>三九、 我が道は嵐なり
> 石つぶての道なり
> 嘆きの道なり
(※『光の黙示録』183頁より)
もともと、「我が道」(阿が美知)における、「我」(阿)は、「a」(水)を表す。
即ち、「mû」(水)=「mû」(cosmic order)=【MHWA】(being、65)を表す。(※「神」(美和)である)
又、「a₂」(力)=【Y】(力、20)=【Y】(手、20)=【XMH】(日神、65)も表し, (※「道」(美知)である)
「Hasta」(手)=「烏」(カラス)=「kՅ-r‘-šw」(春日)、即ち、「r‘」(日神)だ。
即ち、もともと、【Y】(我、20)そのものが、「r‘」(日神)を含意するのである。
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そして…エジプト語の「kՅ-r‘-šw」(春日)は、アッカド語の「karašu」(womb)である。
「春日和珥臣」は、【GDYA】(和迩魚、31)を含意し、【GDYWNA】(kid、98)を含意。(※「北極星」である)
つまり、「春日和珥臣」は、「karašu」(子宮)を含意する。然るに…「karašu」(子宮)は,
「karašu」(胃)の意味を持ち、その【胃】(Bharaṇī)は、舍頭諫経だと「長息」(嘆き)だ。
#したがって、当該メッセージにおける、「嘆き」=「karašu」(長息)は、やはり、
#「烏」(カラス)であるところの「kՅ-r‘-šw」(春日)を表す。「r‘」(日神)を表す。
#逆に言えば、太陽神の「ラー」が、「嘆き」(長息)を含意する、という話である。
#これが故に、数字の「三九」で、【KX】(to breathe、39)という言葉が示される。
#「嘆き」(長息)の「道」(美知)とは、「烏」(カラス)=「kՅ-r‘-šw」(春日)の提示。
#同様に、「我」(阿)が「道」(美知)も、「烏」(カラス)=「kՅ-r‘-šw」(春日)である。
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以上を踏まえれば、「嵐」(アラシ)に当たる【XWRBA】(荒らし、321)も、
【牛】(Lyra)=「Sbk」(和迩)=【RWGZA】(忿怒、321)を表す。このとき、
やはり、「石つぶて」も、「inr」(石)=「Inar」[LAMMA](天服織女)を表す。
「和迩」(鰐)=「wnn」(to be)=「美和」(being)=「r‘」(日神)、に要注意だ。
実は、「石つぶて」も、「道」(美知)=【Y】(我、20)=「r‘」(日神)を含意する。
以上の記述で、引用した「三九」のメッセージは捉え切った。そう言ってよい。
そのうえで、「つぶて」という言葉が、どういう言葉なのか、それを探るべきか。