大切な言葉は、小さな声で ─『さよならは小さい声で』その2(松浦弥太郎)─ | 出会った言葉たち ― 披沙揀金 ―

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「披沙揀金」―砂をより分けて金を取り出す、の意。
日常出会う砂金のような言葉たちを集めました。

 威勢よく、大きな声を放つ者が勝つ。攻撃的なつぶやき、罵りあい、みなが言葉を強く発する時代に、天声人語が静かに語りかけてきました。

 

「心の底に 強い圧力をかけて/蔵(しま)ってある言葉/声に出せば/文字に記せば/たちまちに色褪せるだろう」(茨木のり子「いいたくない言葉」)。やっと口にする、消え入りそうな声だからこそ、相手に届く何かがある。

 (朝日新聞、『天声人語』(2019.9.15)より)

 

 思い浮かんだのが『さよならは小さい声で』(松浦弥太郎)。

 

 小学生のころ、松浦さんは、学童保育のT先生が大好きでした。いわゆる、初恋。

 ある日、松浦少年は友達と口喧嘩をして、遊技場のすみっこで、ふくれっ面をして、いじけて座り込んでいました。そして学童保育の時間が終わりに近づいてきた時のこと、T先生がそばに来て─。

 

「帰りたくないの?」

「・・・・・・」

「明日また遊ぼうね」

「・・・・・・」

 T先生のやさしさが自分の胸に染みいって、キュウと痛くなった。

 T先生は、「じゃあ、先生と秘密のさよならをして今日は帰ろう」と言った。「秘密のさよならってなあに?」僕はT先生の言葉にやっとの思いで答えた。

「あのね、小さい声でさよならを言うの。秘密だから誰にも聞かれないように、ちっちゃい声でさよならを言うの」

 座っていた僕を立たせたT先生は、正面にまわって、顔の高さが同じになるように膝を折って僕を抱きながら、耳元に口を近づけて「さ、よ、な、ら」と言った。声は本当に小さくてかすかだった。その声を聴いた時、僕は身体中に電気が走ったように身震いした。

 (松浦弥太郎、『さよならは小さい声で』より)

 

 心に染みこんでくるのは、物理的な音量によるのではなく、言葉のもつあたたかみや切なさ・・・。

 声の大きさに比例して、言葉の力が消えていっている気がしてなりません。

 

 『さよならは小さい声で』は、以前に一度紹介した本です。

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