のリブログ 」とまったく同じ――――

 

日本社会が【 忖度(そんたく) 】に染まり切っている

そんな現実を

懸命に訴えておられることを知りました!!

 

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画像 #少し前の事と思ったら〇年前だった の記事より

テーマ:

今年はお墓参りした?

 

日本のお盆は8月13日からだったのでは???

 

なぜ、

今日なのでしょうか?

 

いずれにしまして

も、

 

私たち雪月はお盆参りはしておりません。

 

「 雪月 剛のブログ 」

著わしている通りの情況が続いている限り

 

想いはただただひとつ、

 

そこに往きたくないからであります!

 

何故って!? 

 

その町を観ると 

 

【 怒り 】 

しか

  湧いてこないに尽きるから……

 

それは、

モンテ・クリスト伯(エドモン・ダンテス)と全く同じです。

 

大魔神(映画)という存在もあります

  が――――

 

赤穂浪士の一件もあります!!

 

 私に、

スーパーマン的超能力がなくて良かったですね!

 

きのうの見出しでも書きました

が、

(く)しくも今日7月15日

は、

 

森友問題で、自死をされた

財務省近畿財務局の職員さん(享年54)――

 

そのご妻女が真相解明を求め、

 

国と、

 

改ざんを指示した

と、

ご主人に手記で名指しされた

 

佐川宣寿元財務省理財局長

今年3月に提訴をされた大阪地裁での裁判日なのです。

 

 ご妻女が尋常なく抱かれている 

 

【 憤り 】 

ご想像がいただければ、

 

私たち雪月の心情も分かっていただける筈です!!

 

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『 日本って不思議な国? 日本人って不可思議な人種!?』

新パート7 
「 雪月 剛のブログ152 」パート83

 

  では―――

画像 #ゾッとする〇〇(息子のテスト結果) の記事より
第二次世界大戦敗戦

後、

戦勝国アメリカGHQより、すべてに亘って

本当の事

 

一般国民には絶対的に教えてはならじ

 日本国政府は指令をされていた…

 

という驚嘆の事実!!

 

その中の、 衝撃的

な! 

私たちがまるっ切り識らされなかった

歴史的事実! 

 

大体が、

北朝鮮の概要さえ知らなければ、ハムフン市なんて街

すら

知る分けはなかった~

 

日本国教育!

 

< ハムフン市2005年の人口、87万4000人。ハムフン――

かんこう、ともいう。

 

原爆関連の原子物理学者―――

  理化学研究所、仁科芳雄(1890年~1951年)。

  

京都大学、荒勝文策(1890年~1973年)の両教授。

 

 「 弓と鉄砲 」 

中谷宇吉郎氏(1900年(明治33年)~1962年(昭和37年))。 >

 

<  ちょっとばかり余計なお話かも知れません

  が――――
 

戦後、

アメリカに功績があった日系アメリカ人としてホワイトハウスに招かれた

とき…
 

 その席で

日本人を莫迦(ばか)にしたトル―マン(1884年~1972年)

アメリカ大統領

その側近を投げ飛ばし…

 

その場で撃たれた日本女性――
  

明治37年熊本県生まれ、

林田民子なる人物。 

 

25歳で渡米、柔道、結婚……

 

日本人にも、

嘗ては、

こんな女傑がおられたとゆう――――> 

 

現在の北朝鮮、 日本統治時代のハムフン

開発計画中の原子爆弾

  興南(フンナム)地域のハムフン市ハムフン港の沖合

 

敗戦直前

 

日本軍(海軍)

が 

証拠隠滅のために爆発をさせた

という

アメリカ人の記述が載っている本。

 

 デ―ビット・スネル

(David・SneⅬ、1897年~不明)――

に拠って

脅威的衝撃の事実を識る。

  〈 アメリカ自身は否定 〉

 

   元米陸軍情報将校が解明した真相!!

 

「 原爆と秘密結社――なぜ聖地ナガサキが標的とされたのか 」

  平和教育協会・訳、

デイビット・J・ディオニシ(1963年~)著、

2015年7月、成甲書房。

 

当時の実情が結構、詳細に語られています。


 核物理学、即ち 原子爆弾

(後の原子力発電開発にも繋がる)。

 

日本が、

原子爆弾開発までしていたなんて、

私たちは

全く知る由、分けはありませんでした。


 それはそうでしょう。

 

一般日本人には、真相真実

を、

如何(いか)に何も識らせないようにしようかと工夫した制度

 

( プレスコ―ドとかラジオコ―ドらの類 )

日本国には鉄壁に敷かれていたというのです

    から――――


絶対的に望めなかった仮定をします

が…

  

それでも、もしも…もしも

 

日本国に外交力があって

戦争が避けられていたとしたら――

 

日本国の科学工業力は一体どんな形を以って

その後を

進捗をしていたのでありましょうか!?


