いわゆる祝詞などに、「カムロギ」とか、「カムロミ」とか、そういう言葉が出てくる。
そして、詩的メッセージには、「ホホロギ」という言葉が出てくる。古事記を見れば、
「麻本呂婆」(マホロバ)という言葉が出てくる。詩的メッセージの「摩穂呂覇」…だ。
* * *
「カムロギ」と「カムロミ」を見比べると、「ロギ」と「ロミ」が析出される。
即ち、「ホホロギ」の「ロギ」は、「カムロギ」の「ロギ」に重なる。さらに、
「ロギ」と「ロミ」を見比べると、「ギ」(キ)と「ミ」が析出される。そのとき、
自動的に、単音節の「ロ」が析出される。「多多良」(熱々日)と言ったり,
「多良」(熱日)と言ったり。そうした例に鑑みて、「ホホロギ」の「ホホロ」、
という言葉は、「麻本呂婆」(マホロバ)の「本呂」(ホロ)に重なる。さらに,
「本呂」(ホロ)は、「穂呂」(ホロ)であり、それは、「穂呂」(スイロ・ズイロ),
即ち、「水路」(watercourse)である。又、「zero」(虚)である。どちらにせよ,
「本呂」(ホロ)の「呂」(ロ)は、「良」(ラ)のヴァリアント。「r‘-w」(日)なので、(※「不日」=「日日」=「日」)
前接する「本」(ホ)も、「hՅw」(時)=「utu」(時)=「utu」(日神)であり、また,
「ḥՅw」(wealth)=「財」(タカラ)=「tՅ-kՅ-r‘」(熱春日)・「R‘」(日神)である。
#もちろん、「穂」(本)は、「知訶島」の「知訶」(穂)だから、やはり、(※「穂」は「torch」の意)
#「穂呂」(本呂)は、「知訶呂」、即ち、「知訶良」(力)を含意しよう。
#したがって、「摩穂呂」(麻本呂)は、「真力」、即ち、「真手」であり,
#エジプト語の「‘-mՅ‘」(手真)、セム系の【AMA】(母、54)に相当。
#これは、「国」(久尓)が、「ḳni」(母のbosom)であることに整合する。
* * *
そういう訳で、「ホロ」は、「日」を意味する「ホ」、「日」を意味する「ロ」、
その組み合わせであって、「麻本呂」(真日)である。そのとき、まさに、
「婆」は、「bՅ」(春)で、「麻本呂婆」(真日春)とは、「麻訶良」(真春日)、
という話になる。「麻本呂婆」は、「mՅ‘-ḥՅw-r‘-w-bՅ」(真財日春)、だ。
「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)や「tՅ-kՅ-r‘」(熱春日)と同じく、「春日」の謂い。
こう結論して構わない。もちろん、さらに此処に掛かる言葉も想定される。(※ゆっくり検討する)