ミケランジェロの残した彫刻〈ピエタ〉。十字架から降ろされたイエスのなきがらを、母マリアが膝に抱き、悲しみをたたえた表情で見つめています。〈ピエタ〉は、イタリア語で“敬虔な心、慈悲”を表すそうですが、この作品の陰翳が、マリアの悲しいほどの敬虔な祈りと慈悲を表しているように感じます。
ところが、阿刀田さんは、マリアがわが子の遺体を抱くことができた可能性は極めて小さい、と言います。その上で、この作品を次のように評しています。
母マリアがその腕にイエスの遺体を抱くチャンスはなかっただろう。もろもろの〈ピエタ〉は、その意味で実相ではないけれど、もし抱けたならば、マリアの胸中には、深い悲しみと深いいとおしさが文字通りとめどなく溢れたことだろう。なかったことではあるけれど、ありうべき現実を描写することも芸術の役割である。ミケランジェロの〈ピエタ〉はみごとに、そんな役割を果たしているように私には見えたのである。
(阿刀田高、『新約聖書を知っていますか』より)
文学はフィクションではあるけれども、現実以上に人の心の真実を伝えてくれる、それと同じことなのでしょう。
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