 敗戦後の私たち子供には

絶対的に教えられることはありませんでした

が、

 

テレビジョンの開発

なども

世界の何処よりも先駆けていた電子関係。


 科学工業もですが、駄目な国だと教えられ続けた

日本国で、

原子物理学さえ相当高度な段階〈レベル〉にあったと識れば

 

非常に興味の湧く我が日本国です。


 私は全く知らなかったことであります

が…

 

現在(いま)の新幹線ですら、その元を糺(ただ)せば、

 

敗戦以前に

 

【 弾丸列車なる構想  

既に具体化…

 

計画俎上〈そじょう〉に載せられていた

が… 

 

敗戦に拠って立ち消え…

 

戦後――

 

世の中が復興してきて、

漸く

実施されただけのその経緯を後年に知りました。


 何故に私が、

こんな風な話し方をするのかといえば…

 

私たち子供は――

 

戦後の人たちが頑張って、つくり挙げられていったんだよ 

というような聞かされ方

 強くされていたからの所以に他なりません。


そんな理由(わけ)を以って、

  

初めて、

その経緯事実を識ったとき

には……

 

〖 なあんだ、そんなことだったのか 

と 

何故か とてもガッカリした想い

と…

 

  何と凄い人たちが 敗戦前には沢山おられ…

 

そして、

 

そのような第一線に立っていた人たち

ほど

 真っ先に…

 

死地へと赴(おもむ)かれて往ってしまったんだなァ

という

感慨と衝撃を受けています。


 戦争中…

当時のドイツに負けず劣らず――

 

既に

ジェット機まで

 が…

 

否、それどころか

 

ロケットエンジン戦闘機までが開発されていた

 という

日本国の当時の衝撃的実情事実。


  中島飛行機

( 後、アメリカGHQに拠って、

富士重工業(株)現スバルらゝに解体をされる )、

 

 試製橘花 〗ネ12B装備型。

 

ネ20装備型 橘花改 〗と呼称された。


ヒロシマに原爆を落とされた翌日の1945年8月7日、

 千葉、

木更津海軍飛行場より1機の航空機が飛び立つ――――

 

日本国のジェット戦闘機 《 橘花 》 が生まれた瞬間。

 

 当時、何と当時にです! 


既に、

   

ジェット戦闘機製造まで漕(こ)ぎ着けていたという現実まであった

 という

事実を初めて知った時機(とき)

本当にただただ衝撃あるのみ――――


まだ、

もう一つあるのです…

三菱重工業のロケットエンジン戦闘機――

 

〖 秋水 〗という機種。


 日本国が、あの当時

ロケットエンジン戦闘機までを開発していたとは識った

時機(とき)

 

より以上の衝撃あるのみでした!


 ロケットエンジンなのです!――――


大型空母、戦艦はいうに及ばず、世界一規模の大型潜水艦、

  

テレビジョン開発らゝゝ――――


 敗戦となり、戦勝国アメリカの手に拠って命令され、

全てが

廃棄処分となっていったか…

 

若しくは…

全部アメリカのものとなっていったそうです。


 西洋列強国に挟まれ、喩え不利な形勢にいたとして

も、

 

日本国が、 当時

に、

外交術により長けていて…

  

もしも、もしも 

外交交渉だけで我慢〈 をして 〉ができて…

 

戦争をしていなかったと単純に仮定したら――――


既に当時…

 

日本国自身ででき上がっていた

  文明(前述した)の数々

は…

 

その後

に…

 

一体

どのような展開発展となっていたことでしょうか!?


