故郷を捨て、国を捨てる選択 | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

前項で触れた問題について私は分からないと言うしかない。此れは、
いくら考えても分からないという意味である。何故なら、覚悟を決めて、
強い意志で故郷に住み続けるのだとするならば、それはそれで十分に、
戦いだと思うからだ。「そんな戦いに意味は無い!! 放射能とは戦えない!!」
という意見は尤もである。合理的に考えれば、選択肢は無いように思える。
だが「そんなに簡単に故郷を捨てることが出来るのか?」という問いは重い。

もちろん生まれた環境が団地族だったり転勤族だったりすれば、そもそも、
故郷という意識は希薄というより、ほとんど無かったりすることも知っている。
加えて最近では、特に女性に多いようだが、海外を経験して日本への拘りが、
それほどでも無いという人が増えている。「コスモポリタン」という言葉が有って、
なにやら響きもよく、或る意味で理想のように思える…が、それぞれの土地には
それぞれの風土が有り、その風土ならでは、の暮らし方・生き方が有るのも事実。

#要するに、一県を捨てられるのなら、一国も捨てられるという話になる。
#「一県は捨てられるが、一国は捨てられない」というのは、成り立たない。
#今回のような事故は、地震国の日本だと、何時でも何処でも、起こりえる。
#冷静に考えれば、原発を推進する時点に於いて、もう国を捨てているのだ。
#日本に住みたいと思うのなら、こんな選択は有りえないはずなのに、なぜか
#結果的には、長きに亘って、国を捨てる方向に社会の全体が動いてしまった。
#そして、今も再び同じ方向へ進もうとしている。どういうことなのか、分からない。