(……まず先に前項をお読み下さい……)
迂遠な話になるが、九州南部の「阿多」の地域で、糸魚川エリア産の翡翠が出土しており、
縄文時代末期または弥生時代初期(?)に、両地域の間で交易があったと考えられている。
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「出雲」は、現在の島根県であり、それは間違いないけれども、
「īṭum」(咫)は、【A十A】(阿多=“印”、504)である。古事記は、
「八千矛神」(大穴牟遅神)が「沼河比売」に求婚したことを描く。
ここで、「出雲」(いづも)=「īṭum」(咫)=「阿多」と考えてみると、
考古学で知られる過去の交易の事実と、どういう訳か整合する。
#いわゆる島津氏は、「隼人阿多君」の末裔などとは言われていない。
#しかし、九州南部の氏族だから、関わりがあっても、不思議ではない。
#その場合、【十】の形の紋章は、「阿多」に由来するものかもしれない。