〈 あくまでも、島国日本人が持つ【 負のDNA(リバイアサン) 】

   の

部分は考慮せずにではありますが--- 〉


当時子供であった私たち

に、

このような考え(思考)を齎(もたら)さぬよう教育指導をした本家本元

 

戦勝国アメリカの権謀術数であったと識る

のは――

 

残念ながら…

日本国の実態、

真相真実を識る最近のこととなります――――


 前回ブログ中、③として、隷属国日本と描いています

が、

同じことを再度繰り返しておきます。


日本国敗戦以来、75年の歳月が経ちました

が、

表面的には独立国とされている

日本国の実質

 

現在(いま)でも、

アメリカ国に隷属!した属国!であるという

のが

真のところであります。


何事につけ、

最終的にはアメリカの判断を仰がなければならないという

のが

 

属国日本国の立場です。


 現に、

現在(いま)でも日本国内にアメリカ軍駐留

維持保っている

 のが――

 

の何よりもの最もな証左、

 

  【 論より証拠 】 >。

 

 

 「 雪月 剛のブログ153 」パート84へとつづきます

  
               2020年7月15日              

 

               雪月 剛(ゆづきごう)

 

七夕2020_私のお願い事

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――以上がリブログ……
長文を
         まことにありがとうございました。

カップ入りゼリーの好きな味は?

 

ゼリーならどんなものでも全部好きですねェ!!……

 

 私の場合―――

 

 

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2024年7月14日(日)

 こんにちは雪月 剛(ゆづきごう)です。

 

今日も今朝アメーバさんより寄せられている

「 リブログ 」……

 

〈 原文に段落行間隔らの改定を施しています… 〉

どうか

よろしくお願いいたします~~~

 

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2023年7月14日(金)

画像 #物騒な世の中だから の記事より

2022年7月14日(木)。

 

衝撃の安倍元総理大臣襲撃事件

一日中持ち切りのマスコミら………

 

ただいま

日本国を大騒然とさせているこの事件から

 

(かね)て来―――

 

日本国の奥の奥に密(ひそ)

 

それも

公然と潜(ひそ)んでいる【 病根 】の腐臭(ふしゅう)

   漂(ただよ)って来ているよう………

 

今日は

2021年7月14日(水)。

 

 お昼12時に、2020年7月27日という先付けリブログ

既に投稿をしています。

 

続けて、

今日と同じ日付2020年の7月14日リブログ

投稿させていただきます。

 

昨今の

社会情勢と照らし合わせてみていただければ幸いです―――

画像 #理不尽だと思ったこと の記事より

画像 #ゾッとする〇〇 の記事より

テーマ:
 

『 日本って不思議な国? 日本人って不可思議な人種!?』

新パート6 
「 雪月 剛のブログ151 」パート82

 

森友学園への国有地巨額値引きをめぐって、

関係する公文書の改ざんを上司に強いられ、

 

そのことを苦

命を絶った財務省近畿財務局の職員

(享年54)。

 

そのご妻女が真相解明を求め、

国と、

改ざんを指示したと…

 

ご主人に

 

手記で名指しされた佐川宣寿元財務省理財局長

今年3月に提訴をされ…

 

延期までの過程があった、

その裁判

が――

 

いよいよ明日、7月15日、

大阪地裁で始まります。

 

この裁判の成り行き、その行方

を…

 

私たち雪月

 

心より、注目

させていただいているものであります!!


 それでは本文に……

 

国自体(殊に日本国)の構造仕組み

 

 民は由らしむべし、知らしむべからず 〗  

 

そのものである理由

から

来ているものと捉えているものです。


その上 更に……

 

長い歴史の間

に、

日本国民自身のDNAにシッカリと根付いてしまった…

 

以前にも既に描いてます

が、

社会的によく知られる三猿、という格言―― 


 見ざる、聞かざる、言わざる。

 

{ 本来はこれに〖  しざる  〗があったといいます。

 

その意味

『  むやみやたらセックスをするな 』 だそうです。

 

私流にモノ謂わせていただければ…

 

むやみやたらに子供を作るナ

解釈をしています } 】


が、

あるからだと謂わざるを得ません。


 私の両親

 

またそれは、私の両親だけではなく…

私の触れた、

それまで生きてきた全員に当て嵌まる

 

五十歩百歩というもの--------

 

顔面(かおづら)だけは誰でも、歳を喰って、皺(しわ)も増え、


長く生きてきた分だけ巧妙に取り繕(つくろ)おうとします

が 

 

どんなに

狡猾(こうかつ)な大人面を装っていたとして

も 

 

中身は空っぽ! 


