「皇居」みたいな、「御苑」みたいなところ(?)を歩いていたら、
「手のキレイな人は居ませんか?」というアナウンスが流れた、
という家人の夢。ここでは、「キレイ」というワードが重要である。
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その「綺麗」(キレイ)は、ひとまず横に置くとして…「手の(キレイな)人」は、
渡来人の「手人韓鍛」を示す。「卓素」(tax)を示す。「主税」(チカラ)を示す。(※「手」=「力」に注意)
また、「Hasta」(手)は、「kՅ-r‘-šw」(春日)=「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)を示す。
そして、「人」(比登)である「makkara」(猿)も、「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)を提示。
#上述に絡む「綺麗」(キレイ)が、どういうエジプト語に対応するか?…それは、
#【DKYA】(清らか、57)が、【AYK AHRA】(月の如く、430)と表現され、結局、
#【MNA XWRA】(白髪、430)=「s-r‘-kՅ」(人日春)を言っている点が大事だ。
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・「‘n」(beautiful)
・「nfr」(beautiful)
「手のキレイな人」の意味は、「キレイな手の人」(=キレイな手を持つ人)であり、
その「‘n-‘」(美手)は、【ANA】(己、64)に掛かり、結局は、【Y】(己、20)、やはり、
【Y】(手、20)=「kara」(手)=「kՅ-r‘」(春日)=「kՅ-r‘-šw」(春日)、を示してゐる。
「r-‘wy」(hands)=「r-‘wy」(ヲハリ)=「r-‘」(ヲハリ)=「R‘」(日神)にも要注意だ。
そして…「‘n」(キレイ)=「an」(天)=【ΣMYA】(天、472)=【OPRA】(塵、472)は、
「saḫar」(塵)であり、【SHRA】(月、378)を含意。それで、【DKYA】(清らか、57)が、(※「銀の月の粉」)
【AYK AHRA】(月の如く、430)と表現されるのである。その場合には、「‘n」(美)は、
「Nwt」(天)を含意。「手」(天)を含意。したがって、「手の綺麗な人」は、「Nwt」(天)か。
つまり、「Nwt」(天)は、最初から、「‘n-‘」(美手)を含意する。「手の綺麗な人」、なのだ。