古事記の「姨」の文字遣い(2) | ■朽ち果てた館■

■朽ち果てた館■

ARIONの預言解読──音楽に載せて

何事も基礎を疎かにすることは出来ない。そもそも「姨」の文字それ自体は、
①「妻の姉妹」、②「母の姉妹」、③「父の正妻以外の妻」を指す。したがって、
既稿に書いた“「小兄比売」は「稲目宿祢大臣」の兄弟”という部分は、誤りだ。(※但し「兄弟」は女性にも使う)
可能性としては、上記の③と見て「稲目」の妻ということも有り得るが…やはり、
「岐多志毘売之姨小兄比売」の「姨」は、上記の①と見るのが、先ず正解だろう。

古事記と日本書紀の系譜的記述は必ずしも全同ではないものの、書紀には
「堅盬媛同母妹曰小姉君」とあり、また、古事記の場合も、欽明天皇に関する
系譜的記述の中で、まずは妻としての「岐多斯比売」が提示され、その直後に
「岐多志毘売之姨小兄比売」とあるのだから、此処の「姨」は「妹」と見ても良い。
つまり当該箇所の古事記の記述は、日本書紀の記述に抵触するわけではない。(※通常の理解を認める)

古事記は、此処で欽明天皇に視点を置きながら、妻の「岐多斯比売」の「妹」を、
「岐多志毘売」の「姨」と、記述している。そう理解するのが穏当であり、一般にも、
そう理解されている。「其姨玉依毘売」の箇所の「姨」は、「鵜葺草葺不合」の「姨」。
当然こちらは、「鵜葺草葺不合」の母の「豊玉毘売」の妹の「玉依毘売」の意味だが、
大事なポイントは、いずれの場合も、「妹」である者を、「姨」と記述している点である。

*   *   *

何が言いたいかと言えば、「其弟玉依毘売」(豊玉毘売の妹)と提示された者を、
視点を移して、「其姨玉依毘売」(鵜葺草葺不合の姨、②の用法)と記述すること。
此処にこそ、古事記の意図は在る。そう言いたいのである。その意図が分かれば、
「岐多志毘売之姨、小兄比売」の箇所も、「岐多志毘売」の「妹」として知られる者を、
欽明天皇に視点を置き、「岐多志毘売」(妻)の「姨」(妹)と、記述していることが判る。
「妹」であるものを、「姨」と記述することが、古事記の「姨」の文字の提示法という話だ。
此の提示法が企図するところは、「未」の文字を、「夷」の文字に、通底させることだろう。

#ところが…前項の通り、そもそも「其姨玉依毘売」の箇所も、
#「岐多志毘売之姨、小兄比売」の箇所も、此の大前提として、
#「姨」の文字に、月宿の【女】が重ねられている…ということは、
#古事記作者は、“「未の女」は「夷の女」”、と言いたいのであり、
#したがって…「夷」(エミシ)を解く鍵は、「未」(ヒツジ)、と言える。
#然るに、実は【AMRA】(白羊宮、354)は【ADR】(Adar、307)だ。(※「角月」(三月)に当たる)
#その【ADR】(Adar、307)は【QYΘWS】(岐多斯、307)に繋がる。
#「岐多斯」(キタシ)という言葉は、「未」の字にも繋がって居るのだ。
#裏返して言うならば…「岐多志毘売之姨」という記述の「姨」の字は、
#その旁の「夷」が、【AMRA】(白羊宮、354)を示す。そういう話だろう。
#【女】(Sravana)を表す【SRBNA】(咋、435)に連結する点も見ておく。