阿修羅掲示板の原発板を読んでいたら、ハッとするような書き込みがあった。
もちろん、だれが書いたのかは分からないが、「ああ、なるほど…」と合点した。
何か変だな?と思っていたことが絶妙な表現で言語化されており、腑に落ちた。
>41. 2012年4月14日 06:05:42 : ZbEkMfgIXY
>もう、日本では他人に安全性について質問するのは
>ちがうのではありませんか。
>安全性の意味がちがう。
>たとえば政府は大飯原発の再稼働を安全だというけれど、
>民衆の九割は安全だと言ってない。
>あなたの安全圏とわたしの安全圏とでは意味が違う。
>誰かが言った一日一億ベクレルの環境放出は「たいしたことがない」は
>誰かが言った「恐ろしい放出量」「考えられず許しがたい放出量」だから。
>生活したい世界がちがうから話はすれちがっている。
>たいしたことがないといわれてストレスがなく身体にいい状態だといって
>それを望むなら、日本政府とともに政府を信じて歩むことが日本でのベスト
>ではあるでしょう。
>真実を知った方が身体にはよくない、、、これは今に始まったことではない
>日本社会の政治的現実ですから。闘争して身体壊してしまった人は数知れない。
>だけどそれが生きる事だと思って闘った人がほとんどだ。
>ロハスな歩みは死だ、という価値観があるんだ。
此の文章は何が言いたいんだろうか?…当然ながら、最後の一文、
「ロハスな歩みは死だ、という価値観があるんだ」という一文に、一番、
力が籠もっており、それが16行の全体の結論である。そう私は読んだ。
>42. 2012年4月14日 07:37:06 : JGHJK4L2Vf
>オイオイ、政府の云う事を信じてたら殺されるぞ。
>逃げる宛ての確保と準備だけはしておけ。
ところが、42の番号で書き込んだ方は、「日本政府とともに政府を信じて歩むことが
日本でのベストではあるでしょう」の部分を結論と思ったのか、見当はずれのコメント。
41の書き込みの趣旨が理解できていない様子である。これは、恐らく国語力の問題だ。
#ポイントは「ロハス」という言葉を、どういうニュアンスで使っているかだろう。
#普通は、「スローライフ」とか「ロハス」は、現代文明に対置するニュアンスで
#明らかにポジティブな色づけで使う。しかし、41の書き込みでは、そうではなく
#「政府を信じる→ノン・ストレス→ロハス」と結びつけて使っている…だからこそ、
#「ロハスな歩み(何も考えないこと)は、死(も同然)だ、という価値観があるんだ」
#と結ばれる。これは、言葉遣いが間違っているのではない。そのように使うことで、
#実は「ロハス」という言葉が、当初から一種のマーケティング用語であることを示し、
#そのうえで同時に、こういう方向へ進むのは人間の死も同然だ!! と主張するものだ。
#同じような意味合いで、やはり巷間喧しい「アセンション」もマーケティング用語だろう。