「大年神」の出身地を考える | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

古事記を忠実に読むならば、「須佐之男」よりも先に「出雲」に住んでいたのは、(※先住民である)

「足名椎」の一家である。そして、「足名椎」は、「僕者国神大山津見神之子焉」。

「須佐之男」は、「八俣遠呂智」を退治し、「足名椎」の娘の「櫛名田比売」を娶る。

生まれてきた「八島士奴美神」は、「大山津見神」の娘の「木花知流比売」を娶る。

 

*   *   *

 

さて、「櫛名田比売」は、言わば「大山津見神」の孫に当たる。したがって、

「須佐之男」は、「大山津見神」の孫娘を娶ったわけだが、実は、ほかにも、

「大山津見神」の娘の「神大市比売」を娶り、生まれてきた子が、「大年神」。

そういう訳だから、「出雲」を仕切っていたのは、「大山津見」という話になる。

大事なことは、「須佐之男」が降り立つ前に、「出雲」の地には、先住民として、

「大山津見神」の子である「足名椎」と「神大市比売」が居た、ということである。

 

#固定観念は排除し、此処で、「出雲」=「阿多」、と考えてみよう。(※前項を参照)

#「足名椎」の「足名」(あしな)は、突厥の氏族を思わせる。さらに、

#時代が下るが、「阿多」の「小椅君」の妹の「阿比良比売」の子に、

#「多藝志美美」が居る。「多藝志」は「突厥」を言う。そうしてみると、

#「出雲」は、「īṭum」(咫)=「zipah」[MAŠ](hand-span)を表すのだ。

 

*   *   *

 

その「出雲」(咫)を仕切っていたのは、「大山津見神」であり、(※いわゆる「エンリル」を表す)

娘である「神大市比売」も、その「出雲」(咫)に居たのである。

「出雲」(咫)は、「maš」[MAŠ](goat)を含意する。そのさいに、

「神大市比売」が冠する「神」は、やはり「御者座」を含意しよう。