シリア語の文化圏で、【KLBA】(犬、75)=「シリウス」は、どういう訳か、
【KLBA D・ṢWR十A】(形の犬、989)にも作られる。このことの背景は、(※「form, image」と載る)
「inw」(gifts)である「犬」(イヌ)が、「inw」(型)を含意する為か。要するに、(※「patten, model」と載る)
上述の「形の犬」における、「の」(of)は、文法で言う「同格」に他ならない。
即ち、【ṢWR十A】(形、909)それ自体が、「犬」(イヌ)=「シリウス」を指す。
#今、【ṢLW十A】(prayer、649)、【ṢLW】(prayer、147)に注意。
#【ṢWR十A】(形、909)は、【ṢLW十A】(prayer、649)に掛かる。
#「犬」(イヌ)は、「ty」(願い)、「tr」(願い)、「tr」(時)、「utu」(時)。
#即ち、「inw」(gifts)は、「utu」(日神)=【NWRA】(鏡、369)…だ。(※「シリウス」と「日神」は通底)
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ちなみに、既稿で述べた通り、「千羽鶴」(センバヅル)の背景は、
倭語の「千」(知)が、エジプト語の「ty」(願い)だから。したがって、
「鶴」(ツル)も、エジプト語の「tr」(願い)を言い伝えるもの、であり、
これを伝えるのが、そこそこ存在する「千鶴」(チヅル)という名、だ。
「知婆」(千羽)の「加豆怒」(葛野)は、もう明らかに、「迦豆良」(葛), (※古事記歌謡41番)
「kadra」(gift)を言う。「tr」(願い)、「tr」(時)、「utu」(時)を言うのだ。(※「utu」(日神)を言う)
この場合に、「迦豆良」(葛)の「良」(ラ)は、もちろん、「R‘」(日神)だ。
然らば、「豆」(ヅ)は不明ながら、「迦」(カ)は、「kՅ」(春)。そう言える。