静かに存在する人たち ─『ことり』(小川洋子)─ | 出会った言葉たち ― 披沙揀金 ―

出会った言葉たち ― 披沙揀金 ―

「披沙揀金」―砂をより分けて金を取り出す、の意。
日常出会う砂金のような言葉たちを集めました。

 人付き合いが苦手で、人よりも小鳥にそっと心を寄せる「小鳥の小父さん」の物語。

 もちろん話の中には、たくさんの人が出てきて、たくさんの会話もあったのだけれど、読後には、静かな湖畔の朝霧にメジロのさえずりだけが響いている、そんな感じが残りました。

 

 不器用に生きる小鳥の小父さんは、社会の中で孤立してしまいます。

 それでも小父さんを分かってくれる人は何人かいて、小父さんが通う図書館の司書もその一人です。

 

 小父さんが小鳥の本ばかり借りていることに気付いた彼女は、小父さんに言います。

「それにしても、世の中に、こんなにもたくさん鳥にまつわる本があったなんて・・・。私が気づかない場所に、こっそり鳥は隠れているものなんですね。私の目の届かない空の高いところを、鳥たちが飛んでゆくのと同じですね」

 

 彼女の「返却は2週間後です。」の言葉を胸の中で繰り返すだけの、小父さんの静かな恋。それさえも、彼女の辞職とともに終わっていきます。

 

 結局、小父さんの死の間際、最後までそばにいてくれたのは、1羽のメジロだけでした。

 

 小鳥の小父さんのように、不器用でも優しく一途に生きている人たちがいます。小鳥の本が私たちの気づかない場所にこっそり隠れているように、鳥たちが私たちの目の届かないところを飛んでゆくように、私たちはその人たちのことが見えていないのかもしれません。

 『ことり』は、静かにそのことを伝えてくれる本です。