【ΘWRA D・XRMWN】(ヘルモンの山、750)=【牛】(750)は、(※【XRMNA】(蝮、421)に注意)
形式的にも、「トリシャンク」(三鈎)を含意する。その点に要注意。
レヴァントにおける「御諸山」は、【SRYWN】(シルヨン、457)、だ。
これは、【YWMA RHΘA ZKYA】(迩藝速日、457)を含意する。
【ΘWRA D・XRMWN】(ヘルモンの山、750)=【牛】(750)は、(※【XRMNA】(蝮、421)に注意)
形式的にも、「トリシャンク」(三鈎)を含意する。その点に要注意。
レヴァントにおける「御諸山」は、【SRYWN】(シルヨン、457)、だ。
これは、【YWMA RHΘA ZKYA】(迩藝速日、457)を含意する。
>A十BQW B・ΣWΣNA D・DBRA AYKNA RBYN:
>よく見なさい、野の百合が、どのように育つかを。
>D・LA LAYN. W・LA OZLN.
>(それらは)、労さず、また、紡がない。
(※マタイ福音書6:28より。イエスの台詞)
当該箇所の【DBRA】(野、310)は、【DBWRA】(蜂、317)に掛かり、「bỉt」(蜂、523)を含意。さらにまた、
【BARA D・AWLṢNA】(狭井、523)=【BY十】(家、523)=「ḥwt」(家、516)=「Εστί α」(竈、516)。
そして【十BWR】(タボル、810)=「φ ί λος」(友、810)=「smr」(友、420)=【MRYM】(420)に重なる。
#雅歌2:1の【ΣWΣN十 OWMQA】(谷間の百合、1706)=「χειμ ώ να ς」(冬、1706)は、
#正に「kūṣu」(冬)=「kūṣu」(shivering)=【KWZZA】(shivering、55)=【ZWOA】(揺り、97)を含意。
#即ち、【BARA D・AWLṢNA】(狭井、523)=【BY十】(家、523)=「Εστί α」(竈、516)を含意。
#それを証するかのように、【OWMQA】(谷間、339)は、まさしく、【KWRA】(竈、339)に重なるのだ。
* * *
即ち、雅歌2:1の【ΣWΣN十 OWMQA】(谷間の百合、1706)において、【OWMQA】(谷間、339)は、
【BARA D・AWLṢNA】(狭井、523)=【BY十】(家、523)=【KWRA】(竈、339)であり、そのときには、
【OWMQA】(谷間、339)は、【DBRA】(野、310)=【DBWRA】(蜂、317)=「bỉt」(蜂、523)、でもあろう。
この【OWMQA】(谷間、339)を流れる河は、【NHRA ZWOA】(佐韋河、465)。そういう話になるだろう。
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此処で…【OL NHRA ZWOA】(佐韋河之上、585)=【OQRBA】(さそり座、585)は、
「伊邪河」=「美和河」=【NHRA DN】(ダン河、433)=【YRXA KYMA】(昴月、433)、
即ち【NHRA OZA】(伊邪河、458)=【LWXΣA】(呪文、458)=「r」(呪文、300)なので、
紛れもなく、【ΣWΣNA】(山由理草、869)=「κρί νον」(山由理草、300)を含意する。
この【NHRA DN】(ダン河、433)の源流は、いわゆる「ヘルモン山」だが、その別名である
【SRYWN】(シルヨン、457)は、【YWMA RHΘA ZKYA】(迩藝速日、457)に重なるのだ。
その娘である「伊須気余理比売」の家が、「狭井河之上」に在る、とされる点に、全く合致する。
【OL NHRA BARA D・AWLṢNA】(狭井河之上、1011)は、やはり、
【壁】(10月11日)=【B】(家、3)=【BY十】(家、523)を表す。そのことは、
【BARA D・AWLṢNA】(狭井、523)=【BY十】(家、523)に矛盾しない。
* * *
