「確かに落語は作り話です。できすぎた話もあります。現実にはあり得ない話もあります。でもそれは世知辛い世の中で生きる庶民たちの夢なのです。せめて落語の世界ぐらい、そんな笑えて泣ける出来事があったっていいではありませんか」
(畠山健二、『本所おけら長屋(三)より』)
江戸時代の落語は、今の映画のようなものだったのでしょうか。それとも読み聞かせのようなものだったのでしょうか。いずれにしても、いっとき浮世を離れ、別の人生を髄から味わう夢の時間だったに違いありません。
そして、この『本所おけら長屋』自体、笑えて泣ける出来事満載で、一編の落語のようです。