話しをすれば、

まだ青二才の私にだって、 直ぐにバレるような

 

お粗末―――

 

当時のサラリ―マンの人らに日本国の税務に関し

訊いても

殆どが類似酷似した答えばかり――

 

まずは迷惑そう


『 そんな面倒な質問は止してくれ、会社が天引きしてくれているんだ。

   だから、

そんな面倒なこと考える必要なんかなし!

 
それが国の決まり、決まってることなんだ

から 

俺たちが幾ら考えたってしょうがない…

 

どうにもならんことだよ。 

 

だから止めてくれッて言ってんだよ。

 

 聞くんだったら誰か他の人…

 

偉い先生なんかにでも訊いてくれ…

頼むよ 』 


という

顛末(てんまつ)が必ず待っている定番だった

 

と―― 

 

当時を思い起こさせます!?


 日本国の片田舎のお話とは雖も、

これが、

敗戦後1945年~1965年前後…

 

日本国、

概ねの一般的縮図でもあったのでしょう。


 続き、ここに…

 

小室直樹博士著作、

『 三島由紀夫が復活する 』、

毎日フォ―ラム出版、1985年。 

 

よりからの一部抜粋……

 

引用をします(以前にも掲載)。

103頁、


小室--- 
 

デモクラシ―は恐ろしいもんです。

 

これは、

別の書物で発表(日本の「1984年」PHP研究所刊)したこと

だが------

 

日本人というのは、デモクラシ―を一種の自然状態のように考えている。


しかし、そうじゃない。 

 

日本には、

デモクラシ―が作動するために必要な部品がない。

 

それが証拠に――

 
 ”現在の日本はデモクラシ―とは名ばかり

で…

 

少数独裁

全体主義国家になり果てているでしょう。”

 

< テレビ、ラジオ、新聞など

は、

強制されてもいない

のに

言論統制をやっている。

 

くわしくここで発言しないけれど…

 

「 自由は奴隷なり 」だ。

 

山本---

 

そこなんだと思う。

 

奴隷としての自由であっていいのか…

 

そうした中で、

日本という国は守ることができるのかという

のが、

三島由紀夫先生の一つの声であったと考えますね。

 

小室---

 

自由とは、守りかつ戦いとるものなんだ。

 

業深く

論戦してこそ得られるものでしょう。

  

しかし、

日本はアメリカから与えられてしまった。

 

与えられた自由

は、

真の意味での自由ではないんです。


 だから、三島由紀夫

は、

戦後日本の呪い手にならざるを得なかったんだ。 

 

               ~~云々--------           

 


と、

まだまだ続いて往くのですが、引用はここまでとします。 


 下記の①、②、③

は、

私が独断と偏見で考えたことであります……


すべてあり得ないイフの世界!?

 

① 

 

1、まずは、日本が、初めから戦争をしていなかったら----- 

 

2、日本が戦争を避けていたら----- 

 

3、日本が戦争に負けていなかったら-----   

 

4、日本が勝ち続けている中に講和をしていれば------

 

 早々とミッドウェー海戦

   決定的大敗戦を喫したので難しい問題----か?? 〉

 

5、せめて、日本の余力のある中に講和に持ち込めば------

 

6、同じような意味合です

が、

  まだまだ条件が良い中に講和が出来ていれば…

 

若しくは最悪の状態以前

   (申し込んで-------) 

  

講和が叶っていれば

 

 

多くの黄色人種の中

で、

際立つ特殊な能力を持つ小さな島国に住む

    日本人-------

 

戦勝国アメリカの手に拠って…

 

敗戦前までに日本国が以っていた権利

全て取り上げられるまで

は…

 

西洋人を始め、

他民族の文化に全く遜色のなかった日本の文明――

 

 

隷属国日本

 

日本国敗戦以来、75年の歳月が経ちました

が、

 表面的には独立国とされている日本国の実質

 

現在(いま)でも…

 

アメリカ国に隷属!した属国!であるという

のが

真のところであります。


 何事につけ――

 

最終的にはアメリカの判断を仰がなければならないという

のが

属国日本国の立場です。

 

 

〈 現に!

現在(いま)でも日本国内にアメリカ軍駐留を維持している

が、

 その何よりもの最もな証左――

 

 【 論より証拠 】 〉。


 

「 雪月 剛のブログ152 」パート83へとつづきます……

 

                                            2020年7月14日              

                  雪月 剛(ゆづきごう)


七夕2020_私のお願い事

――以上がリブログです。

      ありがとうございました。