つまり…【OL NHRA BARA D・AWLṢNA】(狭井河之上、1011)は,
【AS十A MDNXA】(東壁、700)=【ΣBOMAA】(七百、537)を含意し、
加えて「Βακτρί α」(434)=【QYΘA RBA】(大夏、537)を含意し、
【ALHA AROA】(国神、434)、「槁根津日子」=「倭国造等之祖」を含意。(※「国神」と名乗る)
「神君・鴨君」は同族だから、「国神」=「神国」=「鴨国」である点に要注意。
#その【NHRA ZWOA】(佐韋河、465)=【ARBOYN】(四十、465)=【ZKA】(勝、40)が、実は,
#「ym-wꜣt」(海道、599)=「κροκ ό δειλο ς」(鰐、599)=「Abhijit」(勝)に重なるわけだ。
#【MHWA】(美和、65)、「ntt」(在るもの、1060)・【十ΣOYN】(九十、1060)・【OZA】(goat、90)に。
* * *
ところが…「bỉbỉ-wr」(大毘毘、353)の坐す「春日之伊邪河宮」において、「春日」、
即ち、「kꜣ-šw-gꜣw」(春日、452)は、【YWRDNN】(ヨルダン、452)に重なるわけで、
タルムード(=「ダンから下る」という語義理解)によれば、【DN】(ダン、65)を含意。
又、【ZWOA】(揺り、97)=「sm-ỉwr-ḏw」(山由理草、462)の「ỉwr」(to conceive)が,
【YWRDNN】(ヨルダン、452)の【YWR】(ヨル、327)に掛かる。これに付け加えると、
【XWA YWR】(余理比売、345)=【QYΘWS XWYA】(蛇キタシ、345)=「鰐」、で、
このときには、「伊邪河」=「美和河」=【NHRA DN】(ダン河、433)は、結局のところ,
【NHRA YWRDNN】(ヨルダン河、820)=「ỉrt」(目、820)、「kꜣ-rꜥ-šw」(春日、819)だ。(※「カラス」だ)
シリア語の【KPR】(420)を見ると、第一義が、「to wipe clean」、第二義が、「to deny」である。
* * *
これらを踏まえると、【KPRNXWM】(カファルナウム、546)=【TLGA】(雪、546)、という等式は、
前半の【KPR】(420)を、【KPR】(wiping clean、420)と見ることに等しい。そのように捉えられる。
「χιώ ν」(雪、1460)=【ṢRW十A D・十LGA】(雪の欠片、1460)だから、
当該の「χιώ ν」(雪、1460)は、「νιφ ά ς」(雪片、761)と同一視できる。
ならば、形式的に、「χιώ ν」(雪、1460)=「παρ ά θυρο」(窓、761)。
* * *
【ALHA AMPWMA LY十WS SRQA】(櫛石窓神、1460)=「χιώ ν」(雪、1460)。
ところが、【ALHA AMPWMA LY十WS】(石窓神、888)=「Ί ησοῦ ς」(888)であり、
また、【KPRNXWM】(カファルナウム、546)=【十LGA】(雪、546)なので、結局のところ、
ガリラヤ湖の【KPRNXWM】(カファルナウム、546)、自体が、「Ί ησοῦ ς」(888)を含意。
これは、言わば、【KPRNXWM】(カファルナウム、546)へ移動する必然性を構成している。
#ちなみに…古事記では、「櫛石窓神」=「豊石窓神」=「御門之神」なのだ。ところが、
#聖書の【YΣWO】(507)は、【ANA ANA 十ROA】(私は門である、1010)と述べる。
#してみると、「石窓」は、湯桶よみで、「Ί ησοῦ ς」(888)を表すことも意図していよう。
#【ALHA AMPWMA LY十WS】(石窓神、888)=「Ί ησοῦ ς」(888)…である以上,
#古事記の「御門之神」は、「私は門である」と自称する「Ί ησοῦ ς」(888)を表している。
#「御門之神」は、【YΣWO】(507)を表すものの一つとして在る。其のように言えるはずだ。