「黄泉のかまど」は「四月三日」 | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

「須佐之男」に当たる「日子大毘々」(開化天皇)の崩御の御年は、(※日本書紀は「彦大日々」に作る)
古事記に「陸拾参(63)歳」と記されている。【LBY】(己が心、63)は、(※これを一字で「」に作る)
傍通暦の【鬼】(6月3日)に直結する。これは、当たり前の話と言える。

>阿鼻の冠を受けた者よ 聞くがよい
>お前の待ち望んでいた力は 狭い井戸には無い      ← 「狭い井戸」は「狭井」(スサノヲ)
>黄泉のかまどにも無い
日々 お前の足下に虐げられて 涙を落としている
>お前の言う「むべき者達」の中にある            ← 傍通暦の【鬼】(6月3日)を示唆
(※『光の黙示録』173頁より)

もともと「須佐之男」たる「須佐之男」は【畢】(4月3日・4月30日)である。
これは、【MNA XWRA】(白髪、430)を指し示す。修飾語を省略すると、
【MNA】(髪、112)であり、【BWTA】(麻布の衣、112)である。【鬼】である。

#つまり、古事記が「須佐之男」に当たる「大毘毘」(開化天皇)の御年を、
#「陸拾参(63)歳」に作るのは、「黄泉のかまど」である「須佐之男」に関し、
#その核心である【MNA】(髪、112)を具体的に提示して見せる意図である。
#【ΣWΣNA】(山由理草、869)は【十NWRA】(竃、869)に完全に一致する。
#それ故、「狭い井戸」である「須佐之男」は「黄泉のかまど」と言い換えられる。
#「黄泉の」という言葉で修飾するのは、もちろん、【畢】(4月3日)の月日を指す。

*   *   *

━━━━━━[追記]━━━━━━

「然者、汝心之清明、何以知」という天照大御神の言わば詰問に対し、
「各宇気比而生子」(おのおの宇気比て子を生まむ)と須佐之男が答え、
いわゆる「ウケヒ」が展開する。此処で、最終的には、須佐之男の台詞が
「我心清明。故、我所生之子、得手弱女」と入る。もちろん、「須佐之男」が、
何よりも【LBY】(我が心、63)を大事にすることは、「大毘毘」(開化天皇)が、
御年「陸拾参(63)歳」で崩御することと、まったくパラレルである。当然ながら、
「心月」(夏五月)~【AYR】(Iyor、322)~【ABA】(父、2・3・2)という読み換えも、(※月宿の【心】は「Rohini」とも言う)
此の前提に在るから、「子」を生むことや、「我所生之子」と発言することを通じて、
自らが【ABA】(父、2・3・2)であることを強調するのである。アリオン預言に同じだ。(※既稿の追記も参照)