伊集院文学の原点 ─『三年坂』(伊集院静)─ | 出会った言葉たち ― 披沙揀金 ―

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「披沙揀金」―砂をより分けて金を取り出す、の意。
日常出会う砂金のような言葉たちを集めました。

 ずっと私を指南してくれていたある先輩が、伊集院静さんのファンでした。 「文章を書くときは、伊集院静のエッセイを参考にしている」とよく言っていました。

 その伊集院静さんの第一作品集が『三年坂』です。

 

 この本には、五つの短篇が収められていますが、どの作品も、素朴な文章が人間の真実を語りかけてきます。

 夫を早くに亡くし、厳格に生きていたと思っていた母親が、着物の奥に愛らしい一人の女の姿を持っていたことを知る、表題作「三年坂」。

 崖から足を踏み外し、必死に一本の木につかまり耐える父親の強さと、なんとか父親を救おうとする少年の緊迫した思いが心を打つ「皐月」。

 海に自分の命を奪われそうになる中、それまで出会った「命」を振り返る「チヌの月」。

 人生に疲れた男が、偶然参加した草野球の試合を経て、気軽に生きることに希望を見いだしていく「水澄」。

 新婚旅行を間近に控えはしゃぐ娘にあきれながらも、過去の自分の、貧しくも幸せだった新婚旅行を回想する「春のうららの」。

 

 池上冬樹さんの書いた巻末の「解説」も、この作品集のよさをうまく言い表しています。

 …作家は処女作に向って成熟するという逆説的な言葉があるけれど、本書『三年坂』はまさに伊集院文学の原点であり、豊かな文学の色あざやかな萌芽を見ることができるだろう。